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王都ガルディブルクを行く

 数多の種族が暮らす扇の大陸ガル・ディ・アラ。

 その大陸中央部には左右から強力な圧縮効果を受け隆起した険しい山脈がある。

 北部地域は万年雪を頂く高山地帯であり、そこからは夥しい数の小川が流れ出す。

 そしてその小川沿いには、これまた夥しい数で小規模な都市が存在していた。

 

 その中の一つ。大陸中央よりやや北部にある小さな街。シウニノンチュ。

 山塊に抱かれるようにして存在するこの小さな街はボルバ川の畔にあった。


 帝國歴が始まるちょっと前の時代。

 この街に生まれ育った一人の男が、戦乱の続く都市国家の統一を夢見た。

 後の統一王。ノーリである。


 その男は類稀な戦術眼と圧倒的な武力と、そして、敵をも魅了するカリスマだった。

 僅か五十年足らずでガル・ディ・アラを征服しつくしたノーリは統一王と呼ばれた。


 ノーリの思い描いた世界は出来上がった。

 数多くの都市国家が戦乱に明け暮れた時代は終わりを告げた。

 シウニノンチュは世界の中心となり、雄大な山並みを眺めるこの街が都となった。

 僅か三年ほどだったのだが。


 都市機能としての限界を向かえノーリはボルバ川を船で下る事にした。

 数多くの小川がボルバに集まり、山並みの沢筋だったボルバは大河に成長した。

 ノーリはそれを眺め思った。


 ――――この川のように、全てが集まる地を作ろう。


 ガル・ディ・アラの中央平原を横切った辺りでボルバはガガルボルバとなる。

 そも、ボルバ(おがわ)カカル(集まる)する事でガガルボルバだった。


 そのガガルボルバは海へ到達する直前、巨大な一枚岩にぶつかり流れを二つに分ける。


 東側を流れるのはサク・ガガルボルバ。

 西側を流れるのはマタ・ガガルボルバ。

 そして、二つの河に挟まれた巨大な中洲はミタラスと呼ばれていた。

 葦の茂る広大な平原を見たノーリは、ここに街を作ると宣言した。


 王都ガルディブルク。


 ガガルボルバの中州ミタラスは、縦二十キロ横七キロの平原だった。

 遠い遠い昔から人々の営みがあったその地は、イヌの創世神話にも登場する地だ。

 そして、世界統一を実現した男の夢は、人口三百万を超える大都市へと成長した。


 帝國歴元年より少々前の時代。

 ガル・ディ・アラにある国ル・ガルと国号を定めたノーリは、この地に王都を置いた。

 ガガルボルバの様に、全ての者がこの地に集まり永久に繁栄する国となって欲しい。

 そう願って、ノーリは様々な手を打っていった。

 

 その手始めに造営を開始したのがミタラスの上流部。

 ガガルボルバの流れを分ける大岩インカルシゥの上に巨大な(チャシ)を築く事だった。

 そして、その城下町にはイヌの国の母を育てる学校を作った。

 ノーリは長年共に戦ってきた仲間達に向かって言ったのだという。


 ――――強い国家は強い母親が産み出すのだ


 その意志が作った学校により、イヌの国の出生率と新生児生存率は大きく向上する。

 ノーリが作ったのは国家機関では無く、国民を守り育てる機関ばかりだったのだ。


 やがて二代目太陽王となったノーリの子トゥリは、その成功体験を元に国民学校の建設へと邁進する事になった。そして今もミタラスには女性を護る為の施設が集中している。


 ――――男は子を産めぬからな


 一人でも多く子を産んだ女性が讃えられるル・ガルの文化は、この辺りが源流だった。


 また、ノーリはサクとマタ、二つのガガルボルバに挟まれたミタラスへ続く橋を幾つも掛け続けた。戦略的に重要な拠点となる渡河点を数多く作るのはある意味で不利な事だが、最悪の事態に備え常に素早く脱出できるようにする事もまた重要だったのだ。


