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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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それぞれの決意。或いは決断

~承前






 酷く苦しそうなうめき声を漏らしつつ、リベラはそこに居た。

 リリスが招いた夢の中、リベラトーレは己のプライドに掛けて平然を装っているのだ。だが、どんなに我慢しても、その苦しみは塗炭なんてモノでは無い。


「スマン、リベラ。余を恨んでくれ」


 カリオンは率直な言葉で詫びた。それでどうにか成る問題では無い事など、言われなくとも解っている。ただ、問題の解決は当事者だけで無く周囲の者にも必要な時がある。


 苦しみ悲しみと言った感情は人に伝播しやすいものだ。そして、苦しげな姿の者を見て喜ぶのはゲスとも言う。


「……いえ。あっしの不始末にござんすよ……誰も恨みはいたしやせん……」


 リベラの見せた気概とプライドに全員が言葉を失った。キツネの覗き見を承知の上でリリスが始めた夢中会議には、いつものメンバーが全員出席した。その席へリベラは自分から現れ、訥々と弁明を始めたのだった。


「姫を守れず、姫の母君も守れず、今回はお嬢を……面目次第もございやせん」


 それは、最強の細作であるリベラのプライドが許さない事なのだろう。

 同じ的に対し3度もしくじるなどあり得ない事なのだ。


「それはもう良いのよ。あなたにこれを黙っていた私は、恨まれても当然なのに」


 リリスは心底申し訳なさそうに言った。

 だが、それを聞いていたリベラは、辛そうな声音で言った。


「あっしのような裏稼業のもんと同じになっちまいやしたね」


 日の当たらない所を歩く存在。或いは日陰者だったり裏稼業だったりと、細作を取り巻く環境は本当に酷い。決して表舞台に立てない存在であり、日陰の中でひっそりと生きているのが現状だ。リベラはそれを心底嘆いていた。


「同じって?」


 こんな時のリリスが天然なのは今に始まった事じゃない。だが、これで場の空気がかき混ぜられるなら、それはそれで意味のある事だった。


「いえ、あっしと同じく……日陰者ですよ。表舞台には出られない」


 リベラの漏らした言葉にリリスとサンドラが顔を見合わせた。

 ただ、子を思うサンドラに比べ、リリスの表情は晴れやかだ。


「良いのよ。良いの。結果的にル・ガルが上手く回ってるならそれに越した事は無いし、それにエディだって現状は満更じゃ無いでしょうしね」


 ウフフと笑ったリリス。サンドラは少々微妙な表情だった。

 それを見て取ったのか、ジョニーは場の話を戻すように切りだした。


「で、悪ぃが話を進めるぞ」


 その一言で場の空気がキュッと締まった。

 カリオンは表情を変えてジョニーを見ていた。


「最初に入って来たのは……覚醒者だったんだね?」


 それを問うたトウリは、実に怪訝な顔だった。暴走気味の覚醒者はだいたい制御出来ないモノで、本能と欲望とに忠実な振る舞いをすることが多いのだ。だが、リベラの説明はその多くを飛び越したモノだった。


「えぇ。良く統率された……組織だった動きでやんした」


 リベラの説明を要約すればこうだ。

 最初に街の中に入ってきたのは、ふたりのキツネと10名ほどのヒトだった。

 だが、そのヒトは街の中で覚醒し、コマンダー役のキツネが支持する内容を正確に実行、街中で力の限りに暴れ続け建物を破壊し続けたのだという。


「茅街に来たキツネの覚醒者は藍青と群青……だったかな。そんな名前で呼ばれていたが、もしかするとキツネの国は覚醒者の制御方を見つけたのかも知れないな」


 その一言がどれ程重いのかは言うまでも無い。ル・ガルの一部が独占していたノウハウを独自に編み出した可能性がある。知能が高く魔術にも長けているキツネのその実力をカリオン達は嫌と言うほど思い知らされていた。


「それで……」


 トウリの言葉に続き切り出したのはサンドラだった。

 彼女の聞きたい事が誰だって解っている。リベラは頭を垂れながら切り出した。


「覚醒者は街を破壊し始め、アチコチから街の騎士が飛び出してきて対処し始めたんでやすよ。ただ、ご存じの通り騎士の力でどうになるモノでもございやせん。多勢に無勢と言いますが、多勢であってもそれこそ一捻りでやした――」


 苦しげなうめき声を挟みつつ、リベラはそう訥々と語っている。そんな苦しみを重々承知しているとは言え、サンドラは続きを促すように鋭い眼差しでリベラをジッと見ていた。


「――キツネが街に入って一刻も過ぎた頃には、街の住人やらをどう逃がすかって算段になりやしてね。騎兵の皆さん方が住人を誘導し始めたんですが、そこに入ってきたんですよ」


