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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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万民平等の夢


 この日、王都ガルディブルクは異常な程の熱気に包まれていた。

 盛夏を迎え南方より湿気を帯びた暑い空気が入ってくるせいもあるだろう。


 だが、王都が熱く燃えるように盛り上がっているのは、復興なった王都中心部を征くル・ガル国軍12個師団のパレードが行われているからだった。


 ――――次なる一群は南方アッバース家直臣

 ――――サルク・アルム・ロウハーニー卿率いる銃兵隊

 ――――その威力は雷光の如し


 アッバース家を支える直臣はサイイードと呼ばれ20を数える強力な家臣団だ。

 ただ、彼らは長年の忠誠や恩義では無く、共通した信仰の教義に従って一門を形成するイヌの社会でも特殊な家系だった。


 そんなサイイードの20家それぞれが強力な銃兵や砲兵を擁し、騎兵に成り代わりル・ガル国軍の首魁となろうとしている。国民はそれを不安視しつつも、幾多の争乱を乗り越えてきたカリオン王の差配という部分で飲み込んでいた。


「これで対抗出来ますな」


 ガルディブルク城のバルコニーからパレードを見下ろしていたカリオンは、財務を預かるアッバース家の才人、アリー・パラーフヴィーに声を掛けられた。


「軍費は何とかなるか? アリー」


 イヌの中でも商才に長ける者が多いアッバース一門だが、その中でも白眉の存在であるアリーは、ル・ガル総合大学にて経済学部門の教授職に就いていた。その豊富な経済的知識と共に、茅街から来たヒトの男から経済学を学んだとされている。


「全く問題ございません。おそらくル・ガルは……10年は優に戦えるだけの財力を備えております」


 短く『そうか』と満足そうに応えたカリオン。

 再び眼下のパレードに目を落とすと、今度はレオン家の王都防衛隊が再編成された騎兵連隊が城に向かい敬礼しているシーンだった。


「従来の戦では戦費の大半を行軍中の食料や飼料が占めたはずだ。だが、これからの時代の戦は……恐らく消耗戦となるだろう」


 敬礼を返しつつカリオンはそう応えた。それに対しアリーは『それも心得ております』と冷静な声で返し、隣に居た工務長官とアイコンタクトを交わした。


 ル・ガル最大の産業都市でもある古都ソティスの内部では、各工房が過去に例の無い規模で規模拡大と増量生産に汗を流していた。そしてそれらを管理し、流通に目を配り、各連隊の消耗品欠乏を防ぐべく巨大な物流網が形成されつつあった。


 その全てを取り仕切っているのは、北方ジダーノフの領地よりやって来た1人の青年だった。彼はその類い希な才能をル・ガル総合大学で開花させ、ル・ガル全土に効率的な流通網を敷くべしと卒業論文でまとめていた。


「小官の予測ではありますが、各物流網の効率は現状の10倍程度まではまったく破綻しないと考えておりまして、玉薬や補修部品。更には衣類や医療品。更には各嗜好品に至るまで万全の供給体制が整っていると確信いたします」


 若々しいその声に『そうか』と返したカリオン。

 その眼差しは今だ若い青年の双眸に注がれていた。


「で、ニック。君の見立てではどうかね。あのとんでも無い連中とやり合えるか?」


 カリオンがニックと呼んだ青年。ニコライはニッと笑って言った。


「我がル・ガルの道を阻める者など存在しませぬ。仮に立ちはだかったなら、ル・ガル国軍の餌食となるように私が手配いたします」


 ニコライ・アリエフ


 彼は全くの無名ながら、その才覚と卒業論文に記された類い希な知見により大幅に序列を飛び越えて抜擢された若き文士だった。兵学の欠片ですら理解のない存在であるが、カリオンは敢えてそんな人材をこの重要なポストに据えていた。


「そうか……君が言うのであれば信じられるな」


 満足そうに再び眼下へと目をやったカリオンは、市民の拍手にあわせ、自らも拍手して王都を出撃する一団を祝福していた。その姿を見ていたキャリもまた、バルコニーの上で拍手をし続けていた。


「父上」

「なんだ?」


 何となく不安そうな声を上げたキャリ。

 カリオンは軽く笑みを浮かべながら振り返った。


「父上も出陣されるのですか?」

「当たり前だ。勿論お前も行け」


 そんな親子の会話を聞いていたサンドラは、奥歯をグッと噛んで表情を硬くしていた。ライオンやヒョウと言った一族の強さはサンドラも聞いている。そんな所へ喜んで息子を差し出す母親など存在しない……


