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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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立太子

~承前






 ――諸君

 ――事態は残念な方向に進みつつある


 山を下りてから緊急伝を読んだカリオンは、一も二も無く駆け出した。全員に『とにかくコーニッシュへ全力で走れ!』と指示を出しつつだ。城からの緊急伝にあったのは、ネコの国を通り越した更に彼方の諸国家連合によるル・ガル侵攻の緊急通達だった。


 ライオンやヒョウと言った、イヌやオオカミなどでは比肩できない獰猛な種族による侵攻作戦。正直、それだけならどうにかなり得るとも思える部分がある。だがしかし、それで済まないからこその緊急通達なのだった。


 ――ゾウ……か……


 そう。ライオンやヒョウと言ったトラに比肩しうる一族の国家にあって、それらを横目に悠々と過ごす一族が居る。彼らはイヌやトラを遙かに凌ぐ巨躯を持ち、ネコを越える長い寿命と凄まじいまでの力を持つのだ。


 ゾウ。そして、サイ。


 イヌなどをの種族が見上げるほどの巨躯を持つ彼らは、その長い寿命もあってこの世界の調停者としての役割をも担っていた。彼らはこの大陸が果てる先……広大な大海原に暮らす更に巨大な一族――クジラ――達と連係し、この世界を記録し続ける役だった筈だ。


 ――何が起きているのだ……


 鞍上で全力疾走を続けるカリオンは、その頭脳をフル回転させて理由を考え始めていた。だが、なんど思案に暮れようとも、導き出される答えは一緒だった。


 ――あのキツネめ……


 人の心に作用するという力を持つキツネだ。

 空間を飛び越え数多の地へ飛べるあの存在が裏で糸引いているのは間違い無い。


 ――どうしても思うようにせねば気がすまんか……


 あのキツネははっきりと言い切った。『邪魔をされるのが嫌だ』と。つまり、自分の思うがままに事態を転がせる事が至上なのだろう。その思惑は解らぬが、少なくともまともな処置で済む事態では無い。そして何より国が持たぬ危険がある。まず国を健やかにせねばララの救出もままならない。


 ――出来る事なら……

 ――あの荒れ地での戦闘辺りからやり直したい……


 ふとそんな事を思ったカリオン。父ゼルを失った辺りから、どうにも逆風ばかりな気がしてならないのだ。ただ、そんな悪い想いを抱きつつも、休憩を挟みつつ2日でコーニッシュの街へとカリオンは戻った。


 しかし、そこでカリオンを待っていたのは、更に酷い緊急伝だった。隣で覗き見ていたオクルカがガクッと膝を付くような酷い内容の通達。それは、フレミナを挟んだ更に北方の種族。トラの男を一撃で屠る者達――クマ――の一群が南下を開始したというのだ。


「……これでは……国が……亡びる……」


 ボソリと零したカリオンは左手を額に添え、コーニッシュの幕屋でグルグルと歩きながら思案した。かつてゼルが何度も見せた深い思考に沈んでいく姿。それを色濃く受け継いでいるカリオンは、幕屋の中で歩くのだった。


 ――考えろ

 ――考えろ

 ――思考を止めるな


 そんな事をしている間に日は暮れ、夜間に入ると光通信による緊急通達が恐ろしい速度で飛び交った。そして、事態は悪化の一途を辿った。


 ――――獅子を中心とする一群がル・ガル西部に侵入

 ――――レオン家の総力を挙げて対処するも暫時後退中


 西方地域より送られてくる伝文はジョニーの名前だった。既にレオン家を勘当された身では有るが、こんな時の結束はやはり強いらしい。


 ただ、その文面の行間から読み取れるのは、ジョニーの悲壮な覚悟だった。相当な犠牲を払って遅滞防御戦闘に及んでいるらしい事が読み取れる。そして、相応に犠牲者が増え続けている事も……


「陛下。ボルボン家よりです」


 無造作に突き出された報告書を受け取ったカリオンは、怒る前に目を走らせていた。それは、ボルボン家からやって来たクマに対応する彼らの戦闘報告だ。


 ――――北方山岳地帯を越えたクマの一団

 ――――ボルボン家所領北限地域にて撃退せり

 ――――寒冷地における砲の威力は大なり


 ルイの書いて寄こした文章には笑みを噛み殺す様な文言が並んでいた。


 曰く、体力優位とは言え山岳を越すのには苦労を伴ったと見えり……と。或いは、巨躯故に当てやすく、粉砕せし仲間を見て足を止めた……と。そして、その挙げ句はつるべ打ちだった。凄まじい威力を持つ100匁砲の破壊力で、クマの一団は粉砕された様だ。


 ――こっちは問題無いな……


 何も言わずに笑みを浮かべたカリオンは、それをオクルカに見せた。同じように報告書を読んだオクルカはホットしたような顔でいる。だが、そのクマの一団が通過したのは、間違い無くフレミナ領内の筈……


