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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
378/665

狐国侵攻作戦 06

日付の指定を間違えてました(汗)

~承前






 キツネの国への返答から2週間。

 ウライに陣取るカリオンの元へは何の返信も届かないでいた。


 意図的に無視しているのか、それとも何処かで牙を磨いているのかは解らない。

 ただ、状況としてはこちら側が有利だとル・ガル首脳陣は確信していた。


「陛下。今日明日中にあと五万丁の銃が補給されます。大筒は200門。共に来るでしょう。糧秣と弾薬の輜重団はコーニッシュを出発したと早馬が来ました」


 事務方の報告を聞き、カリオンは『順調だな』と一言答え笑みを浮かべた。

 手元に来た報告書を優しげな表情で読み解き『早馬の者には充分に休息を取らせよ』と指示を出す。そして、同時に『事務方も休息を充分にせよ。疲労は些細な矛盾を見逃すものだ』と事務方の疲弊を労った。


 ――――太陽王より事務方に労を察するお言葉を下賜いただく……

 ――――王のご機嫌宜しからざること無し……


 たったそれだけの事だが、事務方は安堵していた。彼らはどうしたって武門の者から一段落ちで見られる。直接的に太刀を合わせ槍を闘わせ争い、血を流して国家に酬いる。そんな者達の方がどうしたって評価されるのだ。


 ただ、実際に国家を支えているのは、こうやって目立たないところで数字と実績を積上げる事務方だ。彼等は決して表舞台に出る事無く、数字というバケモノと戦いながらどうにか国家を安定させている。


 だからこそ、この間ル・ガルは国家の総力を挙げて新兵器の開発と生産に取り組む事が出来るのだ。そして、ヒトの知識と経験とを工廠に反映し、その生産性は大きく改善されつつあった。


「けどよぉ……――」


 ボソリと言ったジョニーは腕を組んで眼前の光景を眺めていた。カリオンのいう『全部筒抜けだろう』の言葉を聞いた公爵家の面々は『郊外で演習でもやりましょう』と提案した。


 その結果、このウライの街の郊外ではル・ガル騎兵が甲軍乙軍に分かれ、盛んに機動演習を行なっていた。ただし、その機動演習はこちらの手の内を見せないよう、昔ながらの戦列を組み真正面から当るものだった。


「――そろそろ焦れてくるな」


 やはりレオンの一党は喧嘩っ早いのだ。

 とりあえず現地に行って、相手を力一杯にぶん殴ってくる方が良い。


 そんな事を繰り返しながら地域の荒くれを糾合して大きくなったレオン家の中には、そんな尚武の血がいまも脈々と息づいていた。


「こちらの手の内、これで誤魔化せればよいのですが」


 ジョニーとは違う角度でボロージャは懸念していた。ただ、その懸念は尤もだった。新しい機動演習を行なうべきではないか?と言う疑念は、誰もが口にしないだけで持っていた。


 だが、それを口に出せばキツネに聞かれると言う懸念から、誰もが王の方針に従っている。しかし、こうやってボロッと本音が漏れてしまえば、その情報封鎖も役に立たないだろう。


「いや、これで良いのだ」


 カリオンは自信たっぷりにそう言った。

 その脳裏に現れるのは、遠い日に見た父ゼルの後姿だった。



 ――――人の口に戸板は立てられない

 ――――だから情報漏れを防ぐ事は出来ない

 ――――じゃぁどうするかといえばひとつしかない

 ――――漏れ方を制御するんだ

 ――――ウソと真実を混ぜ合わせて流すしかない

 ――――そうすれば相手は少なくとも混乱するからな



 カリオンの考えた手立てはここに帰結していた。

 つまり、手の内がばれているならウソの情報を流していくのだ。そして、その中にポツリポツリと真実を混ぜる。そうすれば相手はウソと解っていながらそれを聞く必要が出てくる。そして混乱は深まっていく。


 どれ程に優秀な人間でも、複数の正反対な情報が積み重なった時には混乱するのだ。


 ――魔法で真贋判定されれば意味ないけどな……


 内心でそんな事を呟くものの、最後には自分を信じさせるしかない。

 思えば祖父シュサはその点に関しては徹底していた。微妙な戦局に陥った時は誰だって指揮を疑うもの。


 だが、稀代の武帝であったシュサはその全てを自分自身の威と雷名でねじ伏せてきた。そして結果的には勝って来たのだ。


 ――そろそろ少し揉んでみるか……


 ふとそんな事を思ったカリオン。

 だが、その耳にあの鐘の音が聞こえた。


 ――ん?


 キツネを攻めるか……と思った時に鐘が鳴った。

 だが、演習を積み重ねるべきと思った時には、鐘が鳴ってない。


 ――攻めちゃいけないっていうのか?


