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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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頂上決戦 06

~承前






 その檄がル・ガルの中を駆け巡った時、国内は各所で騒然とした空気に包まれた。一連の内政破綻から立ち直りつつある国内の指揮命令系統は、その全ての能力を太陽王の発した言葉の伝達のみに注力したのだ。


 長らく様子見だった地方の辺境領侯爵や荘園領主など、軍の指揮命令系統に組み込まれていない私兵を抱える貴族は、暴風のような速度を持って国内各所から一斉に騎兵が移動を開始していた。


 合い言葉は『まだ間に合う!』だ。


 キツネの国との決戦を前にした太陽王は、国内に新たな令を発した。内容的には簡単で、これより迎える決戦において功績大なる者は、太陽王の権限において特別な責に列せられる事を約束する……と。


 特別な席


 それが何を意味するのかは誰にも解らない。だが、少なくとも軍や国家の軛に組み込まれていない面々にしてみれば、それは素晴らしく魅力的な誘いなのだった。


 なにより、大量に私兵を抱えて荘園なり辺境領で燻っている地方貴族にしてみれば、国家中央で権勢の鎬を削りあう貴族達の仲間に入れるかも知れない。地方辺境領や荘園と言った、言うなれば経済ヤクザの様な出自の者には、素晴らしい話だ。


 貴族の家に生まれ、先祖からの利権や爵位と言った者を相続してきた生まれながらの貴族では無く、荒れ地を開拓し自らの所領とした荘園領主男爵。


 或いは、貴族家の当主手付けで生まれた下賤な出自の母を持つ、部屋住み冷や飯食い達が一念発起し、地方の揉め事や他種族とのいざこざを解決し、巡査官としての資格を与えられ男爵に列せられた者達。


 そんな、言うなれば腕一本や才覚だけでのし上がってきた者達が、夢にまで望んだモノが手に入るかも知れない。


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 太陽王の発した期限は3日間。

 だが、それに間に合わずとも決戦の横槍を突けるかも知れない。あの勇猛果敢と雷名轟くキツネの国の騎兵たち相手なのだ。劣勢に回った国軍の助けに入り、それこそ奇跡のように『そなたには世話になった』とお言葉が降りてくるかも……


 ――――野郎共!

 ――――馬が潰れても走り続けろ!


 それは、誰が見たって夜盗の類いだ。夜盗でなくとも愚連隊に近い集団。或いはヤクザチンピラと言った勢力ですらなく、半グレと呼ばれる集団かも知れない。


 だが、功績は功績であり、それは賞賛されるべきモノなのだ。そしてそれを求める者にすれば、命懸けであっても喉から手が出るほど欲しいモノだ。


「……凄まじいな」


 コーニッシュ郊外に結集しつつある彼らは、ル・ガル国軍士官参謀陣によって編成を開始していた。カリオンは参謀陣に対し『分け隔てなく相手せよ』と、一言だけ指針を与えていた。


 つまりそれは、ただの地方の愚連隊が国軍として戦える栄誉だった。


「全てエディの掌の上だぜ?」


 嗾けるように応えたジョニー。

 カリオンは笑いながら言った。


「それなら話は早い。ジョニー。2軍を率いて突っ込め。男爵位ならいつでも下ろせるぞ?」


 ジョニーはレオン家を勘当された身で、今はただの市民騎士に過ぎない。

 そんな存在が王の側近なのは、色々と面倒なのだ。


「ハハハ! そりゃ良い! じゃぁ行ってくるぜ! 書類書いといてくれよ!」


 スペンサー家の死んだ騎兵が跨がっていた馬を現地補充し、あり合わせの甲冑で身を設えたジョニーは笑いながら馬を出していった。その後ろ姿を見送ったカリオンは、まったく心配する素振りを見せなかった。


