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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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狐国侵攻作戦 14

~承前






「陛下!」


 声を荒げたドリーの声でカリオンは我に返った。

 全身をびっしょりと寝汗で濡らし、絞れるほどに髪までも濡らしている。


「……大丈夫ですか?」


 声を震わせ言うボロージャは、足を振るわせていた。

 その姿はまるで叱られる子供のようだった。


「……悪夢を見ていたよ」


 咄嗟に口を突いて出た言葉だが、間違いでは無い。まだ夜が明け切れていない時間帯だが、カリオンの幕屋には多くの首脳が集まっていた。


「すまんが水を一杯くれ」


 カリオンが手を出すと、近習の者達がスッとグラスを差し出した。王の行く先々で王の手足となる彼らの努力は、こんな荒れ地の真ん中でもガラス器が使われている事に現れている。


 そのグラスに注がれた透明な水を飲み干し、カリオンは大きく息を吐いた。懊悩を吐きださんとするその姿に、皆が王の苦悩を知った。


「……うなされていたか?」


 ドリーに向かってそう問うたカリオン。その問いに対し、涙目になって首肯したドリーは『うなされるどころではありませんでした』と応えた。


「王の叫び越えで目を覚まし、自分は文字通り飛んできたのですが……」


 改めて見れば、ドリーにもボロージャにも鋭剣を腰に佩た戦闘態勢だ。つまりはカリオンが何かと戦闘している……と、誰もが思ったと言う事だろう。


 部屋の隅で警戒を崩さないヴァルターなど、胸甲を当てて槍を持っている。そのすぐ近くにいたアブドゥーラは銃を3丁持って立っていた。再装填の時間が惜しいので、装填済みを幾つも持っているのだろう。


 ――あぁ……

 ――こうすれば騎兵でも複数回射撃出来るな……


 妙な所で感心したカリオンだが、検めて夢の中の出来事を思いだした。リリスの夢に現れたイナリは最後に人の姿をして見せた。いや、人では無くヒトだった。その姿は薄衣をまとったヒトの女だった。


 ただ、その姿は女神とは言いがたい……恐ろしい魔神のようでもあった。左に剣を携え、右の手には何か穀物の穂を持っている。だが、その穂と共に持つのは何かの肉だ。それも、血の滴る肉。


 それは、豊穣と豊食の神であり、死と破壊の神でもあると言う事。聖導教会にある女神像には、プレートメイルをまとう女神がいる。その女神像は槍を持ち、反対の手には得物の肉を持っていた。


 つまりは、このイナリは本物の神なのだとカリオンは知った。


 ――神の導く国なのか……


 キツネの国の真実。それは、豊穣の神を祀る強力な祭祀国家だ。


「陛下…… どんな夢を?」


 いつの間にか近くへやって来たヴァルターは、震える声になってそう問うた。

 カリオンはその顔を見て、何処か胸の内が暖かくなる思いだった。


「……夢の中にリリスが出てきた」


 カリオンのその一言で、全員がグッと警戒レベルを上げた。

 死人が夢に現れるのは、ル・ガルでは最悪の凶兆とされているからだ。


「リリスが言うに、ララはアブラナミの北に居ると言う。だが、そこに邪魔が入った。あのキツネの男が余の夢にまでしゃしゃり出てきおった」


 グッと力を入れてカリオンが言うと、幕屋の中がスッと冷えたような気がした。


 王は明確に怒っているのだと誰もが知った。それは、激しく燃え上がる火炎の如き怒りでは無い。熾火となった弱い炎がいつの間にか全てを焼き払うような静かな怒りだ。


 ただ、その怒りは全てを焼き尽くすまでは決して消えないモノ。火の灯るモノが全て無くなり、一面が灰になり消し炭に埋め尽くされるまで決して消えない炎。そんな激情の炎を王はまとわれてる……


「して…… そのキツネは……」


 続きをせがんだドリーは、カリオンの寝台脇で言葉を待った。

 いや、正確に言えば期待していたと言うべきだろうか。


 ――全てを滅ぼせ


 その一言が出たならば、全てのイヌがキツネ共を全て殺すだろう。少なくともル・ガルにはそれをやるだけの実力があるし、余力もある。


 ――余の為に死んでくれるか?


