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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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魔法発火式火縄銃 その2

~承前






 ――3――






 思わぬ形で入手した硝酸カリウムと硫黄だが、それに木炭粉を混ぜる作業は実は相当困難である事が分かった。なにせ酸化剤と燃焼剤がそこに存在しているのだ。些細な振動で勝手に反応を始め、爆発的燃焼に及んでしまう。

 幾度も爆発事故を発生させているマコトとコウは軽くノイローゼ状態に陥っていた。試行錯誤を繰り返しつつ早くも2週間が経過すれば、嫌でも焦りが加速し始める頃だ。それが余計なストレスとなってプレッシャーとなって居るのだろう。

 ただ、そんな風にふたりが追い込まれつつあった頃、茅町へ戻っていたギンとタカは20名ほどの人選を終えてソティスへと戻ってきていた。正直に言えば意外な人選だった。


「こやいかん!」


 マコトとコウの研究室に入るなり、黒色火薬粉末を見たヒトの男がぼそりと言った。かつて茅町の責任者であった男。薩摩のジローこと長次郎の相棒というべき存在。イノこと伊之助だった。


「こや%&*#£☆〒♯☆……」


 そう。このイノも薩摩人だった。その関係で普段の会話が全く成り立たず、文字通りに異国人状態だった。

 何より江戸期の薩摩人なのだから、タカやマコト達の使う現代語ともかなり異なっている。ただ、この数ヶ月の間で茅町の危機を乗り越えたイノは、随分と言葉が変わっていた。


「イノさん!イノさん!」


 慌てて声をかけたタカ。

 イノはハッとしたような顔であたりをみた。


「すまないね。落ち着かないとダメだ」


 一息入れてからイノが切り出したのは、戦国期から連綿と受け継がれてきた、いわゆる玉薬の調合管理法だった。

 この伊之助は種子島流鉄砲術の継承者。そして、薩摩藩においては鉄砲奉行の一員だった。その男がきりだしたのは、黒色火薬が実際に玉薬となる迄の製造行程だった。


「こいが……じゃないな、これであとは乾燥させてやれば、玉薬は完成しもす。ただ、乾燥した状態でも力が加わると爆発しもす」


 やや興奮気味なのか、文末に微妙な薩摩弁の混じる伊之助。だが、酸化剤が最初から入っている仕組みの最も恐ろしいところを知るからこその興奮でもある。

 酸化剤混合型の火薬が持つ恐ろしさ。それは、些細な刺激などで勝手に発火し爆発することだ。

 実際、戦国期における玉薬管理でも自然発火は大問題だった。それ故、基本的には現場で最終調合するのが基本だ。


「自然発火させない仕組みが必要だな」


 マコトは真剣な表情で思案を始めた。その隣で腕を組み、コウもまた真剣に考えている。だが、ふと何かに気が付き、顔を上げて言った。


「そう言えば、これ、どうやって発火させる?」


 火縄銃であるからして、火縄式のマッチロックガンなのは基本線だ。

 この世界ではまだ雷奬を作ることなど出来ない。つまり、雷菅による打撃発火など到底不可能だ。ヒトの世界の銃が辿った進化もまた、この発火方法こそが最大の問題と言えた。そもそも火縄銃は、暴発が多すぎるのだ。


 火皿にまで火薬を満たし、そのすぐ上に火の付いた縄を置いておく。偶発着火を防ぐ手段は火皿の蓋一枚で、いつでも発火さる状況になる事をして、火蓋を切ると表現するくらいだ。


 そんな危険かつ不安定な状況を改善する為に考えられたのは、火縄の代わりに火打ち石を組み込み、着火させる方法だった。偶発的な発火による暴発の危険は大きく減ったが、発火の確実性は格段に落ちていた。


 ミニエー銃。シャスポー銃。


 そんな名前で世に登場した新世代のパーカッションライフルが普及するまでは、銃火器のオペレーション段階で既に死人が発生しかねない危険な武器だった。密集射撃を行おうとすれば、隣接する打ち手の火縄が爆ぜただけで暴発しかねない武器なのだ。

