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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
361/665

頂上決戦 03

~承前






 ガルディブルクからコーニッシュへと延びる街道沿い。

 月明かりが照らしだす草原は、各所にブッシュが茂る灌木帯が存在した。


「各班配置につきました。特に問題ありません」


 伝令役がそう告げていき、闇の中でエツジは遠方を見ていた。

 街道の彼方には小さな光が漏れていて、その灯りは魔法のそれだと気が付いた。


「よし……」


 エツジと共に茂みの中で遠くを見ていたタカは、双眼鏡を出して遠方を確かめた。僅かにフレアの拡がる視界だが、日本光学製の高性能な眼鏡は夜間でもそれなりに識別が可能だった。


「各班射撃準備。射撃開始合図は中央小隊のそれに続け。復唱の要なし」


 タカは双眼鏡を覗きながらそう指示を出した。段々と大きくなってきた魔法による灯りは、予想よりも大規模な集団だと教えてくれた。


 ――――どう見ても1個連隊は居る……

 ――――いや……後続も居るな……


 タカの脳裏に1個旅団と言う規模が思い浮かんだ。キツネの騎兵は暗闇の中で音を立てないよう慎重に進んでいた。ただ、その速度は予想より遙かに高く、襲歩に迫るような速歩の足運びが見えた。


 ――――音を遮断する魔法……


 そんなイメージを持ったタカだが、ややあってそのキツネの集団は手を伸ばせば届く距離までやって来た。暗闇の中で待ち構えるタカ達迎撃集団は、アッバースの銃兵凡そ100名が待機中だ。


 彼らはキツネの騎兵を待ち伏せし、一気に鏖殺するべく陣を張っていた。射線が被らないよう街道の左右に市松状態で各小隊が配置され、その街道のどん詰まりにある緩やかなカーブの上にタカ達が陣取っていた。


 袋小路の奥で一斉射撃すれば、各小隊がつるべ打ちの要領で随時連続攻撃を加える算段だ。入口と出口が封ぜられれば、逃げ場を失った騎兵は死ぬしか無い。夕暮れ時にここへとやって来たタカは、そんな算段を考えていた。


 ――――さて……


 息を殺して待ち構える中、本当に静かな足運びでキツネが街道を進んでくるのが見えた。跨がる馬は本当によく手入れがされていて、月の光にたてがみが輝いているのが見えた。


 だが……


 ――――あ……


 内心でタカがそう漏らした時、キツネ騎兵の先頭にいた男が隊に停止を指示したのだ。思わず気付かれたか?と首を竦めたのだが、それはキツネではなく、跨がっていた馬の嘶きだった。


 炯々と闇を見つめる瞳が光っている。先頭にいるキツネまで凡そ100歩弱の距離だ。ここで撃ては射程の中には入っているので問題無い。しかし、隊列の後側がはみ出ている危険性がある。


 重要なのは全滅させる事であって、手加減など不要だし手心の要も無い。むしろ生き残りを帰す方が面倒なので、本音を言えば後50歩は引き込みたかった。


 ――――さぁ……

 ――――こいっ!


 グッと気を入れて双眼鏡を覗いたタカ。そんなタカと眼鏡越しに目があった気がした。キツネの騎兵は線を引いたように目を細くし、暗闇をジッと見つめた。


 ――――さぁどうした……

 ――――早く来いよ……


 だが、事態は悪い方へと転がる。キツネの騎兵は槍の歩先にあったカバーを取った。その後ろに居たキツネは矢筒の蓋を取り、複数の矢を右手に摘んでいた。


 ――――撃つか……?


 タカはその逡巡に陥った。ここで撃てば殺せるが、隊列の後半は逃がすかも知れない。それは歓迎しない事態なのだから、我慢するしか無い。しかし、キツネは明らかに何かに気が付いている。


 純粋な殺意が渦巻いている平原は、キツネじゃ無くとも鳥肌になるような重い空気だった。何より、全く虫が鳴いていないのだ。少々勘の悪い者でも、この異常な空気と雰囲気を察するだろう。


 ――――まずいな……


 タカは軍刀の抜け留めを外した。僅かの音も零さぬよう細心の注意を払ってだ。だが、そこであり得ない事が起きた。軍刀の抜け留めが紐から外れ大地に落ちてしまった。ポトリと小さな音が響き、キツネの首がクッと音の方に回った。


 ――――あ……


 もはやこれまでだ……と全員が悟った。キツネ騎兵が一斉に走り出したのだ。

 それも、タカの方に向かって一直線に、脇目もふらず真っ直ぐに。


 しかし、それを見ていたヒトの男は全く逆の印象を持った。

 それこそ叫び上がりたい程の衝動を持って勝利を確信した。


 ――――釣れた!


