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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
371/665

新しい時代に向けて


 ザワザワと声の漏れるガルディブルク城の城下広場。


 軽く数万の市民が入れるその広場に、巨大な高札が掲げられた。大勢の市民が見つめているその高札には、これまた巨大な文字が書いてある。


 マス・コミニュケーションとしての技術を持たない世界では、これこそが有効手段なのは言うまでも無い。


 ただ、市民がざわついているのはその内容だった。


 ――――太陽王は以下の点について国民の助力を求めている


 そんな書き出しで始まる王府の発表。

 その内容は、一言で言えば国家総動員体制だった。


 ――――太陽王は直卒となる臨時編成騎兵団を編成された

 ――――目的はル・ガル東部の奪回と主権の回復だ

 ――――この戦においてキツネとの決戦に及んだ

 ――――ひどい損害を出しながらもキツネによる蚕食領土は奪回された


 そこまでは良いのだ。そこまでは。

 だが、そこから続く文章に市民が沸き立っていた。


 ――――コーニッシュ市街においてキツネの一党は虐殺を行なった

 ――――結果的に2000名を越えるイヌが犠牲となった

 ――――街に生存者はなく全て殺された

 ――――少数ながら一部の住人はキツネに拉致された模様だ


 その中にララウリの影武者を務めていたララが含まれている……

 王府はそれを事実として認めた。ララがララウリ本人なのを知る者は少ない。

 だが、ララがララウリの影武者と言う建前は、王都では公然の秘密だった。


 そして、結果的に()()()()()()()()()()()と言う点が重要だった。


 市民の中から猛烈な反キツネ運動が沸き起こるのは自明の理であり、長らく良好な関係であった筈のキツネに対する印象は地に落ちた。


 ――――太陽王は国民一人一人にその意志を問われている

 ――――キツネと共存を選ぶ者は今すぐここを立ち去り日常生活にもどれ

 ――――太陽王は一切お咎めにならない

 ――――だが……


 そこから続く文章。それは国民の心に火をつける文言だった。


 ――――同胞の死に心悼める者

 ――――キツネの暴虐に憤る者

 ――――踏みにじられた誇りを取り戻したい者

 ――――そんな諸君らの力を太陽王は欲しておられる


 そして、何より市民の感情を揺さぶったのは、その高札に描かれたイラストだ。戦衣に身を包んだカリオン王が馬上にあり、こちらを向いて指さしている。それは、アンクル・サムの巨大なポスターと同じ意味を持っていた。


 『I WANT YOU』の文字と共にビシッと指を刺したアンクル・サムの姿に似せられたカリオンの巨大な肖像画。茅街からやって来たイラスト描きだったと言う男の画を城の絵師が大きく描きなおした巨画。


 イラストの一番下に書かれた文章は至ってシンプルだった。


 ――――流された血は同じ量の血によって贖われる……


 そう。つまりは太陽王の復讐宣言。

 同時にそれは、『なめるな』と通告するための報復。

 太陽王は言外に言っているのだ。


 同じだけの血を流させ、相手を後悔させてやる……と。

 或いは、悔しがらせてやる……と。


 だが、多くの市民は思った。軍は何をやっているんだ?と。

 そして、何を協力して欲しいのだ?と。


 そんな言葉が市民の間から漏れ始めた時、王府広報官が公示を持って出てきた。公示とは市民に対し王府が直接配布する国家の方針や指針を記載した公報だ。


 時には太陽王の言葉が直接踊り、時には高階層貴族の発する『国への貢献』なる文言が記載されるモノだ。だが配られ始めたその公報には、太陽王が何を求めているのかが明記されていた。


 ――――鍛冶職人の強力を求む

 ――――薬師と調合師も必要としている

 ――――我こそはと思う者は城へ集え


 その一文に多くの市民がザワザワと騒ぎ始めた。

 一体何をするのだろうか?と、誰もが不安に駆られているのだ。


「諸君」


 市民のざわめきが落ち着き始めた頃、ガルディブルク城留守居役でもあるグリーン卿が城からやって来た。その光景に市民は再びザワザワと話し声が沸き上がる。そんな声が静かになった頃、ウォークが大きな声で切り出した。


「太陽王はキツネの国への侵攻を計画されている。ただ、諸君らも知っている通りだろうが、あの国はネコよりも遙かに強力だ。従って新しい技術を持ってして乾坤一擲の痛撃を加える事になった。諸君らの協力を必要としている.以上だ」


 その言葉が終わった頃、広場の中から大歓声が沸き起こった。イヌを舐めるな。イヌを蔑ろにするな。イヌは世界の奴隷では無い。そんな心理がまだまだイヌの民衆には残っているのだった。











