狐国侵攻作戦 11
~承前
チャクラ市街へと入城したカリオンは、ただただ言葉を失っていた。
市街の至る所に死体が積み上げられ、埋葬されるのを待っている状態だ。
「生き残りはどれ位いる?」
馬上から眺めていたカリオンは、静かな声でそう言った。油断をすれば声を荒げそうな程に不愉快な気分だが、そうも言ってられない部分もあった。
――――太陽王の勘気を被る位なら逃げた方が良い……
そんな空気が狐国派遣軍団の中に生まれるのを警戒していたのだ。
怒りに我を無くし見境無く当たり散らすような人間など将足り得ない。
ビッグストンで教えられた指揮官心理教育は、今もカリオンを支えていた。
「現在、親衛隊が鋭意捜索中ですが――」
同行していたヴァルターが険しい表情で切り出した。
その表情を見れば、芳しくない状況なのは手に取るように解った。
「――恐らく100名に満たない数かと」
小さな声で『そうか』と応え、カリオンは馬上で遠くを見た。
街を囲む土塁の外側で工兵隊が盛んに土を掘り返している。
20万に及ぶ人間を埋めるのだから、その労は膨大なモノになるのだ。
やってしまった事はやむを得ない。
故に、それをどうリカバリーするかで指揮官の価値は決まる。
――――部下の失敗を論い責めてばかりの人間がいる
――――これは組織運営における能無しのバカという
――――だが罰は必ず与えよ
――――信賞必罰こそが公平な大義だ
その教えに従い、工兵長指揮下の作業には各公爵家の当主自らが作業に当たっている状態だ。
――――諸君らのしでかした事だ
――――諸君らの手で罪滅ぼしをせよ
そう指示したカリオンだが、ダニーは先頭に立ってスコップをふるっていた。
任侠一家であるレオン家の当主がそれを始めれば、一門の軍団は同じ作業に従事せざるを得ない。不平不満は漏れるモノだが、当主自らの作業となれば、素直に誰もが従っていた。
「……で、キツネの帝からは何事かの返答があったか?」
事務方への問いに対し、近習の者達は誰もが首を振った。
相変わらずの沈黙状態だが、それ故の不気味さは日を追って増すばかりだ。
「恐ろしい国だな……キツネの国とは……」
空を見上げてそう呟いたカリオン。
その心理はル・ガル首脳陣の共通認識になっていた。
ル・ガルを凌ぐ強力な封建体制だが、その忠誠にブレらしいブレは見当たらないだけで無く、誰もが熱狂的に帝を支持している。その下にある貴族達は政治体制らしきモノを作らず、部門の誉れ高い一族が幕府なる代理政治体制を作っていた。
だが、彼ら幕府は将軍を中心とする別の封建的忠誠体系を作り上げているだけで無く、法の番人であったり咎人の裁判なども将軍の任命だった。つまり、将軍は帝の代理であり、キツネの国の実体その物と言える。
そして、その将軍が失態を見せれば、帝は新たな将軍を立てるのだろう……
「……なぁエディ。思うに一度、帝では無く将軍なる者に親書を送ってみちゃどうだろうか?」
アレックスは努めて平穏な言葉でそう言った。
だが、そのすぐ後ろにいたジダーノフ一党の中の者が小声で『そりゃ無理だと思うよアリョーシャ』と囁いた。
「そうか。アレックスはアリョーシャか。良いなそれ、今度からそう呼ぼう」
「やめてくれ! それは小僧を呼ぶときに使うんだ!」
頭を抱えて恥ずかしがるアレックス。
アリョーシャは坊やを呼ぶ時の呼び名でもあるのだ。
「ハハハ!」
馬上で朗らかに笑ったカリオン。だが、その内心では計算ずくだった。
太陽王のご機嫌悪からず……を兵達に見せたのだ。
余りに兵が怯えては、それだけで謀反の可能性がある。
各公爵家とて、万民一様に当主万歳とは言いがたい。
「そうだな。帝なる者へ文を送るか」
カリオンがそう切り出せば、事務方は『直ちに親書の草案を起草します』と動き出す。それを見ていたヴァルターは『親書は手前が帝に届けましょう』と切り出した。
「行ってくれるか? 行った先で斬られるやも知れぬぞ?」
心配げな顔でそう言うカリオンだが、ヴァルターは胸を張って言った。
「斬られるにしても大人しく斬られる事はありますまい。徹底的に抵抗して、道連れを増やしてからですよ」