 そんな問いが出たならば、ドリーは間髪入れず首肯し、喜んで命を投げ出すだろう。そんな狂信的な忠誠を誓う者が、ル・ガルには幾万も居るのだ。


 だからこそカリオンは慎重に言葉を練った。胸中で冷静に事態を整理し、何が起きたのかを順を追って話す事にしたのだ。


「………………………………神に至る道を探すキツネの中の特異体らしい」


 どう表現して良いのか分からず、カリオンはそう述べた。ただ、リリスが強力な魔女と化している事を知る者は、この場には一人も居ないのだから始末に悪い。


 王妃リリスは死去し、サンドラが後釜として后となった。

 それがドリーやボロージャやヴァルターの共通認識だ。


「……実はな、リリスはまだ生きている。と言っても、余の夢の中だけだが」


 カリオンはそんな表現で場の収集を図った。そして、リリスではなくキツネの側に注意を向けるようにする算段だ。だが、死人が夢に現れるのは凶兆なのだ。それに気付いたカリオンは、少しでも緩和させる言葉を考えた。


「……事あるごとにリリスは夢の中へとやってくる。そして余に導きを与えてくれる。サンドラを後妻に娶れと言ったのも彼女だ。そのリリスはキツネの国の中枢を見たと言うのだが――」


 それは正確には正しくない情報だ。なぜならば、イナリは夢の中で全てをカリオン達に見せたのだ。九尾を目指すキツネは、全てが帝を経験した者ばかりで、九尾を超える存在になる為に、狂気の沙汰と言うべきモノを探して彷徨うことになると言う。


 ――それは……どんな手段だ?


 そう問うたカリオンに対し、イナリははっきりと『九尾を喰らう』と応えた。九尾に至った者の中で七狐機関に属さず喰われる事を望むキツネが現れると言う。


 だが、なぜ九尾はイナリに喰われる事を望むのか?


 その真実もイナリ自信がはっきりと応えた。ヒトの世界とカリオンたちが認識している世界へ。その素晴らしい世界へ。言うなれば神の世界へと転生できるのだと言う……


 カリオンは言った。


 ――では、あの九尾を目指す者達は……

 ――この世界へ転生したヒトだと言うのか?


 と。

 イナリはその問いに対し、ニコリと笑いながら首肯した。そして『生まれてすぐにそれに気付いたものだけが九尾を目指せる』と応えた。つまり、キツネに生まれた者だけが救済される仕組みだ……


「――あのキツネたちは……神を目指すのだそうだ。その為にララが攫われた。それだけでなく、コーニッシュを含めた多くの地域でヒトが必要になったとの事だ。それ故にキツネはヒトを定期的に集めていたらしい。何に使うかは……」


 室内をグルリと見回したカリオンは小さな声で続けた。


「……皆が想像したとおりだ」


 多くのイヌが想像したヒトの使い方。それは、生贄的な使い方をした挙句に消滅させられるのだろうと言うこと。実態はどうかわからないが、キツネの国はイヌやウサギなど比較にならぬレベルでの強力な魔法国家と言うのが共通認識だ。


 そして、その膨大な魔力を下支えするべく様々な仕掛けが施されていると言う。街をそっくり消し去って見えなくしてしまう呪術が存在し、隠れ里的な山村が深山霧中に存在すると言う。そんな里の中で連綿と受け継がれる強力な魔術は、時に国家を破壊するレベルの威力だとか。


 だからこそ、多くの種族がキツネに一目置くし、また、警戒し恐れを抱くのだ。


「いずれにせよ、ここより我が軍は転進する。北を目指す。そして何をしているのかを暴く。敵の正体を知らずして戦う事は危険だ。故に――」


 夢の中であった事を整理しながらカリオンは続けた。

 イナリの言った『北の山中』という言葉にサンドラが取り乱しかけ、その直後にリリスが何事かの強力な術を放った。


 ただ、その結果としてあのウォルドと名乗ったキツネに、精神の道が付いてしまったのだ。その結果、リリスとウォルドの精神は混淆してしまった。それぞれの精神の一角を乗っ取った様な状態だ。


 ウォルドの精神の狂気はリリスが受け止められるキャパシティを大幅に超える代物だった。リリスは半ば狂を発し、センリとハクトのふたりで強引にリリスを押さえ付け、イナリがリリスの精神を眠らせた。


 リリスは再び眠り姫になってしまったのだ。イナリはカリオンに対し『霊力のある太刀でウォルドを斬れ』と言ったら。それしかリリスを救うことはできないと。故に、カリオンは北へ向かわざるを得なかった。


「まずはララを拐った者のところへ行く。そして、コーニッシュを焼き払った報復を完遂する。その後、キツネの帝に会いに行く。いかなる困難があろうとだ」


 カリオンはキッときつい眼差しとなり、北の彼方を見やった。そして、渋い声音で言い切った。


「余を謀りイヌを 殺した罪は重いぞ。血の涙を流して後悔するが如くの責め苦を与えてやる」


 それを聞いた者達が狂気の笑みを浮かべた。

 王は遂に決断されたのだ……と、歓喜の極みに達していた。

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