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運命の再会

 その少女は恐ろしく不機嫌そうな態度と表情で立っていた。

 腕を組んで見下すようにカリオンを見ていたのだ。

 気勢を殺がれ言葉を飲み込んだ少年を打ち据えるような強い眼差し。

 先手を取られ、カリオンは沈黙した。


「この場にマダラが入っているのは仕方ないとして、アンタはすっこんでな」


 いきなり酷い口調で啖呵を切られ、驚くやら呆れるやらなカリオン。

 だが、余り堅気には見えないその少女は、更に強い口調で言った。


「どこの世間知らずだか知らないけどね――


 少女の唇から冷たい溜息がこぼれた。

 カリオンは瞬間、グッと拳を握った。


 ――あの子は本来あんたなんかが口をきいて貰えるような娘じゃ無いんだよ」


 冷たい口調で言い放ったその少女に、カリオンは思わず唇を噛んだ。

 過去に記憶が無いほどの悔しさと憤りがわき起こった。

 だが、ここで怒りに我を忘れるほど愚かでもない。

 ポーシリの一年間は理不尽で不条理な事でも丸呑みする精神力を鍛える為にある。


「ご教示(かたじけ)い。だが、騎兵の行軍には敵前逃亡など無いのです。例え刃が届かなくとも、騎兵は真っ直ぐに突撃するのです。自らの誇りと尊厳に掛けて、逃げ出すなどと言う選択肢はありません」


 一歩下がり踵を揃え敬礼したカリオン。

 その時、人集りの中から聞き覚えのある声が響いた。


「ル・ガル北方方面軍、山岳遊撃師団司令官侯爵、セルゲイ・ステファノビッチ・ジダーノフの息子。アレクサンドル・セルゲーエヴィチ・ジダーノフと申します。今宵、お供させていただけないでしょうか」


 アレックスの声に再び(どよ)めきが広がった。

 だが、その響めきの中に鈴の転がるような声が聞こえる。

 人混みの中でも良く通る声だった。


「申し訳ありません。意中の方をお待ちしております。もしかしたら今宵はお越しになられてないかもしれません。でも、待ちたいのです。殿方に恥を掻かせる悪い女はお忘れ下さいまし」


 ────可愛い声だな……


 その美しい声に怒りを忘れたカリオンは、思わず笑みを浮かべた。

 だが、その直後にもう一つ、聞き覚えのある声がカリオンの耳に届いた。


「ル・ガル西部方面軍元帥ウダ・アージン伯側近。西伐軍司令官公爵。ジョン・エクセリアス・セオドア・グリーンステップス・レオンの長子。ジョン・ジョナサン・レオンと申します」


