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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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頂上決戦 09

~承前






 轟く砲声が辺りを埋め尽くし、アッバース砲兵達は聴力を失い始めた。だが、その甲斐あってか覚醒者の全てを撃退し、砲列に安堵の空気が漂い始めた頃だ。


 装甲に護られた覚醒者は手強いが、砲撃で撃退できない事も無い。そんな状態の中で気前良く破甲弾を使い続け、6人全て倒した頃には砲身が熱くて触れなくなっていた。だが……


「マジかよ!」


 エツジが視界に捉えたのは、8名ほどな新手の覚醒者達だった。

 6人目の覚醒者を砲撃で撃ち殺した後、彼等は更なる重武装でやって来た。


 そう。全てはこうなるように仕組まれた作戦だったのだ。

 アッバース側の砲列に全力砲撃を続けさせる為の作戦。

 全てを知っていて仕組まれたキツネの作戦だろう。


「ご丁寧に……こちらの砲弾が尽きる頃を狙ってたな」


 タカが言うとおり、既に破甲弾は尽きつつあった。

 残っているのは榴弾ばかりで、打撃力は期待できない代物だ。


 今さらになってこれ自体が作戦だったと気がつくも、既に手遅れだ。

 唇を噛んだタカは、悔しそうに空を見上げ呻いた。


「なんて事だ!」


 ただ、ぼやいた所で事態は解決しない。

 行動し結果を出す事でしか前進は無いのだ。


「こうなると……やはりアレを使うしかないですね」


 エツジはやれやれと言わんばかりの様子でそう言った。

 ここまで苦労して持ってきた秘密兵器。その登場を促したのだ。


「……しかし」


 タカは逡巡している。

 ここで使ってしまって良いのだろうか?と考え込む。


 だが、ある意味でそれはやむを得なかった。秘密兵器やトンでも兵器の類いは使い頃が難しいと言うが、回天せしめるだけの威力を持つ兵器の場合はどうしたって考えてしまう。


「先々を考えれば使い頃は難しいですけどね――」


 エツジは掴み所の無い表情になっていた。

 それこそ、タカをして『こんな顔を見た事が無い』と言わんばかりの顔だった。


「――いま使えば後で困るかも知れないけど、いま使わないと後でが無くなるかも知れません」


 それは将棋などのゲームでもプレイヤーが感じるものだ。

 どんなに大駒を持っていても負けてからでは遅い。


 生きた使い方をするには、どんなモノでも使い頃というモノがある。

 そして、その後を少しでも有利にするためには、使う量も問題だ。


「それは重々承知していますが……」


 歯切れの悪いタカの言葉にはちゃんと理由があった。

 いま使うと後で使えない。秘密兵器とはそう言う代物なのだ。


 全部承知でキツネはこんな作戦にしたのだろう。こちらの砲弾が破甲弾の在庫払底となった段で更なる重装甲を見せ、対処せねばと焦らせる作戦を仕組んだのだ。犠牲を払う事には成るが、それは覚醒者であってキツネでは無い……と。


 ただ、逆に言えば装甲無しでは対処出来ぬと踏んで向こうが切り札を出して来た可能性がある。ここから先は装甲無しの者ばかり故に、イヌ側の切り札を先に使わせたいと思っているのかもしれない。


 もっと言えば、キツネの本体になるべく犠牲を出したくない。

 そんな心理からの作戦かもしれないのだ。


「向こうの戦力がいまいち読み切れませんからねぇ……」


 ため息混じりにそう言ったエツジだが、それはタカの本音でもある。

 逡巡と葛藤は精神をすり減らすモノだが、この場面に限って言えば懊悩と言って良いレベルでタカは迷った。その心の奥底に存在するのは、帝国陸軍士官としての矜持とプライドだ。


 ――――駄目だった場合はどうするか……?


