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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
359/665

頂上決戦 01

~承前






 ――まいったな……


 率直な心境を言うなら、カリオンの本音はそれだ。

 ソティス郊外に造築された野戦向け砦の中、カリオンは帝王の戦衣をまとい愛馬に跨がっていた。シンサンは気合充分な様子でハミを噛んでいる。


 ――馬までやる気とはな……


 砦の中を馬で進めば、各所から凄まじい歓声が上がった。やがてカリオンは砦の馬房エリアから広場へ出た。そこにはル・ガル中から集まった錚々たる騎兵集団が結集していた。


 ――――我等が太陽王に歓呼三唱!


 何処からかそんな声が聞こえた。

 ドリーでは無くジョニーの声だとカリオンは思った。


 ――やめろよ……

 ――恥ずかしいじゃ無いか……


 率直な思いを零すなら、カリオンはそんな自嘲気味な心境だった。

 しかし、そんな思考は両耳を劈くような喚呼の絶唱に掻き消された。


 ――――ラァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!

 ――――ラァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!

 ――――ラァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!


 砦の前に結集した騎兵は、総勢で15万騎に及んでいるらしい。

 カリオンが自ら馬で駆けて囮になると宣言してから1週間。その間にル・ガル中を駆け巡った『太陽王御親征』の言葉は、全土で燻っていた多くの元騎兵やサーキットライダー達を結集させていた。


「おぃエディ! ガツンと一発カマしてやれよ! みんなお前の言葉を聞きたくて集まったんだ。あんな事があった後だし、復活を待ってたんだぜ?」


 そう。一度は王位を追われかけたのだ。アージン評議会なる狼藉集団に国を乗っ取られ、その間に軍籍を剥奪された太陽王派騎士達は全土で帰農したり、或いは太陽王復活の時を待っていた。


 そんなところに降って湧いた『太陽王の御親征』なる煽り文句は、彼らを沸き立たせた。そして、それ以上に熱いのは、その敵がネコでもトラでも無くキツネと言う事だった。


 ある意味でル・ガル以上に安定し、尚且つ他国のちょっかい全てを撃退している強力な国家――キツネの国――との直接対決という部分だ。あの国は帝を中心とする強力な呪術国家であり、また、類い希な魔導国家でもある。


 だが、そんな魔法科学を下支えするものこそ、この大陸最強と呼ばれる凄まじい実力を持った武士達だった。術士を守るべく組織された武士の一団は馬を操らせればイヌ以上に上手く、走る馬上にあって大弓を放つ事も朝飯前。馬上向けの短い槍では無く、長槍を馬上で振り回す事も当たり前に行う凄まじい集団だ。


 そして、更に恐ろしいのはそんな一騎当千の実力を持つ武士達が総勢で17万も存在していると言う事だ。ル・ガル国軍騎兵や騎士の使う重甲冑をも紙のように切り裂く凄まじい切れ味の大刀を持った武士達は、名誉の為に死ぬ事を無上の誉れとしているのだった。


「そうだな……」


 ジョニーの煽り言葉にそう返したのだが、何と言って良いものかとカリオンは思案に暮れた。ただ、これと言って気の効いた言葉が出ない以上、素直な物言いで皆に声を届けるしか無かった。


「諸君!」


 カリオンの声が轟いた時、その声の数万倍もの声が返ってきた。

 歓喜の涙を流す者。奥歯を噛んで両の拳を突き上げる者。様々なコントラストを見せる彼らを見ながら、今度はカリオンが煽られていた。


「気炎万丈たるル・ガル騎兵諸君!」


 ――――オォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!1


 砦全体が揺れるほどの大歓声が響いた。

 まるで大岩が山肌を転がり落ちるような音が響いた。


「誇り高き一騎当千のル・ガル騎士たちよ!」


 ――――ウォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 誰かが指をピンと一本立て、太陽を指差した。

 それが意味する事を全員が一瞬にして理解した。

 砦前の広場にあってカリオンを見ていた全ての男達が太陽を指差していた。


「太陽王陛下万歳!」


 誰かがそう叫んだ。その次の瞬間、まるで津波のような声が一斉に轟いた。

 音の壁が襲い掛かってくるような錯覚にカリオンがたじろいだ。


 ――――太陽王陛下万歳!

