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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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頂上決戦 08

~承前






『撃ち方止め!』


 その号令が発せられた時、砦の前に動く者はいなかった。

 夥しい死体が積み重なった状態で拡がっていたのだ。

 一歩的な鏖殺が繰り広げられた殺し間は、この世の地獄だった。


 ――――やった……


 何処かからそんな声が聞こえた。

 ややあって『やったぞ……』と噎ぶような声が聞こえた。

 それは、長らく日陰者だった歩兵達の心の声だった。


「やったぞ!」

「ざまぁみろ!」

「やった! やった!」


 誰かが砦から身を乗り出し、殺し間の中に入っていった。身体中に20匁の弾丸を受けたイノシシの男は、鮮血を零しながら息絶えている状態だ。俗に蜂の巣状態などと言うが、文字通りにグズグズの挽肉状態な死体が大半で、中には完全に破断している死体もあった。


 その凄惨な死の場面は、感情が麻痺する様な威力だ。少なくともこの世界にこんな死体を生み出すような戦闘は今まで無かったのだ。故に彼ら銃兵は自分達がやったその威力に酔いしれた。


「あはっ!」

「やった!」

「勝った!」


 アチコチからそんな声が響いた。そして、それと同時に多くの銃兵が一斉に殺し間へと流れ込んだ。タカは最初、笑みを浮かべて微笑ましく眺めていた。勝利の美酒に酔い、歓声を上げ、肩を組んでなにかを歌っていた。


 だが、ややあってその表情がグッと厳しくなった。折り重なった死体をアッバースの歩兵達が足蹴にしていたのだ。死者の尊厳と彼らへの敬意を微塵も見せないアッバースの男達。彼らが経験してきた事による鬱屈した精神の発露は、全てを飲み込んだとしても見逃せないものだった。


「……ちょっと酷いですね」

「えぇ……」


 エツジがそう言うとタカは手短にそう応えた。そして、全部で7発しか弾丸が残って無い38式歩兵銃のボルトを引いた。一瞬だけ良いのか?とタカは逡巡した。だがしかし、その光景を見て見なかった事には出来ない。


「全員持ち場に戻れ!」


 鋭い銃声が響いた後、タカはそう叫んだ。その銃声に焦ったアッバース兵がタカを見上げた時、38式のボルトが再び引かれるのを全員が見た。


「キツネの本隊がやってくるぞ! 戦闘準備!」


 完全な出任せだったが、それでもタカはそう言わざるを得なかった。そうでもしないと止まらないほどにアッバース兵の狼藉がエスカレートし始めていたのだ。彼らが持つ蛮刀で死体を斬る者が現れていたのだ。


 そんな事を許せば、銃兵や歩兵では無く、徒党を組んだ輩集団その物になってしまう。武力を持つが故に、彼らは自分達の持つ力に酔いしれてしまうのだ。だからこそ武人たる者は自分を厳しく律せねばならないし、力に酔ってはいけないのだ。


「銃身を清掃し冷却するんだ! 実包を整理し、予備の銃にも装填しろ!」


 少々高圧的ながらも、タカは全部承知で不機嫌そうにそう命を発した。

 ただ、それと同時に行い始めた事を、アッバース兵達が不思議そうに見ていた。


「手伝いましょう」


 エツジが手を貸したそれは、死んだイノシシやウシの死体を片付ける事だった。砦の包囲線から外れた辺りに死体を運んでいき、そこで埋葬するべく穴掘りの準備を始めたのだ。


 ――――あんな事やって……


 何処かからそんな声が聞こえてきた。

 しかし、タカはその声一切を無視して死体を集めた。

 砦造築の為の大八車を使いつつ、膨大な死体の片付けを続けた。


「タカ殿。私も手伝いましょう」


 汗を流しながら作業していたタカに声が掛かった。頭を上げた時、そこに居たのはアッバースを預かるアブドゥーラが立っていた。公爵としての正装のまま、アブドゥーラは死体運びの手伝いを始めた。


 公爵家のトップがそれを始めれば、周囲の者は黙って見ているわけには行かないのだ。戦闘準備を終えた者がパラパラと参加し始め、やがてそれはアッバース兵全ての作業になっていた。