「ドリー!」


 ジョニーを見送ったカリオンはドリーを呼んだ。

 スペンサー家累代に及ぶ家臣達に囲まれていたドレイクは、馬から飛び降りてカリオンの前まで走り、レイブンに跨がるカリオンの元で傅いた。


「お呼びでありましょうか!」


 敗軍の将なる者は、馬上にあって謁見能わずと言う。他の貴族家当主達が遠巻きに見まもる中、ドリーは自らにその謙った姿勢を提示して見せた。


「あぁ。君は3軍を率い中央を突破せよ。作戦は聞いているな?」

「勿論であります!」


 ウンウンと首肯を返したカリオンは、優しい表情になって言った。


「勝った負けたは時の運だが、負けっぱなしは嫌だろ? ならば次は勝て。ヒトの世界ではこう言うそうだ。まだ負けたわけではない.勝ちの途中だとな」


 右手をヒラヒラと動かし、早く馬に乗れとドリーを煽ったカリオン。

 その気遣いを見て取ったドリーは、自らの頭を殴りつける様に敬礼すると、馬に飛び乗って駆け出していった。


「さて……では行くか。久しぶりの合戦だ」


 カリオンが右手を差し出せば、ヴァルターは槍の穂先に乗るカバーを取って柄を差し出した。その槍をガシッと握ったカリオンは、数歩進み出て遠くを眺めた。


「敵兵力の総規模は判明したか?」


 その問いに応えたのは、ビッグストンからやって来た男だった。白いものの混じり始めた頭に野戦向けの制帽を被っているのは、ビッグストン教育長となったエリオット・ビーンだった。


「総戦力23万に欠ける程度です。キツネの国軍騎兵10万とタヌキの歩兵が凡そ5万少々。残りは雑多種族ですがイノシシが面倒そうですな――」


 戦況板を前にしたビーン子爵は、腕を組んで戦力配置図をジッと睨んでいた。


「――彼らの持つ突進力は侮れません。ついでに言えばウシと思われる一党がが参戦しているのが確認されています。かの種族は細かい戦術など気にせず、とにかく突進しますので……」


 クククと笑ったビーンは、戦況図の駒を弄りながら手順の再確認に入った。

 その姿は遠い日に見たゼルを思い起こさせるもので、カリオンは複雑な心境になったものの黙って任せていた。


「如何なる種族であろうとやる事に変わりはない。機を見て撃滅し粉砕する。父の遺した数々の戦況報告が役に立とう。そなたの指揮に期待する」


 カリオンの言葉に大業な振る舞いで首肯したエリオットは、早速戦況板の上の駒を動かし始めた。それは、ある意味で最も危険な作戦だった。


「では始めましょう。合戦開始です」


 『ウム』と首肯したカリオンは、親衛隊と近衛騎士に守られ移動を開始した。作戦開始点へと着いた時、その眼差しの先には様々な文様の描かれた幟旗があった。キツネの国の騎兵たちは、基本的には馬から降りて戦うのだ。


 戦場において敵味方が混淆している時は、どこの誰が揚げた戦果かの判断材料としてその幟を見る事になる。そして、記録されるなり周りが証言する事になるのだった。故に幟は重要なアイテムであり、また戦後の俸禄に於いては重要な意味を持つのだった。


 ――さて……


 ブンブンと音を立てて槍を振り回しつつ『ん?』と首を捻ったカリオン。思えばこの仕草は父ゼルのマネだった。ヒトの身で40ともなれば体力は下り坂に入る。そんな男が50を過ぎて尚、戦線に立ったのだ。


 ――なるほどな……


 この動きをすれば肩胛骨周りの筋肉がずいぶんとほぐれる。そしてそれだけでなく、一時的に可動域が拡がり動かしやすくなる。だが、周囲の者には全く違う意味になるのだ。


 ――――オォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!1


 大地を揺るがすほどの声が草原に響いた。

 集結していた中央集団の1軍およそ5万がどよめき立った。


 ――――我等が太陽王に歓呼三唱!


 何処かで見た騎兵だな……と思っていたら、それはあのフレミナとの闘争で走り回っていたアジャン少佐だった。今は既に少将の肩書きを得ていて、もう少しで現場を上がり指導部でケツを光らせる頃合いだった。


「アジャン! ますます軒昂だな!」


 ラァァァァ!!!と歓声が響く中、カリオンはそう声を掛けた。

 少しばかり驚いたアジャンだが、すぐに敬礼を返し大きな声で言った。


「どこまでもお供いたします!」


 アジャンの襟には近衛第一連隊所属のマークがあった。凄まじい競争を勝ち抜き出世を果たした男は、本来なら師団差配となるべき少将の座にありながらも、馬で王と共に駆ける事を望んでいた。