 内心でそんな事を考えたとき、やはり耳の中に鐘の音が聞こえた。

 ただ、その鐘の音が何とも耳障りに感じた。そんな経験は初めてだった。


「おぃエディ」


 怪訝な顔をしていたのだろうか。

 ジョニーはカリオンの意識をリアルへと呼び戻した。


「ん? なんだ?」

「なにクソ面倒な顔してんだよ」


 ジョニーが厳しい顔でカリオンを見ていた。

 それに気が付いた後で全員の顔を見たとき、事務方のスタッフなどは凍りついたような表情になっていた。


「あぁ、スマンな。個人的な事情で……――」


 なんと言って誤魔化そうかと考えて、もう一度厳しい表情になったカリオン。

 それこそ、事務方の若いスタッフなどは今にも漏らしそうな顔だった。


「――妻の……サンドラの誕生日がそろそろなのに城に不在だからな。オマケにララが見つからないとあっては、どう顔向けしたもんかと思案していたよ」


 誤魔化すよりも率直に言うフリの方がよさそうだ。誕生日の件はウソだが、ララの件は真実。真贋を入り混ぜた言葉を吐き、カリオンは結果的にその場を上手く誤魔化した。


 そして、事務方を含めた全員の表情が僅かに緩んだのを見て取り、内心でホッとしつつも腕を組んだ状態で演習の様子を眺めた。


「……少し揉んでみるか」


 ボソリと呟いた言葉に全員の顔色がサッと変わった。


「ウタエノですね?」


 アントワーヌの上品なイントネーションでそう言った。

 キツネの国の首都である「ミヤコ」へと続く街道を行くと、このウライの次に現れる宿場町だ。そして、ウタエノにはウライの戦力を支える補給廠が有るという。


 キツネの国の主食であるコメを大量に備蓄し、市場に流通させる拠点だと言うのだが……


「一捻りにして糧秣全てを奪いましょう」


 ボロージャの意見は全てを叩き潰すジダーノフの方針そのものだった。

 そして、このル・ガルを支える首脳陣の多くがそれに賛同していた。

 だが……


「父上」


 黙って話を聞いていたキャリが口を開いた。

 帝王学を授ける為にこの戦線では息子エルムをつれて歩いているカリオンだ。

 勉強中の男がどんな言葉を吐くのか、黙って聴くことにした。


「ウタエノの街の西側から火を着けて、街を焼き払うのはどうでしょう? もうすぐ風が西よりに変わります。街を焼き払い、備蓄していた糧秣を全て灰にしてしまいましょう」


 それは、ヴェテラン達にとっては斬新な意見に聞こえるものだった。

 食料と街を焼き払い、住民を追い出す作戦だ。


「それで、どうするのだ?」

「はい」


 キャリは近くにあったキツネの国の概略図を引き寄せた。


「このウライからミヤコへの道筋にはウタエノ・ケヒロガワ・サッカと街が続きますが、その次のチャクラと言う街が同じようにかなり大きい拠点のようです」


 情報部のまとめた報告書を読みつつ、キャリはそう言った。そして、周囲の人間がそれを聞きつつ続きを待っているのを察し、話を続けた。


「そのチャクラの街よりル・ガルよりにある街全てを焼き払いましょう。そして、住人をチャクラに集めるんです。食料を与えず着の身着のままで集るように仕向けてやり、今度は街を包囲します」


 キャリの示した策にジョニーが唸りながら言った。


「つまり、キツネの市民を人質に取れって事だな?」


 その言葉にキャリは首肯しつつ『その通りです』と言った。

 そして、その余りに凄惨な戦闘となる全体像を説明した。


「おそらくキツネの帝は動かざるを得なくなるでしょう。その時に雌雄を決する決戦を行い、キツネの国の残存戦力・予備戦力全てを叩き潰し、こちらが有利な状態で講和交渉を始めましょう。この時、ル・ガルの糧秣で市民を支援するといえば良いかと」