 人集りから驚くようなどよめきが上がった。

 あの荒くれでチャラい雰囲気の遊び人が、実は公爵家の後取り息子だった。

 そう言う眼で見れば、ジョンの顔立ちにも振る舞いにも、公爵家の品がある。


 カリオンは初めてアレックスとジョニーのフルネームを知った。

 実は二人ともとんでもない名家の息子だったのだ。


 自分の立場を一瞬忘れ、カリオンは二人の背中を眩しそうに見た。

 その双肩にはコレからトンでもない重責を背負うことになる。

 太陽神の導きにカリオンは感謝を捧げた。

 身に余る友と引き合わせてくれた幸運にもだ。


 尤も。その二人にしてみれば、カリオンと友人関係になったことが神の差配だとしても、奇跡に近い幸運だと思うだろう。


「公爵さま。申し訳ありません」


 再びあの鈴の声が聞こえた。

 澄んだ清流の様な透き通る声だ。

 そして、ちょっと鼻に掛かる優しい響きだ。

 その声だけで美人だとカリオンは思う。


「どなたをお待ちに成られているのかだけでも、せめて」


 ジョニーの食い下がる声が聞こえる。

 流石だとカリオンも舌を巻いた。


「幼い日にその方と約束したのです。霧に包まれた草原の花畑で──


 その時。カリオンの心臓を誰かが叩いた。

 不整脈をうったように心臓が叫んだ。

 背筋にザワザワと静電気が走り、カリオンの目が大きく見開かれた。


 ──はぐれた時は必ず見付けると。だから、ジッと待っているんだと。そう、約束したのです。ですから、私は待っているのです」


 カリオンは思わず唾を飲み込んだ。

 人集りの中から再びジョニーの声が聞こえた。


「では、その方が現れない時には『ジョニー! ちょっと待った!』


 カリオンは衣服を整え一歩歩き出した。

 だが、その腕を例の女が止めた。


「分かんない坊やだね。あんたじゃ『その無礼は聞かなかった事にしてやろう。手を離せ』……っな」


 カリオンの気迫に女が手を離し一歩下がった。

 圧倒するような支配者の笑みを浮かべたカリオンは、低く轟く声で言った。


「良き忠臣ぶりである。ごくろうだった」


 背に下げていた飾りマントを翻し、人混みを押し分けてカリオンは進んだ。

 居並ぶ上級生すらも押し分けるその姿を見たジョニーとアレックスは何かを察した。


 威風堂々とした立ち姿のカリオンは、並み居る名家の息子達を袖にしてきた少女の前に立った。

 柔らかな笑みを浮かべ、サーベルの柄に手を添え、背筋を伸ばし立っていた。


「お待ち……して……おりました……」


 少女は目を見開き、両の手で口元をおさえ、そして、花のように微笑んだ。


「ずっと……」


 少女の瞳から涙が流れた。


「ずっと……」


 その涙は、カリオンが懐から取り出したハンカチに受け止められた。


「ずっと……」


 ハンカチ越しに触れた少女の頬。

 そのカリオンの手に少女の柔らかな手が重なった。

 カリオンも柔らかに微笑んだ。威厳のある姿ではあるが、優しさをも併せ持って……


「太陽王、シュサ・ダ・アージンの宰相。カウリ・サウリクル・アージンの娘。リリスと申します」


 涙に滲む甘い声かながれ、人集りの中に衝撃が走った。

 少女に袖にされた少年達が口をあんぐりと開けて驚いていた。


 ここに太陽王を支える宰相の娘リリスが居る。

 その事実に皆が震えた。


 だが、当の本人は他の何をも目に入らず、ジッとカリオンを見ていた。

 その瞳からこぼれる透明な涙を、カリオンはもう一度ハンカチで拭った。

 そして、一歩下がり両手を広げ『よく見ろ』のポーズになった。

 僅かに震えるリリスの目は、一瞬たりとも目をそらすのが惜しいとばかりにカリオンを見つめていた。


「ジョニー。アレックス。すまないけど、ちょっと下がってくれ」


 カリオンの言葉に二人は敗北を悟った。そして二人は、カリオンの忠臣のように左右へ控えた。

 軍楽隊までもが演奏を止め、大ホールの中が静まり返り、事態の推移を見守っている。

 宰相の娘がずっと待っていたと言い切ったマダラの少年。その正体を皆が知りたかったのだ。流れ飛ぶ無責任な噂が本当であるかどうか。信じられない。いや、信じたくは無い。そう思ってきた者達の純粋な興味だ。


 小さく咳払いしたカリオンは心鎮めるように一つ息を吐いた。僅かに目を伏せ、一瞬の間を置いてから、もう一度リリスを見た。

 あの日のままに大きく育った、あの優しい眼差しの少女がそこにいた。黒い髪と黒い大きな瞳と、ピンと立った耳の内側に生えた黒い耳毛と。やや細くしなやかな尻尾には小さなリボンが付いていた。


 カリオンはもう一度、柔らかに微笑んだ。

 心からの、愛情を込めて。


「太陽王シュサの娘。エイラ・ノーリクル・アージンと、北部方面総監。ゼル・サウリクル・アージン夫婦の息子」


 この時点であちこちからヒソヒソと話す声がわき上がった。

 だが、カリオンの耳にも、もちろんリリスの耳にも。

 そんな()()は入ってこなかった。


「余は…… ル・ガル帝國、王位継承権第四位」


 女学生だけでなく兵学校の学生からも驚きの声が上がった。

 話を聞いていた士官候補生達の中には、ダンスパートナーの手を離す者すら居た。


「名は、カリオン・エ・ディス・ノーリクル・アージンである」


 カリオンの正体を知っていても知らなくとも、マダラと言うだけでどこか差別していた者達は、己の悪手を思い知った。そして、どんな手段を使ってでも、合法で報復される可能性に震えた。


 ただ、全ての耳目が集まっているカリオンは、そんな事を気にしていない。


「……リリス」


 躊躇することなく自らの胸を開き、太陽神と契約した証を見せた。

 

「リリス!」


 カリオンは精一杯大きな声でリリスを呼んだ。


「会いたかったよ!」


 リリスの瞳からもう一度涙がこぼれた。

 清く澄んだ涙を流しながら、リリスは笑った。


「この王都へ来た日から!」


 カリオンは再び両手を広げた。

 さぁ来い!と待ち構えるように。


「誰よりもリリスに会いたかった!」

「私も会いたかった!」

「おいで!」


 リリスはドレスの裾を持ち上げ、カリオンの胸目掛け走った。

 ドンと鈍い衝撃を受け、カリオンはリリスを抱き締めた。

 カリオンの腕の中でリリスが泣いている。


「リリス。しばらく見ない間に……凄く綺麗になって」


 その姿が。その存在の全てが愛おしいとカリオンは震えた。


「誰だか解らなかったよ。ズルいよ。こんなに…… こんなに……」


 もう一度抱き締めて、頬を寄せたカリオン。

 甘い花の香りを感じて、そして、深く息を吸い込んだ。


「あの、サワシロスズの草原を思い出すな」

「今はカリオンって言うのね」

「あぁ、だけど」


 カリオンは腕をほどき、そして、リリスの手を握った。


「友達を紹介するよ」

「友達?」

「あぁ。あの街で、いつも独りぼっちだったからさ」


 素直に漏らしたカリオンの言葉は、ジョンとアレックスの心を打った。


 ル・ガルの貴族階級について



 公爵家

     統一王ノーリに直接忠誠を誓ったル・ガル五家

     国家統一事業時代にシウニン派だった有力都市国家支配者の家系。

     (レオン家。スペンサー家。ジダーノフ家。アッバース家。ボルボン家)


