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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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狐国侵攻作戦 13

~承前






「……けど、それで本当に良いの?」


 リリスの発した言葉にその場が静まりかえった。

 夢の中の会議室に揃ったカリオン政権の裏閣僚は、ウィルの霊を囲んでいた。


「いえいえ、私が望む事ですから、こちらからお伺いを立てねばなりません」


 この場に呼ばれた時、酷く苦しんでいたリベラは微妙な顔でウィルを見ていた。

 転生の秘術を行使出来る稀代の陰陽師は、転生せずに人形化を望んでいた。


「したっけ……あっしの様なザマになるたぁ……一体どんな了見で?」


 リベラの問いも尤もだった。人形化してしまえば、迂闊には人前に出られない存在になる。そして、あのネコの魔法使い――ヴェタラ――の使い魔状態に成り下がる事になる。


 ただ、この城の周辺に於いてはリリスの魔力が圧倒的に強いので、そうならないだけのこと。その身体を用意し、そこに魂を縫い付ける技術を持ってるのは、あのネクロマンシーだけなのだ。


「いえね、転生しようとも思ったのですが、転生してからザッと50年はまったく役に立てないのが解ってるんですよ。転生すれば赤子からやり直しです。そして、記憶を再生させる事に失敗すれば、私は失われてしまう。ならば……って話です」


 ウィルは事も無げに言った。だが、その実をカリオンとリリスだけが知っていたのだ。あの夢の中で出会ったウィルの本体。その姿を思いだしたカリオンは、リリスを見てから言った。


「ウィル……要するに転生すると本体に急襲されかねないって事じゃ無いのか?」


 スパッとそう発したカリオンの言葉に、全員の表情がスッと変わった。

 何より『本体?』と聞き返したリベラの言葉が鋭かった。


「……ご明察ですな。お嬢様も若様も……立派になられた」


 遠い目をしてそう言うウィルだが、リリスは悲しい顔になって言った。


「あのウィルの本体は……あなたの敵なの?」

「いえ、それは違いますよ、お嬢様。私が彼にとって敵なのです。私から見れば彼は敵では無く天敵です」


 ウィルは遠慮無く言葉を続けた。陰陽師達が使役する式神達と同じく、作られた存在である事の告白を、痛みと共に続けたのだ。


「私は彼の別体でしか有りません。新たに九尾となった者は、それまでの九尾に挑み、その座を勝ち取る必要があるのです。九尾自体はこの世界に30人程度いますが、キツネの国の中で七狐機関として政に携われるのは僅か7名です」


 ウィルは遂にキツネの国の核心部を語り始めた。それは、他国からは皆目見当が付かない複雑な権力システムの総論だった。


「帝はその下に9名の九尾を置いています。ですが、帝は九尾ではありません」


 思わず『え?』とジョニーが漏らした。そして、オクルカまでもが『初耳です』と漏らし、興味深そうに耳を傾けた。


「キツネの国の帝は、あくまで国神であるイナリを奉る責任者に過ぎません。イナリ・ミョージンはまったく不定期に姿を現し、国政の方針だけを伝えます。帝はそれに則り、キツネの国の運営について各方面に指示を出しますが、それを実行するのは将軍です」


 その複雑な統治システムに対し『実態としては将軍が国家元首なのか?』とカリオンは問うた。だが、ウィルは首を振りながら言った。それは、余りにも相対が大きすぎる、掴み所の無い話だった。


「キツネの国の元首は人ではありません」


 ――はぁ?


 全員がポカンとした表情になった。嫌でも本音を引き釣り出される環境では、全員の顔が呆然としたものになったのだ。だが、それもウィルは飲み込み済みだと言わんばかりに続けた。


 他の国家とは余りに違うキツネの国家の実態は、それ自体が巨大な呪詛国家であり、宗教国家であり、そして何よりも武闘派国家と言う事だった。


「イナリ・ミョージンはこの世界とは異なる世界にいる存在です。蜃気楼と走馬燈の世界だと帝は表現します。帝は一尾で無ければいけないのです。ただし、ただの一尾では有りません。九尾になれる特殊な生を受けた者のみが成れるのです」


 そこから一気に始まったキツネの社会システムの説明は、理解出来る出来ないの問題では無かった。総論として『そう言うものだ』と飲み込むしか無いものだ。


 不思議な事に九尾の総数は決まっている。徐々に数が増えてるが、現在の数になるまでに数千年を要しているという。そして、九尾同士の力比べで負けた方が一気に消滅し、その空いたスロットを埋めるように特殊な素質を持った一尾が生まれてくる。


