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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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狐国侵攻作戦 12


 チャクラから東へ30リーグ。


 キツネの国でも割りと森林の濃いエリアに入ったル・ガル国軍は、アブラナミという街へと入っていた。この国は東西に細長い構造の様らしいが、その真ん中には東西に渡って脊梁のように山脈が貫いている。


 キョウと呼ばれるキツネの国の都は、まだあと100リーグの距離らしい。そんな細長い国のせいか、国内には遠距離通信の制度がかなり充実している。そしてキツネという種族はイヌ以上の足の丈夫さには自信があるらしい。


 2リーグ程度毎に中継地点を儲けたリレー方式の速達制度が有り、足自慢のキツネが拠点間同士をマラソンで繋ぐ郵便制度が機能していた。


「この街はヒキャクの中継拠点だそうです」


 最初に街に入ったドリーは、街中で生き残りに話を聞いていた。街の郊外でキツネの軍勢と一戦交え、街なかに入ってからもう一戦に及んでいるル・ガル国軍兵士達は、戦闘が終わった後でキツネの兵に直接話を聞いていた。


「彼らはよく答えてくれたな」


 割と新鮮に驚いているカリオンだが、キツネの国という所に住む者達はそう言う部分で割とフランクかつフレンドリーらしい。


「街を焼かない事を条件に街長が何でも答えてくれました。ちなみに、隣の町までは3ないし4リーグほどだそうです」


 ただ一言『そうか』と応じたカリオンは、下馬すらする事無く街の真ん中を通過していった。左右から激しい視線を感じたモノの、弓による攻撃を受ける事すら無くル・ガル国軍はアブラナミを通過した。


 ・街を焼かない事

 ・住人を殺さない事

 ・家畜を殺したり盗まない事


 この3点を約束した結果、キツネの街長は街を通過する事に同意したとの事だ。


「戦力残は?」


 街を抜ける頃になってカリオンはそう質問した。公爵五家による連合軍は、総勢12万にも及ぶ大軍となっている。最盛期には25万もの兵を数えたのだが、現在では兵站力の限界からこの数に落ち着いていた。


「さしたる犠牲もありません。銃兵による戦闘は毎回一方的な結果に終わっております故、懸念の必要もございません」


 アッバースを預かるアブドゥーラは手短にそう答えていた。戦力的に10倍程度までならまったく問題無く対処出来るだろう事を、ル・ガル国軍の首脳陣は理解していた。


 そして、最初は『騎兵の誇りが……』と懸念を示していた諸兵らも、今は完全に馬上で銃を扱える様になっていた。ただ、走る馬上に於いての再装填はかなり難しいのが難点だ。


 マガジン方式にして連射を実現せしめるまでの工業力は無く、ヒトの世界から落ちて来たという槍のように長い銃の模倣をソティスの工房で繰り返しているとの事だった。


「連射を可能とする銃の実用化が待ち遠しいな」


 そんな軽口を叩いたカリオンだが、近くにいたルイがそれに応えた。


「ソティスの職人集団が必ずや実現するでしょう。何せもう答えはあるのです。後はそれを実用化するだけです」


 なにせ手本となる38式があるのだ。一丁ずつ手仕上げで部品の交換性などを無視するなら、いつでも実現出来そうな気もする。だが、碌な工作機械も無い世界では、そもそもライフリングを切る事ですら紙の御業レベルの工作だった。


「まぁ、連射できなくとも銃の集中投入戦術で代用できますし、それに、歩兵の散兵線による前進射撃ならば装填に問題はありません。騎兵科や弓兵科との連係により充分な撃滅力を発揮できるモノと考えます」


 戦術担当であるアジャン少将がそう答えた。幾多の戦歴を重ねてきた武人であるアジャンは、いつの間にかカリオン側近のポストに収まっていた。なにより、フレミナ戦役の中で導き出された斬新な戦術を最初に実践した指揮官だ。


 カリオンの信任は驚く程のレベルで、ドリーやダニーが軽く嫉妬を覚える様なレベルだった。


「さて、郊外に出たら少し休憩しよう。余は汗も掻いておらんが、兵達は食事が必要だろう」


 キツネの側にしてみればとんでも無い戦力の津波が押し寄せてくる状態だ。ル・ガル側にしてみれば着実な補給線の構築と兵站能力の確保こそがもっとも大事だった。故に、適宜休息を取りつつ、前後の街道を整備する工兵の時間を取っていた。