 形の違う兵糧攻めだが、キツネの国民から熱狂的に支持を受ける帝としては、無視する事など出来ないだろう。大事な事は、キツネの帝を交渉の席に引っ張り出すことだ。


「……なるほどな。常識外れだが斬新な戦略だ」


 カリオンはキャリに並んで地域戦略図を見た。

 キツネの国の西部は何とも有機的なネットワークによって各都市が結ばれているらしく、その街道は一定の間隔で大きな街に繋がっていた。


「ボロージャ」

「はい」


 最初にジダーノフを呼んだカリオン。

 ウラジミールは硬い表情で地図の前にやって来た。


「最北方のトウケツから攻め始め、カゴロモ、オキヒンと侵攻しチャクラを目指し進軍せよ。道中にあるものを全て焼き払え」


 カリオンの言葉が流れ、ウラジーミールは胸に手を当てて頭を下げた。


「御意」


 その言葉に首肯を返したカリオンは、次にボルボンの二人を呼んだ。

 仲睦まじくルイとアントワーヌは二人でカリオンの前に立つ。


「ボルボン家はこの――」


 戦略地図を指差したカリオンは、その上に指を走らせた。

 中々面倒な箇所が揃っているコースだが、それは太陽王の試練でもあった。


「――ノベオキ、サラオギ、ジョウホウの順路をたどり、同じように全て焼き払いながら前進せよ。慈悲の一切は無用。余の命を果たせ」


 ルイは僅かに剣を抜き、音を立ててその剣をしまった。

 カチン!と冷たい音が響き、この剣に誓ったと貴族の返答を返した。


「ご期待に沿えるよう努力いたします」

「ボルボンの名誉に掛けて結果を出しましょう」


 ルイに続きアントワーヌがそう応える。

 カリオンは首肯しつつ、今度はダニーを呼んだ。


「ダニー。レオン家の一党はこのゴウハン、エイハ、インダヤマの順路だ――


 カリオンの言葉が終る前にダニーは大きな声で『お任せ下さい!』と叫んだ。すかさずそのわき腹目掛け、えぐるような角度でジョニーの拳が入った。レバーブローを受けたダニーは悶絶し涙目になっていた。


「おめぇはバカか! 王の言葉が終ってから返答しろバカヤロウ!」


 レオン式若者教育に全員が笑顔になる。鉄は熱いうちに撃てと言うが、こうやって元気があるうちにガンガンと鍛え扱いてこそ、若者は曲がらず捻くれず真っ直ぐに育っていくのだ。


「ジョニー。ダニーを頼んだぞ」

「おうよ。ドジ踏みやがったらしっかりヤキ入れとくわ」


 ジョニーの返答にカリオンが小さくハハハと笑い、ダニーはその場で小さくなって『面目ねぇっす』とこぼした。若者らしい無鉄砲さは、時にとんでもない戦果をたたき出す事がある。


 ただ、その無鉄砲さを上手く御するベテランが必要だ。若者からすれば腰抜けの様に慎重に見えるが、ベテランはそれだけ痛い目にあっている。それを次の世代に伝える事も、ベテランの大事な仕事なのだった。


「さて、最後になったがドリーとアブドゥーラには面倒を頼むことになる」


 カリオンがそれを言ったとき、ドリーはニヤリと笑いアブドゥーラは揉み手をして前に進み出た。ふたりともやる気を漲らせた良い表情だった。


「ドリーはこのウライを出てウタエノ、ケヒロガワ、サッカと進軍せよ。道中にある障害は全て踏み潰し、残らず焼き尽くせ。そして、チャクラに全て集めよ」


 その命にドリーは自分の頭を殴りつけるよう敬礼し、『御心のままに』と返答した。まるで眩いモノを見るかのようにしているドリーの表情は、まるで恋する乙女だった。


「さて、アブドゥーラだが……」


 公爵家率いる軍団に仕事を割り振ったカリオンは、アッバース家のルートを示す前にオクルカを見てから言った。


「余はオクルカ殿とスペンサー軍団の後方を進んでいく事にする。その進行にアッバース家は同行せよ。各軍団はキツネの覚醒者に注意し、無理な攻めをする事無く救援を呼べ。覚醒者対策での戦力消耗は見合わぬ犠牲だ。従ってその場合はアッバース家の砲兵隊と共に余がそこへ急行する。検非違使を引きつれてな」


 その言葉を聞いたとき、アブドゥーラは片膝を付いて胸に手をあて、頭を深々と下げてから言った。砂漠の民に伝わる最高位の礼を返したアブドゥーラは、震える声で『大命のままに』と返答した。


 従来、王の親衛隊として付き従った近衛師団は全て騎兵だった。だが、この作戦に於いてのそれは、騎兵ではなく歩兵となったのだ。そしてこの時、その場にいた公爵家の全員が時代の変化を感じ取った。


 これからは銃と魔法の時代になるのだと。騎兵はそれを補助し、軍の主兵は歩兵が担う時代が来たのだと知った。


「必ずキツネの帝を交渉の席に引っ張り出す。その為に必要な作戦だ。キツネの市民を無用に殺す事無くチャクラに集めよ。話はそれからだ」


 静かな口調でそう言ったカリオン。

 だが、このとき全員が『王はお怒りだ……』と感じ取っていた。

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