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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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魔法発火式火縄銃 その4

~承前






 ――5――






 それは、全くの偶然というべき出来事だった……


「代表! あれを!」


 声を嗄らして叫んだエツジは、はるか彼方に見える砂塵を指差していた。

 古都ソティスの西側。ヒトの街である茅街へと続く街道――ゼルの道――の彼方に濛々たる砂塵が見えたのだ。


 教導団として編成された臨時の射撃小隊に基礎射撃術を伝授してから1週間。

 彼らを中心とした射撃大隊は凡そ150名の規模で編成され、ソティス郊外で実戦的な射撃術を学ぶべく訓練を重ねていた。

 アッバース家の歩兵から選抜された彼らは魔術制御に関して素質高い者ばかりであり、既に個人射撃に関しては全く問題無いところまで上達していた。


 ただ、それは平時において的に向かい射撃する事のみ。

 移動体に向けての射撃など訓練無しに当たるモノでは無いし、見越し射撃や動態予測射撃と言った高度な射撃術を学ぶには、まだまだ至らない点ばかりだった。


 ……やばい


 その砂塵を見たヒトの誰もがそう思った。

 統制の取れた防御射撃術や侵攻型射撃展開などは何も教えていない。

 要するに、まだまだイロハのイのレベルでしか無いのだ。だが、ここで防御戦闘を行わない手は無い。恐らくだが、ヒトの拠点として存在する街に再びの危機が起きている。故に、ここで撃退しヒトの街へ前進展開するのが定石だろう。


「なんだろうな……」


 腕を組み厳しい表情になっているギンは奥歯を噛み締め地平線を睨んだ。

 しかし、そんなヒトとは全く異なる反応を見せた者達がここに存在した。


「良い機会だ! 実戦で使ってみようと思うのだがどうだろう?」


 荒れ地での訓練だというのについて来たアブドゥーラを含め、アッバース各氏族の長が勢ぞろいで集っていた。そしてその誰もが薄ら笑いでそれを眺めていた。


「一回の実戦は百回の訓練に勝ると言い申す。ここで死ぬ事に些かの躊躇いもござらん。我等アッバースの者は戦で果てる事を何よりの美徳としており申す。さすれば……」


 汲々と訴える眼差しで大隊長がそれを求めた。ジンと名乗るその男は、濃い茶色の体毛を純白の衣装で覆った、文字通り砂漠の民だった。


「……そうですね」


 タカは不安を心の奥底に圧し隠し、振り返ってマコトを呼んだ。


「双眼鏡は持ってきたよね?」

「えぇ。それで見てるんですが――」


 この世界におけるヒトの世界の利器は、基本的に落ち物と呼ばれている。それらは文字通り、この世界に落ちてくる事が多い。その落下物が武人の蛮用に耐えうる代物であれば、落下の衝撃を受けて尚じゅうぶんに実用出来るケースが多い。


 だが、こと光学兵器ともなると、それは途端に難しくなるのだった。そしてこの双眼鏡に至っては、プリズムなど繊細な調整を要する微細精密機器の頂点と言って良いだろう。

 定盤などの平滑作業台は望むべくも無く、マイクロメーターやノギスと言った精密計測機器など有ろう筈も無い。そしてどころか、そもそもの定規や秤といった基礎的計測装置ですらも冗談のような誤差を許容されてしまうのだ。


「――もうちょっと調整したいところですね」


 マコトは莫大な時間を掛けて7×50の船舶向け双眼鏡を調整してきた。いまではだいぶ誤差無く像が見える様になったが、それでも僅かに左右の軸がずれているらしく、像が2重に見える部分があった。


「で、何が見える?」

「そうですね……」


 マコトはそれ以上の説明無く、タカに双眼鏡を手渡した。

 日本光斈の文字が入った双眼鏡は、どうやら帝国海軍の艦艇向け双眼鏡らしい。


「……あれは?」


 首を傾げたタカだが、その直後に雷で打たれたかのように身体を硬直させた、すぐさま振り返って大声を張り上げた。

 緊迫した表情に全員がグッと気を入れた。どうやらやる気になったらしい……と全員が腹を括った。


「全中隊! 実包装填! 射撃段列3段3列! 第2列第3列射撃後に第1列の再斉射を行なう! 再装填を手際よくやれ! 膝射と立射は前段の頭を撃たないように注意しろ! これは実戦だ!」


 緊迫した声に弾かれるように全員が実包を装填し射撃段列を整えた。今まで彼らがやっていたのは、即応射撃訓練と呼ばれる歩兵の射撃戦術講習だ。三段重ねの射撃列を3列用意し、1列目が打ち終わったら2列目が前進して射撃する。それが終れば3列目が前進し、再び射撃する。


