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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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狐国侵攻作戦 02


~承前






 コーニッシュ中心部の大本営。


 日の出前の開戦より数刻が経過し、既に太陽は傾き始めていた。そんな中、各軍団の情報が逐一伝令で伝わり、情報を吟味精査するべくカリオンは戦況図の前に立っていた。


 軍測量部の作った簡易地図上には大きな矢印が書き込まれ、その先端には各公爵家の軍団旗をかたどったマークがピンで止められている。そのどれもが騎兵の移動力として考えられる限りに、全速での侵攻を行っているようだった。


 ――上手く行き過ぎ……か……


 ふとそんな事を思ったのだが、充分な準備と仕度が導き出した結果でもあった。何より、少々困難な敵も銃による一斉射撃で難なく突破できるのだ。戦線は一気に前方展開し、最前線から大本営までは既に10リーグを越えている。


 その距離は本来の伝令限界を越えており、通信機や無線の類いが無いのだから伝令の労は大きい。だが、その運ぶ情報が朗報の場合には、疲れもだるさも飛んでしまうモノだった。


「伝令! ボルボン家騎兵団! 第2()()ルート上の街を突破!」


 戦況図を見ていたカリオンは、首だけ動かし伝令を見た。

 伝令の移動速度から考えれば4時間は経過しているはずだ。

 つまり……


「3番目の街を抜けたのだな?」


 確認する様に言ったカリオン。ソノダと書かれた街を突破した一行は、早くもウライに迫ったらしい。余りに順調なその流れは、カリオンだけで無く大本営の参謀陣全てが共通の疑念に駆られていた。


 ――――罠じゃ無いか?


 遠い日。ゼルはカリオンにこう教えた。余りに上手く行っている時は大事な事を見落としている可能性が高い……と。そして、相手がそれを利用した場合、取り返しの付かない致命傷になると。


「陛下……」


 側近として同じく戦況卓を見ていたアジャンが怪訝な顔になっていた。そして、アジャンだけで無く多くの参謀陣が同じような顔でカリオンを見ていた。


「不安げな顔ばかりで余を見るな。余とて不安ぞ」


 ただ、その言葉とは裏腹に、カリオンの表情は柔和だった。

 ウライを目指す第2進行ルートは途上にさしたる問題がないらしい。


「こうなってくると第1進行線が問題だな」


 スペンサー家の進軍する第1進行ルートは、コーニッシュと水路を接し繋がるテスガを突破した後で停止していた。5リーグほど離れた接続都市であるウオカにキツネの軍勢が結集していたのだ。


「エディ。俺達が行こうか」


 レオン家当主であるポールの頭越しにジョニーが言った。だが、その言葉を聞いたカリオンは、微妙に笑いを噛み殺すような表情になった後、チラリとポールを見てからジョニーをジッと見た。


 ――――おめーじゃねぇだろ!


 遠い日、ビッグストンの内部で切磋琢磨した頃なら、カリオンは遠慮無くそんな言葉を吐いていただろう。だが今はル・ガル王とただの無頼の関係だ。何より、レオン家の差配は2代目のポールに引き継がれている。


「おぃ。おめーもなんか言え!」


 ポールの脇腹をドンと突いたジョニー。

 驚いた表情のポールはジョニーを見た後、カリオンに視線を注いだ。


「じゃっ! 若輩ながら具申いたします!」


 ――あぁ……そうか……


 カリオンはやや緊張気味のポールを見て、その内心を察した。

 まだ若いこの赤毛の少年は、周囲の大人達に遠慮しているのだ。


「あぁ。聞こうか」


 こんな時はどうするべきか?

 カリオンだってその答えなど分からない。だが、一つ解るのは、ここが彼にとって凄く大事な場面なのだ。誰に教えを受けるでも無く、現場で様々な困難に直面して実戦で学ぶ。


 古来より伝わる教育訓として『やって見せ・言って聞かせて・させてみて・褒めてやらねば・人は育たじ』を思いだしていた。つまり、手本を見せてから実際にやらせる事が大事だ。


 今、各公爵家の一団が次々と電光石火の進軍を続けている。その姿それ自体が良い見本であり、生きた教材だ。故にここでは次のステップが重要だった。


「我等レオン家騎兵による奇襲作戦はどうでしょうか?」


 増援に行かせろ!とか、救援に!では無く奇襲だとポールは提案した。

 その優れた戦術眼と発想力に、エリオット・ビーンがニヤリと笑った。


「ほほぉ…… で、どうするのだ?」


 ポールはやや震える手で戦況図を指し示した。テスガの隣接都市ウオカへと向かう途上でスペンサー家は激闘を繰り広げている様だった。


「こちらの第2進行線より進入し、ウライ直前の街ソノダより南進。古来より兵法では太陽を背負って攻めよと言いますが、今から行けば日没直後頃の到着となりましょう。従って、日暮れの頃にキツネの軍勢へ横槍を突くことが可能かと」