 ――――――――帝國歴393年 5月 1日











 ガルディブルクから東へ向かった遙かな地。

 焼け残ったコーニッシュの街にカリオンは未だ滞在していた。


「で、現状ではどうなんだ?」


 厳しい表情で尋ねてるカリオンの周りには、現ル・ガル国軍の首脳が結集していて、巨大な戦況卓を囲みながらアレコレと討論していた。


「西方レオン家と北方ジダーノフ家よりそれぞれ4個師団規模の増援がありましたので、現状の手持ち戦力としてはレオン家の非常勤騎兵を含め約22個師団となります」


 戦力をまとめたドリーは甲冑姿のまま走り書きのメモを読んでいた。

 コーニッシュには国民労役奉仕団による大量の糧秣が次々と運び込まれていて、その量足るや30個師団が一年は喰える量になり始めた。


「アッバース歩兵はどうだ?」


 僅かに視線を傾けそれを問うたカリオン。

 アッバースを預かるアブドゥーラは巻物状の報告書を広げながら言った。


「ソティスの工房から続々と銃が運び込まれています。現状で3500丁ですが、恐らく十日ほどで1万丁の数字が見えてくると思われます。銃兵教育は着々と進捗しておりまして、現在はスペンサー騎兵隊の諸兵らに対する取り扱い講義が進んでいます。ただし、馬がその発射音に怯えますので、機動運動中の射撃は難しいかと思われます」


 うむ……


 静かに首肯を返したカリオンは、レオン家のポールとジダーノフ家のウラジミールに視線を送った。2人とも僅かに緊張していたようだが、それよりも遙かに『王と共に駆ける』という面で興奮していた。


「これからの時代、騎兵は槍や太刀で切り合うのでは無く、馬で素速く移動した上で拠点を作り、そこで撃滅戦闘を行うようになるだろう。戦術と戦略は時代と共に変遷するものだが――」


 カリオンは戦況卓の周りを歩きつつ、黙って話を聞いていたエリオットの肩を叩いて『説明せよ……』と言わんばかりに視線を送った。


「――コレよりビーンが新しい時代の戦術講義を行う。全員まずは黙って聞いてくれると余は嬉しく思う。新しい時代には新しい戦術が使われるのだ」


 カリオンの後を受けエリオット・ビーンが切り出した。そもそもに学者肌で研究熱心だった男だが、ここに来てゼルの残して行った莫大な戦術と戦略の指南書を彼なりに消化したようだった。


「過日……と言っても、今はもう50年の昔となったが、王陛下の父君役であったヒトの男が残して行った莫大な戦術と戦略の知識がある。手前はそれを長く研究してきたのですが、ここに来て新たな兵器の開発と運用を見るに付け、その中身をよくよく理解したと言える様になってまいりました」


 エリオットの切り出した言葉と同時、戦況卓に置かれた馬の人形には、銃を示す棒が装備されていた。


「これはヒトの世界に於いて使われていた最強かつ無敵の戦術です。パックフロントとヒトの男は称しましたが、内容は簡単です。先にこの地でキツネの兵を徹底殲滅しましたが、この際にこの戦術を試しました」


 エリオットの手が戦況卓の上で戦況再現を行い始めた。後退する太陽王を追跡するキツネの騎兵が一斉に駆けてくるなか、アッバース銃兵の射程圏内に充分引き込んだ瞬間に四方八方から一斉射撃が加えられる。


 その結果、追跡してきたキツネの兵はありとあらゆる角度から斉射を受け続け、数万の騎兵がひとり残らず鏖殺される事態となった。そして、その戦闘の最も恐ろしい所は、射撃を加えた銃兵に被害が無かったと言う事だ。


「それぞれの射撃範囲となる角度を重ねておき、その中に入ったならば一斉に射撃を加える事によって鏖殺せしめる。この戦闘に於いて最も需要なのは、連携の取れた機動運動と素速い射撃の連続です」


 それは、シュサ帝を屠ったネコの騎兵が見せた斬新な戦術。過日、ゼルはそれを釣り野伏と表現したが、要するに囮を用意しておいて罠に掛けるだけの話だ。


 だが、ここでビーンが説明した新しい戦術は、そのネコの機動戦術をベースにしたまったく新しい戦闘手順だった。誰もが息を呑んで眺めている中、ビーンは地形を再現した立体地図の中で、騎兵の駒を自在に動かして見せた。


「騎兵に比べ歩兵は機動力がありません。ですが、この銃火器による攻撃力は従来の騎兵戦力を圧倒出来ます。猛烈な射撃を加える歩兵には、おいそれと接近すら出来ません。従いまして――」


 ビーンの手が銃を持った歩兵の駒をゆっくりと前進させた。

 その周辺を騎兵が縦横斜めと動き回り、騎兵の機動面を作っていった。


「――歩兵の前進速度を基礎とし、その周辺に騎兵を配します。これは非情に重要な事ですが、最終的に行うのは敵を完全に全滅させる事です」


 歩兵の前進に合わせ騎兵は敵の騎兵の動きを規制するように機動運動をし続ける事になる。あくまで平面での戦闘だが、それはまさに戦闘機のドッグファイトであり、徹底した理詰めで追い込む詰め将棋だった。