     世襲を宣言出来、しかも、息子などを無条件で子爵推挙出来る。

     直轄領地を持つことが出来、尚且つ、私兵を抱える事が出来る。

     東・南・北・中央の四郡百八州のうち八十以上を大公家から任されている。

     領地から上がる利益の半分を国家へ収める以外を自由にできる。

     全くの他人を子爵か男爵へ推挙する権利を持ち、また剥奪できる。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 侯爵家

     公爵家累代家臣などの衛星貴族。

     公爵長子以下の息子が独立すると侯爵となる。

     公爵の娘に入り婿となって侯爵家が出来る事もある。

     主家の領地を分割し経営を任される行政責任者のケースが多い。

     公爵五家の周囲に五十か六十くらい居る。

     世襲は宣言できず、主家が認証し大公家の許可が要る。

     領地から上がる利益の三割を国家へ、三割を主家へ収め、残りは自由。

     ここから貴族の義務が始まる。生涯収益の三割以上を市民へ施す義務。

     施し実績が無ければ主家に対し世襲を申請することは出来ない。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 伯爵家

     侯爵家の当主以外が独立すると伯爵になる。

     一代貴族が侯爵等と親戚になり伯爵となるケースもある。

     子爵から立身した平民が才覚と腕一本で登れる限界。

     公爵から侯爵に与えられた領地経営の前線指揮官となる。

     いくつかの街を束ねた市長となる場合が多い。

     主家より給与を与えられ、国からも納付した税から一定の還付を受ける。

     ここより上へは親戚関係とならないと登れない。

     娘を嫁に出すか、息子を入り婿にするべく親が頑張る事になる。

     士官学校や女学校に送り込まれる子弟の供給源と言える。

     伯爵家世襲の場合、生涯収益の二割を市民へ施す義務を負う。

     若しくは、最低百年の従軍義務完了を求められる。

     その為、貴族士官の大半が伯爵家出身者となり、退役後に家督相続する。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 子爵 

     伯爵家以上の出身者で領地を持たず給与で暮らす事を選択した者。

     伯爵家などに仕える平民が功績を挙げ、主家より子爵推挙された者。

     政治官僚や文官出身の学士で、その功績甚大であると大公家が認めた者。

     国家事業等で多大な財政や人的貢献を行った商人等が公爵に推挙された者。

     国家と国民の名誉を高め多大な貢献をし、帝国議会が推挙した者。



 男爵

     平民出身者で親族に爵位持ちがなく以下に該当する場合、認可を受ける。

     ・国軍兵士で多大な功績を挙げたもの

     ・国家警察で多大な功績を挙げたもの

     ・国家事業で多大な功績を挙げたもの

     ・国家運営に多大な貢献をしたもの

     ・地域事業で多大な貢献をしたもの

     ・地域安全に多大な貢献をしたもの

     ・国民生活へ多大な貢献をしたもの



     子爵男爵共に一代貴族として世襲は基本的に認められない。

     その子息が国家に大いに寄与した場合、一代貴族審査が大幅に緩くなる。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 公爵家における命名法則について


 レオン家の場合

  現頭首

  ジョン・エクセリアス・セオドア・グリーンステップス・レオン


  ジョン:本名/ファミリーネーム

  エクセリアス:公爵称号

  セオドア:字号

  グリーンステップス:支配/出身地域

  レオン:家名


 一般から呼ばれる時はジョン・レオンではなくセオドア・レオン公と呼ばれ、ジョンはファーストネーム/ファミリーネームとなる。公爵家当主か大公家、家族親族以外がその名で呼ぶ事は大変な無礼とされている。

 エクセリアスは侯爵家の中の公爵家を呼ぶ尊称。本来公爵家は侯爵のまとめ役。

 セオドアは一般的に使う芸名の様なもの。一般人が呼ぶときはセオドア卿となる。

 グリーンステップスはかつての都市国家の名前。ル・ガル西方草原地帯の総称。

 レオンは家の名前。統一王ノーリの時代より前から続く伝統ある名前。

 そして、緋耀種を含め耀系と呼ばれる一族の元締め。輝く体毛が特徴。


 (要するにセッター系犬種の元締め。元モデルはアイリッシュセッター)


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