 火縄銃による迎撃戦術の華が長篠の合戦で用いられた馬防柵による防御射撃戦闘だとしたら、この戦術はキャタピラーの様に順次前進しつつ射撃を行う侵攻射撃戦術の粋だった。


「発砲は斉射で行なう! 勝手な発砲はするな! 相手の目の白黒が見える距離まで我慢しろ! 絶対に戦列を崩すな! 味方に撃たれて即死だぞ!」


 タカは腰の2式自動拳銃を抜いた。浜田式の大型自動拳銃は8ミリ弾を使用する高威力な代物だ。だが、獣人相手に効くかどうかと問われれば、さしものタカも『微妙』と応えざるを得ない。


 頭蓋を打ち抜き脳を破壊すれば死は免れないが、そもそも拳銃で頭蓋を打ち抜くには至近距離での射撃が欠かせない。銃身短く掌中で暴れる拳銃では、ロングディスタンスの命中精度など推して知るべしだ。


「……なんだあれは?」


 接近してきた集団を見たアブドゥーラが首をかしげた。

 砂漠の民では今まで一切接点の無かった種族がやって来たのだ。


 それは頭蓋に立派な角を持つ一族。

 茅街から山並みを越えた向こう側に集う種族。

 カモシカの一族が馬上に跨りやって来たのだ。


「本来ならば我らの友邦国と言ってよい存在。カモシカの国の一団です」

「然様か。ただ、ここはル・ガルであるからして、撃退する事に変わりは無い」


 タカの回答にアブドゥーラは殺意を漲らせて応えた。そんな殺意の発露に感化されたのか、兵士達は薄笑いを浮かべて射撃段列を完成させていた。


「第1列! 射撃準備良し!」


 第一列目に並んだ兵士達は実包の装填を終えて声を上げた。

 3段重ねになった射列は横に50人からが並ぶ壮観なモノだ。

 つまり、1列目の斉射では150発余が襲い掛かる事になる。


 ――手加減は無用だが……

 ――同情くらいはしてやっても良いな……


 ふと、エツジはそんな感慨を持った。

 その視線の先には2列目3列目がスタンバイしているのが見えるのだ。


「……しかし――」


 エツジと共に見ていたマコトはポツリと呟くように言った。


「――あれは敵だろうか?」


 その一言にタカはグッと表情を硬くした。

 仮にカモシカが敵であれば、茅街を襲ってからソティスに来る理由が無い。

 略奪の限りを尽くしたならば、あとは早々に引き上げるのがセオリーだ。


「まぁ 理由はなんでも良い。事前に連絡無く来訪するなら……」


 アブドゥーラの言葉が続いていたとき、彼方の一団が槍を構えた。

 敵なのは間違いないとタカは確信し頭上にかざした2式の引き金を引いた。


「構えッ!」


 鋭い銃声と共に発した一言で全員が狙いを定める。照星と照門の延長線上にいる騎兵の命は、鉛色の礫によって握り潰されようとしている。

 だが、それをせねばこちらが死ぬ。そのギリギリの状況になったときこそ、兵士の胆力が試されるのだ。


「まだだ!」


 馬防柵の無い状況でグッと待ち構えるのは相当な胆力を要する。

 油断すれば下着の中にホカホカのどでかい奴を爆撃しそうに成りつつ、歩兵科諸兵はグッと奥歯を噛んでタイミングを待った。


「まだ撃つなよ! まだ早い!」


 ……もう撃たせろ!


 そんな空気が銃列の中に沸き起こっていた。突進してくる騎兵の迫力は言葉では言い表せないものだ。だが、タカはグッと奥歯を噛んで接近するに任せていた。


 6匁弾を放つ火縄銃の有効打撃距離は凡そ100メートルと言われている。それ以上の距離では有効打になり得ず、殺傷力も乏しくなる。だが、アッバース諸兵の構える銃は10匁を僅かに超える直径20ミリ近い大口径火縄銃だ。

 相対的に火薬量も多く、その威力は厚さ3ミリの鉄板を距離80メートルで貫通せしめる物だった。


「胸甲無し! 甲冑無し! 衣服のみで裸同然だ! あと一息!」


 それをカモシカ諸兵の油断と誹るのは間違いだ。少なくともこの世界の戦において、銃火器の集中運用など未だかつて一度も行われた事が無いのだ。


 ――よしっ!


 タカはニヤリと笑って二式を前方に突き出した。そして、狙いを定めつつ大声で叫んだ。それは、この世界に初めて降り立った無慈悲な死神の笑い声だった。


「放てっ!」


 その一言と同時、凄まじい大音響で一斉に紫煙が上がった。実際、あと一息は遅いタイミングでの射撃指示が望ましいと言える。だが、マジカルファイヤー方式では発射までのタイムラグが大きいのだ。


 事実、一秒未満ながらもタイムラグをおいて射撃が行われ、それと同時に初速300m/sを越える銃弾がカモシカの騎兵に襲い掛かった。獣人の膂力や身体能力がどれ程高かろうと、生物の生理的限界を越える代物が一斉に襲い掛かったのだ。


「……………………ッウ!」


 鈍い声が一斉に響き、馬列の前に居た騎兵が落馬したり、或いは馬が馬脚を乱して一斉に崩れた。そしてそれが後続の障害となり、突撃衝力を最大の武器とする騎兵の突撃が一瞬弱まった。


 ――ヨシッ!


