頂上決戦 04
~承前
――――ここまでするのか……
その光景を見た者は、皆一様にそんな感慨を持った。
夜明け前に動き出したアレックスはスペンサー家の騎兵一個大隊を率いて駆けてきた。目指すはガルディブルクからの荷駄隊で、目的はそれを遅うキツネの騎兵を殲滅する事だった。
ただ、キツネの騎兵よりも早く荷駄隊に遭遇し、『何事も無かったですよ?』と報告を受け、狐に摘まれた様な気分に陥っていた。だが……
「大佐! 大佐! こちらへ!」
スペンサー騎兵の斥候が何かを見つけアレックスを呼んだ。その声に反応したアレックスが走って行くと、そこには幾つも並んだマウンドがあった。その小山周囲には便臭と血の臭いが蟠っていて、そこで何があったのかを雄弁に語っていた。
「もしやと思いますが……」
アレックスと共にやって来た諜報局のイヌは、何を思ったのかそのマウンドの一つを突き崩した。土被りは大した事が無く、呆気ない程にマウンドは崩れた。ただ、そこから出てきたものが問題だった。
「まさか!」
アレックスは辺りのマウンドをひとつひとつ検めていった。イヌの鼻はこんな状況では非情に役に立つ。土臭いマウンドの下にあったのは、まだ腐る前なキツネ騎兵の死体だった。
そのどれもが驚いた表情で事切れていて、中には苦悶の表情を浮かべたまま埋葬されたモノもあった。それは、およそル・ガルのマナーでは考えられない対応だ。だが、アレックスはその実情を瞬時に読み取った。
「大佐殿。生き残りはありません。全てが……銃による死傷です。ごく僅かに斬殺体がありますが、それらは恐らくとどめでしょう」
戦果をまとめた情報少佐の声がわずかに震えていた。散々キツネ騎兵とやり合ったスペンサー騎兵は、その強さを肌感覚で知っているのだ。
しかし、そんなキツネの騎兵、実に2個大隊、凡そ1000騎が全て鏖殺されていた。1人残らず射殺され、逃げ帰ろうとした者はまるで蜂の巣のようになるまで撃たれた。
「恐ろしいな」
「えぇ……」
アレックスの言葉に騎兵がそう返す。それはアッバース銃兵による一方的な鏖殺であり、騎兵と騎兵がメンツを賭けて戦う時代の終わりを告げるモノでもあった。
「輜重段列の荷駄隊は無事か?」
アレックスは最終的にソレを確認した。ガルディブルクから送り込まれてきた膨大な補給物資は、全く無傷のまま街道を粛々と進んでいた。彼らは王都からの街道上で野宿を繰り返し、大量の物資を安全確実に届けるべくやって来たのだった。
「全く問題ありません」
そう報告した情報少佐の後方で、誰かがアレックスを呼んだ。それがスペンサー騎兵の斥候班によるモノだと気が付くと同時、その向こうに何かが見えた。
――――アッバース歩兵……
アレックスがそれに気が付いたのは、程なくだ。
彼らアッバース歩兵は全身から硝煙の臭いを放ちつつ、隊列を組んで前進してきた。その先頭には茅街のタカが居て、ざっくり100名ばかりの銃兵を率いているようだった。
「タカ殿。これは如何なる事か?」
やや剣呑な調子でアレックスはそう尋ねた。それは、太陽王の指令に無いアドリブ活動だったからだ。
だが、当のタカは勝ち誇るでも胸を張るでも無く、ごく普通の姿でやって来てアレックス達の近くで足を止めた。その姿を見たイヌ達は全く違う印象を持った。
――――ヒトの兵士はこれが普通なんだ……
と。
一方的な鏖殺というのは、この世界では余り意味を持たない勝ち方だ。敵が得るはずの情報をコントロールし、それによって次の戦で有利に展開する様に仕向ける事が出来ないからだ。
そして、感情的な部分でもはや対処不能レベルでの断絶を生み出す強硬措置であり、また、解決の糸口を自ら潰してしまい、最終的にどちらかが亡びるまで争い続ける事になりかねない。
だが、そんな懸念を持った者達を尻目に、タカは涼しい顔で言った。
「昨晩遅く、アッバース銃兵諸氏の訓練中にふと思い立ちまして、街道突入阻止訓練を行いました。ただ、実包を使う関係でコーニッシュから遠く離れた場所での訓練と相成ったのですが――」
シレッと吐いたその言葉がただの詭弁である事など明確だった。
だが、それを指摘する程の胆力は誰1人として持ち合わせていなかった。
「――たまたまそこに正体不明の一団が現れ、誰何する前に突入を図られたので殲滅いたしました。手前の勘定では凡そ1000ないし1200騎ほどのキツネ騎兵でありまして、結果論ではありますが1人残さず鏖殺いたしました」
笑いを噛み殺した様な表情のタカは、自信溢れる声音でそう言った。それは、正対していたスペンサー騎兵士官やアレックスに対する声なきメッセージな部分だ。
――――お前らもやっちまうぞ?
