狐国侵攻作戦 03
~承前
ポールらレオン家一党がウオカ郊外に到着した頃、辺りは既に暗くなっていた。
ただ、そんな暗い場所にあっても、その光景はポールの心魂を寒からしめるものだった。
「マジかよ……」
その光景を見たジョニーは、そう呟いたっきり黙り込んでしまった。暗がりの底に幾多の亡骸が放置されていたのだ。その多くは身体の各所に穴を開けていて、これが銃で撃たれると言う事か!とポールは改めて驚いていた。
「酷ぇ有り様にござんすなぁ……若」
ポールの側近として共に駆けてきたロスが漏らす。その周辺にいたレオン家の衛星貴族達もまた、腕を組んだままため息を漏らしていた。
余りに凄まじいその光景は、年間喧嘩五百戦とまで喚ばれるレオン家の男達をして、尋常な光景とは思えないものだった。
「これからの時代の戦はこうなるってこった。バリバリと撃ち合って相手を圧倒した方が勝ちってな」
ジョニーの吐いたその言葉には騎兵としての腹立たしさが入り雑じっていた。
武勇も武芸も関係無い。狙いを定めて銃を撃って、弾に当たればあの世行き。
そんなモノなど到底戦とは呼べない代物だとジョニーは思った。
どんな理由があるにせぇ、歓迎は絶対に出来ない事だ。
「まぁ、おめぇみてぇな突撃好きにゃ辛ぇってこった」
ロスはわざと憎まれ口を叩いて亡骸の間を歩いた。相当頑丈な筈の胸当てを撃ち抜き、キツネの兵が息絶えている。その身体に残る弾痕は、一つ二つといった数ではなかった。
「……集中して撃たれたらしいな」
ジョニーの言葉にポールがその死体を覗きこんだ。
驚いた表情で息絶えたキツネの男は、自らの死を理解できなかったらしい。
「馬上から撃ったのでしょうね」
ポールが弾痕の角度に気がついてそう言った。馬から降りて合戦に及ぼうとしたのだろうが、その前に鉛玉が降り注いだのだろう。口を大きく開け、なにかを叫ぼうとして死んだ。その姿はすべてを呪って死んでいく敗残者のそれだった。
「キツネの兵ってのは、死ぬときには潔いんじゃなかったっけか?」
ジョニーがそんな事を言うのだが、ロスは間髪入れずに応えた。
「そりゃ、納得して死ねる時はな。おめぇ、いきなり鉛玉喰わされて納得して死ねるか?」
それはすべての騎士に共通する事だった。
戦列を整え、槍の穂先を揃え、気合いと度胸で敵の戦列とやりあう。
そこには間違いなく戦場の華があった。命のやり取りの最中に、キラリと光る命の輝きが存在した。だが、この戦場にはそれがないのだ。
心も意思もない冷たい弾が飛び交うだけ。お前を殺してやると言う冷徹な殺意だけがここにある。こんなものが……と腹立たしさに身悶えるが、太陽王はこれを選んだのだ。
父の帰りを待つ子らに、父を生かして帰すために。その為にカリオンは『敵は全て殺す』と決断したのだ。例えそれが将来の禍根となろうとも、それをやらねばならないのだ……
「まぁ……なんだ……」
ジョニーもなかなか上手い言葉か見つからなくあった。余りにもドラスティックな価値観の変化。それは勝ってる側ならば、不承不承に飲み込むことも出来よう。
だが、負けた側は凄まじい衝撃とどうにもなら無い悔しさを抱えたまま、悶々とすることになる。つまり、凄まじい反攻を覚悟することになるのだが……
「おぅ。おめぇも任侠の男ならはっきり言え」
ロスはそうやってジョニーに凄んだ。
だが、その顔には悲痛の色が張り付いていた。
――――誰だって辛ぇんだ!