「このように、歩兵の動きに合わせて騎兵は自在に戦場を動き回ります。この時重要なのは、歩兵の先頭に立っている指揮官の視界と視野の広さです。ある程度前進した所で歩兵は止まりますが、ここで重要なのが騎兵の機動力です」


 前進してきた歩兵の駒の周囲を騎兵の駒が動き回る。だが……


「歩兵の射撃体勢が整った時点で、騎兵はその場で馬を降り――


 ビーンがその言葉を言った瞬間、ジダーノフ一党の騎兵が声を荒げた。


「騎兵に馬を捨てよと申されるか!」


 騎兵にとって馬は最も大切な武器で有り、機動力を与えてくれる重要なパートナーだ。そんな大切な存在を捨てろと言うのは、騎兵にとって死ねと言っているのに等しい事だった。


「――いえ、馬を捨てるのではありません。馬を護るのです」


 ビーンは騎兵が声を荒げるのも想定内だと言わんばかりに説明を続けた。傍目に見ているカリオンが黙って眺めている以上、更なる抗議は場を壊してしまう事になる。故にジダーノフ一党の者達も、黙って様子を眺めるしか無かった。


「馬を護るとは……如何なる事ですかな?」


 場を仕切り直すようにジダーノフを預かるウラジミールが言った。

 顎を引き、灰色の冷たい眼差しをジッと向けるその姿には冷たい威圧があった。


「簡単に言えば、一斉射撃の殺し間を作るのですよ」


 ビーンは戦況卓の上に機動戦術の完成形を示した。それは歩兵の全面に敵の兵力を釘付けにする罠のような状態だった。敵兵力が逃げ出しそうな方向へ銃を向け、一斉射撃の準備を整える為に騎兵は馬を降りる必要がある。


 結果として複雑怪奇な機動線を描く事になるが、それが完成した時には巨大な魔女の鍋が完成するのだ。そして、歩兵による徹底殲滅射撃が加えられ、それから逃れようとした敵の戦力は騎兵による逃走防止の射撃を受ける事になる。


「……なんともまぁ、恐ろしい事だな」


 まだ若いポール・レオンがそれを見ていてそう零した。騎兵では無く歩兵による徹底殲滅攻撃の恐ろしさは、実物を見るまでは理解出来ないだろう。


 だが、先の戦闘結果として見た膨大なキツネの死体は、これが嘘や冗談では無いと痛感させられるものだった。


「諸君」


 ビーンの説明が終わった後、カリオンは戦況卓の前で一同をグルリと見回してから切りだした。それは、今後の方針説明で有り、また、太陽王の目指す目標の解説だった。


「我々は今、一つの危機を迎えていると余は考えている。余の思い過ごしであらばそれに越した事は無い。だが、現実に、いまイヌの社会は他国からの圧力に晒されている。平和を求める声よりも、戦に駆り立てる圧の方が強い」


 カリオンの言葉に全員が黙って首肯した。少なくともシュサ帝の時代であれば、ル・ガル内部で多少の動揺があろうとも他国からの干渉は乏しかった筈だ。


 だが、現状ではネコの蚕食により西方地域は大きく混乱し、東方ではキツネの介入による悲劇が発生している。それは、間違い無くイヌを侮っている証拠だ。これまでであれば他国は手を拱いていたはずなのだ。


「余はコレをイヌの……ル・ガルの停滞の象徴であると考えた。他国が強くなったのでは無い。ル・ガルが停滞しているのだ。守旧を本分としてしまい、進歩も前進も忘れたイヌは、ヒトの知識を得た他国の実験材料にされかねないと考える」


 カリオンの語った言葉に公爵家の面々が蒼白染みた様な顔色となった。古き良き時代の伝統を残すル・ガルが、その伝統に食い潰されるという危機感をカリオンが示したのだ。


 そんなはずは無い。今までこんな事は無かった。これからも起こるはずが無い。何の根拠も無い思い込みにより、ル・ガルは滅んでいく。それに気が付いたからこそ、カリオンは社会を前進させる方針を示した。


「故に、まず我がル・ガルがヒトの世界の戦術を取り込み、他国を圧倒するのだ。そして、ル・ガルに手を出せば国が亡びると、周辺国家に教え込む。その為に諸君らの協力を必要としている」


 カリオンは再び一同の顔をグルリと見回してから言った。


「余の我が儘に付き合えと命じるつもりは無い。嫌ならば従わなくとも良い。ル・ガルはそのそも、その様な国家の集合体だったはずだ。だが、未来のル・ガルをより良いものにする為に理解してくれると、余は嬉しく思う」


 カリオンの率直な言葉が流れ、全員が押し黙ってしまった。

 そんな姿を見ながら、カリオンは辛抱強く全員の反応を待つのだった。

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