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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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頂上決戦 07


 狐国17万騎。

 その威力をカリオンは始めて知った。


 そのどれもが惚れ惚れするような駿馬ばかりだが、それ以上に恐ろしいのはそれに跨がる騎兵だ。かの国では騎兵や歩兵と言った兵科分類をせず、全てを武士(もののふ)と呼び、また士族とも呼ぶらしい。


 士族は貴族に隷属する者では無く、貴族家では無くとも所領を抱え領地経営を行っている者も居る。だが、その多くは俸禄という形で給与を得る職業武装集団だ。


 そして彼らは、金で雇われている以上に名誉栄誉の為に生きる事を旨とする。おのれの命を捧げるに値する主人へ従属する武士は、その対価として生活の安定と一族の繁栄とを支援される。


 結果として武士は代々荒事を専門とする強力な一門に発展し、その中で強い者のみが生き残る生存闘争進化を繰り返してきた。その結実とも言える狐国17万騎の面々は、誰もが馬を自在に操り、馬上で長槍を振るうだけで無く、馬上弓よりも大きな大弓を使いこなす。


 馬が無ければ歩行で斬り込み、その剣術は他の種族を圧倒するような凄まじい戦闘能力だった。馬上で良し。下馬して良し。と言う事は拠点防御にも良し。理想的なオールラウンダーが17万もそこに存在していると言う悪夢。


「これ程手強いのか……」


 カリオンは率直な言葉で驚きの声を漏らした。だが、それ以上にその顔は笑っていた。王もその取り巻きも皆、嬉しそうに笑っていた。強い敵と相まみえる。或いは、格上の者に挑み全力を尽くす。それはル・ガル騎兵精神の根幹であり、また、ル・ガル軍人の矜持その物だった。



 ――――――――名誉ある敵と相まみえ全力を尽くして戦う事



 それはル・ガル軍人にとっての理想であり、そこでの勝利は最高の誉れと言える。仮に負けたとしてもその精神は永遠に讃えられるし、挑まずに尻尾丸めて逃げ帰ったなら、少なくとも武人としての再起は出来無いだろう。


 だからこそル・ガル軍人は敵を讃える精神を忘れる事は無い。自分自身の評価にも直結している事ゆえに、相手の名誉を重んじる騎士道精神を受け継ぐのだ。


「しかし、中々に歯ごたえがありますな!」


 太陽王の側近ポストについたアジャンは、嬉しそうに破顔一笑しつつも牙を見せてやる気を漲らせた。真っ直ぐにキツネ騎兵へと突進したカリオン率いる1軍は、その最初の突撃でただならぬ犠牲を出していた。


「被害は?」

「凡そ2000かと」


 さすがのカリオンもその数字には一瞬の躊躇を見せた。勇猛果敢なル・ガル騎兵が一気にそれだけ討ち取られた。その抵抗力に、さすがのカリオン肝を冷やさざるをえない。


「……再突撃は可能か?」


 訝しがる様にカリオンが言った。

 だが、その返答は極限まで手短だった。


「無論!」


 御楯衆と呼ばれる王の楯役にも被害が出ていた。馬上で長槍を振るうキツネ騎兵の間合いは遠くあり、縦を翳す前に胸を貫かれていたのだ。だが、結果として武装を封じられたキツネは無力となり、その首を後続が次々と刎ねていく。


 そしてそこを突破点としてル・ガル騎兵は吶喊した。なだれ込むように次々と斬り込むル・ガル騎兵は、そこで信じられないものを見た。後続のキツネ騎兵たちは駆け抜ける事や避ける事をせず、その場で馬から降り、槍を持って抵抗拠点となったのだ。


