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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
372/665

侵攻準備

~承前






 この日、それほど広くは無いコーニッシュ市街地の広場には、ル・ガル国軍騎兵が展開していた。どんな街にも一つは広場を作るものだが、通商都市として発展してきたコーニッシュでは、広場より倉庫の方が重要だったらしい。


 ただ、それでも広場となればサッカーコートにして3面が取れる程度の広さはある。そんな広場の中、各公爵家の戦線指揮官役が集まって来て、新しい戦術の確認を繰り返していた。


 言うまでもなく、本格的なキツネの国への侵攻に備えた大掛かりな訓練だった。


「左翼! もっと大きく旋回!」


 戦術将校であるエリオットは台上に立って声を嗄らしている。その声に導かれ、各家から選抜された戦線指揮官が広場を動き回っている。そもそもに戦術理解度や新しい概念への適性が良いものばかりを集めたので、飲み込みは早いほうだといえる。


 だが、それでもこの新しい戦術は難しくあった。従来とは全く思考や概念体型の異なる斬新な戦術。それは敵の裏を掻き、弱点を容赦なく突き、一気呵成な戦果を得る為の助走だった。


「右翼! 時には本隊の前を横切って良し! とにかく止まらない事!」


 郊外で生け捕りにした野生の鹿を広場に放し、その鹿を追い込む事で騎兵たちが機動訓練を行っている。その動きは人の思考とは違うもので、相手の出方を見て対処法を考えねばならないものだった。


 それ故か、戦術を理解するための一大原則である『陽動&実働』の切り替えの早さや次の実働に向けた助走としての陽動を考える必要があるので、体を動かしつつ頭も鍛えられた。


 最終的に追い込むのは銃の代わりに弓を構えるアッバース歩兵の前だ。それによって鹿を全滅させ食料となる糧秣を得る事も想定内。全てが無駄なくシステマチックに動いているのだった。


「敵の逃げ道をわざと作るんです! それを見れば敵は自然とそこへ逃げる!」


 言葉で動きをコントロール出来ないなら、その手段は自然と恐怖になる。そっちへ行けば殺される。アッチへ行けば死ぬ。それによって敵を動かす。野生の動物相手ではそれが面白い様に決まる。


 良いか悪いかなんて問われるような話では無い。命のやり取りを行うのだから、容赦無くやらなければいけない事だった。


「時にはもっと包囲をきつくして!」


 そう。押してもダメなら引いてみな?と言うが、その引きを有効に使うには徹底的に押す事も必要だ。そして、そこで迷ったりしてはいけない。


「ガツンとやりましょう! ガツンと!」


 声を嗄らすエリオットは、そろそろ喉がかれ始めた。

 だが、その甲斐あって騎兵たちはまったく新しい平面機動戦術の肝を理解した。

 最終的に鹿の一団は広場の中心部で一纏まりになっていて動きを封じられた。


「包囲を完了したら釘付けに!」


 指を指しながらエリオットが叫ぶ。

 騎兵たちは大きく輪を作り、その輪を徐々に小さくしつつある。

 輪を描くように馬を走らせ続け、右手の槍で鹿を突くのだ。


「最後は輪を解いて!」


 エリオットの声と同時、騎兵の輪が一カ所だけ切れた。その切れ間から鹿が見たのは、大量の弓だった。


 獣の目と頭だって何が起きるのかは理解出来る。鹿の一部が慌てて包囲から漏れ出ようとした時、矢は一斉に放たれたのだった。


「……ふむ」


 コーニッシュの尖塔からそれを眺めていたカリオンは、珍しく上機嫌でワインなど舐めていた。前夜、カリオンのいる本営に訪れた戦術将校エリオットの上奏を、カリオンは黙って聞いていたのだ。


 ――――陛下

 ――――天覧訓練を行いたいと存じます


 エリオットの言葉に首肯を返したカリオンは、その翌朝になって尖塔の上で騎兵機動を見ていた。まったく新しい戦術による一斉徹底殲滅戦。それは、美しくも華々しくも無い。


 だが、確実に敵を屠り勝利へと辿り着く作戦であり戦術。何より言えるのは、進撃を続ける為に勝つ為の戦い方だった。


「間も無くソティスから銃の補給が参ります。国内の鍛冶屋を総動員し部品を作っておりますれば、ソティスでは組み立て工程に専念する体制となりました。その結果、現状では毎日400丁の銃が組み上がっております」


 メモを読みながら上機嫌のアブドゥーラは、各地に散らばっていたアッバース一党の歩兵に結集を命じていた。その呼びかけに応えコーニッシュに集まった数は実に10万を数える。


 アッバースは元々砂漠で暮らす極限環境の民だ。この草原であれば草のベッドで安眠できる打たれ強い一門なのだ。そんなアッバースの歩兵全員が銃を扱えるのであれば、そうとう心強いだろう。