 ――――太陽王陛下万歳!

 ――――太陽王陛下万歳!


 幾度も幾度も繰り返されるその声を両手で諫め、カリオンは右人差し指をピンと伸ばし、東の方向を指差した。太陽を指差していた者達は、それが意味する事を全て理解した。


 我が王はただひとり。世界を照らし給う存在はただひとつ。全ての頂点に立つ存在はふたつと無いのだ……と。


「諸君! キツネの時代は今日終わりを告げる! イヌの時代がやってくるぞ!」







 ――――ウォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!






 大地を揺るがす凄まじい雄叫びが沸き起こった。

 比喩や形容詞では無く、本当に大地が揺れた。


 ――凄いな……


 遠い遠い昔、イヌは不浄の側から立ち上がったのだと伝説にあった。

 まだオオカミと呼ばれ、嫌われ、汚れ、餓え、乾ききった穢らわしい不浄の存在は、やがて神に許され傍らに居ることを許されたのだという。イヌは神の僕として様々な局面で最も働いたのだとか。


 雪と氷の大地ではソリを引き、広大な草原ではヒツジやヤギを神の代理として動かしたとか。砂と岩の乾燥した大地では水を探す役割を与えられ、優れた鼻を生かして毒を探し出す事もしたという。


 そんなイヌの存在を、全ての種族が嫌悪した。自由に生きた多くの種族がこう言ってイヌを蔑んだ。


 ――――狗め……


 こと、ネコとキツネはとことんイヌを嫌った。ネコはあくまで自由気ままに生きる事を本願とし、例え神の御前であったとしても、あくまで自分の意地を貫いた。そしてそれ以上に気高かったのはキツネだ。


 彼らは神の僕では無く眷属だった。豊穣の神。導きの神。金属加工の神。知恵の象徴であり、神々の頂点にあった存在、イナリ・ミョージン。その傍らにあり、眷属としてキツネは存在していた。


 彼らはこの世界の根本を神から教えられ、神の代理として様々に振る舞う事を許された。多くの神々がイナリ・ミョージンの代理か、若しくはその物としてキツネに接した。神々はキツネを崇めたのだ。


 故に、彼らは最強の存在としてこの大陸の中で押しも押されもしない居場所を得ていたのだった。そんなキツネにイヌが挑もうとしている。それは、口で言う以上に特別な意味を持っている事だった。


「報告!」


 兵達に煽られ、思わぬ言葉を吐いたカリオン。そんなカリオンの所にアレックスが現れた。両手に抱えたファイルには部外秘の文字が並んでいた。


「どうだ?」

「あぁ。連中はざっくり言えば12万騎程度だ。ただし、覚醒者が少なくとも100体は居る。厄介だぞ?」


 どこか楽しそうな顔をしているアレックスは、ニヤリと笑ってそう言った。


「あぁ。全く持って厄介そうだな」


 そうは言うが、当のカリオンだってニヤニヤと笑っていた。

 全ては1週間前に報告を受けたタカの言葉が始まりだった。


 ――――負けるなどと予測する部分は一切ありません

 ――――ですが勝ちを確実にする努力を怠るべきではありません


 そう切り出したタカの言葉に、カリオンはやや表情を硬くした。何らかの諜報活動を行い、少しでもこちらを有利にしておくべきだと進言されたのだ。


 ――心配か?


 手短な言葉でカリオンはそう問うた。

 だが、タカの返答は意外なものだった。


 ――――ヒトの世界ではこう言います

 ――――ため池の堤も蟻の一穴で崩れる……と

 ――――細心の注意を払い準備する事こそ重要です

 ――――仮に負けてしまった時や思わぬ苦戦をした時

 ――――身を焼く後悔に苛まれぬようにするべきかと存じます


 どこまでも慎重に慎重に事を運ぼうとするヒトの考え方。

 カリオンの脳裏にハッとゼルの姿が浮かんだ。


 ……父上


 あの背中は。あの眼差しは。あの脳内では、常に最善を希求していた。勝てば良いなどという乱暴な結論は一切無い男だとカリオンは気が付いた。そして、最小の犠牲で最大の勝利を得る手順を常に考えていた。


 ……父親を越える


 ポッと内心に浮かんだその文言にカリオンは痺れた。

 そして、そんな息子の姿を頼もしげに見ている父親の笑顔を思いだした。


 ――で……

 ――どうするのだ?


