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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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魔法発火式火縄銃 その3

~承前






 ――4――






「……ですから、例の発煙筒に着火できる魔術の使い手を数人、派遣して欲しいのですよ。なに、大した事じゃありません。安全は保証します」


 アッバース家の本陣にやって来たタカは、着火魔法を使える者を貸して欲しいと願い出た。ただ、何をさせるつもりか?と言う部分で、アッバースの面々も訝しがっているのが実情だった。


「何をさせるおつもりか?」


 一族を預かるアブドゥーラは露骨に警戒しつつ、そう問うた。

 風の噂に聞けば、スペンサー家は旗色をいっそう悪くしており、減耗率は5割に達するとかどうとか。場合によってはキツネの一軍をやり合う可能性もあるのだから、兵士の減耗はどうしたって避けたいところだ。


「……もしかしたら世界を変えてしまうかも知れない代物の実験です」


 タカは全く悪びれる様子無く、堂々とそう応えた。

 しかし、その言葉を聞いて『はい、そうですか』と了見出来るほど、アブドゥーラも場数を踏んでいるわけでは無かった。


「……世界を変えると言われるが……それはどのような代物ですかな?」


 警戒の度合いがいっそう大きくなった。

 タカに同行していたエツジは僅かに顔色を変えた。


 ――――タカさん……


 率直に言えば、エツジから見たタカは交渉が上手では無い。いや、もっと率直に言えば軍人らしい要約が行き過ぎた、交渉下手の類に属している。


 肝心な部分まで要約してしまい相手に警戒ばかりを抱かせ、その実像を見せる事は秘匿意識から全くと言って良い程に無い。正直、ネゴシェーターとしては失格なんてものじゃ無かった。


「……それについては僭越ながら手前がご回答申し上げます」


 エツジは胸に手を当てて頭を下げた。

 タカの眉がピクリと動いたが、そこに口を挟む前にエツジが切り出していた。


「ヒトの世界にある銃という武器。アッバース家の方々も一度はご覧になってるかと存じますが――」


 エツジはまずアッバースの面々にサーブを打ち込んだ。

 一瞬、鳩が豆鉄砲でも喰らったかのような顔になったアブドゥーラ。

 しかし、その直後に僅かな首肯を見せた。そしてエツジは表情を若干緩めた。


 ――――釣れた!


 相手の意識がこっちを向いた。或いは、話に興味を持たせた。

 ここまで来れば、後はこっちのペースに引きずり込むだけだ。


「――アレと同じものをここで作る事は不可能です。ですが、それに準じる……いわば銃に至る課程で生まれたものを。そう、ヒトの世界における銃の発展の過程で作られた初歩的なモノであれば……と、試しに作ってみたのですが……」


 エツジの言葉を聞いていたアブドゥーラは『あっ!』と言葉を漏らし、エツジを指差しながら言った。


「火を着けることが出来ない……と、以前聞いた事がある」


 公爵家の当主ともなれば、銃の仕組みについて多少なりとも知識を持っている。

 銃なるカラクリは薬莢なる金属の筒に火薬と言う火の着く砂を収め、その尻を叩く事で発火せしめて礫を飛ばす仕組みだ。


 ただ、その薬莢の尻を叩いて発火させる仕組みは、この世界の技術では再現が難しいのだという。それ故、仕組みは解っていながらもヒトは銃を作り出せない。

 それがこの世界の支配者階層に横たわる銃の知識の要諦だ。だが……


「ご賢察の通りです。銃を動かすカラクリは幾らでも拵えることが出来ますが、銃の核心と言うべき弾を飛ばす火の着く砂を着火させる技術が無いのです。ですから我々は、そのカラクリを魔法で出来ないかと考えたのです」


 ……魔法で火を着ける。


 その画期的な発想は、この世界におけるヒトの誰もが持ち得なかったモノかも知れない。あるいは、着想はあったとしても実現出来ない部分かも知れない。


 この世界へ落ちて来たヒトは魔法を使うこと能わず、その子の世代や孫の世代でも魔法は使い得ない。そもそも、この世界に生まれ育ったイヌやそれ以外の種族とて、魔法を使うには才が求められる。逆に言えば才無き者は幾ら教育しても使うこと能わぬのだった。