そう言わんばかりの顔は、苦悶に歪んでいた。
ただ、肩書きと立場とが邪魔をして、モノを素直に言えない時もある。
「まぁ、付いて行けねぇ奴から死ぬんだろうな……」
ボソッと口を突いて出た言葉。しかし、自分の口から出たその言葉が、不思議なことにストンと腑に落ちた。そして、そうなっちゃいけないのだ……と深く理解した。
――――俺はアイツの最後の盾だ……
いつか誓ったその言葉をジョニー自身が噛みしめていた。しかし、それ以上に思うのは、このレオン家の新たな当主を護らねばならないと言う事だ。
「で、ドリーの野郎は何処に行ったかな……」
ジョニーは辺りを見回しながら蹄の跡を辿った。
夥しい数の亡骸全てはキツネばかりだった。
「ジョニーの兄貴!」
何処かからロニーの声が聞こえ、ジョニーは地面から顔を上げた。やや離れた所でロニーが手を振っていて、『こっちに来い』とジェスチャーをしていた。
「ポール! どうやらロニーの野郎が見つけたらしいぜ」
馬を返して腹を蹴ったジョニー。
それに釣られ全員が一斉に馬を走らせた。
「どこだ!」
「もうウライでやってますぜ!」
ロニーの言葉にジョニーは馬上に有りながら槍のカバーを取った。
もうすぐ完全な闇が来るが、まだ戦は終わってないらしい。
「このまま斬り込もう! ポールは後で見てろ! オメェは死ぬんじゃねぇ!」
顎を引き上目遣いになって馬を走らせたジョニー。それに続きレオン家の騎兵が一斉に動き出した。まるで大鳥が翼を広げるように戦列が整っていくのを見ていたポールは、心の何処かで嫉妬を覚えた。
それは、若者らしい年上への反抗であり、また、自らの不甲斐なさを誤魔化す為の強がりでもあった。ただ、現実問題として場数と経験はジョニーの方が遙かに持っているのだ。故にここは……
「ジョニーの兄貴! 俺にも勉強させてくれ!」
ポールはジョニーの直下へ付くように馬を加速させた。途中、幾多にも転がるキツネの死体を踏みつけ、アチコチでボキボキバキリと賑やかな音が響いた。
――――追いつかなきゃ……
僅か15才で公爵家の家督を相続した少年の悲壮な覚悟は、言葉では言い表せないモノだった。
――――――――同じ頃
ウライ市街の中心部ではスペンサー家の騎兵が馬を降りて銃撃中だった。キツネの西方戦力を維持する最大の補給拠点であるウライサクは、砦と言うより巨大な館だった。
「順繰りに前進し射撃し続けろ! 糸目は付けなくて良い!」
スペンサー家の騎兵が持つ銃の数は総勢で3000程。その銃を多段構えとし、斉射では無く順繰りの射撃とすることで射撃間隔を相当詰めた疑似的な機関銃効果を生み出している。
キツネの側はと言えば、手近にある木の板や石をニカワで貼り付けた盾を持って射撃に耐え続ける姿勢のようだ。どこでこんな手立てを考えたのかと不思議に思うほどなのだが、鉛の銃弾では撃ち抜けない以上、進退窮まった状態だった。
「次々撃ち続けろ! とにかく釘付けにせよ!」
ドリーの言葉が響き、スペンサー陣営の弾幕密度がグッと上がった。こうなってくるとキツネの側は耐え続けるしか無い状態だ。弾が手前に飛び込んでこないだけマシ。そんな状態で撃ち疲れるのを待つ作戦らしい。
だが、そんな思惑が上手く行かないことを、彼らはその身で知る事になる……
「各個射撃始め!」
別の角度からそんな声が響いた。キツネだけで無くスペンサー陣営の全員が声の方向を見た。そこに居たのはボルボン家の騎兵たちだった。彼らもまた馬を降り、手近なモノを使って障害を造築した後で射撃を開始した。
正面にスペンサー陣営。真横にはボルボン陣営。交差角90度のクロスファイヤーがキツネの軍勢に襲い掛かった。言葉にならない猛烈な射撃が続き、キツネの兵がひとりまたひとりと斃れ始めた。
盾を持って耐えることも二度や三度なら容易い。だが、少なからぬダメージを筋肉に残し、やがては銃弾の圧に耐えかねジリジリと後退し始める。その間にも盾には次々と銃弾が命中し、盾を持つ腕が痺れ始めるのだ。
――――下がるな!
――――下がるな!
――――ここが堪えどころぞ!