 間髪入れず『キツネの騎兵がか?』と尋ねたオクルカ。リベラは表情を苦痛に歪めて首肯し続けた。


「左様でございやす。街を取り囲むようにしていたキツネの兵は、街から飛び出す者達をひとりづつ確実に切り捨てる作戦でやした。それこそ、あの連中はトンデモねぇ腕前で、そりゃあっしのようなモンなら何とかなりやすが、普通のモンにゃぁどうしようも……」


 つまり、キツネの兵は市民に手を掛けた。

 その言葉を聞いたカリオンの表情がクワッと厳しく変わった。


「つまり……キツネの兵が虐殺を行ったと……言うんだな?」


 普段のカリオンからは想像も付かない声が漏れた。

 それこそ、その言葉を聞いた者すべてがゾクッと背筋に寒気を覚える程に。


「へい……お察しの通りで……」


 カリオンに短く返したリベラは、その続きを切り出した。


「街からも出られねぇと解った街の衆は広場に集まり始めやした。ですが、そこでキツネのモンらは街に火を掛けやした。アチコチから一斉に火の手が上がりやして逃げる衆が街中を駆け回りやす。キツネの兵はそれを片っ端から斬り出す始末で」


 首を振りながらウンザリ気味に続けるリベラ。

 その言葉を聞いていた者達は、どんどん表情を硬くしていった。


「それでね……あっしぁ見かねやして……表に飛び出しやした」


 何処か朧気だったリベラの姿がクワッと固まり、はっきりとした輪郭を持ち始めた。皆はそれをリベラの怒りだと思った。理不尽かつ不条理な死に直面した人々を見捨てることが出来なかったのだろう。


 例えネコであってもイヌを護る。いや、弱き人々を護ろうとする姿勢は、騎士道として立派なものだ。そして。それを為さずには居られなかった惨状に思いを馳せた。


「ひとりふたりと斬り始めやして……()()かそこらの数だったでやしょうかね。気が付いたら……お嬢が出てやした。あっしと同じように飛び出ていやした。実際、お嬢の剣技は大したもんでやしてね。あっという間に両の手じゃ足りないほどを斬り捨てやしたが――」


 そこまで言った時、リベラの姿がグッと膨らんで大きくなった様に見えた。

 内心の在り方で見える姿が大きく変わる。そんな事を思ったカリオンだが……


「――そこに妙なキツネが現れやした。蒼い体毛をした……キツネです」


 リベラの言った衝撃的な言葉に、全員が『あっ!』と言った表情になった。

 誰よりも厳しい表情になったカリオンは、奥歯をギリギリと噛みしめた。


「ウォルド……と言ったか。あの化け物キツネめ。まだ死んでなかったか」

「へい」


 リベラはまるで生きているかのようにはっきりとしたフォルムとなってカリオンの前に立ち、手短に応えた。その一分の隙も無い立ち姿は、見る者全てにただ者では無いと感じさせる姿だった。


「そのキツネが手を伸ばした時、そこに覚醒者が集まり出しました。さすがのお嬢もアレ相手では険が立ちやせんで、遂に捕まってしまいやしたが――」


 ふと俯いたリベラは、嫌な記憶を振り払おうとするように首を左右に激しく振った。そして両手で顔を隠すようにして跪いた。


「――覚醒者達はその場でお嬢を裸に剥きやした。お嬢が隠してきた事が露わとなるように、全て……全て……全て……髪飾りに至るまで全て剥ぎ取ったんでございやす。あっしはそれを止めようとしたんでやすが……そこで……覚醒しゃあんどふまこへひひひひひひひ……」


 リベラの姿が唐突に乱れ始めた。その姿はまるで煙のように乱れ始め、ややあってモヤモヤとした霞のように散開していき、最後には水蒸気のような白い霧となった。


「……リベラ」


 リリスがそっと呼びかけた時、その白い霧はビクッと震えたように揺れた。一度死んだ人間が、再び死を体験しようとしている。その恐怖と苦痛とがリベラを霧に変えたのだとリリスは考えた。


 リリスとて一度は死んだのだ。死んで形を変えてこの世に戻ってきた黄泉帰りな存在だ。だからこそ、リベラの苦痛は嫌という程よくわかるし、このまま死なせてやった方が良いことも解っていた。だが、事態は予想外の方向に転がり始めた。


「……イヒヒヒヒ」


 何処かから声がする。心の弱い部分を抉るような、嫌な笑い声が漏れ出ている。

 カリオンはその声に聞き覚えがあった。あの茅街で殴りつけた蒼いキツネだ。


「ウォルドか」


 再び嫌な笑い声が漏れた後、霧だったリベラの姿はスッと固まり、そこにキツネが現れた。あの蒼い体毛をしたウォルドと名乗ったキツネだ。


「そんな愚かしい名など不要じゃで」


 夢の中まで遂に入ってきた。リリスの招き無くとも他人の夢に入り込む術。それこそが人の心を惑わし、それで操り、必要な結果を手に入れるための策術。このキツネはそれを自在に操り、介入してきたのだ。