そんな空気がアッバース銃兵から漏れている。恐らく夜を徹して行われた会戦で彼らは徹夜なのだろうとアレックスは思った。どんな理由にしろ、徹夜明けのテンションは通常ではあり得ない事態になるからだ。
だが、アレックスは焦った。この詭弁の塊をどうにかしないと拙い。この男に釘を刺しておかないと、この先何をしでかすか解ったモンじゃ無い。スタンドプレーでル・ガルの立場が決定的に悪くなったなら、それは国家の損失だ。
ただ、そんな思考を巡らせていたアレックスを余所に、スペンサー騎兵のひとりが微妙な声音で切り出した。それは、訝しがっている声だ。
「……1200騎の騎兵を鏖殺されたのか? 僅か……100名少々で」
――――あ……
その騎兵の言葉でアレックスは我に返った。それは、ただならぬ事態と言うには余りにインパクトの大きなモノだった。通所、ル・ガルにおける戦力計算式では騎兵一騎で歩兵8名を計上するのだ。
それはつまり、800名前後の歩兵ならば100騎の騎兵で対抗できる。多少苦戦するかも知れないが、戦力としては互角になるとするモノだ。だが、タカの説明を要約すれば、それが完全にひっくり返ってお釣りが出ている。
――――100名の歩兵に……だと?
アレックスの表情がスッと暗くなった。
――――まだ何処かに居るのか??
そう。
本音を言えば、アッバース銃兵がまだ何処かに隠れていると思ったのだ。
銃の威力がどれ程に凄まじかろうと、まさか10倍を超える戦力差を軽々とひっくり返せるとは思えないのだ。それも歩兵が……だ。
どう言い繕ってもアレックスだって騎兵だ。その騎兵としての教育を受けた存在故に、タカの言葉をそのままに飲み込めないのだ。そんな筈が無い。そんな訳が無い。そんなバカな……
まさか騎兵が歩兵に粉砕されるなどあり得ない。
全てのスペンサー騎兵がそれを思った。
しかし、タカは平然とした様子でそれに応えた。
その姿には、隠しようのない自信と余裕が滲み出ていた。
「えぇ、そうです。僅か10倍強ですので楽な戦いでした。手前の予想では2000騎程度まででしたら…… まぁ、問題無く粉砕できるかと考えております」
その言葉が流れる中、アッバース銃兵は薄笑いを浮かべてスペンサー騎兵を見ていた。双方の立場が完全に入れ代わったのだとそう言わんばかりの表情だった。
「……そうか」
アレックスは一言だけそう言って、僅かな間だけ思案に暮れた。
ただ、どれ程考えてもエディに報告する以上の回答が出てこなかった。
「……とりあえずコーニッシュへ帰還してもらいたい。話はそれからだ」
「了解であります」
まるで器械体操のように背筋を伸ばし、タカは胸を張って敬礼した。ル・ガル式の拳を側頭葉に当てるモノでは無く、軍帽のツバに指の先端を当て、まるで日差しを遮るような様子で挙手したタカ。
――――さて……
――――どうしたものか……
そんな事を思案しているアレックスだが、タカは振り返って大声で言った。
「これよりコーニッシュへ向かう! 4列縦隊を組め!」
アッバース銃兵がサッと隊列を変えて見事な隊列を組んだ。
常に何処かだらしなく、締まりのない姿をしていたアッバース歩兵が……だ。
「野戦狙撃中隊! 前へ!」
隊列の先頭に立ったタカが歩き始めると、全ての歩兵が足を揃え、見事な統制で前進しはじめた。足音が規則正しくザッザッザと響き、スペンサー騎兵がそれを微妙な表情で見まもる。
――――時代の変化……か……
それは、かねてよりカリオンが言ってきた事だ。時代の変革が迫り、騎兵が軍の主力足り得ぬ時代が来る。魔法を軍の中に組み込み、機動兵団を作って戦線を撹乱する。
その答えの一つが目の前にある。いや、それはある意味で最適解となるモノなのかも知れない。ただ、少なくともそれは飲み込み難いモノだ。ハイそうですかと受け入れ難いモノだ。
