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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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魔法発火式火縄銃 その5

~承前





 ――6――






 衝撃的な銃兵のデビュー戦から3日後。


 アッバースの銃兵隊は拡大訓練を重ね総勢で一個連隊規模に発展していた。ただ、ここで残念なのはソティスの生産能力が限界に達してしまい、銃火器総数が1000に満たないと言うことだ。


 現状、ソティスの街はその総力を上げて銃火器の生産に取り組んでいる。街の加治屋だけでなく鋳掛け師までをも動員し、更には彫金師といった妻物細工の職人までも巻き込んで……だ。


 小さな鍛冶屋のコンパクトな炉は24時間炎を絶やすことなくフル操業が続いている。そして、型抜きからプレス加工と言った一連の作業が出来ない以上、銃の安全装置などは全て彫金師による削りだしとなる。


 マジカルファイヤ方式なのだから引き金には何の意味もないと思われがちだが、実際には俯角に構えても実包が零れ落ちないよう抑える役目を与えられている。


 そんな複雑な構造故か、ソティスの街で生産される銃は、全ての工場が全力操業と続けたとしても、1日辺りで20丁を仕上げるのが限界だった。その最大のボトルネックは、動力なく全て手仕上げで誂えられる銃床部分の木工行程なのだった。


「将来的な展望として、大規模な国営工廠を設置したいですね」


 ソティス東部の草原地帯に陣取っているアッバース銃兵隊の面々を前に、タカはそう漏らしていた。現状では銃一丁に歩兵6名の勘定であり、兵士は交代で銃火器取扱習熟訓練を重ねていた。


「工廠とは……()()()ですかな?」


 タカに並び様子を眺めていたアブドゥーラは、聞き慣れない工廠と言う単語を復唱していた。


 世界に冠たる大帝国ル・ガルとは言え、その工業力は未だに家庭内手工業のレベルを脱していない。広大な敷地に広く大きな上屋を備え、各部門を効率的に配置した大規模な工廠を作るまでに至っていないのだ。


「そうです。工場ですよ」


 ……()()()()()()()()の違い。


 それを理解するほど工業的な発展をこの世界はまだ経験していない。

 そんな世界にヒトの知識を持ち込めばどうなるか……


 エツジやマコトはそれを危惧していた。基礎的な工業知識無く、また、痛い思いんして学ぶ失敗の経験もなく、ただ単純にヒトの知識だけで結果のみを貪る様に吸収する世界……


 やがてそれは『ならば全てヒトがやれ』となりかねない。そして、ヒトだけが使い潰される時代が来るかもしれない。そんな時代は歓迎しかねるのだが……


「まぁ、それはおいおい考えるとして――」


 アブドゥーラがヤタラに上機嫌だ。

 誰もがそんな事を思っているのだが、実際それもやむを得ない話だ。

 なぜなら今日は……


「――まずはコレの試し撃ちが重要ですな」


 破顔一笑にいうアブドゥーラは逞しい砲身を手で摩りながら言った。

 実に100匁に及ぶ大口径砲弾を放つマジカルファイヤ方式の野砲だった。


「動く標的への砲撃はまず当たるものじゃありませんし、引き付けての砲撃では外したときに対処できません。従って『なに、問題ない。死ぬだけだ』


 砲術の指導を行うつもりだったタカだが、アブドゥーラは事も無げにそう言いきって笑っていた。およそ正気の沙汰とは思えない話だが、アッバース歩兵にしてみれば、死は常に隣り合わせにあるものであり、死ぬのはある意味当たり前の事なのだった。


 だが『はい、そうですか、解りました』と了見するほどタカは擦れちゃいない。凡そ物量で劣る帝国軍人は、人的資源の減耗に無頓着でなど居いれない。何より、あの秋山参謀の残した『百発百中の一門。百発一中に勝る』の言葉が帝国軍人を支えているのだ。


「死んで花実は咲きませんよ。まずは生き残らねばなりません。その為にも……」


 思わせぶりに切り出したタカ。アブドゥーラを含めたアッバースの面々が一斉に『その為に?』と聞き返してくる。それを確かめ、タカは自信たっぷりに応えた。


「ただ訓練あるのみであります」


 そう。それこそが軍人の軍人足る部分なのだろう。訓練に訓練を重ね、その状態が普通になるまで訓練を重ねた結果だ。そして、その状態に疑念を挟まなくなるまで思考を矯正されてしまった。


 言うなれば強烈な思想統制と思考のパターン化を推し進められ、結果としてタカは純粋な軍人的思考に染まっていた。つまり、結果のみを追い求め、それについて純粋に努力するのだ。


 その過程で自らが被る苦痛や苦労と言ったものを一切考慮せず、タカは文字通りに結果だけを追い求める。戦術的な勝利。或いは戦略的に必要な結果だけを追い求め、その過程の犠牲を一切省みなくなっていた。