 柔軟な発想と斬新なアイデア。その二つは無鉄砲さの残る若者の特権だ。普通に考えれば今から向かいには遅すぎる。だが、この若者は3時間強で駆け抜けて、そのまま横槍を入れると言っていた。


「無茶な手を考えるぜ…… けど、だからこそおもしれぇ なぁエディ」


 ジョニーもニヤリと笑ってカリオンを見た。そのカリオンは『どう思う?』と言わんばかりにアジャンやエリオットへと視線を走らせた。ヴェテラン勢の反応を見たかったのだ。


「……残念ですが距離がありすぎます」


 アジャンはそう応えて言葉を飲み込んだ。

 それに続きエリオットは戦況図を見ながら言った。


「侵攻線が長すぎます。補給路に限界があるんです。これは戦略の基本です」


 概ね否定……

 そんな感触をポールとカリオンは持った。もちろんジョニーもだ。


 ――ふむ……


 一瞬の間にアレコレと思案したカリオンは、不意に何かを思い出した。それは、遠い日と言うには余りにも遠くなってしまった幼き日々の記憶だった。


「ポール。もう随分昔のことだが……」


 カリオンが思い出したのは、あのシウニノンチュから西へ行った涸れ谷での戦闘だった。あの越境窃盗団を全滅させた日、カリオンは誰が見ても崖だと言う地形の上に居た。


 まさかここに敵はいないだろう。誰もがそう思うような場所からカリオンは奇襲を行なった。どう見たって馬が下りれないような崖を飛び降りつつ、盗賊の一団を完全に挟み撃ちにしたのだった。


「……解るか? 予想外の事を行なうからこそ効果がある。現にル・ガルはそれで何度も煮え湯を飲まされている。敵に回った側が予想外の事を行い、我が国は幾度も窮地に立たされた」


 それは聞いていたエリオットやアジャンが顔色を悪くする言葉だ。士官学校で学んだ者は、その知識と経験とを行動の基本とする。言うなれば思考が矯正されて自由度を失っている状態だった。


 つまり、柔軟な発想と自由な行動を規制するべきではない。その責任をどう取るかが老いたる将の務めだとカリオンは言外に釘を刺した形だった。


「ポール。糧秣はしっかり持て。水は現地調達できる。馬の疲労に気をつけろ。それだけ注意すれば良い。まずは行動だ。上手くいったら顛末を報告しろ」


 カリオンは柔らかな表情と穏やかな声音でそう言った。それを聞いたポールは一際大きな声で『承りました!』と応えた。まだ若いのだから恐れを知らずに無茶苦茶出来る。その可能性の芽を摘む事は避けるべきだった。