「では、早速そのように」


 この日の担当はジダーノフ一門の様だ。毎日持ち回りで各家の調理担当が腕をふるって王の為の昼食を拵えている。それはガルディブルクから有名どころのレストランが出張してきたようなレベルで有り、皆が満足出来る水準だ。


 そしてそれ以上に兵達の食事が豪勢だった。キツネの国に見せ付けるように毎回豪華かつ滋養のあるメニューが並び、ル・ガルの豊かさをキツネたちが実感する様に仕向けられていた。


 その全てが『イヌと争うのは損だ』とキツネに知らしめるためのモノ。父ゼルの残した教えは、今もカリオンの基本的なドクトリンとなっているのだった。











 ――――――――帝國歴393年 6月 3日

           アブラナミ郊外 キョウまであと70リーグ










「おぉ。これは美味いな」


 上機嫌で食事しているカリオンは、公爵家の当主達や首脳陣を集めた食卓の中央に居た。ここを襲撃されればル・ガル首脳陣は全滅だが、それを実現せしめるだけの戦力など、この世界の何処にも無い。


 有るとすれば、それはもう覚醒者による一斉襲撃と言う事になろうが、少なくとも覚醒者の戦力として存在する検非違使を突破できる戦力など無いだろう……



 ――――注進!

 ――――王陛下へ速報伝達!



 皆が上機嫌でワインなどを飲んでいるとき、王都からの速報を持って掛けてきた伝令兵が来た。光通信はコーニッシュまでしか来ていないので、そこから先は伝令兵による伝達だろう……


「……父上。なんか嫌な予感がします」


 エルムの小さな囁きにカリオンは薄笑いで応えた。


「そんな時は黙って飲み込んでおけ。悪い予感を顔に出すな。部下が深読みして空気を悪くするぞ」


 カリオンの指導に小さく『はい』と答えたエルム。

 だが、そうは言ってもカリオンだって顔に出るほどに警戒していた。


「何事だ? 余の食事を止めるほどの出来事か?」


 ジョークを飛ばしつつワイングラスを揺らして見せたカリオンは、伝令兵を優しい眼差しで見た。そして、それをした自分自身に驚き、同時に父ゼルをふと思いだした。


 あの名も知らぬ小さな街の小さな宿屋で、親子ふたり水入らずでワインを飲んだ夜の事だ。夜中に来た伝令に対し『こうするんだ』と手本を見せたゼル。その立ち振る舞いを思いだし、横目でエルムをチラリと見た。


 ――そうか……


 こうやって受け継がれていくモノがあるのだ……と、カリオンは始めてそれを実感していた。教えるとか学ぶのではなく、見て聞いて感じる事で知る事もある。何よりそれを美しいと感じたとき、人は自然にそれを真似るようになる。


 教育というモノの本質を始めて感じたカリオンは、努めて帝王らしく振る舞う事の重要性を始めて理解した。これこそが帝王学の本質なのだと知ったのだ。


「はっ! おくつろぎの所、大変申し訳有りません。ガルディブルク城を預かるウォーク様より緊急通報をお持ちしました! 大至急お検めください!」


 恭しく差し出されたその封書にはマル秘のマークが入っていた。

 カリオンはもう一口ワインを飲んでからその封書を広げ、サッと目を通した。


「……父上?」


 頭を抱えて困った様な表情になったカリオン。

 ル・ガル首脳全員が王の姿に視線を注いでいた。


「さて……困ったな」


 額に手を置きながら思案に暮れたカリオン。重い沈黙の後、もう一口ワインを飲んでから一つ息を吐き、給仕を呼んでワイングラスをもうひとつ用意させた。その中へ手ずからに赤いワインを注ぐと、遠くガルディブルク城へと捧げるように翳し持った。


「我が師のひとり。数々の教えを受けたキツネの陰陽師(魔法使い)であるウィルケアルヴェルティが遠行した――」


 そのまま立ち上がり、太陽にワイングラスを捧げてから地面へとそのワインを零した。地面に水溜まりとなったその赤ワインは、まるで斬られた者が流した血のようにも見えた。


「――本人も祖国の地を踏みたかったろうが、遠くイヌの国で生涯を終えた偉大な魔道師に、心から感謝しよう」


 胸に手を当てて頭を下げたカリオン。

 その背を見ていたエルムは、何となく違和感を覚えつつも同じように頭を下げるのだった。

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