「……ヒトという生き物は空恐ろしいな」


 アブドゥーラの隣に居た男がボソリと呟いた。

 彼らアッバースは血の結束とは言え、そこまでする者は珍しいのだろう。


 だが、列強と鎬を削り続けた大日本帝国の軍人は、銃後の国民を護る為とあらば修羅にも徹するのだ。そして、その果てに彼らはたったひとつしかない自らの命を差し出してまで戦果を求める自爆攻撃を敢行し、果てる事を選択するのだが……


「訓練に次ぐ訓練により練度を高め、必殺必中の一撃を持って敵徒を粉砕し、持って自らの安寧と国体の護持を図るべし。これは私が生きた時代における共通した認識でした――」


 タカは胸を張って言った。


「――それこそね『一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ』と我等は教育されたのです。ただ、そこで死ねとは教えられませんでした。だって、死んでしまってはその次に誰が国家を守るんですか?」


 謎かけ問答のように続けたタカは、それでも笑みを絶やす事無く続けた。それこそ、ちょっとした独演会状態となっているのだが、それを意に介す事無く続けて言った。


「軍務にある者は国家と国民の為に粉骨砕身努力すべし。その認識は全く間違っていませんし、全く持ってその通りであります。だからといって命を粗末にして良い訳では無いんですよ。訓練を重ね上達した兵士は、強い国家の賜物です。ですからその兵士は次の兵士がちゃんと育つまで、おいそれと死んじゃいけないんです」


 努めて平滑な言葉を使い、解りやすくを心掛けたタカ。

 それを聞いていたアブドゥーラだけで無く、多くの者が頷いていた。


「その通りだな……」

「ヒトの教えは本当に役に立つ」

「訓練を重ねられるのは強い国家の賜物……か」


 アッバースは面々が感嘆している中、ちょっとした野砲レベルな100匁大筒の射撃準備が整ったらしい。


 いつの間にが射撃教範指導官となっている中隊長は、砲口より押し込んだ巨大な実包を巨大な槊杖で奥へ奥へと押し込んでいる。後は着火させるだけなのだが……


「警報! 警報! 遠方より騎兵来たーる! 友軍騎兵に見えーり!!」


 長大な射程を持つ野砲ともなれば、その見張りも重要だ。

 だが、その見張りが最初に報告したのは、遠方よりやってくる騎兵の一団で、そのどれもが返り血を浴びた凄惨な姿だった。


「……あれは」

「スペンサー家の一門ですな」


 ボソリと漏らしたタカの言葉にアブドゥーラがそう応えた。

 遠方より血相を変えてやって来たのは、スペンサー家の機動兵団だった。


 ――――……ッバース殿!


 遠くから聞こえてくる声には悲鳴染みたモノが混じっていた。


「アッバース殿!」


 凡そル・ガル東方部において比肩する者なきスペンサーの一門は、他家を呼ぶのに殿を付ける事すら滅多に無い。少なくともこの場合においては『アッバース一門の方々』と表現するだろう。


 だが、遠方よりやって来たスペンサー家を預かるドレイク卿は、顔色を変えてそう叫んでいる。アッバース殿という表現は、少なくとも対等かそれより微妙に下からの物言いと言って良いのだった。


「如何された! スペンサー卿!」


 アブドゥーラは僅かに漏れた喜色を飲み込みそう叫んだ。少なくとも、それまでのアッバース家は公爵五家の中で末席的な扱いを受けていて、他家より形式的以上の配慮を受ける事など一切無かった。


 それ故か、アブドゥーラの振る舞いには『ざまぁ!』的な侮蔑の色が滲み出ていた。スペンサー家に対するあれやこれやのヤッカミだけで無く、歴代アッバース当主が為し得なかった実績への自負だ。


 アッバース一門の中でも最弱小家であるサルマン出身の人間が為し得た事への自負と優越感。それは他の公爵家へのものだけで無く、アッバース家の中での手柄争いでもあるのだろう。


 ――――やばいところへ首を突っ込んだな……


 思わずそう考えたタカだが、アブドゥーラの顔には隠しきれない喜色があった。

 しかし、そんな喜色の笑みはドレイク卿の一言で一瞬にして消え去った。少なくともそれは、スペンサー家が背負っていたモノを前に、だらしなく腰を抜かし掛けた様なモノだ。


「ここへキツネの機動兵団がやってくる! 戦線を整理中だ! ソティスの城壁内側へ待避されたい! 騎兵では歯が立たない!」


 ――――…………騎兵では歯が立たない


 それは、少なくともル・ガルの常識において言えば、手持ち戦力では対処不能と同じ意味を持つ言葉だ。そしてもっと言うなら、如何なる戦力を持ってしてもアレは撃退できないのだと宣言するに等しい。


