魔法発火式火縄銃 その6
~承前
――7――
大口径火縄銃そのものである野砲を使い、キツネの覚醒者全てを片付けたタカ。
勝利に飢えていたアッバース家の面々が湧き立ったのも無理は無いが、その後の戦闘を見た彼等は、総毛だったようになって震えた。
――――嘘だろ……
ヒトとは脆弱な存在だ……。それが多くのイヌの認識だったはずだ。イヌに比べればひ弱で敏捷性に乏しく、そしてすぐに死ぬ。
そんな印象を持っていたアッバース家の面々は……いや、全てのイヌは、その認識を改めざるを得ないのだと、そう痛感した。雄々しく荒々しく叫んだタカの言葉は、ヒトという生き物が内側に秘めた闘争心の発露だった。
「総勢3斉射! その後は着剣せよ! その上で実包を装填!」
タカの命じたそれは、改良されたマジカルファイヤ方式な火縄銃への着剣だ。狭間筒のような長銃身型の銃は、肩当ての無いグリップ型の形状をしている。タカはその銃身の先端にサーベルを取り付ける加工を依頼していた。
全長1メートルを越えるその銃の先端に刃渡り40センチ程度の銃剣を装着できる構造とする。それにより火縄銃は即席の槍へと姿を変える。騎兵の扱う馬上槍は取りまわしの都合を考えて1メートル程度の長さに揃えられていた。
つまり、このときアッバースの銃兵は全員が馬上槍を装備した槍兵に変身し、しかもその槍は必殺の銃弾を放てるようになっていたのだった。
「射撃完遂した者は着剣の上で待機! 準備よいか!」
砲兵の連続砲撃が続く中、銃兵による余り統制の取れてない射撃が続いていた。だが、その射撃の都度にキツネの騎兵がバサバサと落馬を続けている。そんなシーンを見ていたタカは、溢れる愉悦を笑みに代えていた。
「目標! 敵騎兵部隊中央部! 躍進距離200! 総員突撃体制に移れ! 突撃ラッパ!」
アッバースの信号兵が戦場に響き渡る突撃ラッパを吹いた。
タカは軍刀を頭上に翳し、大声で叫んだ。
――――バカな……
アッバースの面々が唖然とする中、タカは振り返る事無く走り出した。
勝利を確信するその姿は、銃を手にしていた者達を奮い立たせた。
「総員! 突撃! 我に続け!」
裂帛の叫びが平原に響いた。タカはただ1人、剣を片手に戦列を飛び出た。
必殺の兵器――銃――を手にしているとは言え、彼らは騎兵では無くただの歩兵でしか無い。だが、あたかもそれは『我は騎兵なり』と振る舞うようだ。
――――すごい!
その勇敢な姿は、何処かに負け犬根性を引きずっていたアッバースの兵士達を奮い立たせた。そして次の瞬間、アッバースの銃兵たちが絶叫を上げながら走り出した。散発的な射撃音が続き、その直後に断末魔の絶叫が響いた。
「命を惜しむな! 名を惜しめ! 命100年! 名は100代ぞ!」
誰かがキツネの騎兵が跨っていた馬を撃った。馬はその場で擱座し、跨っていた騎兵は前方に放りだされ転がった。その衝撃で何が起きたのかを理解し損ねたららしい騎兵は、頭を振って正気に戻った。その目の前にタカが立っていた。
「御免!」
袈裟懸けに振り下ろされた軍刀は、胸甲ごと騎兵の上半身を切り裂き、キツネの騎兵は一瞬で絶命した。血を吐きながら息絶えたキツネの騎兵を跨ぎ、タカは次の犠牲者を探して戦場を駆けた。それはまさに、修羅のごとき姿だった。
「槍兵の如く敵を突き殺し、距離がある場合は射撃せよ! その時狙うのは騎兵ではなく馬だ! 馬を失った騎兵など恐るるに足らぬ!」
それは、炎を吐く津波のようなものだった。タカに率いられたアッバースの銃兵隊は張り裂けぶが如き絶叫と共にキツネの騎兵たちに襲い掛かった。各所で馬の嘶きと騎兵の断末魔が混淆し、その中にイヌの銃兵の叫ぶ声が響いていた。
「 おぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!! 」
タカに率いられたわずか5名のヒトは先頭に立って走った。その手にしていたのは、残り僅かな銃弾を詰めた38式歩兵銃だ。全長1メートルを超えるその銃に銃剣を装着し、まさに槍のように使って前進した。
馬から落ちてなお槍を手に奮戦する騎兵が居た。だが、そんな雄々しき男も眉間を撃ち抜かれ即死した。槍は確かに手強いが、その間合いよりも遙かに遠いところから銃は攻撃できる。
その安心感と必殺の兵器を手にした全能感。なにより、『勝てる』という目の前の輝かしい名誉が全ての兵士を修羅に代えていた。
