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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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狐国侵攻作戦 09

~承前






 チャクラ市街の丘の上。カリオンは夜明けの空を眺めていた。

 不寝番の親衛隊に囲まれ、安全なはずの陣屋だが、それでも眠れないのだった。


 ――ララ……


 血の繋がった親子では無い。

 だが、あの子は間違い無く自分の子だとカリオンは思っていた。


「なんだ。エディも眠れねぇのか」


 丘の上にやって来たジョニーは、胸甲に脛当て姿の完全武装の状態だった。

 それこそ、馬に跨がればいつでも斬り込んでいける様な、そんな状態だ。


「あぁ…… あの子が気になってな」

「ララ?」

「そうだ」


 一つ息を吐いたジョニーは朝焼けの空を見ながら言った。


「あの子は難しいな」

「全くだ。俺が思うに、あのウォルドと名乗ったキツネの男は、ララが目的なんだろう」


 カリオンが零した言葉にジョニーが驚いた顔でカリオンを見た。


「いま…… なんつった?」

「そのままさ。あの子の男の側が必要なんだ。何をするつもりかは解らんが」


 ジョニーは腕を組んで考え込んだ。中身の想像が一切付かない事態だ。

 これまでにも難問を幾つも抱えてきたが、今回は飛びきりの面倒だ。


「……なぁエディ」


 ジョニーの呼ぶ声に顔だけを向けたカリオン。

 その顔はまるで老人のようだとジョニーは思った。


「ララを捨てろと?」

「そうは言わねぇさ。けど、ララに囚われすぎると『解ってる』


 悲痛な声音でカリオンはそう漏らした。

 何度も『解ってる……解ってる……』と熱病のように漏らした。


 国家を背負う太陽王は、些事に構うことなど許されない。

 あの子は次期太陽王では無く、また、王位継承権も無い存在だ。

 時期王はエルムが引き継ぐことになっていて、ガルムの立場は宙ぶらりんだ。


「まぁ、キツネの連中を締め上げるにゃぁ……良い口実だけどな」


 助け船を出すように言ったジョニー。

 カリオンは力無く笑って首肯した。


「何処かで雌雄を決する相手なのだ。ネコのように年中突っかかってくる存在では無いし、オオカミのように険悪な関係というわけでも無い。だが、我がル・ガル以上の国家なのは間違い無い」


 一般にキツネの国は小国だと言われている。

 国家の面積自体が小さくあるし、国民の数とてイヌに比べれば半数以下だ。


 だが、そんなキツネの国はそれ以外の全ての国から一目置かれている。

 ネコですらもキツネには警戒心を剥き出しにしている状態だ。


 眠れる大国。或いは、臆病な巨人。


 その牙を外に向けることは無く、その内部で営々と凄まじい権力闘争を繰り返しながら幾つも国家指導専門の肩書きを持つ者に国家運営を任せてきた。かの国ではそれを将軍と呼び、その将軍が作った国家指導部を幕府と呼ぶらしい。


 キツネの国は国家の頂点に帝を置くが、帝は国家を指導することは無く、国家運営の為に将軍を任命し、政治を一任するのだという。


「オメェが出した例の親書。帝が読んでもどうにもならないのかも知れないぜ」


 ジョニーの懸念はもっともだった。

 そもそも、帝は将軍に政治を丸投げしているのだ。だからこそ、本来ならばカリオンは将軍に『どう責任を取るのだ?』と問い詰めるべきだったのかも知れない。


 だが、もはや賽は投げられているし、ここまで攻め込んできている。後戻りの出来ない状況なのだから、最後は完遂するしか無い。


 キツネを亡ぼすのか、それとも穏やかな関係に収めるのか。その手腕をカリオンは発揮せねばならないのだった。


「まぁ……単純に戦だけで片付く問題じゃ無いな」


 そうぼやいたカリオンだが、その内心をジョニーはよく解っていた。

 先代ノダ帝やその前のシュサ帝の時代ならば、軍を編成し戦に及ぶことで事態の解決を図ってきた。もう少しでネコの国を亡ぼしかねない所までシュサは攻め続けたし、ノダはオオカミとの闘争に明け暮れた。


 だからこそ、カリオンは平和と安定を希求していた。出来るものなら戦など無い世界になって欲しかった。父を待つ子等の所へ父を生かして帰すために。その為にとあらば、自分の頭など幾らでも下げてやると思っていた。