 ――――あぁ慈しみ深き全能なる神よ……



 アジャンがそう口走った。その次のフレーズの時には、アジャンと王とを囲んでいた者達が一斉に声を上げた。



 ――――我らが王を護り給へ



 細波の輪が拡がっていくように、その声は草原を埋め尽くしていった。そして、水面を拡がる波紋のように、その歌声は伝播していった。



 ――――勝利をもたらし給へ



 誰かが拳を突き上げ叫ぶようにしていた。それに釣られ、多くの者が拳を天に突き上げ、大声で絶唱した。蒼天に輝く太陽を指差すように、ピンと指を一本立てての絶唱だ。



 ――神よ我らが王を護り給へ



 カリオンの右手がかざされ頭上で二回円を描く。それは『接敵前進。戦闘用意』を意味する指示であり、カリオン直卒の1軍全体がゆっくりと動き始めた。



 ――我らが気高き王よ! 永久(とこしえ)であれ!



 ある者は剣の鞘を叩き、ある者は槍の柄を叩いた。

 金属音が激しく響き、大地が揺れるほどの音が響いた。



 ――おぉ 麗しき我らの神よ



 ――我らが君主の勝利の為に



 ――我らに力を与え給へ



 ――王の御世の安寧なる為に



 カリオンは剣を抜いた。その時、凄まじいまでの声が草原に響いた。遙か彼方で敵を待ち受けるタカは、大気が震えるほどの声を初めて聞いた。彼方から轟く野砲の音にも似た凄まじい声だった。


「ここまで聞こえるモンなんですね……」


 ボソリと零したタカの言葉にエツジが応える。


「大阪にある野球場の声援は3キロ離れた所でもはっきり聞き取れると言いますからね。大音声の声援は味方を奮い立たせ敵をやり込めます」


 ニヤリと笑ったふたりは彼方を見た。遠く空の彼方から聞こえてきた歌声は、数十万の男達が声を揃える勝利の祈りその物だった。



 ――神よ我が王を護り給へ!



「勝てますかね?」


 エツジは低い声で呟いた。

 ただ、今さらそんな事を言ってる場合じゃないのは、言うまでも無い事だった。


「勝てる勝てないは時の運ですが――」


 タカは薄く笑ってため息をこぼし、空を見上げながら言った。


「――勝ちに不思議の勝ちはあり、負けに不思議の負けは無しと言います」


 タカの言葉にエツジがニヤリと酷い笑みを浮かべた。

 いつの時代でもある言葉なんだと、そう痛感させる世界の真理がそこにあった。


「じゃぁ、その負けそうな理由を1つずつ潰していきましょう」


 エツジがそう言ったとき、再び彼方から凄まじい音量の歓声が上がった。

 タカとエツジは顔を見合わせてから辺りを見た。アッバースの歩兵は陣地の中に弾薬を集め、着々と準備を進めていた。


「最初の突撃を行ったのかも知れませんね」


 腕を組んだまま遠くを見ているタカは、顎を引いて三白眼に彼方を見た。その姿を見ていたエツジは、関東軍上がりなこの元少佐が空に溶けていくような気がして不安を覚えた。


「……相手をする側の騎兵も災難ですね」


 戦争の無情をぼやいたエツジ。タカは視線を戻し、力無く笑った。激動の時代に生きた陸軍士官は、その戦歴の中で人間性の限界を幾つも見ていたし、自分自身も体験していた。


 あの、南洋に浮かぶ孤島の、どこまでも続くよな緑の地獄の中でタカは知った。人とは容易く壊れるのだ……と。理想や信念や心情などというものに何の力も無いし、精神論でカバー出来る事などたかが知れているのだ。


 戦に勝つ為に必要なのは鉄量と熱量。それ以外は全てが代用品に過ぎないし、正直言えば無くとも良い。敵を完膚無きまでに叩き潰し、屈服させ、すり潰して正体を無くして、この世界から撃滅しきるまで戦争は終わらないのだ。


「一兵残らず死んでもらいましょう。後顧の憂いを絶つ為に」


 タカの言葉にエツジは『えぇ……』と短く答えた。

 ただ、その短い言葉の中には、タカの生きた時代以降に地球人類の経験した膨大な非道と暴力と憎しみと悲しみの連鎖が積み重なっていた。そして、太平洋を埋め尽くすように流された涙までもが圧縮された『えぇ……』なのだった。


「……後悔の涙で溺れ死ぬ様にしてやらねばなりません」


 自分自身の命を差し出してまで事をなさんとするイヌの軍人精神は、タカとエツジの心を激しく叩くのだった。


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