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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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狐国侵攻作戦 07

~承前






 茶倉の街まで残り2リーグとなった所でカリオンは馬を止めた。キツネの国における西部地域重要拠点と言うそうだが、背後に山並みの迫った小さな街だと誰もが最初は思った。


 だが、改めてその街へ接近してみると、その印象が180度変わっていた。まずそもそも、街が恐ろしく大きいのだ。完全な碁盤の目構造になった街は幾重にも防塁で固められていた。


 そして、街の周辺にはいくつかの丘があり、防塁に取りかかった敵兵への矢掛けが可能な構造だった。


「街の成長と同時に防塁を築いたのでしょう」


 ドリーの言葉にカリオンは首肯を返す。

 最初は小さな街だったのだろうが、段々と街の膨張が始まり、土塁外部に市街地が出来た。今度はその市街地を囲うように大きな土塁が築かれた。それを幾度か繰り返したらしい街は、既に5重の土塁で守られる街だった。


「可燃物管理など徹底してますわ」


 胸の膨らみが2つ見えるプレートアーマー姿のアントワーヌがそう漏らす。

 背中に掛けるマントには、ジャンヌの在処を示す十字の模様が描かれていた。


 そして、その隣に立つルイは、見る者を圧する黒いプレートアーマーだ。

 右手に抱える兜にはブルーライオンが乗っていた。


「同じような焼き討ちは難しくありますね」


 ボルボンの2人が言う通り、最外部の土塁内側に在る家は、その多くが石積みで屋根はスレート葺きとなっていて、火矢を掛けた所で火の付かない構造だった。


 ただ、そんなモノは実際にはどうにでもなるモノ。油を桶で投げ込み火を着ければ良いのだし、何なら最外部に直接斬り込んで、その内側に火を着ければ良い。


 いま、チャクラの街に結集した公爵家の当主達が問題にしているのは、そこでは無いのだ。


「……やる気満々じゃねっすか! ガッツリ斬り込みやしょう!」

「だからてめぇは口の利き方に気をつけろって何遍言わせンだアホ!」


 ダニーの言葉が終わると同時、ジョニーが雷を落とし背中をド突いた。

 肝臓裏への一撃で悶絶するダニーを余所に、ジョニーは腕を組みながら言った。


「下手に攻めこみゃぁ…… アイツの餌食だぜ」


 ジョニーの指差した先。チャクラの三列目に当たる土塁の向こうに大きな影が見えた。間違い無く覚醒者が居るんだと誰もが理解出来る。そして、その覚醒者が持っているのは武器では無く大きな桶だ。


 街の中心部を流れる川を軽くせき止め、池状にして水位を保っている消防用水が見えるのだ。丘の1つを皆殺しにして占拠したル・ガル軍団は、ここに前線本部を作り指揮に当たっていた。


「ボロージャ」


 カリオンは静かな声音でウラジミールを呼んだ。固い寒冷地木から作った甲冑をまとうジダーノフの主は、すすっと音も無くやってきた。


「お呼びでありましょうや」

「うむ。そなたに1つ頼みがある。少々骨の折れる仕事だが」

「……なんなりと」


 他ならぬ太陽王から信じて用いられている。いや、信じて頼られている。

 信用と信頼。その2つが我が身に降り注いでいる。その事実にウラジミールは震えた。


「ジダーノフ家にアッバース家の砲兵を派遣させる。この街は見事に四角い。その四方の頂点に同じような丘がある。あとは解るね?」

「……御意。全て粉砕してご覧に入れましょう」


 ウラジミールはすぐさま行動を開始した。

 ル・ガル軍の目的は威嚇と嫌がらせだ。四方の丘を野砲で攻略し、その頂点にその野砲を据える。矢よりも遙かに射程が長く、そして威力のある兵器だ。


「穴蔵から引きずり出す作戦ですね?」


 エルムはそう看破した。丘の上から砲撃すれば、街の中心部まで焼き払えるだろう。だが、その目的は焼き払う事に非ず。街の中心部で備えてるキツネの軍を引っ張り出すことだ。


 覚醒者をこの距離で殺し、街の各所に無差別砲撃を行う。人倫に悖る行為だが、そもそもはキツネの側が始めた虐殺行為だ。その報復を行っているだけなので、誰も気を病む必要の無いことだった。


「あぁ。その通りだ」


 カリオンの手短な回答にエリオットが薄笑いを浮かべた。

 僅かなヒントと現状観察から最善の戦術を考え出し、部下にそれを命じる。


 ――――やはりこの子は大者になったか……


 遠い日、ビッグストンの裏庭でリンチに合っていたマダラの子は、見事なまでの機動戦術で窮地を脱し、それだけで無く戦況をひっくり返して完勝した。それを見ていたエリオットは、間違い無く大者になると予感していた。