 九尾は国内にあってその一尾を探し出す事を目的とする、七狐機関にコントロールされている。その七狐機関は探し出された帝を加護する最強のエリートガードと言う事だ。


 帝が国政を任せた将軍は、キツネの国の暴力装置全てを預かる存在であり、また国政その物を代行する存在である。だが、だからといって、クーデターを試みようとしても、七狐機関所属の九尾が全てを滅ぼすのだ。


 そして、帝の意に沿わない事を将軍が行えば、九尾は将軍を呼び出し叱責する。それもただの叱責では無く、命を削るような叱責が行われるという。それを受けた将軍はまるで人が変わった様に帝の意向を実現するべく奔走するという。


 まるで一兵卒のように戦う事すら憚らず、戦の先頭に立つという。そんな存在が頂点に在るキツネの国の武士達は、将軍の役に立つ事で帝と九尾に少しでも近づこうとするのだ。


「キツネの国を一言で表現すれば、狂気としか言いようがありません。彼らは純粋に生き、純粋に戦い、純粋に死ぬ事を願っているのです。ただただ、その願う事のみを一心に追及する生き方です。そして彼らは最終的に至ります。狂気の果てに辿り着く、七狐機関という組織に。そし……」


 唐突にウィルの言葉が切れた。

 それと同時、リリスが『ウッ!』と鈍い言葉を発して自分の頭を抱え込んだ。


「リリス!」


 カリオンが叫んだ時、夢の中にハクトとセンリ。そしてヴェタラが入って来た。リリスが招いても無いのに入ってこれるのだから、やはりこの者達は特別なのだとカリオンは思った。


 だが、その表情には余裕らしき者が一切無く、慌ててリリスを囲み何事かの詠唱を始めた。


「小娘! 気をしっかりお持ち! 来やがるよ! アイツが! 飲まれるなよ!」


 ぱっと鉄火の爆ぜるような小気味良い物言いでセンリの声が響いた。

 それと同時、リリスを囲むように青いヴェールがホンワリと拡がった。


「……情けねぇこってさぁ……あっしの足が……震えてやがらぁ……」


 生前よりも細身になったリベラは、リリスの前に立ったまま動けなくなった。

 それでも最強の細作はその誇りを胸に、意地を張って立っていた。


 リリスの夢に介入しようとしてる存在に立ち向かおうとしていたのだ。


「なん……だ……」


 カリオンは全身が粟立つ様な感覚に襲われた。

 同じように黙って話を聞いていたサンドラも、憔悴しきった顔を上げていた。


「来るよ! 覚悟おし!」


 ヴェタラがそう叫んだ直後、『ぎゃぁ!!!!!』と悲鳴を上げて姿が歪んだ。

 その直後、夢の中のヴェタラはその身体を灰に変えて足下から消えていった。


 ――――負けた……


 誰もがそう思った。その直後、リリスの夢が作った世界の中に眩い光が走った。

 目を開けていられないほどの光りが夢の中に溢れ、やがてその世界を真っ白な光りに染めてしまった。



 ――――そなたの夢に私は入れないようね

 ――――残念だわ



 まるで澄んだ泉のそこから湧き出てくる透明な清水のように、どこまでも透き通った清らかな声が響いた。ただ、その言葉は余りにも強い力を持っていた。聞いている者の心を直接叩くような、そんな力だ。


「そなたは?」


 カリオンはグッと腹の底に力を入れてから言った。太陽王の矜持だけがカリオンを支えていた。気を抜けば飲み込まれかねないほどの威がそこにある。


 ――負けるものか……


 そんな事を腹に秘めつつ、カリオンは胸を張っていた。



 ――――私はイナリ

 ――――キツネを統べる者

 ――――そなたに会えて嬉しく思う



 イナリ・ミョージン!


 カリオンの目がクワッと開かれ、眩い光の正体を見極めようとした。

 ただ、そんな努力をしたとしても、その姿を見る事は出来そうに無かった。



 ――――そなたの息子を浚った七尾

 ――――あやつはアブラナミの北に行った山中の庵にいる

 ――――そなたの息子もだ



 イナリの口から衝撃的な言葉が漏れた。それを聞いていたサンドラが取り乱しかけるほどに慌てているが、カリオンは訝しげな顔になって言った。


「なぜそれを余に告げた?」


 それを聞きたかったカリオン。首脳陣も同じ気持ちだった。

 だが、それに対するイナリの返答は、全員の予想を遙かに超えるモノだった……


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