 タカは一切の外連味無くそう思った。そして、距離が60歩の辺りになって軍刀を抜き、ブッシュの上に身を晒した。キツネの目がそれを捉え、槍の穂先がタカの胸に向かった。


 ただ、その穂先がタカの胸に届く事は無かった……


「撃てッ!」


 街道のどん詰まりに陣取った20人ほどが一斉に射撃を敢行した。僅か20人とは言え、至近距離からの20匁弾は装甲の無い騎兵の身体の簡単に貫通する。


「ギョアァ!」


 妙な叫び語を零しキツネの騎兵が馬から落ちた。後続に居た者達が一瞬だけ馬を止め、何が起きたのかを観察しようとした。ただそれは、闇の中で充分に狙いを定める時間を自ら作ってしまった愚挙だ。


 街道左右に陣取る各々20名ずつの射手が順繰りに連続射撃を行った。それは、突入してきたキツネの騎兵にとって悪夢以外の何者でもなかった。彼らは左右の射点から文字通りのクロスファイヤーを浴びたのだ。それも、数人まとめて貫通するような至近距離から、20匁の大口径火縄銃を……だ。


 普通、騎兵という者は弓でも銃でも変わらず、射点が一つであればそこに装甲を翳して突進するように躾けられる。そう教育された騎兵は命の危険を顧みず、そこに突進していって踏みつぶそうとする。


 だが、左右から五月雨状に撃たれた時、彼らはその心理的対応限界を越えてしまいパニックを起こす。どこにも逃げられないし、どこへ突進しても弱点である両脇と背面を晒すと知った時、彼らは一瞬だけ思考がフリーズしたのだ。


「引き潮! 後退しろ! 撤退するんだ! にげ――


 騎兵を率いていた者が退却を指示した。だが、その言葉が終わる前に街道の最後尾に陣取っていた者が一斉に射撃した。プリチェット弾が襲い掛かると凄まじい断末魔の声が響いた。暗闇の中に響く激痛と怨嗟に呻く声は、どれ程精神的に強い者でも恐慌を来す。


 そしてそれは再装填の時間を与える事でしか無く、再装填の終わった小隊から各個射撃が再開されるに過ぎない。そしてその結果、生き残ったキツネの騎兵に再び銃弾が襲い掛かる悪循環だ。


「発煙筒を投げ込め! 各個射撃開始! とにかくドンドン撃て!」


 メチャクチャな指令がタカから発せられた。そしてそう叫ぶと同時、アッバースの銃兵が彼らの得意な特製の催涙ガス発煙筒を投げ込んだ。火の着いていた発煙筒は途端に刺激性のガスを撒き散らし始め、キツネも馬も一斉に咳き込み始めた。


 月明かりが煌々と降り注ぐ平原に凄まじい数のファイヤブラストが光り、目の良い者ならば真っ赤に焼けた礫が飛び交うのを見ただろう。銃弾の溝に潤滑剤となる獣脂を塗って放つのだ。それが身の内へと入れば間違い無く壊疽を起こすし、感染症に罹るだろう。獣脂の中に腐った泥を混ぜ込む陰湿さを発揮すれば、彼らは破傷風で苦しむ事になる。


 ただ、そんな状況ですらもキツネの騎兵は号令を発し、統制を取って脱出を試み続けていた。生きて帰って情報を繋がねばならないのだから、ブザマだろうと惨めだろうと生き残る事以上に価値のある行為は無い。


 しかし、そんな行動は他種族には効果的だろうとも、ことヒト相手には全く無意味だと彼らは知った。凡そヒトとは脆弱な存在で、少し弄れば簡単に死んでしまうものだ。だが……


「3班より本部! 射撃の要なし!」

「2班も同様!」

「5班! 脱出経路を死体の山にしました」


 各班から報告が届き、タカは凄みのある笑いを浮かべてブッシュから身を乗り出した。握りしめた軍刀の波紋が月明かりにギラギラと反射していた。


「入念に掃討せよ!」


 7射目か8射目辺りでタカはそう叫んだ。落馬して生き残った者が呻きながら立ち上がろうとしていた。四方八方から撃たれ続け全身をボロボロにするような傷を負っているらしい。


 ただ、だからといって抵抗しない訳では無い。むしろこれ幸いとより一層の組織抵抗を試みるだろう。彼らは誇り高いキツネの騎兵なのだ。捕虜になるくらいなら討ち死にを選ぶと言われる程なのだ。


「総員着剣!」


 タカがそう叫んだ時、銃兵隊が一瞬だけザワリとした。ただそれは、抵抗的・反抗的なざわつきでは無かった。各所から『殺してやる……』という言葉が漏れ始めたのをタカは聞いた。


 ――だよな……


 彼らの内側にある劣等感と敗北感。その二つが僅か半刻で全て打ち砕かれ、騎兵が歩兵に一方的に粉砕されたのだ。間違い無くそれは、この世界において革命的な出来事だとタカは知っていた。