「代表!」
何処かからタカを呼ぶ声がした。だが、混乱した戦場ではそんな声など届きはしない。アッバースの銃兵は200リーグを吶喊し、その行程にあった全てのものを粉砕していた。
「代表! 代表!」
気が付けばイヌ達はタカを追い越して躍進限界点に到達していた。
そこで振り返った彼らは、押し寄せた津波の折り返す引き波が全てを砕くようにして、不運にも生き残った者達を掃討していた。
断末魔の叫びと吶喊時の蛮声とが入り混じり、一種独特の戦場音楽を奏でた。それはまさに勝利と敗北。生と死がめまぐるしく入れ代わる混声合唱だった。
「代表!」
そんな掃討の嵐を指揮していたタカだが、その肩をエツジが押さえた。肩で息をしながら走ってきたエツジは、やっとタカの動きを止めた。市ヶ谷本営の広大な練兵場で鍛え上げられたその体力は、ややもすれば運動不足なエツジには手に余るものだった。
「代表! 敵本営の指揮官をアッバース兵が討ち取りました!」
エツジは大声でそう叫んだ。いや、叫ばずにはいられなかった。
タカは普段の姿にはほど遠い紅潮した顔で、目ばかりをギラギラとさせていた。
「そうか! それは楽しくなってきたぞ!」
冷静さを失ったタカは軍刀の柄を握りなおし、すぐ近くで虫の息だったキツネの男の胸を一突きした。グヘッ!と鈍い声を漏らしたキツネは即座に息絶え、タカは走り出そうとした。
「もう充分です! これ以上はオーバーキルだ!」
完全な興奮状態に入ったタカは、見る者全てが唖然とするようなバーサーカー状態となっていた。軍刀の白刃には獣脂がベットリと張り付き、その脂を素振りで払ってから次の得物を探していた。
「代表!」
いい加減にしろと言わんばかりにエツジが叫んだ。
しかし、興奮状態になったタカは喚くように言った。
「まだ殺す! まだ殺す! まだ息の根を止めてない! まだ勝てる!」
そう。キツネの騎兵はまだ各所で脱出を試みて蠢いていた。
不運にも生き残ってしまった僅かな生き残りは、各方面からの十字砲火をかい潜り脱出を図らねばならない。死んだ兵士は情報を持ち帰らず、その生々しい情報が次の戦局を左右する。
だからこそ生き残った兵士は勝利を望めぬとなれば、最大限に脱出努力をするのが定石だ。そして、敵勢や戦闘能力を後方へ伝えねばならない。出来るものならその戦力を研究し、弱点を探さねばならない。
それ故、万難を排し鏖殺する事が必要なのだが……
「彼らは恐怖と狼狽を持ち帰る! 生き残りを作りましょう!」
エツジは情報屋らしい言葉でタカを諫め、その一言でタカは我に返った。気忙しく肩を上下させ、ハァハァと荒い息を吐きながら改めて周囲を観察した。
「……そうか。そうだな」
軍刀を振り払い鞘に収めたタカは、水筒の水を飲んで息を整えた。
その周囲には夥しい数の死体が転がり、まだ虫の息な者が助けを求めていた。
だが、この状態で助ける方法はエリクサー以外にあり得ない。そして、そんな高価な魔法薬はここには無いし、そもそもタカはその存在を話しにしか聞いた事が無いのだ。
「申し訳無いが……これで楽になってくれ」
腰のホルスターから浜田二式を抜いたタカは、そのキツネの眉間を撃ち抜いた。
自動拳銃である二式のスライドがオープンになり、全ての弾丸を撃ち尽くした事をタカは知った。そして、これで浜田二式がただのオブジェになった事も。
「……犠牲は?」
パッと見たところ、夥し数で死体が転がっている状態だ。ただ、その中にイヌの死体があるかというと、タカの目には映らなかった。
「敵兵は凡そ300を討ち取りました。ほぼ全滅で、重傷者はその場で処分し、軽傷者のみを捕縛しております。無傷の敵は皆無で逃げた騎兵は恐らく10騎ないし20騎程度でしょう――」
こんな時でもエツジはキチンとメモを取っている。
その姿勢にタカは舌を巻いた。
「――なお、味方の犠牲者は重軽傷あわせて8名で、とくに命の別状はありませんが、酷い興奮状態です。どこかでクールダウンが必要です」
文字通りの完勝……
タカはニヤリと笑ってからエツジの肩をポンと叩いた。
「勝ち戦ってのは良いもんだな。よし。アブドゥーラ殿に説明しに行こう」
返り血を浴びていたタカは顔の汚れを拭った後で歩き出した。その後にエツジやマコトが続き、その姿を見ていたアッバース家の者達が拍手で送った。
――――アッバース万歳!