 溢れる愉悦を噛み殺したタカが指示を出す前に、二列目にいた射撃段列が前進して最前列となり構えた。あの関ヶ原で島津勢が見せた中央突破戦術の根幹。繰り出しと呼ばれる射撃段列の前進展開攻撃が完遂されたのだ。


 その一連の動きは見事に統制の取れたもので、訓練の賜物だとタカは思った。ただ、そんな思考とは裏腹に、銃を構えていた歩兵達の反応は予想と全く異なるものだった。


「嘘だろ……」


 誰かがそう呟いた。

 それは、この世界において全く持ってエポックメーキングなものだった。


「歩兵が騎兵を止めたぞ……」


 そう。通常ならば歩兵は騎兵に蹂躙される兵種だ。

 逃げ惑う歩兵を後方から槍で突いて殺して歩くのが騎兵という兵種だ。


 他の兵科では太刀打ちできない突進力や突撃衝力をもって防御戦を粉砕する。或いは、四散した敵兵を高機動力で追跡し、掃討して歩く兵種なのだ。故に歩兵が騎兵に対抗する術はひとつしかない。


 城塞など堅牢な砦に籠もり、弓矢を使用して高い所から攻撃する。それが出来ない平原における戦闘ならば、歩兵はただただ蹂躙させる事に甘んじなければならないのだった。だが……


「無傷の者を狙え! 構え!」


 負傷者の応急救護には人手を取られる。だが、重傷者と死んだ者は捨て置かれるのが戦場の定め。それならば無傷の者を狙うのもまたセオリーだ。


 しかし、そんな言葉とは裏腹に、アッバースガンナー達は仄暗い欲求を抑えきれずに狙いを定めていた。誰かがボソリと呟き、それは細波のように段列の中を伝播し、最終的には多くの歩兵が叫んでいた。


「騎兵を殺す! 殺してやるぞ! 騎兵を! 騎兵を! 騎兵を!」


 全く合理性のない叫びだったとしても、そこに潜むのは劣等感から解放された被抑圧者達の魂の叫びだ。そしてそれは、立場の逆転だとか革命的な変化だとかそう言ったものでは計り知れないパラダイムシフトの到来だった。


「良いかっ!」


 タカが叫んだ。アチコチから『オー!』の声が帰ってきた。


「放てっ!」


 2斉射目が放たれ、再び鈍い叫び越えが騎兵の間に響いた。それと同時、3列目に居た者達が『早く撃たせろ!』と前進していた。そしてその後には、早くも次弾を装填した1列目が待機していた。

 繰り出し射撃による前進攻撃。それは従来の直接攻撃兵器や投射兵器では太刀打ちできない、圧倒的な殺戮の現実を突き付けた。そして、それから逃れる術はひとつしかない事を彼らは認めざるを得なかった。

 そう。馬の首を返し、一目散に逃げる事だ。本来なら蹂躙すべき対象である歩兵に背中を見せ、騎兵が逃げるしか無いのだ……


「天網恢々! 逃すな! 構え!」


 タカの声が再び平原に響いた。騎兵は各所で足を止め、救護などに動いていた。

 銃を知らなければ、それもやむを得ないだろう。とにかく仲間を見捨てない事こそが重要なのだ。しかし、そんな博愛の精神が次の犠牲を産む事を、ヒトは第1次世界大戦前夜の戦争で経験している。

 そして逆説的に言えば、まだそれを知らぬ者達の博愛行動こそ、新たな犠牲者を生み出し勝利をたぐり寄せる重要な一手であると知っているのだった。


「放てッ!」


 3斉射目が一斉に放たれた。150発ずつ放たれた銃弾も3回目となると無傷の者を探す方が難しくなる。直系20ミリ近い軟体弾頭はダムダム弾のような効果を生み出し、甲冑どころか胸甲すら無い騎兵は各所で即死していた。

 そして、不幸にも即死を逃れた者は、まだ生きている事を後悔しながらも仲間に殺してくれと懇願していた。体内深部を徹底的に破壊しながら貫通する鉛の弾丸は効率よく犠牲者を生み続けるのだった。


「第1列! 第2列! 装填完了した者から散開し突撃せよ! 掃討戦だ!」


 それは、全く訓練になかったアドリブな展開だ。だが、アッバース諸兵らはそれを理解し、散開しつつ動きを止めた騎兵の中に飛び込んでいった。


「上手く行きましたね」


 笑顔でそう言ったタカ。

 それを聞いたアブドゥーラは、破顔一笑に言った。


「騎兵の時代は、今日終わりを告げ申した。これからは……歩兵の時代です」


 その言葉にアッバース諸氏族の長が笑っていた。

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