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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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音封石とウサギの暗躍

~承前






 ソティスの街でキャリが立太子の儀を行ったと言うニュースは、瞬く間にル・ガルどころか世界中を駆け巡った。多くのル・ガル国民がカリオン王は覚悟を決めたのだと理解した。


 ただ、太陽神の加護があるかどうかの聖断儀式をキャリは経験していない。その一点だけに国民の不安が混じっていた。しかし、それと同時に現在の国難ではそんな事を言ってられる状況では無い事も理解していた。


 口さがない者は『太陽王は自らの正当性に対する疑義を誤魔化す為にライオンやヒョウを招いたのだ!』と寝言にすらもならない事を喚き、現太陽王の正当性を否定する者すら現れた。だが……


 ――――未曾有の国難ぞ!


 その空気がそんな者達の戯言を容赦無く塗りつぶしていった。日々配信される西方地域の窮状を前に、単なる思い込みや勘違いや、もっと言えば個人の感情論から来る現政権への反感的感情などを容赦無く粉砕しているのだった。


「陛下」


 古都ソティス中心部。漆黒に塗られた城の中枢部にカリオン政権の要諦が勢揃いしていた。そんなカリオンに歩み寄ったルイは、小箱の中から何かを取りだした。


 それは、ソティス北部の山岳地帯で粉砕されたクマの一団が持っていたものだった。それほど大きくはない小箱だが、何となく使い道は察しが付いていた。


「何だこれは?」

「正体は分かりませんが、何かの連絡手段に使われる道具かと……」


 ルイが差し出したのは、この世界でもっとも進んだ魔導体系を持つ地下国家。ウサギの国で造り出された音封石と呼ばれる魔法の音声レコーダーだ。だが、その音封石には更なる秘密があった。


「……もしや、遠隔地と会話が出来ると言うヒトの道具の……」


 カリオンの問いにルイがコクリと頷いた。バテリなる石をさした小さなカラクリは、街の反対側と遠隔通話が出来る不思議な道具だった。幾度かそれを茅街で見ていたカリオンは、魔法の新たな使い方に目眩を覚えた。


「どうやら間違いありません。ウサギが一枚噛んでいます」

「……宜しい。卿は引き続き北方への備えを頼む」

「御意」


 明瞭なルイの返答を聞いた後、カリオンは深い溜息をこぼした。


「どうされました?」

「いや……な……」


 カリオンは手近にあった椅子に腰掛け、自らの髪をかき上げながら言った。


「遠い日……まだ余がビッグストンの学生で在った時代、ヒトの世界の知識を学ぶ場に恵まれたのだが――」


 カリオンがそう切り出したとき、ルイはかつて何度か聞いた、カリオンを育てたヒトの男の話を思いだした。


「――その中で繰り返し繰り返し教えられた事がこれだったのだ」


 カリオンの言葉が理解出来なかったのか、ルイは不思議そうな顔で首を傾げ王を見ていた。それと同じように、ボルボン家の家臣達も不思議そうな顔だった。


「それは?」

「難しい事は無い。至極簡単な話だ。つまり……」


 カリオンは目を伏せて床に敷き詰められたカーペットを見た。そこに描かれているのは、ボルボン家が辿ってきた苦難と苦闘と、そして成功の歴史だった。酷い荒れ地に入植した彼らは、筆舌に尽くしがたい艱難辛苦を乗り越えてここに至った。広大な荒れ地を田畑へと変え、そこに根を下ろしてやって来たのだ。


 そしてそれは、イヌの歴史と言っても良い事だった。全ての種族の中で最も勤勉に実直に働いた彼らは、気が付けば世界の小作農に落ちぶれていた。それでもイヌは働いたのだ。真面目に働いていれば、やがて必ず報われると信じていたから。


 だが、それ以上に勤勉な種族がそこに居る。彼らはある目的の為のみに、徹底して研究し続けてきたのだ……


「……ヒトの世界の技術がなぜこれ程優れているのか?について問うた事があるのだ。その時の答えを余は震える思いで聞いた。何と言ったと思う?」


 まるで教師のように問いを出したカリオン。

 ルイは軽く首を振って『わからない』を応えた。


「ヒトは……ヒトがヒトを殺す道具だけを実直に勤勉に研究し続けたのだという」


 カリオンの言った言葉にルイは再び首を傾げた。

 この言葉のやり取りをする魔法具とカリオンの言葉が結びつかなかったのだ。


「王よ……この道具とそれと……」


 途切れ途切れの言葉で問うたルイ。

 カリオンは立ち上がってから数歩下がってルイに言った。


「この距離ならば声が届くであろう。だが、この城と城下ではどうだ。荒れ地を挟んだ距離では? 複数の軍が連動して動く事は訓練の積み重ねで出来よう。だが、臨機応変な運動をせしめる場合にはどうすれば良い?」