 この一点についてタカは迷っているのだ。

 しかし、市ヶ谷で学んだ男は、ここでも行動原則を曲げなかった。


 ――――その時は私も責任を取らねばならないな


 それを責任と言って良いのかどうかには異論があるだろう。何事にもまず全力で取り組めと言う思想で固められた陸軍士官としては、目の前の敵を粉砕する事が大事なのだ。


 それを徹底して教育されたのだから、この場面に関して言えば眼前の敵を粉砕する事に全勢力を傾けるのが常道。タカは改めてそれを噛みしめ、一つ息を吐いて目を瞑った。


「……使いましょう。アレを」


 その静かな決断に、エツジもまた黙って首肯を返した。

 判断や決断は迷うものであり、結果的に間違っていたと言うケースも多々あるものだ。全て終わってから『間違っていた!』とギャーギャー喧しく騒ぎ出す無能は多いが、その重さを知る者は黙って見まもるもの。


 結果として間違っていたのだから、それを挽回するべく更に努力する。それこそが責任者の責任の取り方であって、それ以外の結果を求める無能は、とにかく大騒ぎするのだ。


「整備してきた甲斐がありましたよ。アレを使わないとね」


 何処か嬉しそうにエツジがそう言った。一式機動四十七粍速射砲。大東亜戦争中期に登場したこの速射砲は、日本の工業力的な限界を露呈するモノになった。


 より大口径高初速の砲は開発するも実用化が間に合わず、戦争後期まで使われた代物だ。


 だが、それ故に手持ち兵器で何とかする事を本分とする陸軍には重宝され、戦争末期の絶望的な防衛戦の中で連合軍戦闘車輌を最も撃破したのもまた、この砲だった。


「後の事は後で考えましょう。今は今を対処して、後腐れなく次に行くことが大事ですよ」


 気休めにもならないことをエツジは言った。そんなふたりが砦の最奥部へと走り込むと、アッバース歩兵達の間に動揺が走った。戦線を放棄して逃げ出したのか?と、誰もが思ったのだ。


 なぜなら、遠く茅街から馬匹力で運び込んだ代物は、イヌ達には見せていなかったのだ。より強力な手段があると知っていれば、誰だってそれを当てにしてしまうのだ。


「砲戦用意!」


 タカの声が響き、ヒトの動きがガラリと変わった。それを見ていたアッバース兵が僅かながらも動揺するが、タカは全てを無視して指揮していた。いままで見せていなかったのには理由がある。


 それを納得させるには、それに見合うだけの結果が必要だ。そしてその結果を生み出すのは、圧倒的な性能ともうひとつ。ある種の儚さを要求するのだった。


「諸元良し!」


 砲のオペレートを行う面々が配置につき、やって来た覚醒者に照準を合わせた。

 やはり動きは鈍く、甲冑は重いらしい。だが、その分だけ防御力がある筈……


「よーい! ってぇ!!」


 小気味良い音を立てて47粍砲が吼え立てた。真っ赤に焼けた光の塊がとんでも無い速度で飛んでいき、覚醒者の頭を吹っ飛ばした。


 それほどに魔法防御を掛けていた所で、『耐える』という志向での魔法防御では純粋な打撃力には対処出来ない。プロテクターに身を固めても、自動車とぶつかれば内側が持たないのと一緒だ。


「次弾装填良しっ!」


 次の弾が装填され照準が合わされた。

 目の前で起きた事態を飲み込めず、覚醒者達の足が止まった。


「ってぇ!」


 再び砲弾が放たれ、今度は覚醒者が装着している甲冑のど真ん中に着弾した。まるで袋入りの粘土を押し潰した様に、甲冑から見えている手足がニュルッと押し出されて四散した。


 身体のど真ん中に衝突した音速を超える物体により、甲冑は破壊はされなかったが衝撃波は受けたのだ。どれほど強靱な肉体でも、身体の一点に掛かった音速を超える物体の衝撃波には耐えられないだろう。


 ――――オー!


 アッバース兵から歓声が上がるが、タカは金切り声で指示を飛ばし続けた。

 人的資源の乏しい日本にあって数の少ない士官を効率的に使うには、何でも出来る能力が必要なのだ。


「次はアッチだ! 2時方向! 砲が跳ねるぞ! 俯角に注意!」


 タカの指揮で3発目が放たれ、覚醒者が再び吹き飛んだ。その都度にアッバース兵から歓声が上がり、アブドゥーラを含めたアッバースの首脳陣はヒトが何を目指していたのかを理解した。


 ヒトの持つポテンシャルと能力のハーモニー。何より、この世界には無いモノを彼らは持っているのだと知った時、アッバースの重鎮達はそれを取り込みたいと願うだろう。


 それこそがヒト側の狙いなのだが、そんなモノを感じさせる間も無く、次々と47ミリ砲が放たれた。覚醒者達は為す術無く駆除され、あっという間に辺りが広く感じされるほどの空間が生まれた。