キツネの前線指揮官がそう鼓舞している。その声が僅かに聞こえたルイは、更に射撃密度を上げるよう指示した。そして、その射撃段列の真ん中に立った彼は、工房特製の長銃身な銃を構えた。
「さて、どうかな……」
手短な詠唱を行って着火の魔法を唱えたルイ。次の瞬間、視界を真っ白に染めて銃口から射撃炎が上がった。長銃身の銃は特製の30匁弾を撃つ大口径なモノだ。
「やった!」
アチコチから歓声が上がり、命中したことをルイは知った。長銃身銃の30匁弾は盾を貫通し、その背後に居たキツネ3人を一瞬で血祭りに上げたらしい。従来の20匁弾よりも遙かに強力で貫通力に優れる。
「なるほど…… これは便利だ」
自分の手で早合を行い火薬と弾を詰めたルイは、次の獲物を探した。
その眼差しの先には、先ほどから見事な機転で弾を防ぎ続ける盾持ちが居た。
――――あいつ……上手いな……
そんな事を思ったのだが情けは無用だった。狙いを定めたルイが着火魔法を唱えた直後、その盾持ちのキツネは頭を吹っ飛ばして果てた。2枚の盾を貫通し頭蓋骨をも粉砕するほどの威力だった。
「私に構わずドンドン撃て! ここが正念場だ!」
再び早合の技で弾を装填したルイ。次の獲物を探すべく銃を構えた時、それまでとは違う角度からの射撃が一斉に行われた。
――――どこだ?
慌てて辺りを見れば、やや離れた所でボルボン家とは浅い角度で交差するクロスファイヤーを行うジダーノフ一党が居た。その真ん中にはあのウラジミールが立っていて、キツネからの矢を怖れること無く陣頭指揮に当たっていた。
「フフフ……」
不意に笑い声を零したルイ。それを聞いていたダヴーは、不思議そうにルイを見てから言った。
「何がおかしいんです?」
ここでルイが笑う理由をダヴーは思い浮かばなかった。
だが、その回答は彼の予想を遙かに超えるモノだった。
「いやね、あのキツネがここまで一方的に押されているってのが凄いなってのと、あのジダーノフ家の棟梁は、恐れを知らぬのではなく恐れを考慮してないだけなんだなと気が付いたんだよ。
そう。ジダーノフもまた寄り合い所帯で、一族が連綿と継続して生きて行くことが本義なのだった。それ故にジダーノフを預かる者は、おのれの命より勝利を求めるのだと知った。
「……なるほど」
そう応えたダヴーは、ルイの内心をここに来てやっと理解した。周囲が望む様な振る舞いを求められるボルボンの当主は、望んで成れる者では無い。だが、当人の腹積もりや目標と言ったモノを全て無視して望まれる立場の者が居る。
このルイもまたそうなのだろう。出来る者なら何処かで引退して、本でも読みながらグダグダしたいのだろう。だが、ボルボン家の衛星貴族達や古都ソティスを支える民衆達の全てが彼の当主襲名を望んだ。
そしてその結果、このルイは酷ながらも穏やかな少年時代を捨てざるを得なかったのだ。血で血を洗う泥沼の闘争に首を突っ込み、命をすり選らす様な消耗を求められたのだった。
「若! ご覧下さい!」
何となく蟠ったその場の空気を入れ換えるようにダヴーが叫んだ。
見ればあの盾の向こうに居るキツネたちが後方から順繰りに後退を始めた。
「よしっ! 押すぞ! 左手のジダーノフ一党。右手のスペンサー家一党に気を付けろ! 間違っても撃たれるなよ!」
アハハハと笑いながら歩いて前進を始めたルイ。時々は立ち止まって手にしていた30匁をぶっ放している。そんな、歩く戦車のような威力のルイは、遂に盾3枚を貫通可能な距離まで接近した。
――――弓が怖いが……
そんな事を思った時だ。キツネの戦列の奥に居た者が大弓を構えていた。
自らの身長を遙かに超える弦の長さを持つ弓だ。その威力はさぞ凄まじかろう。
だが、今時点でのルイの手には、そんな弓をモノともしない威力のモノがある。
――――これはもっと怖いぞ!
銃を構えて弾を放ったルイ。
30匁のプリチェット弾は弓を構えていたキツネの胸を斜めに撃ち抜いた。
その瞬間、キツネは血を吐きながらグラリと揺れた。
――――もう一発!
素速く次の弾を装填し構えたルイ。だが、その前に何かがそこにやって来た。驚いて全員が銃撃を止めたとき、キツネの兵が次々と爆ぜるようにして、首を飛ばしていた。
「レオン家だ!」
ルイが指をさして叫んだ時、レオン家一門の先頭にあった男が叫んでいた。
それを見ながら、ルイもまた叫んでいた。
キツネの兵が一斉に撤退活動を始めたのは、この時からだった。