「アッバース諸兵だけで無く、我がスペンサー家一門.並びに、レオン家とジダーノフ家の騎兵も銃火器取り扱い習熟訓練を続けております。そしてそれに平行し、馬に銃声を教える訓練も続けておりますれば――」


 その言葉に驚いて顔を向けたカリオン。

 ドリーは得意げな顔になって言葉を続けた。


「――あと2週間もあれば馬上射撃が可能になるかと思われます」


 騎兵による高速機動運動を伴った馬上射撃。これが実用化出来たなら、騎兵の戦闘は抜本的に変わっていくことが予測されていた。何せ騎兵なる者は敵の騎兵団列と正面衝突するのだ。


 その衝突前に最前線の騎兵を手負いに出来る。弓の届かない距離から射撃を行いえるのだから、弓兵を狙い撃ちして殺す事も出来る。そんな武器が使える様になるなら、騎兵は真剣に取り扱いを学ぶのだ。


 それによって自分自身の命が永らえられるなら。敵を効率よく屠り、大きな結果を得られるなら、それは何よりも素晴らしいことだった。


「よろしい。下に行こう」


 カリオンは展覧台を下って本営内部に設置された前線本部に顔を出した。コーニッシュの聖導教会だったと言う建物は応急修理を施され、少なくとも天露をしのげる程度には改善していた。


 その建物内部。壁面に張られた巨大な地図は帝国軍測量隊による簡易測量の賜物だった。


「コーニッシュに最も近いキツネの都市は……テスガと言うのか?」


 測量されれば軍は自在に動けるようになる。その関係でキツネの側は様々に妨害工作を行なっているが、決死の活動により暫定国境から5リーグ程度までは様子を掴んでいた。


「キツネの使う文字は複雑すぎて解読に難儀しますが、読みがわかれば問題ありません。現段階ではコーニッシュに近い7箇所の都市を調査してあります」


 担当将校の説明を聞きつつ、カリオンは地図を指でなぞった。測量班による地図を眺めながら、カリオンの脳裏に何かが浮かんだ。


 ――そういえば九尾というのがいるな……


 彼等はどこにいるのだろうか?

 それによって今後の戦局が左右されるのは目に見えている。九尾なる特別な存在を早めに見つけ出し、敵か見方かをハッキリさせるのが肝要だ。


「ではまず、このテスガなる街へ踏み入ってみよう。街の規模にもよるだろうが、かの国の内部事情が見えるかもしれん」


 カリオンの方針が示され、室内に居た者に視線が配られた。

 遠くガルディブルク城からやって来たル・ガル中枢にある商務長官や農務長官ら経済の舵取り役たちが各々の職務範疇において算段を考える。


「商務に関しては概ね問題ないかと思われます。陛下」

「同じく、今期は豊作が予測されているので、食料糧秣に関する心配も無用です」


 その報告に黙って首肯したカリオン。その場は一旦御開きとなり、晩になってから大規模な参謀会議が開かれた。経済ではなく軍に関する集中的な討議の場だ。


 議長役を務めるドリーにより、今後の方針が示される。それは会議の前にカリオンが示したキツネの国への侵攻計画そのものだった。


 ――ドリー

 ――分かっていると思うが余の求めるものはララの奪回だ

 ――それ以外は些事に過ぎず全面戦争は望まない

 ――つまりやり過ぎに注意しろ


 さじ加減はドリーに一任された……


 その事実にドリー自信が震えるほどの歓喜を覚えていた。ただ、カリオン自ら釘を刺したとおり、やりすぎには注意が必要だ。


 キツネの国を本気でやりあうなら、ル・ガルは全勢力を傾けなければ成らない。そしてその上で、全力を持って挑んだとしても勝てるかどうかは時の運だ。決してル・ガル国軍が劣っている訳ではなく、また、キツネが強いわけではない。


 そこに存在するのは、純粋なまでの民族的・種族的な特性だ。つまり、イヌとは違いキツネは誇りのために死ねる。命を惜しまず名を惜しむ性格は、イヌ以上であり、また根が深い。


 一族の為。大義の為。国家の為。そんな思想に燃え上がる者は多いだろう。だが、彼等はそれが狂信レベルで染み付いている。生と死は一時の事であり、名と命は永久に伝わるモノとなるのだ。


「以上、王の方針を代読させていただいた。諸侯らの意見を求めたい」


 ドリーの手短な説明に対し、各公爵家とその衛星貴族たちが押し黙って方針を咀嚼した。話は単純で、キツネの領内に押し入り、まず一つか二つの街を完全に焼き払う。


 住民は皆殺しにし、ごく一部だけを逃す。これを幾度か繰り返し、孤国西部の最大都市であるウライ(卯来)を目指す。ここは西部地域最大の軍集積拠点である柵が築かれているとか。