「オクルカ殿。銃兵を一個大隊ほど派遣するのでフレミナへ戻っては?」


 少なくとも、オクルカとて所領の安否は不安であろう。

 それを見ていたエルムは、父カリオンの気の回し方を黙って眺めていた。


「……まことにかたじけない」


 オクルカはスッと頭を下げてそう言った。

 少なくとも家族がそこに待っているのだ。


「クマの戦闘能力は侮れないですからな」


 カリオンも幾度かはビッグストンでそれを見た事がある。強い体躯と膂力を持つが、以外にも敏捷でしかも持久力がある。短距離ならばダッシュ力を持ち、その厚い毛皮は矢尻を受け付けない。


 はっきり言えば雪原をあるく小さなゾウだ。少々の手立てでは対抗措置すら取れない一族。そんなクマを相手に、オオカミは団結と連動で封じ込めを図ってきた。だが、その現状が崩れた以上は対策が必要だった。


「アブドゥーラ」


 首だけ動かしカリオンはアッバースの主を呼んだ。

 そのアブドゥーラは満面の笑みで静かに言った。


「心得ております。幸い砂漠に暮らした民は寒さへの備えもしてあります。また、そろそろフレミナ地方にも暖かな風が吹く頃でしょう。何も心配要りませぬ」


 アブドゥラは振り返り側近をひとり呼んだ。


「ジャミル。そなたに一働き願いたい」

「おやすい御用だ。オクルカ殿。早速参りましょう」


 隆々たる体躯の若者が進み出てそう言った。真っ白な体毛を持ち他のどんな一門よりも長いマズルを持つその青年は、砂漠に暮らす者達の中でも、最も古い歴史を持つ氏族のひとつだった。


「宜しい。ジャミル。頼むぞ」

「お任せください」


 カリオンの言葉に自信たっぷりの言葉を返し、ジャミルは早速行動を開始した。

 オクルカと共にコーニッシュを出ていく後ろ姿を見送り、カリオンは静かにエルムを呼んだ。


「キャリ。これよりル・ガルは再びの動乱を迎える。キツネの国との全面対決だ。負けるつもりなど微塵も無いが、我が国は過去経験した事の無い時代を迎えるかも知れん。それは解るな?」


 穏やかな口調で切り出したカリオン。エルムはキャリと呼ばれた事で公式な出来事だと理解し『勿論です』と応えた。キャリとてビッグストンで学んだ男だ。社会情勢や趨勢の変化にも理解が深い。ただ、そんなエルムとてカリオンが切り出した言葉には絶句してしまった。


「これより古都ソティスへと向かう。そこで立太子の宣言を行う。それからガルディブルクへと向かうが、そこで国家を上げた総力戦体制に移行する」


 側面より灯りに照らされたカリオンの顔には深い影が落ちていた。だが、影以上にエルムが驚いたのは、その老いたような顔立ちだった。まだまだ若いはずのカリオンだが、灯りに照らされるその顔はまるで老人だ。だが……


「……余も前線に立つぞ」


 その言葉は、室内にいた全員が『え?』と声を上げた。しかし、当のカリオンは何ら構う事無く言葉を続けた。さも当たり前だと言わんばかりに。


「余もまた一人の騎兵ぞ。未曾有の国難に立ち向かうには、戦力は多い方が良い。そしてシュサ帝の戦死を想えば、国家体制を盤石にしておく必要がある」


 つまりそれは、戦死を前提とした王位継承への準備だと言外に宣言したに等しい言葉だ。想像を絶する国難を前に、国家指導体制の冗長化を図っておかねばならないからだ。


 ただ、そうは言っても太陽王の生前退位など過去に記録が無い。その寿命を全うし後続に継承されるか、若しくは戦死だ。故に『では……』と、エルムが何かを言おうとして、それをカリオンは手で遮った。


「太陽王とはただの肩書きに過ぎない。その本質はイヌの国家体制を盤石にする為の、ただの制度だ。故に、余の身に何事かが起きたなら、お前が跡を継げ。それしか無い」


 その言葉に、幕屋に居た誰かが『カリオン二世』と呟いた。聞けば遠くライオンやヒョウの国では、統合王朝の王になった者は出自の名を受け継ぐという。それに倣った対処なのかも知れないが……


「父上は?」


 不安げに問うたエルムの横顔は、すでにアージン一門の風格が出ていた。だが、その奥深くには、まだまだ経験浅い若者の……では無く、まだまだ年幼い子供の不安が見え隠れしていた。


「それはこれから考える。だが、イヌの国家が未来永劫絶える事無く続く事を最重要視せねばならん。余が死んだとしても、ル・ガルが続くのであれば、それは意味の有る死だ」


 カリオンは笑みを浮かべキャリを見ながらそう言うのだった。

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