「まずは礼を言いに来たぞよ。あぬしらのおかげで妾はやっと淦玉を手に入れたぞえ、喜ばしい事じゃ」


 ホホホと高貴なフリをして笑ったウォルド。だが、その姿は緋色の掛襟がチラリと見える白衣と緋袴で、見事な刺繍の入った千早をまとっている。そしてその頭には立烏帽子。


 キツネの国の貴族の中でも帝や皇と言った超高階級の者達に仕える者では無く、神域の住人として活動する神職の者どもが使う衣装だ。そして同時に、九尾を目指す修行者達の衣装であり、また死に装束でもあった。


「今だ七尾でしか無い妾もやっと八尾じゃ。なに、用が済んだらあぬしの娘は返すぞえ。心配は無用じゃ。妾が欲しいのはあぬしの娘ではなく息子じゃでの」


 イヒヒヒヒヒ…………


 甲高い笑いを残して一方的にその場から去ったウォルド。まるで鉛を飲んだように全員が押し黙った中、再びリベラがフォルムを取り戻し始めた。


「うぉっ!」


 拡がっていた煙が固まると同時、リベラの声が聞こえた。

 そして、その姿が固まると、リベラの表情が苦悶に歪んでいた。


「大丈夫か?」


 心配げにカリオンがそう言うが、リリスは全く違う反応を見せた。

 目を細め、辛そうな声音で言った。


「リベラ。もう良いよ。もう辛い思いをしなくて良いから」


 スッと伸ばしたリリスの手。それが意味するモノは一つだ。

 だが、再び固まりになったリベラは、その手をパチンと叩いてしまった。


「……姫」


 モワモワとしていたリベラの輪郭が再びギュッと固まった。そこに現れたのは、見る者全てを震え上がらせる凍てついた北風のような存在だった。


「こっから先はあっしの我が儘にござんす。姫を護れとあっしを送り込んだ主の意向でも、勿論、世界の王たる陛下への忖度でもありやせん。純粋にあっしの我が儘にござんす」


 顎を引き、三白眼でグッとリリスを見たリベラ。

 最強の細作は戦闘態勢になっていた。


「もう一度、あっしをこの世に呼んでくだせぇ 石でも木でもかまいやせん。むしろ人形の方が好都合でさぁ あっしにもう一度だけ戦う機会を恵んでいただきてぇんでござんす」


 つまり、リリスと同じにしろ……

 カリオンを含めた全員が驚きの表情を浮かべる中、リリスは低い声で言った。


「酔狂や冗談で済む話じゃ……ないのよ?」


 それは、かつての帝后では無く次元の魔女の言葉だ。

 だが、最強の細作はその言葉にニンマリと笑って見せた。


「結構にござんす……」


 その実態がモワモワとした煙である以上、リベラの笑みは生身の人間が見せるソレでは無かった。眼窩がスッと窪んで暗くなり、その奥には墓場を漂う狐火の様な火が見えた。


「あっしぁ……痩せても枯れても日陰を歩く渡世人にござんす。したっけあっしにゃぁどうしたって譲れねぇモンがあるんでございやす。そいつを潰した相手に一矢報いるまでは死んでも死にきれねぇんでやすよ」


 リベラの言葉にリリスは黙って首肯した。もはや忠節尽くす浪花節の話では無いのだと誰もが理解した。リベラは禊ぎをしようとしている。いや、禊ぎでは無く復讐だ。


 自分のプライドを踏みにじった者に復讐する。敵わないまでも一矢報いる。

 リベラはそれを望んでいるのだった。


「解った。すぐには無理だけど……」


 リリスが再びスッと手を伸ばした時、リベラの姿がスッと消えて無くなった。誰もが『え?』と思った中、リリスはどこからともなく小さな水晶玉を造り出して、その中にフッと息を吹き込んだ。すると、その水晶玉の中にリベラが現れ、リリスをジッと見ていた。


「しばらくここで待ってて。術を使ってこの世に魂を繋ぎ止めたから苦しくないでしょ? あなたの使いやすい身体を作らせるから、出来上がったらね」


 リリスの言葉に『かっちけねぇ』と謝意を示したリベラ。リリスはニコリと花の様に笑って首肯すると、カリオンをジッと見た。その目が何を言いたいのか、解らないカリオンでは無い。


 カリオンはスッと手を伸ばしサンドラの手を握った。

 その姿を見ていたリリスは満足そうに首肯していた


「状況は解らん。だが、まず今後についてだ。ル・ガル国内に入り込んだキツネの一派は1人残らず死んでもらう。覚醒者についてもだ。今後の懸案となりかねんものは全て殺す。その上で――」


 カリオンはそこに来ていた者達全てをグルリと見てから言った。


「――ララを取り戻す。世界全てを敵に回してでも取り戻す。その為に必要ならキツネを亡ぼしても良いし、或いはキツネの国を……いや、世界を焼き払ってでも……」


 その言葉を聞いたサンドラは、静かに涙を流していた。


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