 その予想が当たったのだから、エリオットとしても楽しい事態だった。ただ、現状でカリオンが思い描く戦術の多くが、戦術教官としての側面を持つエリオットをして、驚天動地の鬼手だった。


「ですが父上。上手く行くでしょうか?」


 首を傾げながら街を見下ろしていたエルムはそう呟いた。首脳陣全員が不思議そうな顔でエルムを見るなか、カリオンは『なぜだ?』と問うた。


「そもそもキツネの目的は時間稼ぎじゃ無いでしょうか?」

「時間を稼いで何とするのだ?」


 エルムは街を指差し言った。


「街の中ならば川の治水も行き届いているのは当たり前です。しかしながら、この街の四方にある丘は、登りやすく降りやすい構造です。軍の拠点ならばそうでしょう。ですが、別の側面があるように思えるのです」


 全員が黙って事の成り行きを見まもった。そんな状況でエルムは続けた。

 ある意味、予想外の視点だった。


「大学で学んだ都市工学における治水理論ですが、このような場合には街を挟んだ川の上下にも治水を施すのが常道です。逆に言えば、荒れる河川だからこそ治水が重要なのは言うまでもありません」


 エルムの言った言葉にボルボンの2人が得心したような顔になっていた。それもその筈で、かつて広大な湿地帯だったソティス郊外の穀倉地帯は、数百年掛けて行われた地味な治水活動の末に生み出されたモノだった。


 そして、湿地帯だけあって水の弁に困らず、豊かな稔りを生み出すエリアに化けていた。その経験からイヌは誰でも知っているのだ。治水とは国政の根幹であり、また、水を征する者は国を征するのだ……と。


「……つまり?」


 カリオンは答えを言えと続きを煽った。

 それに対し、キャリは硬い表情で応えた。


「この街の上流部に水瓶となる貯水池があった場合、その堤を壊せば何より強力な軍勢がやって来ます」


 キャリの遠回しな説明に、全員が表情を変えた。

 鉄砲水の恐ろしさは、言葉では説明出来ないものだ。


 深く基礎を打ち込み、鉄筋で補強されたコンクリート造りの構造物ならば何とかなるだろう。だが、見晴らしの良い平原で樹木も禄に無い穀倉地帯の場合には、全てが押し流される事になる。


 そんな目で改めてチャクラを見れば、この街は背後に山を抱えるだけで無く、街道の細かなアップダウンを鑑みると、谷底に街があると言って良い構造だった。


「街を攻める軍勢に対し、防塁で水防し、水で全てを押し流すのか……」


 ドリーはそう見て取った。

 何とも考え抜かれた街であり、構造事態が堅城だった。


「実はもうひとつ在ります」


 キャリはそう切り出した。

 まだあるのか?と不思議そうにしている面々を前に、カリオンは『言ってみろ』と続きを促した。


「気象学における統計ですと、キツネの国には雨期があります。四六時中雨の降る季節が年に二回ほどやって来ます。おそらくその雨期が近いのでは無いかと」


 ……あぁ


 全員がそんな顔になって街を見た。その街に砲を撃ち込むにしても、雨となれば火薬が仕えなくなるのは道理。紙に包んでパッケージ化してある玉薬だが、湿った火薬では思うように発火しないのは道理だった。


「……雨の季節を待ち、水を溜めて押し流すべく備え、その間に耐えきる作戦か」


 ルイの呟きは、ボルボン家の祖先であるナブラ・ナンプローナ・アンリの時代に繰り返された必殺の戦術だった。そして、その流れを汲むルイ・アンリ・17世ならばこそ、その戦術は知っていて当然だった。


「……宜しい。ならばこうしよう」


 カリオンは工兵長を呼ぶように命じた。

 ややあって丘の下から引き締まった体格のイヌが上がってきた。


「お呼びでありましょうか!」

「あぁ。君にも苦労を掛けることになるが、ひとつ頼まれてくれ」


 柔らかな言葉で切り出したカリオン。だが、その口から出た言葉はある意味衝撃的なモノだった。話を聞いていた工兵長が震えながらも笑みを浮かべた理由。それは、常に日陰者であった工兵に日の光が当たるモノだった。


「アッバース兵を護衛に付ける。安心して作業に当たってくれ。かつて余の父を葬ったあの石積みの丘のように、丈夫なモノを拵えてくれると嬉しい」


 工兵長は自分自身の頭を殴りつける様に敬礼し、すぐさま行動を開始した。


「さて、上手く行けば……見ものだな」


 ル・ガルの実力を見せ付ける嫌がらせ作戦を思いついたカリオン。

 その背は間違い無く、武帝の色が浮かんでいた。

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