 ミタラス外側にはル・ガルを支える有力貴族の豪華な屋敷が建ち並び、その外側には商業地帯と共に多くの市民が暮らすダウンタウンが広がっている。

 その更に外側にはル・ガル国軍の駐屯地が並び、東西南北四方の護りをしっかりと固めていて、全ての駐屯地からミタラスへ向け広い大通りが整備されていた。

 すわ有事となればすぐさま駆けつけられる体制になっているのだ。


 他の種族国家の都は街を取り囲む様に巨大な城壁を幾つも備えている。

 だが、ル・ガルの王都ガルディブルクには一枚たりとも存在しない。


 ――――人は城壁 人は砦 人は剣 恩義は味方 仇は敵


 ヒトの世界の教えを聞いていたノーリは、そんな言葉を残している。


 どれ程堅城鉄壁の備えを作ろうとも、そこを護ると言う強い意志が無ければ無意味だ。

 逆に、強い意志で護る者が居れば、薄壁一枚でも堅い城壁になる。

 だからこそノーリは人を育てる事に固執したのだった。

 忠義と自己犠牲を民族の根本とするイヌの一族には、この仕組みが大当たりだった。


 勇猛果敢なイヌの国軍は、過去幾度も国家崩壊の危機に立ち向かってきた。

 その国軍を支える兵学校は、統一王ノーリの肝いりで作り上げられた施設だった。


 ガルディブルクの中心部から北西へ二十キロ。

 王都を護る駐屯地の一角に創建された王立兵学校は、ノーリの弟サウリの管理だった。

 そして今もサウリの血統に続く貴族が伝統的に学校を維持運営している。

 太陽王シュサ帝の丞相。カウリ・サウリクル・アージン伯の所領だ。

 王立兵学校への道は太陽王が度々行幸するので、市民からは行幸通りと呼ばれていた。


 その通りを士官学校の騎兵が隊列を組み、真っ直ぐに王都中洲(ミタラス)へ向かっていた。

 華やかな礼装に身を包み、腰へは実戦刀を佩いた若き士官候補の一団。

 その先頭集団にいる中隊の旗持ちはマダラの青年だ。


 市民達が口々に噂する。

 

 ――――士官学校にマダラがはいっいて大丈夫か?


 否定しようの無い蔑みと侮りの悪意が襲い掛かってくるのだ。

 だが、その悪意のこもった視線を受けるマダラの青年は、自信に溢れた表情で胸を張り、まるで支配者のように傲岸な薄ら笑いを浮かべて馬を進めていた。


 見る者が見れば分かるただ者ではない雰囲気。

 身を包む衣こそ士官学校のものだが、その見事な馬は決して安いものでは無い。

 そしてその馬に乗せられた鞍も愛刀も、そこらの安い貴族では無いと見抜くだろう。


 ガルディブルク市民が見物するべく集まった行幸通りの中央。

 カリオンは第一連隊の旗を掲げて進んでいた。

 見るもの聞くもの全てが輝いて見えるガルディブルクの街並み。

 生まれ育ったシウニノンチュとは全く次元の違う大都市の景色。

 カリオンは、ただただ圧倒されていた。


 しかし、士官候補生として無様にキョロキョロする事など許されない。

 僅かに目玉を動かし、その瞳に映るものに感嘆するのみだった。


 ────すげぇ!


 通りの左右を人に囲まれ、その間を歩くことは慣れていた。

 シウニノンチュで散々経験していたからだ。


 だが、これほどの街中を歩くのは経験がなかった。

 重厚な石積みの街並みは何処まで行っても終わる事が無い。

 通りの左右には見上げるほどの高層建築が幾つも立ち並んでいた。


 広く大きな通りには街路樹が植えられ、その下には見事な花壇が植栽されている。

 花吹雪く都と讃えられ、美しく咲き誇る花々に彩られた街並み。


 そんな中、騎兵達は街の中心部へと入っていき、カリオンは遂にミタラスへ到達した。

 遠くに見上げたインカルシゥの上。壮大な作りであるガルディブルク城が見える。

 カリオンを。幼き日のエイダを可愛がってくれた偉大なる太陽王、シュサの居城。


 ――――シュサじぃ ここまで来たよ


 僅かに涙ぐみシュサの思い出に浸っていたカリオン。

 シュサ帝の愛馬バルケットの血を引くレラは、この地をどう思うだろうか。

 取り留めの無い事を熟々と考えていたら、通りの奥に荘厳な平城が見えてきた。

 人の背を遙かに超える鉄のフェンスに囲まれた、明るい萌葱色の石積みな建物だ。


 ――――あれか


 先頭に居た連隊長スティーブンの手が騎兵の行進を止めた。

 