「……諸君らはスペンサー家の騎兵団が後退中なのを承知しておるか?」


 アブドゥーラはいきなり難しい問題を切り出した。

 だが、それを聞いたエツジは隠しきれない愉悦の笑みを浮かべて言った。


「勿論承知しております。そして、騎兵の持つ武器では覚醒者に対抗し得ぬ事も把握しております。ですから……」


 ニヤリと笑ったエツジはタカを見た。

 ここから先は、茅街の代表とアッバースを預かる公爵家当主の政治的な折衝だ。


「……もし人員を割いて我々に協力していただけるなら、我々はその新たなる技術を用いて覚醒者を撃退せしめ、あわせてキツネの騎兵団を全て包囲殲滅せしめてご覧に入れましょう」


 ……包囲殲滅


 それは、この時代における戦の常識とは大きく異なる戦術だ。

 包囲したうえで降伏を勧告し、武装解除して家に帰す。

 そして、それを繰り返して領土の蚕食を行うか、或いは奪回を行うものだった。


 だが、包囲した上で殲滅してしまうのは滅多に無い事だった。

 殲滅と言ったところで僅かな生き残りはどうしたって出るもの。その生き残った者が憎悪を募らせ帰国したなら、その反撃はひたすら苛烈となる運命だ。


 故に、戦の終わりはいつも唐突で、実際には終わりらしい終わりの無い馴れ合い合戦みたいな状態となることが多いのだった。


「……我等に恨みを買え……と?」


 アブドゥーラは手短にそう言った。ややご機嫌宜しからずと言った空気だ。

 しかし、そんなアッバースの主を前に、タカは笑いながら言った。


「恨みなど買うことは絶対にありません。何故ならたったの1人ですらも生き残らないからです。最後の一兵まで確実に殺しきる。そんな完璧な戦を。完璧な勝利を実現して見せましょうぞ」


 ――――…………カンペキナショウリ


 アブドゥーラの表情に暗い愉悦が混じった。

 それは、表に出さぬ鬱屈した劣等感の発露だった。


 どれ程汗を流しても報われない仕事を黙々とやって来た、アッバース家特有の口に出来ない苛立ちと諦観。そんな感情を吹き飛ばすだけの実績が。いや、実績では無くもっとはっきりとした解りやすい結果。つまりは『勝利』を約束するという。


「……タカ殿」


 アブドゥーラはタカの後に殿をつけた。 

 イヌがヒトを呼ぶ時に敬称を付ける事は滅多に無い。


 だが、アブドゥーラはそれをやり、アッバース家はヒトに敬意を示した。

 これはある意味、とんでも無く画期的な事だった。


「我々の行うべき活動とは何か、ご教示願いたい」


 その表情は鋭いナイフのようにギラギラとしたものだった。

 勝利に飢えた猟犬の眼差しだとタカは思った。


「ならばこれより、キツネの国の一団を包囲殲滅する戦術についてご説明申し上げまする。ただし、これは我々の行う実験が成功した場合のものですので……」


 そう。これより起こさんと欲する戦闘の肝は銃だ。

 マッチロック銃では無くマジカル発火式銃が実用に足る性能であること。

 これこそがこの戦闘の要諦だ。


「それについては心配ない。着火魔法ならば我等アッバースの歩兵全員がそれを使えるし、もっと大きな魔法も習得している者が大多数だ」


 アブドゥーラは胸を張ってそう応えた。

 砂漠の民だったアッバースの一門は、砂の海を横断する行商の末裔だ。それ故に厳しい環境に適応し、魔術を行使して生き延びる術を心得ている。


 言い換えるなら、魔術や魔法について不得意な者が生き延びられるほど、甘い環境では無かった。そうやって自然淘汰された彼らは、不可抗力として魔術に対する親和性の高い者達ばかりなのだった。


「それは心強いですな」


 ニコリと笑ったタカは迎撃戦術を切り出した。銃が使えない場合には矢を使う事になるのだが、それで覚醒者を撃退できるとは思えない。


 ただ、少なくとも先の都市掃討を見ていれば、歩兵の繰典と戦術については素人と言って良い状態だとタカは考えていた。あくまで騎兵を使った平面戦闘が主であったのだと思えるほどに……だ。