 馬を盾の代わりとし、ル・ガル騎兵の突進を防ぐ手立て。突撃衝力を失った騎兵は恐るるに足らずと言うが、ル・ガル騎兵にしてみると悪夢の方が何倍もマシな状況になった。


 馬から降りたキツネの騎兵は自身の背丈ほどもある大弓でもって矢を射るのだ。その威力は胸甲を軽く貫き、次々と足を止めた騎兵が斃れていた。


「次の吶喊では絶対に馬の行き足を止めるな。障害物は飛び越えよ。足を止めればそこが殺し間と思え! 征くぞ!」


 カリオンが大きく旋回し、両腕をV字状に空へと伸ばした。

 紡績陣形に近いクサビ型の突撃陣形だ。


「我等が王に続け! 全騎兵突撃! 思う存分武功を立てよ!」


 図らずもアジャンは騎兵たちを煽ってしまった。

 その声を聞いたカリオンは腹の奥でニヤリと笑うが、その悪い顔は腹からは出さなかった。


「命を惜しむな! 名を惜しめ! 我等を照らす太陽はここにおわすぞ!」


 だめ押しの煽りを入れ、アジャンがグッと馬を加速させた。その行き足の鋭さに全員が焦るが、程なくカリオンがそれに並び、図らずも太陽王が孤立しかける形になった。


 ――ほほぉ……


 一瞬だけカリオンの表情が変わった。間違いなく老獪な笑みだった。

 一人の政治家として、国難を突破する為の巧妙な策なのだ。


 誰にも見せられない、誰にも聞かせられない鬼策。

 しかし、これなくば国が滅ぶ。


 ――すまん……

 ――許せ……


 あろう事か太陽王が国民を騙した。

 だがそれは、半億国民を生かす為の嘘だ。最終的に必要な行為そのものだ。


「征くぞ!」


 カリオンの蛮声に多くの騎兵が歓声を上げた。そして、一直線になって切り込んで行った。まるで津波の様なその突撃に、キツネの側が一瞬だけ怯んだように見えた。


 ――怯えたのか??


 だが、すぐに目の錯覚だと自分を強引に納得させた。敵を侮っても良いことなど一つもない。カリオンは改めて槍の柄握り直し頭上へ振り上げた。槍とは本来突いて使う道具だ。


 だが、相手の方が槍が長い以上、その間合いへ飛び込まねばならない。そして、相手の槍を叩き落とし、それから自分の槍を攻撃軸線に乗せる必要がある。


 ――そう言えばイノシシやウシはどうした?


 ふと浮かんだ疑問がカリオンの思考力を塞いだ。

 今は命のやり取りゆえに、そんな事をしている暇などないはずなのだが。


 ――あ……


 それはおそらく、現状最悪のイメージだった。


 凄まじい突進力を持つ彼等が何を行ったのか。着々と膨れ上がっていくルガル側戦力の大半がここに居る。つまりあのコーニッシュ手前の野戦築城した拠点は手薄なはず。早く戻らねばタカたちが危ない。


 ――いや待てよ……


 瞬間的に様々な事を思案したカリオン。

 レイブンは既にキツネ騎兵まで指呼の間に進んでいた。


「オォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!」


 カリオンの口から凄まじい蛮声が轟いた。

 それを聞いたル・ガル騎兵が同じように叫んでいた。

 喉も裂けよと発した声。それはル・ガル騎兵の魂そのものだった。






 ――――――――同じ頃






「さて……来ますね」

「えぇ」


 野戦築城した砦の上、エツジは双眼鏡を覗きながら遠くを警戒していた。

 地平の彼方に土埃が舞い、何かが接近してくるのが見えた。


「……へぇ」


 ニヤリと笑ったエツジはタカに双眼鏡を渡した。それを受け取ったタカが視界の中を一瞥し、『こりゃ参ったな』と漏らした。


「西国鎮西は猪武者と言うそうですが――」


 タカの言葉にエツジがそう返す。その脳裏に去来するのは、長編アニメーション映画に出てきた、巨大なイノシシの大群だった。


 彼らは後先構わずただただ突進する事を旨とする戦い方を続けていた。少々の困難など食い破ってしまえ!と、真っ直ぐに走り続ける戦法は彼らのテーゼであり種族的な特性その物だった。ただ……


「――まったく持って恐るるに足らずです。ここで全て殲滅してしまいましょう」


 彼方から駆けてくるのは、イノシシとウシの連合集団だ。そのどれもがガッチリと鎧を纏い、双戟などの武装だった。ただ、タカやエツジの目にはただのカモにしか見えないのも事実。


「あの甲冑…… 材質は木ですかね?」

「仮に鉄だったとしても50メートルまで接近させれば撃ち抜けるでしょう」


 20匁弾の威力は凄まじいモノがある。

 そして、それが駄目なら100匁の大筒で牽制射撃を加えれば良い。


「総員戦闘準備! 斉射用意!」


 タカの声に待ち構えるアッバース銃兵が装填を開始した。硝酸カリウムと硫黄とを木炭粉末と完全分離してあるとは言え、太陽に照らされた余熱で自然発火しかねない代物だ。


 直前まで装填せずにおき、射撃直前に槊杖で押し込むのが最も安全な運用法なのだった。


「距離300を切ったら砲撃開始だ! 準備良いか!」


 そう叫ぶタカの声に『砲撃準備良し!』の声が返ってくる。その返答にニヤリと笑ったエツジは双眼鏡を操作し、距離の測定を始めた。プリズムを使った簡易的なレンジファインダー(測距儀)の測定では、433メートルの数字が出た。