 柵とは孤国における前線向けの派出砦を指すそうで、ここウライサクには様々な孤国軍機関があるとのこと。ル・ガル国軍はここを目指し進軍し、この柵を陥落させて住民を人質に取る作戦だ。


「仮に……の話でありますが――」


 ジダーノフを預かるウラジミールが低い声で切り出した。

 顎を引き、俯き加減で相手を見る、藪にらみのような姿。

 ただ、その姿には恐ろしいほどの威圧感があった。


「――ウライを陥落させた時点でかの国が我々の要求を無視した場合には?」


 ドリーは一瞬だけカリオンを見た後、『うむ……』とひとつ息を付いた。


「その場合、まずウライの周辺都市を含めて西部地域全てを焼き払う。これより収穫期を迎える麦畑など、被害は相当大きかろうと予測される。その後にウライ周辺へ侵攻し、我が勢力範囲を広げる」


 どうだ?とウラジミールに返答したドリー。

 ウラジミールはまったく表情を変えないまま、三白眼で首肯した。


「王の方針として承った」


 お前の指示なぞ聞く謂れは無い……

 そう言わんばかりの声音と態度でウラジーミールは返答した。


 それに続き、レオン家代表であるポールが切り出した。齢15才にして一家を預かることになった少年だが、そのすぐ隣には参謀役状態でジョニーとロニーが陣取って居た。


「キツネとやり合ってる間にネコが動き出した場合はどうしますか?」


 ネコと国境を接しているレオン家にしてみれば、ある意味で重要な問題だった。

 出来るものなら短期決戦で片付けたい。そんな思惑が透けて見えていた。


「その点に付いては確約出来ない部分が大きい。ただし、キツネとやりあう過程で得られた新しい戦術や戦略を持ち帰ってもらうので、対処はしやすいだろうかと思われる」


 ドリーの言葉はあくまで同じ公爵家を預かる貴族として、対等の立場で返答したものだった。だが、まだ若輩なポールにしてみれば、それは嬉しい対応だった。


「おぃポール。調子にのんじゃね」


 ポールのわき腹をガンと殴ったジョニー。

 小さな声で『いでっ!』と漏らし、『はい』と返答したポールは、緩んだ顔をギュッと締めてから『了解しました。善処します』と返答した。その間、ジョニーはチラリとカリオンを見てニヤリと笑った。


 ――なるほどな……


 レオン家はこうやって次の世代を育てるつもりらしい。

 そして、それと同じ光景が別のところにもあった。


 ――――いうの?

   ――――うん

 ――――でもさぁ……

   ――――叔母上は体面を汚すなって

 ――――そうだね……


 小さな声で会話する若いふたりがそこに居た。純白の体毛に青い瞳をしたうら若き淑女。彼女の名は『マリー・ド・ノブレス・エクセリアス・ラ・アントワーヌ・ジャンヌ・ソレイユ・ボルボン』


 ボルボン家を受け継ぎ当主となった、いまだ22歳でしかない『少女』でもあるのだが、ソティス民衆の各代表団から熱烈な推挙を受けて先代マリーが指名した次世代のボルボン家当主だ。


 その隣には赤毛の体毛をした好青年が居た。彼の名は『ルイ・シャルル・ド・エクセリアス・ラ・フェリペ・ナンプローナ・ソレイユ・ボルボン』


 齢18となったばかりのこの少年は、古いソティス地域を示すナンブローナの名を受け継いだボルボン家の秘蔵っ子だった。そして、整った目鼻立ちと甘いマスクに鋭い眼光を讃える青い瞳。


 その才は先史時代に遡るナバラ・ナブローナをまとめたアンリ・エンリケの生まれ変わりと呼ばれ、ソティスを含めたガルディアラ中原の王たる存在に相応しい存在だった。


「カリオン王陛下」


 小声で相談していたルイが切り出した。

 ドリーではなくカリオンに直接問うたルイの内心は、誰もが理解していた。


 ――――ボルボン家にリベンジの機会を与えて欲しい


 そこに見え隠れする強烈なプライドは、ボルボン家の歴史そのものだった。


「あぁ。分かっているよ。アンリの時代から17名を数えるボルボンの当主なのだからな。存分に武功をあげるも良し。軍差配としてその才を示すも良し。君の思うがままにボルボン家は動いてよろしい。ただな――」


 カリオンはそこで言葉を切ってルイとマリーをみて笑った。

 遠い日、ふたり並んで歩いたカリオンとリリスを思い起こさせる仲睦まじさ。

 そんな二人を引き裂きたくないと願う太陽王の心配だった。


「――これからボルボン家は再興せねばならない。ボルボン家の歴史はイヌの歴史だからな。故に、死ぬんじゃないぞ」


 その言葉を聞いたふたりは、顔を見合わせて笑いあうのだった。

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