 だからこそ、タカはあの陸軍士官学校で教えられた平面戦術と騎兵などに対する迎撃戦闘の全てを開陳してアッバースにそれを伝授した。

 彼らの表情が一言一句毎に明るくなり、凶悪さを孕んだ獰猛な笑みを浮かべるのを内心でほくそ笑みながら……だった。






 ――――その翌日






 ソティス郊外の一角。

 渺々とした緑の平原に30名ほどのアッバース歩兵が集まっていた。

 彼らは各小隊から選抜された、発煙筒発火の実績がある者ばかりだ。


「これより特殊な兵器の使用に関する講義を行う。全員その場で真剣に聞け」


 灰色の長い体毛を持つ中隊長は、その一言で全員の集中力を上げた。ごく僅かな気の緩みで大怪我をしかねない兵器なのだ。集中させておくのは良い事だった。


「では、よろしく」

「承りました」


 中隊長に声を掛けられ、タカは良く通る声で切り出した。


「皆さんこんにちわ。見ての通りヒトです。タカと言います。お見知りおきください。これよりヒトの世界にある銃という武器の取り扱いについての実習を行いますので宜しくお願いします――」


 紋切り型ながらも、タカはまず挨拶から入った。

 人間の第一印象は最初の7秒で決まると言うそうだが、その7秒でいかに相手に良い印象を与えるかで今後が決まるのだとか。そして、その僅か数秒の間に最大効率で相手の心を掴む技術がある。それを大幅に略すと『笑顔』というモノになる。


「――これは空包というものです。この中に火の着く砂が入っていまして、3種類の砂をそれぞれの種類ごとに分けて収めてあります。皆さんは魔法を使い、その境目となっている繭膜を焼き払って下さい。その結果として……」


 その説明の傍ら、中隊長は銃口から実包を押し込み、グリップを頬に当てて狙いを定めた。全員が固唾を飲んで見守る中、中隊長は無詠唱で火神召喚を行った。その直後だった。


「ワァッ!」


 全員が一斉に悲鳴を上げた。

 中隊長が銃を放ち、50間ほど先にあった木の幹に弾がめり込んだ。


 ――――凄い!


 唖然としている中隊長を余所に、全員が目を輝かせながら見ていた。

 自分もやりたい!と、そう顔に書いてある状態だった。


「これは実包と言いまして、火の着く砂を火薬というのですが、その火薬の入ったこの空包の先端に弾が被さっていて、空包が燃焼すると弾が飛んでいきます――」


 淡々と説明するタカの言葉だが、それを聞く全員が息を呑んで聞いていた。

 それは、ヒトの世界にある必殺の兵器。銃その物だと気が付いたからだ。


「――まずはこれで練習します。空包は弾の部分、要するに礫の入って無いものです。この銃という兵器の先端から空包を押し込み、この槊杖(かるか)と呼ぶ棒で奥まで押し込みます。その上で――」


 一連の動きを再現しながら、着火する段階になった銃を中隊長に手渡す。

 タカは自分自身で発火させられないもどかしさを覚えつつ、安堵もしていた。


 ――――お前達がやれば良いだろ


 その言葉が一切無く、むしろやる気を漲らせている。


「――発火させる練習からしていきましょう。私には出来ませんが……」


 話を振るように中隊長を見たタカ。中隊長はニヤリと笑って言った。


「独特のコツが要る。見えないモノに火を着けるなんてのは全員がやった事無いだろうからな。仕組みを良く理解して、どこにどう火を着ければ良いか。それを理解して発火させろ」


 ただ、それは言葉で言うほど簡単なモノでは無かった。

 実際の話として、前日のウチにレクチャーを受けた中隊長とて、実際にまともに扱えるようになるまで3時間を要した。


 着火魔法の肝は、着火点に火が灯る事を出来るだけリアルにイメージする事だ。そしてそのイメージを実現させる為に、空気中に漂う火の精を呼び着火してくれと頼み込む。簡単な詠唱に込められた文言は、慣れれば無詠唱で済む代物。