「きっと今頃キツネもそう思ってるぜ」


 そんな言葉でアレックスが話に割り込んできた。

 寝起きの顔では無く徹夜明けのそれを見せるアレックスは、新たな報告書をまとめて持ってきたのだった。


「多分起きてるとは思ったが、ジョニーと無駄話してるとは思わなかった」


 ニヤリと笑ってジョニーを見たアレックス。

 ジョニーは『んだと!』と声に出すが、顔は笑っていた。


「で、何の報告書だ?」


 カリオンは報告書のページをいくつか捲り、その中身にサッと目を通し始めた。

 なかなかボリュームのある報告書だが、その中はキツネの内部に居るらしい情報提供者からの話をまとめた、内部事情の考察だった。


「今の会話の中身さ。キツネの帝は将軍に兵を与えたぞ。キツネ国の内部で新たに12万の軍が編成されつつあるらしい。引退した元兵士や訓練中の若者。あと、キツネの地方豪族が抱えている私兵を編成しつつあるようだ」


 12万……


 それは決して軽い数では無い。引退した兵士とは言っても、バキバキに強いキツネの兵士だったのだ。僅かな訓練で勘を取り戻した彼らは本気で手強いはず。そしてそれ以上にキツネの若者達の軍団が問題だ。


 ただ、正直言えばそっちはどうにでもなると言って良い。力勝負に及べば負けることは無いと断言できるレベルだろう。問題なのは地方豪族の抱える私兵だ。彼らは帝勅許の様々な利権を持つ地方貴族の抱える暴力装置だ。


 そしてその大半が地元の極道者や任侠者で構成された、無頼の集まりそのものだろう。彼らは仕えるべき主君を持たず、金で雇われ使い捨てられることに抵抗がないトンデモ集団だ。


「あのキツネの私兵は面倒だな」


 カリオンの読んでいた報告書を斜めから読み込んだジョニー。その文面に躍る文字は、早期決戦に及んで断固粉砕すべしと言う結論で結ばれていた。時間を掛ければ掛けるほどル・ガルは不利になっていく。


 なにより、周辺の他国が一斉に襲い掛かって来かねないのだ。ネコやトラが力を蓄えて侵攻してこないとも限らない。或いは、オオカミの更に北方種族が南下政策を始めるかも知れない。


 ウサギ以上に厄介なクマの一族は、その全てが覚醒者並の戦闘力を持っている。イヌが見上げるほどの巨躯で有りながら、驚くべき敏捷性を備えた戦闘種族。その一撃は馬をも屠り、強い体躯は矢による攻撃をモノともしないのだ。


「まぁ、やるだけやってみよう。後は流れだ」


 カリオンは何とも虚無的な言葉を吐いて眼下を眺めた。すぐ下にあった砲兵陣地を縫ってダニーとアブドゥーラがやって来た。2人とも疲労した様子だが、やる気を漲らせているのだった。


「おはようございます陛下」

「攻撃準備は整いましてございます」


 ダニーの挨拶の後、アブドゥーラは胸を張ってそう言った。

 見上げれば雲ひとつない空遠くに一際眩く輝く星があった。


「宜しい。では、日の出と同時に砲撃を開始せよ。この丘が最初に日の光を浴びるはずだ。市街地まんべんなく、日の雨を降らせよ」


 カリオンのゴーサインが出て、アブドゥーラは早速動き出した。

 それを見送ったダニーが不思議そうな顔でカリオンを見て言った。


「レオン騎兵は如何致しましょうや」

「あぁ。君はあの城門を見ているんだ」


 ダニーの問いに対し、カリオンは城門のひとつを指さして言った。

 このチャクラの街の南門に当たるそれは、立派な細工の施された芸術品の如き出来映えの門だった。


「あそこからキツネが飛び出したなら、すぐさま丘を駆け下りて鏖殺せよ。生き残りを作る事は無い。キツネの国では新たな戦力が編成中と聞く。故に君の責務は重い。これ以上、敵をつけあがらせるな」


 カリオンの物言いに『はい!』と元気よく応えたダニー。

 それを見ていたロスはジョニーと視線を交わしていた。


「王様。ジョニーを連れて行って宜しいでやしょうか?」


 ロスは控え目な声でカリオンに許しを求めた。ジョニー1人で騎兵5人分は戦えるだけの戦力だ。そんな重大戦力を手元に置けるかどうかで、安心感が随分と変わってくるのだった。


「あぁ。勿論だとも。ジョニー。レオン家の御曹司を護ってやってくれ」

「へいへい。おやすい御用だ」


 右手を挙げて坂を下りていたジョニー。その後ろ姿を見送ったロスとダニーは、ジョニーの背中に問答無用の威圧感を覚えていた。


「ご覧の通りだ。蛮勇は無用。結果だけを追い求めよ。キツネをこの街から出すなかれ。例え傷ついていたとしても必ず街へ押し戻せ。兵糧攻めの基本は、備蓄量末をバカ食いさせる所からだ」


 カリオンの指示に『へいっ!』『承知いたしやした』と応えたレオン家の2人が動き出した。キツネの国の半分が燃えるまで、もうそれほど時間がある訳では無かった。

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