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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
380/665

狐国侵攻作戦 08

本日2話目。

今週分の公開予定に追いつきました

~承前






 夕暮れ時の丘の上では、カリオンたちル・ガル首脳陣が早めの夕食と相成っていた。累計で200リーグほど侵攻した形だが、チャクラを取り囲むル・ガル将兵らには充分な糧秣が行き渡っていた。


「うむ。これは美味いな」


 上機嫌で食事を進めるカリオンの言葉に主計長が満足げな表情を浮かべる。

 チャクラ郊外の湿地帯で獲って来たマガモを解体し、この地域でよく見る香草と一緒に焼いた物だ。


「ガルディブルクにはこの味は無ぇよな。こりゃ美味いわ」


 同じように喜びの言葉をこぼすジョニーは、美味そうにムシャムシャと食事を続けている。そんなテーブルへ情報将校の制服を着たイヌがやって来た。両手にしっかりと書類の束を抱えた男は、カリオンの皿の隣にその書類を置いた。


「時間は掛かったが纏めておいた。多少の誤差はあるだろうが、推計で22万はあの街に入っているはずだ」


 手近にあった椅子を寄せて腰を下ろしたのはアレックスだった。すっかりスリムになった……と言うよりは、数字と戦いすぎてげっそりとしていた。


「22万か……予想よ少くねぇな」


 怪訝な顔でジョニーがそう言うのだが、カリオンは余り気にとめていなかった。


「道中の街は全て焼いたな?」


 穏やかな表情でそう言うのだが、その内容は凄惨だ。全ての街から住人を追い出し、この街へと流入させる。その結果、この街は完全に都市機能の対処オーバーとなるはずだ。


「あぁ。ジダーノフ隊の中で見た限りだが、ウラジミールの手腕は大したもんだと言って良いよ。どの街にも脱出漏れは居ない様だ。まぁ、居たとしても二段構えで進行したジダーノフの後続隊が全部処分したけどな」


 そこに何があったかを聞くのは野暮と言うものだろう。

 少なくとも生き残りは居ない筈で、居たとしても生活の再建は相当大変な筈。


「総体としては上手く行ってると言って良さそうだな」


 メインディッシュを食べ終えたカリオンは、口元を拭きながら書類を手に取り読み始めた。4方向から侵攻してきたル・ガル各軍団の報告をまとめれば、そこに浮かび上がってくるのは各軍団の手際の良さだ。


「けど、なんか少なくねぇか?」


 ジョニーの懸念は尤もだ。各都市からの流入人口を合計したって22万は少なすぎる。傍目に見る限りだが、チャクラの街が対応能力オーバーになってるようには見えないのだ。


 こうなった場合、チャクラを人質に干殺しを図る作戦は困難だろう。充分な食料をバックに幾らでも篭城が出来るのだ。だからこそ……


「まぁ、多少の問題があったとしても、こちらの方が有利な状況なのは間違いないし、工兵長に命じた処置で――」


 カリオンの言葉が続く中、太陽王の食事の席へその工兵長が現れた。

 全身をほこり臭くした状態だったが、カリオンは気に留めなかった。


「お寛ぎのところを失礼いたします、陛下」


 近習の者が怪訝な表情になる中、カリオンは手近にあったカップへお茶を注ぎ、そこへブランデーを僅かに足して工兵長に差し出した。


「あぁ、構わないよ。諸君らがまだ働いているうちに食事にしてしまって申し訳ないね」


 太陽王手ずからのモノを断るわけにも行かず、工兵長は一気呵成に飲み干してから報告した。


「御下知されました案件ですが、全体像として今夜中に完成いたします」

「そうか。やはり我がル・ガル軍団の工兵は世界一優秀だな」


 どこか嬉しそうにそう語るカリオンの姿を見れば、工兵長はグッとこみ上げてくるもの必死で飲み込んで肩を震わせた。


「で、どうだ。所定の役目を果たせそうか?」

「はい。ご心配には及びません。必ずやご期待に沿えるものと確信しております」


 はっきりとした良く通る声で工兵長そう報告した。国内の様々な産業を下支えする優秀な職人集団でもある工兵は、国内の様々な現場に出向いて治水を始めとした土木工事に従事する集団だ。


 その長が『大丈夫だ』と太鼓判を押す以上、カリオンは黙って頷くしかない。それに、あの茅街の後背丘としてそびえるゼル稜を見れば、ル・ガル工兵の高度な土木技術が見て取れよう。


「そうかそうか。ご苦労だった。引き続き完成を目指してくれ。あのチャクラ攻略の鍵は諸君ら工兵が半分を握っていると言っても過言では無い」


 太陽王の心からの言葉が日陰者と言うべき工兵に降りてきた。その事実に工兵長は胸が一杯になっていた。


「頼むぞ」


 駄目押しをしたカリオンの言葉に『必ずや後期待にお応え致します』と言い、再び自分自身の頭を殴りつけるように敬礼して工兵長は立ち去って行った。その後姿を見送ったアレックスは、『何を命じたんだ?』と尋ねた。