「承った!」


 誰もが総毛だった様な顔をする中、今度はタカが喜色溢れる顔になってそう叫んだ。そして、アッバースの面々がたじろぐ中、タカは恩賜の軍刀を抜き、天に翳して叫んだ。


「砲列展開! 射線前方100リュー! 黄色に塗られた実包を装填せよ! 瞬発榴弾だ! 砲戦よーい!」


 まだ火を噴かぬ野砲を使い基礎的な訓練を積み重ねてきた兵士達。

 彼らはタカの指示を素直に聞き、横一列になって砲列を展開すると、砲身に仰角を取らせる事無く、水平発射の準備を進めた。


「砲撃距離は100リューを切ってからだ! 着弾までの時間差を考慮せよ!」


 タカは砲兵隊を指揮する気分になっていた。しかし、百戦錬磨な皇軍砲兵では無く、素人に毛の生えた程度の低練度な兵士達に何が出来るのか……。その不安はタカの心の奥底に蠢いている。


 故に、こんな時こそ士官は立派な上官を演じねばならない。的確な判断と指示とを同時に行い、兵を指揮して勝利を手にするのだ。


「きっ! きたっ!」


 それは、アッバースの兵達が初めて目にするモノだった。覚醒者が変身した巨人のような姿だ。大木を加工して作ったと思しき棍棒を振り回し、スペンサー家の騎兵を追跡しつつ、後方から攻撃していた。


 通常、逃げる騎兵に駆け足で追いつくなど無理な相談だ。だが、覚醒した者達は余裕綽々に騎兵に追いついている。そして、全く無防備な背中に向け、棍棒を振り下ろしている。


「なんて事だ……」


 アブドゥーラですらも息を呑むその凄惨な光景に、アッバースの兵士が言葉を失った。そして、砲兵の全員が『逃げましょう!』と言わんばかりの顔になってタカを見ていた。だが……


「フッ…… ハハハ…… フハハハハハハハ!!!!」


 いきなり大笑いしたタカは、抜き身の軍刀を前へと振り下ろし叫んだ。

 誰もが恐怖に狂を発したと思ったのだが、その予想とは全く異なる言葉だった。


「バカめ! アレでは撃ってくださいと言わんばかりでは無いか!」


 そう。覚醒者達は騎兵に一撃を入れ馬を崩した後、落馬して蹲る騎兵を真上から叩き潰すようにしている。凄まじい速度で走ってきた覚醒者も、足を止めてしまえば巨大な的に過ぎない。


「狙うは首の付け根辺りだ! 着弾まで一瞬の間がある! 慎重に狙って撃て!」


 それは、恐慌状態だった砲兵諸君の後頭部を殴りつける様な言葉だった。少なくともマジカルファイヤ方式の銃で練習してきた彼らは、砲の照準というモノに関して一定の知識と経験がある。


 故に彼らは、半ばルーティンとしての行動で砲の狙いを定め、射撃する体制に入っていた。あとは着火魔法を使うだけとなり、『砲戦準備良し!』を叫んだ。


 ――――いけるっ!


 その瞬間、タカは勝利を確信した。

 そして、尚も走って来ては騎兵を叩き潰す覚醒者達を見ていた。


 ――――お前達は断末魔の絶叫をあげる間も無く死ぬのだ……


 勝ち誇った様に振る舞っている覚醒者達は、笑いながら棍棒を振り下ろす。

 その都度に血飛沫が飛び散り、叩き潰された騎兵が鈍い声を漏らす。だが。


「ってぇ!!!」


 軍刀を振り下ろしながらタカは叫んだ。その白刃に太陽の光が一瞬煌めいた。それを見ていたアッバースの面々は、砂漠に踊る雷光のようだと思った。そしてまるで雷名のような轟音が辺りに響いた。


 その音と光との鮮烈な衝撃が過ぎ去った時、彼らが見ているのは上半身が吹き飛び、腰辺りから臓物を溢れさせつつ崩れる覚醒者の下半身だった。木こり達が働いた後の山に残る切り株のような、そんな死体が各所に拡がっていた。


 呆然とした表情でそれを眺めている覚醒者達は、足を止めて理解不能なその光景を眺めていた。何が起きたのかを理解せぬまま、彼等は次を浴びる事になる……


「次発装填急げ! 完了した砲から順次各個射撃始め! 射手は3列横隊展開!」


 こうなると砲兵達は面白がって準備を始める。そして、砲声が平原に響く都度、各所で上半身を吹き飛ばした覚醒者の下半身が残った。やがてその平原から動く者が居なくなった時、そこへキツネの騎兵が姿を現したのだが……


「飛んで火に入る夏の虫とはこのことよ! 砲に仰角を付けろ! 効射力始め!」


 榴弾とは柘榴(ざくろ)の如き弾を意味する。つまり、熟れて割れて炸裂する柘榴の如く、着弾すると同時に砲弾の中を炸薬で弾けさせ対象物を破壊する。そんな榴弾が密集して掛けてくるキツネの騎兵に上空から襲い掛かった。


 この世界に初めて発生した圧倒的な砲戦による対象破壊。だが、その顛末は予想外の事態へと繋がるのだった……

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