 カリオンがそれを問うた時、タカでは無くエツジがそれに応えた。

 ヒトの世界で諜報活動をやっていたという男は、まるで舞台俳優の付ける仮面のように表情の無い顔で切り出した。


 ――――総勢で17万に及ぶとされる敵戦力

 ――――ですが正直にいえば恐るるに足らぬ存在であると考えております

 ――――たった一度の会戦で全て撃滅してしまおう

 ――――手前はその様に考えております


 一切言いよどむこと無くエツジはそう言った。その言葉を聞いたカリオンだけで無く、アブドゥーラやドリーやジョニーまでもが怪訝な表情になっていた。


 …………気でも触れたか?


 正気か?と疑う様な眼差しが集まる中、エツジはやおら切り出した。


 ――――情報を制するものは戦を制します

 ――――故にまず情報を制しましょう

 ――――と言ってもやる事は簡単です

 ――――偽の情報を流すのです


 エツジの話を聞いていたアレックスは、やや不本意だ……と言わんばかりの表情になっていた。そんな事はもうやっていると言わんばかりだ。だが、その表情が段々と変わっていくのを皆が見ていた。


 ――――で?


 続きを言えとカリオンはエツジをジッと見た。

 その顔が真剣なのを見て取ったエツジは、一つ息を吐いてから切り出した。


 ――まず……


 それは聞く者誰もが正気を疑うものだった。誰でも『そこまではすまい……』と思うような事を平気で行う。そしてそれ以上に思ったのは『そこまで疑うのか?』だった。


 イヌは信義と情愛を社会政策の根本とする種族と言って良いだろう。だが、エツジはそのイヌの社会を疑えとカリオンに進言したのだ。そう。イヌの社会の中にキツネの間者が潜んでいるのを前提に、イヌの国が不利な情報を流そうと言うのだ。


 ――――きたない……


 他ならぬジョニーが露骨に怪訝な顔になった。

 だが、エツジは全く表情を変えずに言った。


 ――――汚くて良いのです

 ――――人生謀多きは勝り少なきは亡びます

 ――――勝利の対義語は敗北ではありません

 ――――これは遊びでは無いのです

 ――――いいですか?


 一息置いたエツジは真顔になって言った。


 ――――勝利の対義語は滅亡です


 ……滅亡


 その言葉が意味することは、イヌならば誰でも知っていた。遠い遠い創世記の時代に遡るイヌの伝説。それは、神の奴隷であったイヌの話だった。そしてそれは、ル・ガル建国前夜のイヌの境遇その物だ。


 世界の奴隷としてイヌは働き続けた。いや、働かされ続けた。世界の為にと思って働き続けたイヌは、ある時ふと気が付いたのだ。これは、全く自分の為になって無いじゃ無いか……と。


 だからこそ。


 ――エツジ……

 ――思う全てを行って良い

 ――ただし報告はせよ


 カリオンはエツジにフリーハンドの権限を与えた。

 そして同時にアレックスにも命じた。


 ――アレックス

 ――エツジの仕事を手伝え

 ――そして我が軍の勝利を確実にせよ


 キツネ相手の戦闘に怖じ気づいた時もあったが、タカの行った下準備でカリオンを含めた全ての思考が弛んでいたことを全員が感じ取った。そう。勝つ為なら何でもするのが戦なのだ。


 ――これを機にキツネの国を粉砕せんとする

 ――君はそう言いたいのだな?


 タカを見つつそう言ったカリオン。

 その真意を見抜かれたタカは静かに首肯した。


 ――――後顧の憂いを絶つこと

 ――――それこそ軍人が死ぬに足る理由であります

 ――――少なくとも我々はそう教育されて参りました


 胸を張って応えるタカ。

 その双眸には炎が宿っていた。


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