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それぞれの運命

 リリスを抱きしめたカリオンは子供の様に笑っていた。

 太陽王の孫として生まれてきた少年はどれ程孤独だったのか。


 親の愛情を知らず常に孤独だったジョニーは、誰よりもその辛さを良く分かっていた。

 そして、山岳地帯の駐屯地で育ったアレックスもまた孤独だった。同世代の友達が一人も居ない環境で育った寂しさは言葉では言い表せない。

 そんな二人だからこそ、カリオンの孤独を良く理解していた。そして、再会を喜ぶ理由もまた、理解できるのだった。


「こっちがジョニー。ガルディブルク一番の遊び人で無頼のジョニー。で、こっちはアレックス。北部山岳地帯出身で雪原を渡る風と部族名を持っているアレックス。で、俺は」


 カリオンの目がジョニーを見た。

 言えよ!と、そう言っていた。


「このマダラ野郎はエディだ。散々殴り合ったが、最後まで勝てなかった」

「そうなんだよ。本気でやり合ったんだぜ? だけど倒れないんだ。誰よりも強い」


 ジョンの口から出たエディの名にリリスが意味を理解したようだ。

 何処か嫉妬するような目でカリオンを見ていた。


「友達は知っているんだね」

「なにを?」

「カリオンの本当の名前」

「……うん。そうだ。知ってるんだ」


 カリオンの手を握り返したリリスは、ジョンとアレックスへもう一度頭を下げた。


「公爵様。侯爵様も。申し訳ありません」


 ジョンがチラリとアレックスを見た。

 アレックスは苦笑いしていた。


「やっと、待ち人に会えました。お待たせしたのですが」


 ジョンとアレックスは胸に手を当てて頭を下げた。

 女性の前だからと言う事では無いとカリオンは感じた。


「太陽王の公孫親衛隊は周辺警戒に移るので……」


 途中まで喋ったジョンはアレックスへ目配せした。

 続きはお前が喋れと、目がそう言っていた。


「……どうぞごゆるりとお過ごしください」


 ジョンとアレックスは公孫親衛隊と言い切った。

 そしてリリスへ礼を尽くした。

 