――――ル・ガル万歳!
多くの銃兵がそう叫ぶ中、タカはアブドゥーラの前に立った。
「アブドゥーラ殿」
「あぁ。完勝だな…… 素晴らしい…… 良き哉…… 良き哉……」
アブドゥーラは涙を流しながら何度もそう繰り返していた。生々流転の日々を送ってきた彼ら砂漠の一門は、この日初めて凄まじい利権を手にした。
よりにもよって全てのイヌの故郷とも言うべき場所。このソティスの防衛を成し遂げたのだ。それも、ル・ガル最強集団の呼び声高いスペンサー一門の騎兵が手に余した存在を粉砕して……
「ですが、これで終わりではありません。まだまだやるべき事は山のようにありますので、気を抜くには早いです」
エツジは冷静な声でそう言った。
完膚無きまでに叩き潰されたキツネの騎兵は、再起を図り挑んでくるはずだ。
「そうですな。それにスペンサー家の方々も収容せねばならない」
アブドゥーラはボソリとそう漏らし、血生臭い戦場を眺めた。夥しい数の死体が転がる戦場は、本来ならソティス郊外にある市民憩いの場なのだから、後片付けも必要だ。
そして最も必要な事は、キツネの側の反撃に対する備えだ。もっともっと銃火器の数を増やし、銃兵の数を充実させなければならない。そして出来るならば、騎兵などとの連係戦闘を考慮せねばならない。
「……まずは報告するのが宜しいのでは?」
タカの近くに居たマコトがそう進言する。
それを聞いたアブドゥーラはサッと顔色を変え、緊張した面持ちで言った。
「太陽王陛下に奏上いたす。タカ殿。どうかガルディブルクまで同行されたい。事は一刻を争う。事と次第によっては――」
グッと奥歯を噛んだアブドゥーラは、一つ息を吐いて心を落ち着けてから空を見上げた。蒼天に輝く太陽は碧く気高く輝いていた。
「――ル・ガル国軍に正式採用されるよう働きかける。我がアッバースのみで独占する事は宜しからぬ……」
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
「では、その問題ってぇのは要するに……」
「リベラ殿の想像された通りでありましょう。もはや事態は我等アッバースの手に収まるものではございません」
タカと共に説明していたアブドゥーラは、硬い表情でそう言った。
街の掃討に始まり、その中で驚くべき兵器――銃――の実用化を成し遂げたヒトの知恵と経験と、何よりもアッバース家の献身的な努力。だが、その結果としてル・ガルは空前の国難を経験しようとしている。
「総勢17万騎と呼ばれるキツネの国と全面戦争でやすか……」
リベラは硬い表情でそう零した。発生した問題とはこれだと誰もが思った。
つまり、これから何が起きるか分からないから、全てを見て欲しい……
アッバース家のスルタンとして全てを預かるアブドゥーラは、ある意味でル・ガルにおんぶに抱っこなアッバース家をもう一度助けて欲しいと願い出ていたようなものだと誰もが思った。
「……ソティスで用意出来る戦力は?」
カリオンは薄笑いを浮かべ、アブドゥーラに尋ねた。総戦力の正確な把握は戦闘を左右する必須の項目だし、場合によってはル・ガル国軍全てを動員する必要性がある。
「銃兵総数で凡そ1200から1500の間。砲兵は凡そ60と言う所でしょう」
アブドゥーラでは無くタカがそう応え、全員の表情がグッと厳しくなった。実際に射撃を行って騎兵を殲滅させたシーンを見ていないのだ。率直に言えばその言葉を聞いた誰もが『全滅しかねない』と覚悟するような戦力差だ。
だが、そんな空気をかき混ぜるようにタカは素っ頓狂な事を言い出した。誰も予想すら付かなかった言葉だ。
「事と次第によってはキツネの国を亡ぼしてしまう可能性があります。国家を亡ぼさずとも正面戦力となる騎兵や歩兵を1人残らず鏖殺し、結果として国家が成り立たなくなる危険性があります。つまり、ル・ガルの衛星国家化せざるを得ないかも知れません。正直、少々迂闊でした」
全員が『はぁ?』と言わんばかりの表情になっている。
だが、タカを含めたヒトの一団とアッバース家の面々だけは、本気でそれを心配していた。モラルブレイクした兵士をどう収容するかについて頭を抱えているのだった。