 ヒトの世界がそうだったように、新しい兵器の登場は戦術も戦略も一新せざるを得ないのだ。だが、その中で本当に一新されるのは人の心であり、また戦場におけるヒエラルキーの変化。


 つまり、昨日までの主役が脇役へと降格し、脇役だった者達が主力に躍り出る。その時、彼ら新しい主役は往々にして猛烈な威力を発揮し、新しいムーブメントを興す事になる……


「残敵を掃討する! 全員ぬかるんじゃ無いぞ! 総員突撃に移れ!」


 タカは頭上に翳した軍刀を振り下ろした。

 ヒュッと風を切る音が聞こえ、全員が吶喊の声を上げた。


「突撃!」


 月光の降り注ぐ街道に時ならぬ声が響いた。

 蛮声と共に駆け出したアッバース歩兵は、まだ生きているキツネの騎兵を次々と刺殺し始めた。どれ程に生命力があろうと魔力があろうと、心臓を突き刺されてしまえば死ぬだけだ。


 あの不死族の王と呼ばれるヴァンパイアですらも心臓が一番の弱点なのだ。多少魔力が強いだけで同じ生物でしか無いキツネだもの。心臓を貫かれれば死ぬ……


「絶対に生き残りを作るな!」


 タカはそう厳命し、自らもまだ生きているキツネを斬って歩いた。だが、銃傷をこさえて虫の息な者にすれば、それはある意味で救いかも知れない行為。容赦無く袈裟懸けに斬れば、どんな生物だって即死する。


 ――――スゲェ……


 アッバースの歩兵達はタカの姿を見ていて何かを思いだしたらしい。銃から銃剣を取り外し、スリングに手を通して背中に背負った彼らは、腰に佩ていた愛刀を抜いていた。


 過去幾度も騎兵相手の絶望的な戦いに望んだ彼らは、その窮地を脱する獅子奮迅の働きを助けてくれた愛刀に絶対的な信頼を寄せているのだ。そして、ある意味命その物のレベルで大事にしている。


 そんな軍刀を抜いたアッバース兵は、何事かを叫びながら掃討戦を行っていた。死体をも切り刻むが如き修羅の形相にタカが引きつった笑顔を浮かべる。何処かで止めねばもっと酷い事になる……と、そう思わせるほどだった。


「隊長!」


 何処かでそんな声がした。まだ生きているキツネを探しながら街道を歩き回っていたタカは、ふと我に返った。


「ここだ!」


 東の空にうっすらと色が付き始めた。黎明の空はどんな世界でも神々しい色を見せてくれるものだ。夜が明けてきた事を悟ったタカは、夜明けの寒さに一瞬だけ震えた。


「キツネの鏖殺を完了した模様です。生き残りは居そうにありません」


 アッバース歩兵の中にあって銃兵を指揮する下士官の長は、小さな水晶玉越しに辺りを見ながらそう言った。


「それは?」


 タカは大袈裟に興味深そうな態度を取って見せた。

 それを見た砂漠の民は嬉しそうに驚き、やや興奮気味の声で説明を始めた。


「我が一族に伝わる魔法具です。隠れている者や死にきっていない者が居ると、水晶玉越しに光って見えます。これで見れば一発なんですよ!」


 何と恐ろしい道具か……


 タカは率直にそう思った。ただ、それは心の奥底に沈め『そりゃ便利な道具だ!さすがアッバースの民は違うな!』と喜んで見せた。部下の心を掌握する振る舞い方は士官必須の能力だ。


 鼻の高い思いをさせておけば、この男は次も役に立とうと奮戦するだろう。そして、往々にしてそんな男は激戦を生き残るのだった。


「よし! 全員撤収準備! 死体を街道脇へ片付けろ!」


 タカの指示でアッバース兵が一斉に動きだした。ただ、この段階になってタカは自らの見積もりが正しくなかった事を知った。一カ所に積み上げられた死体は山のようになっているのだ。


 ――――予想よりも敵が多かったか?


 死体の山に土をかけ、アッバース兵は塚を築いた。

 だが、死体が腐って崩れれば塚も沈むだろうと思われた。


 ――――いつか完全に土に還るのか……


 そんな事を思ったタカは東の空を見た。

 黎明の空と黒い大地の狭間が払暁の光に染まり始めていた。


 ――――これで良い筈だ……


 独断で動いたタカは、カリオン王の決裁無く銃兵を持ち出して鏖殺していた。戦果を上げる為の臨機応変な動き。それの手本を示すつもりだったのだ。決してスタンドプレーがしたかった訳では無く、また、手柄争いをしたかった訳でも無い。


 ただ、結果的にはそんな形になっていた。そして、これから戻って説明せねばならない。場合によっては厳しい処置を覚悟せねばならないだろう。ル・ガル国軍は統制の取れた組織的行動を旨とする軍隊なのだ。


 グッと奥歯を噛んで覚悟を決めたタカ。

 その向こうに朝日が昇ろうとしていた。

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