 つまり二人は、リリスがカリオンの(きさき)となると踏んだのだ。

 そして、そうなるようにお膳立てするから、ちゃっちゃと一戦交えてこいと。

 言葉にしないだけで、そう言い切っていた。


 カリオンは少しだけ頷く。

 それを確かめたジョンはアレックスに目配せしてから、回れ右して辺りを見回した。

 グラーヴ卿の娘が呆然とカリオンを見ていたのを見つけた。


「よぉリディア」

「ジョン……」


 片方の唇だけを引き攣るように持ち上げたジョンは、嘲笑うような表情だった。

 そのジョンを総毛立ったような表情で見上げたグラーヴ家のご令嬢は、半泣きだった。


「先に言ってよ」

「相手が何者か見抜くのも必要ってこった」

「でも……」


 両手をグッと握り締めた両家のご令嬢は、カリオンを見て震えていた。


「後で泣くなよって、それだけは先に言ってあったんだがなぁ」

「そんなこと言ったって、マダラの男なんか」

「まぁやっちまった事は仕方がねぇし、あの二人は特別ってこった」


 ジョニーは懐からハンカチを取り出すと、そのままリディアと呼ばれたグラーヴ家のご令嬢の頬へ添えた。

 その手に自らの手を重ねたリディアは半泣きのままジョニーを見ていた。


「あの男は太陽王になる男だ。俺はそう見ている。士官学校にいる誰もあいつには敵わない。そんな実力の持ち主だ。で、お前も見たろうが、あいつの守護神は太陽神だ」


 あまねく地上を照らす最高神。その存在と契約したイヌの男。

 玉の輿を狙う女からすれば、そこにいたマダラこそが最高の存在と言う事だ。

 だが、全ては手遅れで、しかも致命的なミスを犯した。

 もっと言えば、その存在の腕の中に居る女は、自分の家の格だけでなく十全を尽くしてなお届かないであろう雲の上の存在だ。


「ねぇジョン」

「ん?」

「せめて今夜は私と踊ってよ」

「なんで?」

「お別れに」


 涙を拭いたハンカチを自分のドレスにしまいこんだリディア。

 その目がジョンを見上げていた。


「あんたは公孫の親衛隊でしょ。そんな男と踊れるなんて、今夜がきっと最後よ」


 リディアの手が持ち上がる直前。ジョンの手が迎え出るようにリディアへ向けられた。

 女から誘うのはマナー違反なのだから、本来あってはならない事だ。

 故にジョンは先に手を出した。その少女へ恥を掻かせないように。


「あのマダラを鼻で笑ったあたしが居れば、あんたは一生棒に振るかもしれない」

「知るかそんなの。俺にはかんけーねぇ」

「周りがあれこれ言うでしょ?」

「言いたい奴には言わせとけ。あいつは……」


 ジョンはふとカリオンを見た。まだリリスを抱きしめて、ホールに立っていた。

 再び前奏曲の静かな調べが流れる中、カリオンもリリスもずっと話をしている。


「あいつも、そう言う事はいっさい気にしてねぇし、学校の中だって散々あった」


 ジョンの手を取ったリディアは泣き笑いでカリオンを見ていた。


「あなた。外れ一位なのね」

「そう言うこった。だけど、あいつなら仕方がねぇ。それだけのモンを背負ってやがるし、その実力がある」


 ジョンの手がグッとリディアを引っぱった。

 彼女は誘いこまれるようにジョンの胸に着地した。


「俺に惚れてるか?」

「当たり前じゃ無い」

「じゃぁ素直にカリオンに謝れ。そしたら」

「そしたら?」

「あいつは笑って赦すだろうさ」


 ジョンの腕がギュッとリディアを抱きしめた。


「本当はやりたくなかったが、自分の家を名乗っちまった。明日から面倒な事になるのは目に見えてる。だから」


 ジョンの腕の中でリディアは泣いた。これからどんな言葉が出て来るのか、その察しがついたのだ。

 どこまでも不器用で曲がった道ですらも真っ直ぐに歩かないと気が済まない性格のジョニー。そんな男が自分を胸の中に引き入れた以上、冗談や余興でない事など明らかだ。


「……だから、お前が必要だ」

「ジョン」

「どいつもこいつも、こっちの都合なんか関係なく女を押し付けてくる」


 カリオンほどでなくとも、公爵家の後取り息子に嫁を差し出したい下級貴族は掃いて捨てるほど多い。ジョンへ娘を宛がってくる貴族は多いのだった。

 馬房で出番を待つ愛馬の鞍を手渡し『門限はないから楽しんで来れば良い』と、小遣いを切って貰う事もしばしばだった。


「俺のそばに居ろ。いつも着飾って、いつも良い女になって、で、いつも」


 ジョンの目が真っ直ぐにリディアを見た。


「公爵家の嫁にふわさしい、立派な人間っぽく振る舞ってくれ。後は俺が何とかする」

「うん。わかった」


 軍楽隊がワルツを奏で始めた。

 ジョンはリディアの手をとって踊り始めた。

 優雅にターンを決めて振り返ったとき、カリオンとリリスが居なかった。


 ――――戦果重畳を祈る!


 ふと、ジョンはそんな事を思って、そして目の前の女に集中した。

 統一王ノーリと共に戦線を駆け抜けた公爵五将家の一つ。

 レオン家の衛星貴族として三百年前に分離独立していったグラーヴ家のご令嬢だ。

 兄が二人いたはずだが、ジョンの父と共に西部戦線へ出征している筈。

 三百年の時を隔て、本家へと帰ってくる血筋にジョンは思いを馳せていた。




 同じ頃。

 学生指導室。




「そう気を揉まれますな。カウリ卿」

「しかし、そうは言ってもだな」


 忙しなくワインを口にしていたカウリ卿は時計を気にしていた。

 舞踏会会場へは中庭を挟んでちょっと先だ。

 様子を見に行けば済む話だが、カウリ卿もまた部屋に引きこもっていた。


「心配なら見に行かれるが良いでしょうに」

「親がしゃしゃり出る問題でも有るまいて」

「ならば、泰然とされるがよろしいのでは?」


 嗜めるようなロイエンタール伯の言葉にカウリは苦笑いを浮かべた。


「ワシの娘を太陽王の妻にしたい。いや、せねばならんのだ。それだけの事をワシはしてしまった。その贖罪じゃ」


 罪の告白をするように、カウリ卿は重い息を吐き出した。

 静かな部屋の中に、舞踏会会場から大きなどよめきが上がったのが聞えた。


「さて、どちらが名乗りましたかな?」


 ロイエンタール伯もワインを一口飲んでから、カウリ卿へ微笑みかけた。

 今すぐにでもこっそり見に行きたいとしている太陽王の宰相は、鼻の頭を擦った。


「まさか太陽王の孫がマダラだとは想うまいて」


 寂しそうにそんな事を言ったカウリ卿だが、その直後によりいっそう大きなどよめきが聞えた。

 指導室の窓ガラスがビリビリと音を立てるほどだった。


「きっとコッチがカリオンでしょうな」

「あぁ。そうだろうな。明日当たり、退学届けを持ってくる奴が沢山居るぞ」

「公孫と知らずマダラを殴ってしまいましたとな」


 クックックと酷い笑いをした二人。

 小さな瓶一本分のワインを飲みきり、壁越しに舞踏会の会場を思い描いた。

 遠くから軍楽隊の調べが流れ始め、やがてそれはガルディブルク円舞曲へと変わった。


「始まりましたな」

「あぁ。上手く行ったと願いたい」


 満足げな沈黙が続き、第一楽章が終るまで二人とも黙っていた。

 だが、そんな沈黙を引き裂くように、学生指導室へ情報担当将校がやって来た。

 肩から下がった飾緒(しょくちょう)に幾つもペンを挟んだ将校は、全くの無表情でぶ厚いファイルをカウリ卿へと差し出し「受領確認願います」とペンを差し出した。


 そのファイルには赤い文字で最重要機密と書き加えられ、専用の蝋印で封がなされていた王家専用規格だった。


 怪訝な顔で見ているロイエンタール伯だが、カウリ卿はサインを入れてからファイルを受け取ると、小刀で蝋封を削り取り、そして中の書類を読み始めた。


 そして、手にしていたワイングラスを床へ落とした。

 零れた赤ワインがまるで血の様に床を流れていった。


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