「敵にも敬意を払うとは……こういう事なんですね」


 アブドゥーラの零した言葉に周囲の者が僅かながら首肯を返す。

 タカは無言のまま僅かに笑みを浮かべ、間を置いてから口を開いた。


「自分が死んだ後にどう扱われたいのか。それを行うのが騎士道であり武士道でしょう。死者への尊厳は文明の尺度でもあるのですよ」


 タカの言葉はそれを聞いていた者の耳に刺さるような、そんな色を帯びていた。

 遠まわしの批判であり、また、落胆ともいうべき言葉だった。


 協調と自己犠牲の精神を貴ぶイヌの社会にだって暗部はあるし、恥部もある。

 それを垣間見たタカだからこその言葉に、多くのイヌが黙って頭を垂れた。


「……文明の尺度ですか」


 少々バツの悪そうな調子で誰かがそう言った。

 それに応える事無く、タカは集められた死体を整えながら穴掘りの算段をした。


 ただ、死体の数は予想以上に多く、穴を掘るだけで一日がかりだと思われた。

 正直に言えば、そんな事をしている暇は無い、だが、埋めない訳にも行かない。

 死体というモノは早急に処理しなければ巨大な感染源になりうるのだ。


「掘りますか」


 アブドゥーラはタカのところへ来るなり、そう言った。

 一陣の風が吹きぬけ、わだかまった血の臭いを吹き飛ばした。 


 死者がそれを願っているからこそ……と、そんな事を思う者もいる。

 極めてセンシティブな問題だが、だからこそ配慮が必要だった。


「……埋葬したいところですが、どうやらそうも行かないようですね」


 不意に遠くを見たタカは怪訝な声音でそう言った。

 どうも良くない兆候が見て取れたからだ。


「新手ですかな?」

「いえ、どちらかと言えば……真打でしょう」


 眉根を寄せつつタカはそう呟く。ふたりが見ているのは、はるか彼方に立っている数名の人物だった。距離がありすぎてどんな種族かは解らない。だが、ひとつだハッキリしている事がある。


「……合戦準備を命じましょう」

「そうですね。野砲が要ります」


 そう。そこに立っている数名の人物は、その傍らに大きな荷車を持って来ているのだ。その荷車には巨大な棍棒が搭載されていて、覚醒者が持つのにちょうど良いサイズだ。


「急ぎましょう」


 アブドゥーラとタカは走って砦へと戻った。

 その高台に登りつつ『砲戦準備!』と命じたタカ。


 だが、彼は高台の上で己の認識の甘さを知った。

 こんな所にキツネの戦闘員が僅か数名で来るはずが無いのだ。


「榴弾じゃない! 破甲弾だ!」


 彼方にいる覚醒者はいつの間にか驚くようなサイズに変化していた。

 覚醒者自体は見慣れているものだから、そんなに心配は必要ない。

 だが、そこにいる覚醒者は今までとは全く違う姿だった。


 ――――甲冑か……


 タカが見ているその姿は、巨大な鎧武者そのものだった。

 数人掛りで具足を纏ったその姿は、偉容と圧迫感を感じさせるものだった。

 かなりの重さに見て取れるのだから、防御力は相当なものだろう。


「実包が抜けません!」


 砲座から悲鳴染みた声が聞こえた。砲身の先端から押し込まれた100匁の砲弾は最奥の薬室内で潰れて取り出せないようだ。尾栓式の砲ならばまだ容易だが、先込め式の巨大な火縄銃でしかない100匁筒の弱点だった。


「砲弾が取り出せないなら撃て! 構うな!」


 タカの悲鳴染みた声に砲手たちが狙いを定めて初弾を放った。国崩しの射程は500メートルを軽く越えるのだが、榴弾は装甲相手にそれほど威力を発揮しない。


 ――――おぉ!


 軽く歓声が上がったのだが、直撃を受けた打撃力で膝を付いた程度だ。

 全砲座が慌てて装甲相手の砲弾を詰め込む中、タカはハッと気が付いた。


「そういえばエツジさん…… 破甲弾って……」

「えぇ」


 何かに気が付いたタカが確認する様に言うと、エツジは溜息混じりの声を即答状態で返した。それは、絶望と言う鎌を持った死神の言葉だった。


「照準訓練で気前よく使いました。榴弾にたいして破甲弾はいくらもありません」


 装甲の無い兵士向けだからと榴弾を温存させ、弾道特性の素直な破甲弾を使って照準訓練を繰り返してきたのだ。


「まぁ、やるしかないですね」

「えぇ」


 溜息混じりにそう会話したのだが、そんな間にもジワジワと覚醒者が迫ってきていた。近くで見れば驚くほどの重装備なのが解る。


 かなりの重量になっているのだろう容易に察しの付く姿。言い換えれば、細かな照準調整を必要としない、良い的だった。


「あれは貫通しないでしょうね」

「えぇ。どうやって作ったかは解りませんが……鉄製です」


 小さな鉄板を張り合わせたものなら拵える事も容易いだろう。それくらいの製鉄技術はあるはずだ。だが、ワンピースになった胸当てや胴当てを拵えているのは驚愕の事態だ。


 100匁の砲弾とて、仕組みは作りやすい鉛のプリチェット弾に過ぎない。金属的な属性として、早い話が柔らかすぎるのだ。硬い鉄に対して柔らかい鉛を当てても貫通しないのだ。