「騎兵連隊! 隊列変更! 四列縦隊!」


 腕を左右へ振って隊列変更を指示したスティーブンは、巨大な総門の前で剣を抜いた。


「我は王立兵学校第一連隊! スティーブン・ライアット中佐なり! 大命によりお迎えに参上仕った! 開門願いたい!」


 総門の前で口上を述べたスティーブン連隊長。

 その豊かな飾り毛が風になびいている。


 ややあって建物の中から黒いローブを纏った女性が幾人か出てきた。

 手に手に白薔薇の描かれた魔法錫杖(ワンド)を持っていた。


「騎士見習いの若人よ。この白薔薇とはなんであるか?」

「その白は穢れ無き乙女。その花は子宝の源。その蔓は途切れぬ家系。茂る葉は繁栄。大地へ下ろす根は安定」


 スティーブンは一息入れ、再び声を張り上げた。


「子を産み育む行いは女性の持つ特権なり。男はただただそれを護るのみ」

「若人よ。聖と邪の交わりの果てに未来はある。努々(ゆめゆめ)忘れるなかれ」


 ワンドをかざした女性が何かを呟くと、鈍い金属音を響かせ巨大な総門が開いた。

 手も触れて無い金属製の門はまるで己の意思のように動いた。


 驚くカリオンのその向こう。

 四頭立ての大型馬車が幾つも待機していた。


「この敷地は男子禁制」

「されど我らはノーリとの約定により、この地より出る事能わず」

「我らの手を離れし娘達を衛り給え」

「未来を作り給え」


 そのローブに身を包んだ女性達は魔法使いであった。

 本来は高い山や深い森や人里離れた辺鄙な所に住む特殊な人々だ。

 だが、この世界における魔法使いは最高のインテリでもある。

 様々な知識や技術や深い洞察力を持ち、物事を教える役目を負う

 そんな魔法使い達の愛弟子が馬車の中で待っている。


「委細承知! 第一第三大隊は右列! 第二第四大隊は左列! 単縦陣!」


 敷地から出てきた馬車の左右に騎兵が付いた。

 心なしか馬車の周りに花の香りがする。

 鼻が利くイヌならば、僅かに漂う甘い香りに目を細める。

 そして、その中へ僅かに潜む生臭い人間の臭いも。


「おい」

「あぁ」

「だな」


 小声を交わした若き候補生達は、馬車の中に少なからぬ人が乗っているのを確かめた。 窓には緞帳を下ろし、御者は目深に被ったフードで顔を見る事も出来ない。


 士官候補生であるからして、その顔を覗き込むなどという不品行など出来ない。

 どれ程の美女が乗っているのか?と期待に胸を膨らませながら、来た道を帰る。


 隊列右側の先頭から七番目。

 カリオンは隣を行く馬車をチラリと見た。

 厚いビロードカーテンの向こうに誰が乗っているんだろう?

 そんな興味だ。


 刹那、その緞帳が僅かに揺れた。

 あれ?と驚き目玉だけでその動きを確かめる。

 ほんの僅かにカーテンが開き、その向こうに青い瞳が見えた。

 理屈でなく確実に目が合ったと思ったカリオン。

 だが、そのカーテンの向こうが明らかに不機嫌になったのもまた直感した。


 ――――やっぱマダラは不利だな


 自嘲気味にニヤリと笑って、そのまま正面を見て馬を進める。

 またがるレラの背をポンと叩いて呟いた。


「レラ。今日の戦はどうやら負け戦っぽいな」


 僅かに嘶いたレラの鳴き声は、カリオンを励ますようだった。

 頭の中ではグルグルと色んな考えが巡り続けた。

 マダラに生まれただけで損ばかりしている自分をあざ笑った。

 しかし、そんな自虐気味な思考の果てにふと、ゼルの姿を思い出したカリオン。


 ――――戦って奴はな、負け戦だから面白いのさ


 なんで? と、幼き日のエイダは聞き返した。

 シウニノンチュから走った先の平原で越境盗賊団を皆殺しにした帰り道だった。


 ――――勝ち戦はどれ程活躍しても目立たない

 ――――だけど負け戦は、頑張れば戦をひっくり返せる

 ――――目立ったモンが勝ちさ 男の手柄はそうやって稼ぐ


 父五輪男(ゼル)の大きな手がカリオンの頭を掴んだ。

 あの感触をふと思い出し、そして手綱を握っていた手をジッと見る。

 普通のイヌと違って太く短い指。肉の薄い掌。


 カリオンが知るヒトは五輪男だけだ。その五輪男の手に酷似した自分の手。

 理屈でどうこう説明出来るものでは無いが、カリオンはそれが誇りだった。


 ――――負け戦をひっくり返そう


 そんな事を心に思ってカリオンは再び学校の門を潜った。

 大ホールの車寄せへ馬車が横付けされる所まで真横に付いていた騎兵達。

 だが下車中は玄関に背を向け辺りを警戒する。

 最後まで女性陣の姿を見る事が出来ないのが心残りだ。

 

 玄関脇に立つスティーブン連隊長は、大ホールへ進む女性達を一人ずつ出迎える。

 つまり、連隊長だけが全員をチェック出来る。

 ふと、自分は必ず連隊長になると、そう心に決めたカリオンだった。


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