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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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八高一宇

~承前






 西方へと進出したカリオンがメチータの街に到着したとき、レオン家の一党は半ば崩壊状態に陥っている状態だった。

 累代の家臣団である衛星貴族……とは言いがたいレオン一家の周辺組織は、そのどれもが家の再興再起不能レベルでの損害を出していた。だが……


「おぅ! 待ってたぞエディ!」


 そんな状態で有りながら、それでもレオン一党は団結していた。

 そして、それを上手くまとめているのはジョニーだった。


「なんだ。随分と気が入ってるじゃないか」


 ジョークの1つも口にしながらメチータへと入城したカリオン。

 市民は太陽王の到着を熱狂的に迎えた。


「まぁな。ダニーもだいぶサマになってきた。やっぱ場数と経験だ」


 アハハと笑いながらカリオンを迎えて歩くジョニー。

 だが、その身体からも気配からも疲労と絶望の色が濃くなっていた。


「で、戦力差はどのくらいだ?」


 メチータ中心部にあるレオン家本拠の館は、そのまま前線本部になっている状態だった。ひっきりなしに伝令が到着し、また、腹拵えをして何処かへと駆けていく状態だ。


「ここから南西18リーグに現状の戦線がある。すでにその向こうはライオンの支配地域になった。連中の前進力はスゲェぞ」


 館入り口の大ホールに巨大な地図を掲示し、その前でジョニーは戦況説明に入った。ただ、そのどれもが絶望的か、良くて五分五分だ。この大陸を席巻したイヌの騎兵の吶喊力も、ライオン相手には通じないらしい。


「銃の威力は足らないか?」


 カリオンはジョニーに持たせた銃の威力に疑念を持った。

 二千丁に及ぶ20匁銃ならば、相当な火襖な筈なのだが……


「……正直足らないな。少々撃たれてもライオンは絶命しない。ついでに言うと、ライオンと共にやってくるヒョウやピューマなんかは素速すぎて当たらないんだ」


 肩をすぼめながら軽い調子で言う。

 ただ、それに続く言葉が問題だった。


「おまけに、銃の戦列が粉砕されて銃が流出してる。少なくとも二百近い数で戦場紛失が発生している」


 さすがのカリオンもそれには絶句して相槌をこぼせなかった。

 ただ、僅かな間を置いて口から出た言葉は『向こうは撃ってきたか?』だった。


「いや、銃は流出したけど弾がねぇし、おまけにウチの連中が斬り込み隊作って夜中に斬り込んでよ、大部分を回収して来たのさ。まぁ、相応に犠牲は出たが、あいつらもなかなか気合いが入ってるぜ」


 銃と弾の両方が揃っていて、更には魔法による着火を行えなければ意味がない。

 その絶妙な仕組みに他国はまだ気が付いていないらしい……


「で、これからだけどよ――」


 ジョニーは地図を指差しながら説明を始めた。


「――戦線を整理して後退する。その上で総力射撃による殲滅戦をやろうと思うんだが、銃は幾つ持ってきた?」


 ジョニーの問いに答えたのはカリオンでは無くアブドゥーラだった。


「現段階で5万丁の銃と70万発の弾があります。まぁ、これだけあれば『いや、足りませんな』


 アブドゥーラの言葉に口を挟んだのはマサだった。


「14斉射で戦力として評価できなくなるようでは、射撃戦は厳しいでしょう。ちなみに、その戦線整理対象地域は見通しの取れる平原ですか?」


 怜悧な眼差しになって切り出したマサ。ジョニーは訝しがりつつも『あぁ。完全な平原地帯だ。見通し距離としては400リュー程度は取れるだろう』と答えた。それを聞いたマサはタカを呼んで言った。


「塹壕は掘れるかね?」

「工兵に依頼すれば可能かと」

「ふむ……」


 頭を捻ったマサはカリオンに向き直り、『銃無き時代にはいかように対処されましたかな?』と問うた。ジョニーはそれに対し『大弓で牽制し騎馬で斬り込んだ』と応じた。


「では、次の質問ですが、彼らの主兵装はなんですか? 剣と槍と弓程度でしょうか? 弩弓の様な遠距離投射武器はありますか?」


 マサの問いは彼らの装備に及んだ。

 ジョニーは僅かに考えて答えた。


「剣と弓だな。弩弓はあるがそれほど数のあるモンじゃ無い。それに、剣や槍より面倒なのは、巨大な棍棒状の打撃武器だ。アレで殴られると頭蓋が割れて即死するから、接近戦は挑めねぇ」


 コクコクと頷いたマサは、小さな声で『要するに機動力の無い戦車だな』ともらした。その言葉の意味は伝わらなくとも、ジョニーやカリオンは理解した。このマサを含め、同じような経験をヒトはして居るのだと。