 物理的なエネルギーとして『強く叩く』以上の事が出来ない以上、当てる事は容易くとも殺す事は難しい。そんな状況に陥りつつあった。


「距離……300です」

「はっきり柄が見えますね」

「……向こうにもヒトがいるんでしょうかね?」


 エツジがそんな言葉を漏らしたのには理由がある。と言うのも、その覚醒者が身に纏っていた甲冑には柄が書き込まれているのだ。それも、驚くほど細かく書かれた細い線の集合体で、長く見つめていれば目を回すような柄だった。


「まぁ、何でも良いでしょう。距離200で喰らわせましょう」


 タカが指示を出すと、砲座の砲手たちが一斉に砲の照準を合わせた。

 いつでも必殺の砲撃体制となったがまだ距離があるようにタカは感じた。


「ゼロ距離射撃は度胸が要りますね」


 エツジがそんな軽口をこぼす。覚醒者たちは走る事無くゆっくりと進んでくる。まるで威圧感と言う棍棒を振り回し、こちら側の心を折りに来るような空気だ。


「さて……」


 そろそろだ……

 誰もがそう思った時だった。覚醒者たちは手にしていた棍棒を振り上げた。何をするのだろうか?と、全員がポカンとしつつもそれを見守った。タカやエツジまでもがだ。


 だが、その僅かな心理的空白が危険である事を彼等は嫌と言うほど知った。棍棒だと思っていたそれは、中空になったスリングショットだった。遠心力で発射される礫は巨大なバケツサイズの岩だった。


 それが音を立てて飛んで行き、砲座のひとつを潰した。ギャッ!と鈍い声が響く同時、岩に押しつぶされた者達の血飛沫が舞った。


「撃てッ!」


 悲鳴染みた声でタカが叫んだ。各砲座が一斉に着火させ、破甲弾が先頭にいた覚醒者に降り注いだ。凄まじい音が響き、覚醒者が血を吐いてひっくり返った。一斉に歓声が上がるが、タカは渋い顔だった。


「貫通してない!」


 奥歯をグッと噛んで叫んだタカ。その隣ではエツジがまん丸な目をしていた。


「なんだあれは! あの素材は鉄じゃないのか!」


 着弾時の打撃音は、鉄とは思えない乾いたものだった。

 まるで生木をへし折ったかのような、そんなものだ。


「……魔法防御か!」


 誰かがそう叫んだ。それと同時、別の覚醒者が棍棒を振りぬいた。巨大な岩の砲弾が宙を舞い、射撃したばかりの砲座を押しつぶした。


「頭はそんなに優秀じゃないようですね」


 エツジがそう言うと『なぜ?』とタカが聞きかえした。

 間髪入れずに『砲撃前の砲座を潰すのがセオリーですよ』とエツジは応える。

 その言葉の通り、押し潰された砲座はまだ射撃準備が整ってなかった。


「砲撃準備完了砲座より各個砲撃始め!」


 タカの号令が響き、各砲座が一斉に火を噴き始めた。

 突入してきた覚醒者は6名ほどだが、散発的な砲撃では致命傷にならない。


 ――やはり駄目か!


 そんな事をタカが思った時、覚醒者がバク転するように後方へと倒れた。

 一瞬何が起きたのか理解出来なかったが、直後に噴水のような血が噴き出た。


「顔だ! 顔を狙え!」


 そう。覚醒者の兜は目の所だけが大きく穴が空いているのだ。

 100匁砲弾でそこを叩けば致命傷になり得るのだった。


「残り4人!」


 エツジが叫び、タカは身を乗り出して様子を伺った。

 様々な表情をした覚醒者達は、血を流しながら前進し続けていた。


 ただ、どう見てもその顔には正体が無かった。

 薬で正体を潰されたか、それとも魔法で操られているか。

 そのおぞましいやり方に思いを馳せたタカは、心底嫌そうな表情になっていた。

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