 ――――あれは……

 ――――ヒトとキツネのハーフか……


 そんな分析をしていたエツジだが、それ以上の感慨は湧かなかった。

 目の前で起きている事に最善の対処をする。それ以上の事は考えず、評価は後の世に任せる。情報と諜報の現場に生きてきた男にすれば、それ以上の事は自分の手に余るのだった。


「残り2体! 弾を無駄にするな! いくぞ!」


 そう。この砲がリーサルウエポンだった最大の理由。弾が無いのだ。この47ミリ砲の砲弾は、全部で12発しか無い。茅街で回収できた砲弾のウチ、砲と弾が揃っているのはこれだけ。


 しかも、その12発しか無い砲弾のうち2発は発火期限切れだ。下瀬火薬の流れを汲む砲弾火薬は発火期限を過ぎると燃焼異常を起こす事があるのだ。これをやった場合、下手をすれば砲の火室全てを破壊しかねない。


 使うに使えぬ弾故に、使える砲弾は全部で10発だ。この切り札の10発をここで使い潰す事に成るのだが……


「残り4発!」


 エツジが残弾を叫ぶとタカは首肯して見せた。次々と周囲の仲間が吹き飛んだ覚醒者は、背中を見せて逃げようとしていた。だが、キツネの使う何かの力がそれを押しとどめているらしい。振り返ったまでは良かったが、それ以上動けなくなり固まっていた。


「良い的だ! 無駄弾を使うまでも無い! 頭を狙え! よーい!」


 短く『ッテ!』とタカの声が聞こえた。

 砲声鋭く辺りを圧すれば、その砲弾は覚醒者の背を叩き一撃で絶命せしめた。


「……裏は魔法防御が掛かってないんですね」


 僅かな矛盾を見逃さないエツジの観察にタカが唸る。

 背骨辺りに着弾したらしいのだが、血と肉とを撒き散らして覚醒者は絶命した。


 ――ん?


 この時、ふとタカは気が付いた。

 いや、気が付いたと言うよりも試すべきだと思ったのだ。


「アッバース砲兵諸君! あの背中を砲撃せよ!」


 タカの声に全員が『あ……』と漏らした。そう。あの背中の甲冑であれば、アッバース兵が使う100匁筒の榴弾でも貫けるかも知れない。よしんば貫けずとも、その打撃力で撃退できるかも知れない。


 画期的な解決法が発見されたが、キツネの側はすぐに対策を取ってくるだろう。ならば僅かでも切り札は温存するべきだ。使い頃にもう一度使うために。もしかしたらまた何処かで砲弾が回収できるかも知れない。その為に……


 ――――砲戦準備良し!


 遠くからアッバース砲兵の声が聞こえた。

 タカは軍刀を振り下ろし叫んだ。


「収束射撃! 撃ち方始め!」


 次々と凄まじい音が響き、異なる砲声が辺りを埋め尽くした。猛烈な砲撃が降り注ぎ、残り1体だった覚醒者の背中に着弾した。1発2発であれば良いが、同時に3発4発と当たれば覚醒者も血を吐いた。


 そして、その直後には甲冑を貫通した弾があったらしく、内部で榴弾が炸裂したらしい。全身をビクッと震わせた後、覚醒者は大量の血を吐きながら前に倒れた。


 アチコチから一斉に歓声が上がり、タカはホッとした表情で戦況を見つめた。


「まぁ……なんとか撃退しましたね……」


 エツジは何処かに含みを持たせた物言いをした。それが何であるかを考えたタカだが、その答えに辿り着く前に、次の厄介がやって来た。


「代表! 馬です!」


 そう声を掛けられタカは砦を降りて行った。

 アッバース兵達の歓声を浴びながら英雄のように砦を降りたのだが、そこに走り込んだ馬は太陽王直属の伝令兵だった。


「如何された?」


 荒い息を吐きながら馬を下りた伝令兵は、差し出された水を飲んでから情報を伝えた。晴天の霹靂とも言うべき、聞きたくなかった情報だった。


「機密伝令。太陽王麾下の騎兵団は壊乱。戦線は総崩れで犠牲者数多に及び、王は自らしんがりとなって後退しつつ再編を図っております。1刻ほどでここへやって参りますので収容準備をお願いします。以上、伝令終わり」



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