「それともう一つ。君の(あざな)がまだ決まってないようだが、自らに名乗りたい名は有るか?」


 カリオンがそれを言った時、ポールは目を輝かせつつ首を振った。


「いえ、まだ有りませぬし、特に名乗りたい名も御座いません」

「そうか。ならば――」


 カリオンは優しい眼差しになってポールを見た。その姿に全員が笑顔になっていた。太陽王が直々に字を下賜される。そこに立ち会えるのは、無上の名誉だった。


「――オーウェン。いや。クライヴ…… うーん。ポールの容貌ではどちらもちょっと軽いな……そう思わないかジョニー」


 話を振られたジョニーもまた笑いながら応えた。


「こいつの幼名はダズルだ。だから『そうだな』


 カリオンは察したように言った。


「ダニエル。それでどうだ? 伝説にある三剣士の1人。ダニエル・ポーカーの名を貰おう。次の時代のル・ガルを支える将来有望な騎士に相応しい勇猛さだと思わないか?」


 同意を求めたカリオンの言葉にコクコクと首肯を返したジョニー。

 パーッと明るい表情になったポールは、胸を張って言った。


「ダニエル公の名に恥じぬ功績を挙げてまいります! 帰った際には是非とも命名の儀をお願い致します!」


 騎士叙勲と同じく、太陽王が臣下の者に名を与える儀式は神聖なものだ。

 聖導教会からも聖堂騎士が招かれ、新たな騎士の誕生を祝うモノとなる。


「あぁ、それも良いな。だからその時まで死ぬんじゃないぞ? 良いな?」


 元気良く『ハイッ!』と応えたポールは、その足で大本営の幕屋を飛び出して行った。その無鉄砲差ぶりはさすがレオン一党だと誰もが苦笑いするものだった。


「ジョニー。あの小僧を一人前にしてくれ」

「解った。あいつは将来有望だ」


 ニヤリと笑いながら手を上げて幕屋を出ていくジョニー。その後ろ姿を見送ったカリオンは、薄笑いのまま静かな声を上げた。


「検非違使別当」


 官職名でトウリを呼ぶのはカリオンなりの気遣いだ。裏切り者の汚名を着せられ蛇蝎のように嫌われている部分もあるトウリ故か、ここではグレーのローブ姿でフードを深く被り、顔には被り物をしていた。


 かつてのサウリクル卿を覚えてる者ならば臭いで解りそうなモノだが、あいにくこの場にはカウリを覚えている者は居なかった……


「呼んだか?」

「あぁ」


 スッと音も無くカリオンに近づいたトウリ。

 彼の足には足音を消す魔導効果を付与した靴があった。


「スペンサー家を支援して欲しい」

「……解った。数名見繕って夜陰に乗じ接近する。どこまでやれば良い?」


 その気になれば街の一つや二つなど簡単に滅ぼせる検非違使だ。カリオンの腹にある大まかな流れを先に聞いておかねばならない。例え冗談でも都へ進軍しろと言われれば、それをやってのけるだけの実力があるとトウリは確信していた。


「……まぁ、スペンサー家とあのレオン家の御曹司が恥を掻かない程度に」

「ってぇと…… あぁ…… そうか。解った」


 場数と経験を踏み、あの直情径行だったトウリも腹芸が得意になってきた。

 要約すれば、カリオンはあの公爵家をすり減らしたくないと言ってる状態だ。


 彼らが実力でキツネの軍勢を打ち倒すならそれも良し。レオン家の横槍で丸く収まるならば重畳であり、それ以上の何を望もうかと言う所だろう。


 だが、逆に言えば騎兵の手に余す存在が現れた時、その時には容赦無く介入し覚醒者のみを打ち倒して欲しい。そして出来るなら、そんな者達を集めて欲しい。


 中々に骨の折れる条件付けがされたのだが、トウリは『フッ……』と静かに笑って本営を出ていった。


「さて、余の切れる手札はずいぶんと減ったぞ」


 戦況卓の前に立ち、カリオンはジッとその地図を見ていた。その間にも測量部は情報部から上がってくる情報を頼りに地図の編纂を続けている状態だ。


 ――ここは……


 テスガの街の隣ウオカの更に向こう。ウライに続く街道上にはウタエノと言う地名があった。さしたる理由も無いが、カリオンは何となくこの街に興味を持った。


 ――六波羅を使うか……

 ――いや、ヒトを使役すると後で面倒だな……


 アレコレと思案を重ねるのだが、まだ完勝までの道筋はモヤモヤとしたイメージの向こうだ。とにかく勝つしか無いのだが、勝ってどうにか成る問題でもない事など百も承知だ。


 ――ララをなんとかせねば……


 気ばかり焦るが、王たる者はどっしりと構えている必要もあった。


「陛下……」


 思案を重ね自分の世界へと落っこちていたカリオン。そんな太陽王をエリオットが呼んだ。どこかちょっとおかしい空気だが、それをかき混ぜるのも臣下の役目だった。


「どうした?」

「ウライ陥落と同時にでは遅きに失する可能性があります。今のうちにウライへ前進する仕度をされてはどうでしょうか?」


 つまりは大本営の前進。エリオットはそれを具申した。

 現状既に伝令は伝達限界距離一杯な状況で馬の消耗も激しい。

 それならばいっそ、本部が前進するのも重要だ。


「そうだな。それが良い。さすがエリオットだ」


 カリオンは全員の顔を見回してから下令した。


「本営を前進させる。全員前進準備に掛かれ。明朝には行動を完了したい。気張ってくれ」


 時ならぬ太陽王のお願いに、全員が大きな声で『畏まりました!』と返答した。

 それを聞いていたカリオンは、内心で『よしよし……』を繰り返した。


 ――出来るモノなら今のうちに……

 ――面倒を起こしそうな奴を切っておきたいな……


 ララの一件を思案すれば、次から次へと面倒が出てくるだろう。

 それを思ったカリオンは、ララが完全に女であれば……と悔しがった。

 ただ、その全てが後の祭りになるなど、この時点では誰も想像が付かなかった。

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