 そして、もっと言うならばヒトの世界で延々と争った彼らは、同じ戦闘の解決策を既に編みだしているのだと気が付いた。戦術と戦略は戦の両輪として転がりながら発展し続けるモノ。ヒトはその歴史の中で、これを経験したのだろう……


「ならば話は早い。回転扉の要領です」


 マサは地図の上に直接チョークで線を書き始めた。

 それは、従来のイヌが見せた機動戦闘とは発想の次元が異なるモノだった。


「話は簡単です。こちらは敵の攻撃を受けつつ躱して背後に回り込みます。いわば大きく包囲する形です。補給線を断たれた敵側は集結するのが常道でしょう。そこに野砲を打ち込み、完全に殲滅します」


 マサの答えは単なる戦術の話では無かった。


「……つまり、全て滅ぼすというのか?」


 カリオンは努めて冷静な声で問うた。それは、まったく新しい戦術であり戦略だった。似たような発想は幾らでもあっただろうが、その根幹にある思想は、従来のモノとは完全な決別を果たしていた。


「左様です。戦に勝つ……とは、単なる場面場面の勝利に非ずと言う事です。現状敵対している勢力に対し、押し返す事は容易いでしょう。ですがそれは、次の戦の火種となり、再び震える夜を迎えるに過ぎません。故に……戦力を撃滅します」


 マサの言った事の本質は簡単だ。一言でいえば、敵がいなくなれば戦争は起きないだけの事。そして、この場合その居なくなると言う意味は、ル・ガルの国土では無くこの世の事を指す。


「つまり、簡単に言えば押し返すんでも諦めさせるんでも無く、全部殺しちまえって事だよな?」


 ジョニーは相変わらずきつめの物言いで本質を問うた。この100年の間に大きく変わった戦の中身は、ヒトの知識によってもたらされていた。その結果、現状では敵の戦力その物を削る事で敵を撃退すると言う思想が根幹になっている。


 だが、マサの提案は敵の戦力を削るのでは無く、全部殺すのが前提だった。


「左様です。1人の生き残りも作らず、全て消え去ってもらいましょう。彼らはこの国の中心部を狙って前進するだけの単純な戦略です。それ以外があったとしても兆候を全て完璧に消し去る事など不可能です」


 マサは再び地図の上にチョークを走らせた。


「彼らは前進してくるでしょう。それをこの――」


 地図の上に引かれた線は、およそ5リーグ後退した草原のど真ん中を横切っていた。マサはそこにチョークで太い線を描き、ハシゴ状の横線を入れた。


「――前線にそって溝を掘ります。ヒトの世界ではこれを塹壕と言います。ココに立て籠もり、銃を出して集中砲火を浴びせます。一発二発で死なないのであれば、十発二十発と雨霰の如く浴びせかけ足を止めましょう。ココで殺す必要はありません。前進出来ないように足止めするのです」


 ライオンやヒョウと言った者達の主兵装が打撃武器であるなら、遠慮する事など1つも無いと言って良い。要は簡単な話だ。打撃武器が届かない所からバリバリと撃ち浴びせれば良い。


「……なるほどな」


 その本質をカリオンはやっと理解した。

 マサと呼ばれる老人がイヌに何を教えたいのか……だ。


「マサ……君は銃の使い方を……いや、銃を使った戦い方を教えるつもりなのか」


 カリオンの言葉にマサは好々爺の笑みを浮かべ、飾緒に手を添えて頭を下げた。


「戦の本質は勝たずに負けずにと申します。勝てば恨みを買い、負ければ奴隷に身を落とす。そのどちらでも無い所へたどり着く事こそが本義でありましょう」


 つまり、丸く収める為の勝ち方があると言う事なのだろう……と、カリオンは考えた。だが、それに続いてマサの口から出た言葉に全員が絶句した。それは、無限の闘争を断ち切る、唯一無二の手段であったからだ。


「ならば、どうすれば良いのか? この問いに対する問いをヒトの世界では延々と追及し続けてきました。その中で導き出された最終戦争論は、突き詰めれば殲滅戦闘か持久戦闘に分類されますが――」


 マサは、地図を見てから続けた。


「――要するに戦う存在がいなくなれば良いのです。故に1人残らず殺せば良いのです。戦う存在が消え去れば、自ずと平和は訪れるでしょう。その為に必要なのは鉄火鉄量その物。そしてもうひとつは……」


 マサの手がカリオンを指差した。

 それはまるで悪鬼羅刹の伸ばした魔性の手だった。


「……王のご聖断こそが重要であります。すなわち……世界を平定すれば良いのです。八高一宇の理念をもたらす存在にまで登られませ。その道は我等の知謀が舗装してご覧に入れましょうぞ」



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