「間も無く距離400!」


 エツジの声を聞いた砲兵チームが砲の仰角を調整した。

 そして、アチコチから一斉に『砲撃照準良し!』の声が届く。

 タカは奥歯をグッと噛み、軍刀を抜いて頭上に翳した。


「よーいっ!」


 一瞬の静寂。

 彼方より響く足音にエツジは笑みを噛み殺した。


「ってぇ!」


 撃ての号令が飛ぶやいなや、猛然と野砲が砲撃を開始した。

 取り扱い習熟訓練を重ねてきたアッバース砲兵の連続砲撃は、息の合った流れ作業の連続だった。


 砲撃と同時に後退する砲車を押し戻し、照準を付ける。それと同時に砲身内部を濡らした手ぬぐいで洗浄し、合わせて冷却も行う。それが終わるとブラシで内部を擦り、煤を吐き出させてから砲弾が詰め込まれるのだ。


「砲撃準備良し!」


 凡そ30ほどの砲座から一斉に声が上がった。

 それと同じくして一度上空へと上がった榴弾が着弾し始めた。


 ――――だんちゃーく!

 ――――いま!


 風上側に回った観測班が戦果を確認する。

 着弾の爆煙が風に飛ばされた時、そこに見えるモノは夥しい死体だった。


 ――――効果大なりー!


 着弾と同時に凄まじい数の小さな粒を四散させる榴弾は、実に効率的に連合軍団の殺傷を続けていた。一発が着弾する都度に10人~20人が一瞬で挽肉に代わるのだ。


 そのグロいシーンを目の当たりにする者は、どうしたって足を止めるし焦りの色を濃くするのだろう。少なくともこれまでこの世界には無かった兵器だ。その仕組みが理解出来なければ、本気で神の怒りとでも言い出すやも知れぬほどだった。


「第2世射! よーいっ!」


 気が付けば300メートルまで接近している連合軍団。だが、その足を完全に止める一撃がお見舞いされた。咄嗟に『水平射撃!』を指示したエツジによって砲の仰角は完全に消え、水平発射に近い角度に代わった。


「ってぇ!」


 再び轟音が響いた。音速を遙かに超える巨大な砲弾が襲い掛かり、何かに当たった瞬間に爆ぜて小さな粒を四散させいた。その都度に各所から断末魔の悲鳴が上がり、激痛に呻く者達の怨嗟が流れた。


 ただ、だからといって砲撃が収まるわけでは無い。連合軍団が速度を落とし足を止めるまで砲撃は続くのだ。イノシシやウシと言った者達の突進は、やがて砦中央部辺りに達し始めた。


 一瞬、彼らは中枢への乱入をイメージした。一方的な殺戮の果てに勝利の果実を手にする夢だ。だが、その夢は現実には辞世を前にした走馬燈に過ぎなかった事を彼らは知った。


 すり鉢状になった砦の中心部へイノシシやウシたちが辿り着いた時、タカの声が響いた。


「斉射! よーい! ってぇ!」


 すり鉢の底に向かいマジカルファイヤの火縄銃が一斉に火を噴いた。凡そ1500丁もの銃による射撃は、もはやこの世のモノとは思えない威力だった。そして、数秒で次弾を装填してある2列目が前に出る。


 その流れるような一連の作業は5秒と掛からず、すぐに2列目が射撃体勢となった。殺し間という地獄の底で、イノシシたちは命の花を散らしていった。イノシシだけで無くウシの一門もだ。


「第3斉射用意! 正念場だぞ! 撃ち方よーい!」


 3列目の銃兵が狙いを定めた時、生き残っていたイノシシが血塗れのままガックリと膝を付いた、そして、天を見上げて両手を突き上げ、なにかを叫んだ。まだ生きている事への感謝とは到底思えないそのシーンは、勝利する側に暗い悦びを与えていた。


「ってぇ!」


 第3斉射が響いた時、もはやイノシシやウシの生き残りに突撃の意志は無かったと言って良い。足を止め生き残る事だけを真剣に考え始めた敗残兵の一団。そんなところに降り注ぐのは20匁の銃弾だ。


「ここで殲滅する! 全員気を抜くな!」


 やがて各所でパラパラと統制の取れない射撃が始まった。そして程なくした頃、その殺し間の中に動く者は居なくなっていた。どう控え目に言っても、地獄の方が生ぬるい状態なのだった。

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