「ただし、お前は本営にいて戦局を学べ。それだけでも大きな知見を得るだろう。これから幾多の試練をお前は迎える。その時、辛抱強く、粘り強く、事態に対処出来るようになる事が重要だ」


 かつて自らが経験した様々な戦局を思えば、息子キャリにも学ばせておくべき事は多い。だが、銃兵が登場し一撃で人が死ぬ時代に、たった1人の跡取りを出す訳には行かない。


『分かりました』と応えるキャリだが、それでもサンドラの不安は消えなかった。










 ――――――――帝國歴393年 7月 11日

           王都ガルディブルク












「さて」


 軽い調子で振り返ったカリオン。その眼差しが見つめているのは、暗緑色をした詰め襟の衣装に身を包む5人のヒトだった。


「そなたらの見識と知識とを我等に伝授せよ」


 その言葉を聞いたヒトの男は背筋を伸ばして敬礼した。ル・ガル式の拳を頭に当てるものでは無く、よりスマートに伸ばした掌をこめかみに当てるヒトの世界のそれだった。


「心得ております。ヒトの世界で延々と繰り返された闘争の記録と、その分析による新しい戦術の開発は、全て勝利を求める為の物でした。順を追って経験を積み重ねれば、やがて最強の軍隊となるでしょう」


 それを答えたのは、タカが連れてきた見ない顔の男だった。


「君の能力に期待している。我等の勝利に助力を」

「大命を承ります」


 己の胸に手を当てそう応えたヒトの男。

 タカとエツジに促され、その男は一歩前に出てバルコニーから下を眺めた。


「この勇壮な一団により、全てを粉砕撃滅してご覧に入れましょう。天覧の栄誉に預かれる事を小官は誇りといたします」


 顎を引き、常に上目遣いで物を見るその男は、見事なまでの三白眼を炯々と光らせてカリオンを見ていた。誰が見てもただ者じゃ無いと解るその立ち姿には一分の隙も無かった。


「大佐」

「それはよしてくれ。現段階においてあの街の代表はあくまで君だ」


 大佐と呼ばれたその男の襟章は赤三本の横線に☆三つの高級将校だった。

 飾緒を5本も下げたその男は、明らかに参謀本部出身のエリートだった。


「では、何とお呼びすれば宜しいでしょうか?」


 タカは背筋を伸ばしたまま、あくまで上官に対する態度を貫いた。それは、上意下達を本分とする軍隊と言う組織に身を置いた者の習性の様なモノだった。タカは帝国陸軍においてはただの大尉であった。

 それ故に、高級将校への接し方がまだまだ抜けてはいなく、市ヶ谷で学んだ者の性として、生涯抜ける事は無いと思われた。


「……私の名は政信なのだからマサで良いよ。アチコチ飛ばされ左遷されまくった不良参謀だ。せめてこの世では役に立たねばな」


 そんな会話を眩しそうに眺めているエツジ。彼は今、歴史の授業で習った日本の三大マッド参謀がここに居る事に妙な感慨を覚えていた。だが……


「なるほど。ではこれからマサと呼ぶ事にしよう。頼むぞ」


 カリオンの言葉にマサは緩やかな敬礼を返し言った。


「理屈ばかりの役立たずながらも頂いた大役、微力を尽くします――」


 物腰の柔らかな初老のマサは、右肩に下げられた飾緒を弄って続けた。


「――手前共の夢見た民族共和の理想。八高一宇の精神をもって万民和平を実現いたしましょう。この飾緒を再び頂けたのですから、後は勝つだけです。負けて良い事など1つもありますまい」


 マサは胸を張って言った。


「如何なる文明で有ろうと、戦とは正義の衝突であります。双方が自らの正義を信奉し争うのなら、負けて実現せしむる理想など有りますまい。勝って己の正当性を担保し、それを以て太陽王の理想を天下万民に広く広げましょうぞ」


 マサの言う正義の衝突は、すなわち最終戦争論その物だった。

 黙って話を聞いていたカリオンは、八高一宇の言葉に首を捻った。


「で、その八高一宇とはなんだ?」


 喰い付いた!と、僅かな歓喜を見せたマサが音吐朗々に八高一宇を説明し始め、タカを含めた多くの者がそれを聞いた。そして、全員が笑顔になっていた。太陽王を頂点とし天下万民を幸福に導く論理があると、この時は全員が思ったのだった。

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