 だが、要詠唱と無詠唱の間には、深くて大きな川が流れていた。つまりは、良き隣人達の存在を信じ切り、共存する事を選べるかどうか……だった。


「さぁ、空包は幾らでもあります。まずは銃に込める前に、目の前で着火させてみてください。それで着火できるようになれば……」


 そんなタカの言葉が続いていた時、まずは片隅に居た兵士がその目の前で空包に着火させていた。誰かが成功すればそれを真似するだけでいい。話しに聞いただけと目の前で再現される事には天地ほどの開きがある。


 事実、パンッ!と小気味良く弾けた空包の音に釣られ、アチコチでパンパンと空包が弾け続けた。辺りに硝煙の臭いが漂い、鼻が痛いとイヌ達が笑っている。それに釣られタカも笑うが、内心ではその適応力の高さに驚いていた。


「では続けて――」


 タカは銃に空包を押し込める実演をもう一度行い、今度は兵士達にそれをやらせることにした。槊杖の扱い方はやや独特なモノがあるからだ。強く押し込め過ぎてはいけないのだが、チャンバーとなる銃のそこまで確実に押し込める必要がある。


「――これは練習有るのみです」


 筒の奥にモノを押し込む。その練習を繰り返した兵士は、今度は着火に手間取り始めた。見えない部分にある空包に着火させる事が最も難しい。頭の中で着火させたイメージを正確に作りだし、それを再現してもらうのだ。


 全員が首を捻りながら練習を繰り返しているのだが、1時間もしないうちに着火させる者が現れ始めた。こうなるとやはり早く、僅か15分ほどで全員が着火する事に成功していた。


 ――――こりゃ凄いな……


 タカは半ば唖然としながら様子を伺っていた。銃に空包を押し込み、何度も着火の練習をしている様子は、まるで楽しそうに火遊びする子供と一緒だった。


 そんな彼らに統制の取れた密集射撃戦術を教え込まねばならないのだが、どうすれば良いのかと言う部分で方法論に頭をフル回転させていた。


「さて、皆さん優秀なのでここまでは私の予想よりも半分の時間できました。休憩を挟むべきとは思いますが、皆さん続けますか?」


 それが口から出任せなのは言うまでも無い。

 ただ、集中力が途切れると人が死にかねない危険なモノを取り扱っているのだ。


 だからこそ、タガの緩みはしっかりやらねばならない。緊張の糸を張り直させるだけで無く、集中力のギアを更に一段上げさせる努力を欠かさない事だ。


「講師殿。どうか続けてください」


 兵士の1人が手を上げてそう言った。

 それに続き、その場にいた全ての兵士が異口同音に続けたいと願い出た。


「参りましたね……皆さん、けっこう疲れますよ?」


 笑いながら言うタカだが、内心ではほくそ笑んでいる。

 全ては目論み通りに運んでいる。そう安心したところで、誰も責められまい。


「では次です。これは実包です。実際に弾が付いています」


 タカは全員に見える様に実包を掲げて見せた。

 薄紙でパッケージされた薬莢状の火薬袋に鉛製の弾がジャケットされている。


「これを空包と同じように銃の中へ押し込み――」


 再び槊杖でチャンバー部で実包を押し込んだタカ。

 その銃を受け取った中隊長は、膝射姿勢になってから狙いを定めた。


「――魔法で着火します。そうすれば……」


 再びダンッ!と鋭い発射音がした。

 数十メートル向こうにあった的となる板が真っ二つに割れて吹っ飛んだ。


「練習有るのみだ。夕方まで徹底的に練習するぞ」


 中隊長の言葉には、容赦の無い気迫があった。だが、それを聞く兵士達は誰もが笑顔だ。集中と夢中は違うモノだが、兵士達は夢中になって射撃を行っていた。

 そして、その日の夕方まで射撃の練習を続けた30名の兵士達は、それぞれの中隊へ帰ってから講師役となるのだった。黙ってそれを見ていたタカは、ル・ガルが持つ圧倒的な人的資源の厚さに、舌を巻いているのだった。

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