 カリオンの言葉を聞いたボルボン家の者達全員がハッとした表情でいた。多くの場合は伝令を走らせ言葉を繋ぐ必要があった。それは当然のように時間差を生み、また伝令が途中で倒れれば言葉は繋がらない。


 結果、各軍の将は独自の判断で軍を指揮せねばならない。自力で勝れば場面場面の戦で勝利する事は出来る。だが、もっと大きな……戦略レベルでの戦闘に於いては、確実に負けるだろう。


「……ヒトはそこまで見越してかようなモノを拵えたのでしょうか?」


 ボルボン家の家臣団に属する者がそう問うた。

 カリオンはその問いに首を振って答えた。


「いや、最初は全く違う形だったのだろう。だが、戦で使えると分かったとき、それは爆発的に発展したのかも知れん。ヒトの世界を垣間見たモノなど居ない故に、全ては想像だ。だが――」


 カリオンの表情がスッと陰った。

 そこにボルボン家の者達は難しい問題の存在を感じた。


「――キツネの中で九尾と呼ばれる……生物を超越した存在が居る事は諸君らも知っていよう。あの九尾は全て、ヒトの転生した存在だという話だ。この世界に転生してきたヒトの魂は、キツネの姿をしたまま、種を超越し生物の壁も超越するのだという。ならば、ヒトの世界の知識や思考と言ったモノまで、この世界に持ち込んでいる可能性が高い」


 王の言った言葉を要約すれば、要するにヒトとの直接対決に備えろと言う事かも知れない。キツネの姿をしたヒトの集団が世界中を巻き込んでイヌと対決しようとしている。


 その可能性をかぎ取ったボルボン家の中は、旧にソワソワとした空気に包まれだした。過去に経験の無い戦が始まろうとしているのだ。そしてその戦の首魁は、紛れもなくボルボン家になるだろう……


「では……」


 ルイは薄笑いを浮かべてカリオンを見ていた。

 それは、やる気を漲らせた若者らしい笑みだった。


「あぁ。諸君らの働きに期待している。イヌの平穏を護る為だ」


 ルイへと歩み寄ったカリオンは、その肩をポンと叩いた。その時、ルイはその身体の全てに凄まじいまでの魔力が流れ込んだような武者震いを覚えた。


 王の信頼


 言葉にすればそれまでだろう。だが、このボルボン家にあって一度は謀殺され掛けた少年は、想像を絶する駆け足で大人の階段を駆け上ろうとしていた。


「ルイ。無理はするな。だがその義務と責務から逃げるな。ル・ガルに栄光あれ」


 手短なその一言でルイの顔が変わった。

 少年の面影を残していた1人のイヌが男へと成長した。


「畏まりました……」


 一歩下がったルイは自らの胸に手を当て、深々と頭を下げた。

 そして、その顔を上げた時には笑みを浮かべていた。


「ヒトの知恵と知識を持つ者が相手なのだ。ビッグストンで学んだ事は役に立たないと考えよ。予想外の事をしてくるのだろうから、臨機応変に対処せねばならないのだ――」


 カリオンの眼差しに憂いと不安が混じった。ただ、その理由をルイは分かっていた。未来有る若者を無為に失いたくは無い。そんな優しさと責任感とが混淆した感情なのだ。


「――無理な突撃は避けよ。まず後退し状況を確かめねばならん。力圧しでは無く戦術と戦略とを持って対処するのだ。場面場面で負ける事はやむを得ない。最終的に勝てば良いのだ。常勝を望むな。最終的勝利のみを考えよ」


 訥々と語るカリオンを見ていたルイは、その胸のウチが一杯になるのを感じた。


 …………王は心配してくださってる


 それを言葉にせずとも、充分に伝わってきているのだ。


「畏まりました。北方と東方への護りはお任せください。どうか王におかれましては西方の――」


 ルイは胸を張り、自信あふれる笑みで言った。

 若者らしいその姿に、カリオンは自然と目を細めた。


「――あの蛮族を撃退するべく向かわれるのでしょう。後顧の憂いは何もありませぬ。どうかご存分に」


 カリオンは黙って『ウム』と頷いた。そんなシーンを黙って見ていたキャリは、王と臣下の理想的な関係を見た気がした。何より、父の見せる手本としての姿に心を揺さぶられる思いだった。


「よろしい。明朝ガルディブルクへと立つ。全員抜かりなく仕度せよ」


 その一言で全員が動き出す。ややあって簡単なモノではあるが夜食が供され、カリオン達はそれを腹に収めて床についた。だが、その床についた時こそ、実は最大の危機が訪れるのだった。

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