ヴァルターもまたハハハと笑った。それを見ていたカリオンは、何とか上手くまとめて欲しいと願った。ただ、そうは事が上手く運ばないと知るまで、さほどの時間を要さなかった。
――――7日後
「ヴァルター? どうしたというのだ??」
チャクラの郊外に本営を築いたル・ガル首脳陣の前にヴァルターが舞い戻った。 その身体には夥しいほどの返り血が残っていて、一戦に及んだのは間違い無い。
「畏れながら申し上げます――」
疲労困憊の様子なヴァルターが切り出したのは、キツネの帝へ親書を届ける最中の出来事だった。
「――チャクラから都へと続く街道の上でキツネの一団と遭遇し、偶発的に戦闘に及びました。キツネの一団は12騎で、こちらは7騎。分の悪い勝負でしたが、共に引くに引けぬ状況で……」
ヴァルターが語ったのは、街道上にある大きな川の橋の上で起きた事だった。
そもそもにキツネの国の橋は幅がそれほど無い設計だ。馬のすれ違いは出来ても馬車はすれ違えない幅しか無い。そんな橋の上でキツネとイヌが正面衝突した。
「双方一名ずつ剣で斬り合う申し合い状態となり、先鋒と次鋒が共にキツネに斬られ、やむなく手前が前面に立ちましたが――」
そこから語られたのは、ル・ガル一の剣士と呼ばれるヴァルターをして、互角かそれ以上な実力を持つキツネの剣士達の戦い方だった。
「――とにかくもう型も何もあったモノではありません。ですが、その剣の行き足と正確さ。何より、打ち込む際の力強さは常軌を逸脱しておりまして……」
上段から打ち下ろされた一撃を受け、ヴァルターは思わず膝を付いたという。剣で受ければ剣ごと斬られる恐れがあった為、ヴァルターはやむを得ず鞘を抜いてそれで受けたらしい。
その状態ですら鞘には刃が食い込み、それをスッと引き抜いたキツネは、遠慮無く胴薙ぎの一撃を入れに来たと言う。ただ、その前にヴァルターがキツネの首を一撃で刎ね、キツネの先鋒は敢え無く川に落ちたとか。
「次鋒はそれこそ些細な勝負の綾で、手前が勝ちを収めました。」
キツネの先鋒が倒れた直後、キツネの次鋒は居合抜きのワザを見せ、一瞬にして剣を抜きヴァルターに斬り掛かったらしい。だが、その剣先が橋の欄干に辺り、一瞬だけ剣の行き足が鈍った。
その僅かな隙間を突き、ヴァルターは牙突の一撃を入れ、キツネの喉を貫通せしめたのだという。結果、そのキツネはそのまま倒れ、ヴァルターは2人抜きを決めて3人目と対峙した。だが……
「3人目のキツネは始めて名乗りを上げました。聞けば将軍の名代としてル・ガルに向かう使者だと言う事です。偶然にも橋の上で我等と遭遇し、威力偵察を行っていると勘違いしたようでした」
威力偵察はル・ガルの斥候として標準の手法だ。それ故にキツネの側もル・ガル兵を見た瞬間にそう考えたらしい。
「で、どうしたのだ?」
カリオンが続きを促すと、ヴァルターは胸甲の内側から親書を取り出し、恭しくカリオンに差し出した。その親書には大きな金箔の紋が入っていて、キツネの将軍家を示す藤の模様が入っていた。
「こちらも太陽王勅旨の使者であると名乗った所、彼らは剣を収めその親書を取り出し、太陽王陛下に申し上ぐるモノなりと」
カリオンは怪訝な顔になってその親書を広げた。ただ、そこに書いてあったのは一方的な誹謗中傷レベルの非難と、そして、報復を通告するモノだった。それを読んだカリオンの表情がみるみる険しくなり、何も言わずその文書をヴァルターに見せた。
「で、こちらの親書は?」
「3人目のキツネに手渡したところ、自らの名誉にかけて将軍に手渡しすると」
その親書の内容は、コーニッシュを焼き払った件に対する報復でこうなったと、ル・ガル側の言い分を真っ直ぐに書いたモノだ。そして、街から誘拐されていったイヌを帰還させない限り、街を1つずつ焼き払っていくと通告していた。
「彼らは内容を読んだか?」
「その場では読んでおりませぬ」
「そうか……」
顎を弄りながら思案したカリオン。誰もが太陽王の次の一手を思案した。
「宜しい。余の方針はこうだ。彼らにも言い分はあろうが、我等には我等の言い分がある。従って、明日から隣町への侵攻を開始する。次は皆殺しにしないように」
太陽王の方針が示され、再侵攻の算段が始まった。遠い未来、全てを踏み潰しながら前進するイヌの軍団の伝説は、この辺りが源流となるのだった。