騎兵が時代遅れになるなど、到底飲み込めるモノでは無い。だが、少なくとも現状では10倍の兵力となる騎兵が一方的に敗走した……
――――馬上で銃を撃てねば……
それを思ったアレックスは、コーニッシュに陣どるカリオンにどう報告しようかと思案した。少なくともあの街のあの玉座には、魔法による盗聴が行われている公算が高い。だとするなら……
――――やはり風呂しか無いか……
そんな事を考えつつ、アレックスはコーニッシュへと向かった。
だが、馬で駆けた先で見た光景は、アレックスをして唖然とするモノだった。
――――――コーニッシュ市街
「……こっ これは」
コーニッシュ郊外の砦付近では、アッバース銃兵凡そ1000名が銃の取り扱い確認を繰り返していた。ソティスから運び込まれたおろし立ての銃は実に2000丁を数え、そのどれもが見事な出来映えだった。
「先ほどソティスからの補給隊が到着し、最新鋭の銃を置いて行きました。これは従来のモノよりも2割か3割ほど有効射程が長いとの事です」
アッバース歩兵師団の差配を努める大佐がそう説明した。
一丁ずつ丁寧な仕上げの木箱に収められた銃は、取り扱い訓練を受けたアッバース歩兵によって実戦配備されていた。
「この砦と組織的射撃が出来れば――」
銃を受け取りスリングのベルトを通した者から配置につき始める。再装填の早い者は最前列の塹壕に身を沈め、それから順繰りに装填の遅い者が後段の塹壕へと入り込んだ。
その結果、高低差3メートルか4メートル程の所に5段の射撃段列が出来上がっていて、彼らは統制の取れた順序射撃を行う事も、各自で再装填を行いなから五月雨状に撃ち続ける事も出来た。
「――キツネ騎兵17万騎もモノの数ではありますまい」
アッバース兵が満面の笑みでそう言う。
それを聞いたアレックスは『そうだな』しか言う事が出来なかった。
「準備良いようだなアレックス」
そんなところへ姿を現したカリオンは、満足そうな笑みでその光景を見ていた。
ただ、アレックスはそんな姿の主君に報告せねばならない立場だ。
「昨晩遅く、ガルディブルクへ続く街道であのヒトの男が……タカがキツネの騎兵を鏖殺したぞ」
アレックスの発したその言葉を聞き、カリオンは一瞬怪訝な顔をした。
だが、程なく『で?』と続きを求めた。余りに情報が少なすぎるので理解しきれなかったらしいのだが……
「わずか100名少々の銃兵が1200騎ほどのキツネ騎兵を全滅させた。恐らくは組織的な集団射撃術だと思うが……」
それ以上の言葉を吐こうにも、アレックスとて説明出来なかった。
実際にバンバンと撃ち敵を屠るシーンを見てないのだから、説明出来ないのだ。
「そうだろうな。それほどに銃は恐ろしい武器だ。ただ、戦力差12倍というのは頼もしいな。これでキツネ騎兵を鏖殺できるなら最高だ」
満足そうな笑みを浮かべカリオンはそう言った。
――――そうじゃねぇーよ!
と、叫びそうになってアレックスはぐっと言葉を飲み込む。
騎兵が歩兵に負けたんだぞ?と言い出しそうになり、それを堪えたのだ。
だが……
「もう騎兵の時代じゃ無い。騎兵は戦場の花形では無く、もっと怖れられる存在になったのだ。軍の主兵は歩兵が担い、逃げ腰になった敵兵の掃討に騎兵が威力を発揮する。そんな分業体制だな」
カリオンはそんな事を言い、アレックスは黙って聞いていた。
もうすぐタカ達が到着するだろうから、後は報告させるだけだ。
しかし、それら情報将校としての仕事とは別に、アレックスは危惧していた。
このままでは栄光のル・ガル騎兵が崩壊して行きかねないと思うのだ。
――――これで良いのか?
そんな恐怖を覚えたアレックスは、騎兵が騎兵として戦場の花形に成る為の算段を思案した。だが、どれ程考えても最終的には、銃を撃てるように成る……以上の解決策を思い浮かべられないのだった。