「なに、大した事じゃない」


 サラッと切り出したカリオンは、デザートに出された果物を繁々と眺めながら切り出した。オレンジ色の小さな粒だが、瑞々しくプックリと膨らんだその姿は、見るからに上品な甘みを想像させられるものだ。


「主計長。この果物はなんだ?」


 王の問いに近くで控えていた主計長が答える。


「ビワと言う果物だそうです。キツネの国では比較的ありふれたモノだそうですが味は素晴らしいです」


 澱みなく応えた主計長に『そうか』と一言返し、カリオンは一気呵成に一粒を口の中へ放りこんだ。そして、迷わずグッと噛み締めれば、口の中に種の感触が広がった。


「タネが食べ難いな。だが美味い。これは良い菓子になるだろうな」


 ボリボリと噛み砕き、種だけを出して果肉を飲み込めば、爽やかな味が口中に残った。その味は何とも言えぬ上品さだった。


「で、何したんだよ。早く言えって」


 アレックスとジョニーを前にすれば、カリオンだってエディに戻るのだ。

 悪い顔をしたビッグストンの三羽ガラスは悪巧みモードに入った。


「まず、街の中を流れる『桂川と言ったか?』そうらしいな。その川が街に入るところに堰を作らせた。現在は着々と完成しつつあり、街の中を流れる川の水量は減っているはずだ――」


 もう一つビワを口へと運び、カリオンは笑顔になる。


「――次に、その堰の下流側に堤防状の堰を斜めに築かせた。上流から鉄砲水が来て堰を壊した場合、その土石流の流れを制御してあの土塁に全部襲い掛かる構造でだ。それを幾重にも張り巡らせてある。これで上流からの水流攻撃を緩和できるだろうし、よしんば強行した場合は――」


 もごもごゴクンと飲み込んだカリオンは、黙って皿を主計長に差し出した。

 美味いからもっと喰わせろの意味だが、主計長は『すぐに!』と喜んで皿を受け取りいずこかへと走って行った。


「――その水が我々だけでなく街に襲い掛かり、あの土塁を壊していくだろう。場合によっては街中が水浸しとなり、街の機能が失われる事になる。勿論、この街へ避難してきたキツネ全てを巻き添えにしてだがな」


 その強烈な一手にアレックスは口をあんぐりあけて驚いた。いつの間にそんな発想をしたのだ?と驚くより外無いが、カリオンは涼しい顔で続けた。


「エルムがな、ビッグストンの気象学と都市工学を学んだのだが――」


 その言葉が出たとき、アレックスとジョニーは顔を見合わせて苦笑いした。俺達の時代にはそんな科目など無かったぞ?と言わんばかりの顔だ。


 だが、ガルディブルクに総合大学が開設された以上、ビッグストンだってそれに応じて同じ教育を施す必要がある。専門性と言う部分では劣るだろうが、そう言う学問もあるのだと基礎を教えておく事で将来的な発展性の基礎とするのだ。


「――その知見で今回の戦術とあいなった訳だ」


 なるほど……と、そんな表情でカリオンの話を聞くアレックス。ただ、この時になってやっとアレックスは気付いた。


 食事する太陽王の周囲にいたのはジョニーとエルム。それにオクルカとヴァルターのみ。随分と寂しい食卓で、公爵五家の姿がここには無い。


「ところでさ……」

「あぁ。解ってるほかの公爵だろ?」


 ジョニーは全部承知だとばかりに応えた。

 その姿を見ていたカリオンは、黙ってジョニーに任せる構図だ。


「明日の朝から本格的な砲撃を開始する。これであの街は終りだ。その関係で四方の山に公爵家が展開してる。アッバースの砲兵を護衛する形で、しかも、土石流が来た場合に備えて丘の上に避難している。ついでに陣地構築だな」


 本来ならば工兵の行なうべき仕事を各騎兵が行なっていた。丘は上から段々に塹壕が掘られ、下からは完全に身を隠す形で銃を構えられる構造だ。その最後方には野砲となる100匁大筒が控えていて、街中への無差別砲撃を準備中だった。


「……抜かりねぇだろ?」

「あぁ。全くだ」


 二人の会話が続く間も、カリオンの食卓からやや下の辺りでは大筒を据えつける土工が続いていた。アッバース砲兵を支援しているのはレオン家の騎兵達だった。


「あの少年も育ってるようだね」


 アレックスは楽しげにダニーの姿を見た。先頭に立って土木工事の陣頭指揮に当るその姿は泥まみれだった。だが、そうやって指揮官は育っていく事をこの3人はよく知っていた。そして、将来の為の投資だと言う事も、よくよく理解して、そのうえで実践させているのだった。

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