 つまり、安定した発火こそ、銃が銃たる最も重要な部分なのだが……コウはふと、そこに良からぬ発想を持ち込んでいた。


「火縄では……なにか問題がありしょうや?」


 不思議がるイノ。タカも『火縄銃だよね?』ともらす。

 しかし、ニヤリと笑ったコウは、唐突に笑いながら言った。


「魔法を使えないですかね?」


 その言葉を聞いた全員が『はぁ?』と、抜けた声を出した。

 してやったりの表情になったコウは、嬉々として続けた。


「装薬を硝石と硫黄とに分けておき、紙かシルクの繭かなんかで木炭粉末で包んでやって、その先端にプリチェット弾を被せておくんですよ。で、アッバースの歩兵諸君は銃を構え、撃て!の声と共に小さく簡単な――」


 身振り手振りを交え、コウは興奮気味に話を続けた。


「――それこそ例の発煙筒を着火させる魔法を使わせるんです。そうすれば、ヒトは前線に立たなくても済むし、彼等は圧倒的な攻撃力を手にする事になる。そして、イヌの軍隊は文字通り、世界最強です」


 ……あっ!


 全員の表情がパッと変わった。それは、ヒトにとって最も重要な部分だった。

 イヌに比べ頭数の少ないヒトが戦線に立たなくとも済む方法の提案だ。


「そうだな…… 指揮官などならまだしも、打ち手としては……」


 ギンは深く首肯しながら呟いた。

 およそイヌの軍隊ならば、戦線に同行し実戦的な戦術支援を求めるだろう。或いは、ヒトの世界で行われていた戦術の再現を求められるだろう。


 だが、『ヒトには打てない代物』という部分を作る事で、ヒトが前線に立つ事を防げる。そしてそれの最も重要な部分にエツジが気が付いた。


「……ヒトを養殖して消耗品代わりに使い潰されることを回避出来るわけですね」


 そう。つまりは茅街をモデルとしたヒトの街が各所に建設され、ヒトの養殖活動を行って繁殖させ、イヌの代わりに戦わせる事が無いようにする為の担保だ。ヒトは魔法を使えないから射撃が出来ない。だから代わりにイヌがそれをやれ。


 そうやってヒトを戦線に出さない為の、いわば方便とする。しかも、火縄を使った場合は実際に魔法よりも手間が掛かるし時間も掛かる。そんなウィークポイントを作っておく事は、決して無駄では無い。


「あの、所で一つよろしいか?」


 エツジの言葉に全員が頷いていた時、イノがおもむろに切り出した。


「なにか?」


 コウはやや身構えて話を聞いた。

 だが、その質問は拍子抜けだった。


「その……ぷりちぇっとだん……ってのは、どんな代物で?」


 ――あっ……


 そうだ。伊之助はプリチェット弾を知らない。その事実にコウは気が付いた。

 少なくとも江戸期の人間ならば、そんな気の効いた代物など知る由も無い。


「プリチェット弾というのはですね――」


 コウは手近にあった灰盆に指で形を書き始めた。

 紙が貴重な世界なのだから、黒板のように使える代物は灰盆しか無かった。


「――こんな形をした鋳物の弾丸です」

「へぇ……」


 それ以上のリアクションを見せず、イノは言葉を失っていた。

 だが、その裏にある感情はコウにも良く伝わっていた。先端が鋭く尖り、背面は凹面状に凹んでいる。そこで火薬が爆ぜれば、その圧を受けて弾丸の背面が拡がり銃身の中に隙間が無くなるだろう。


 すなわちそれは最大効率で火薬の燃焼圧力を集められることを意味し、そしてまた、銃身にそって飛ぶので射程が伸びつつ弾道が安定する事を意味するのだ。


 ただ、問題はその銃身の側面に掘られた溝だった。イノはそこに獣脂などを塗ることをイメージした。銃身と擦れるのだから、潤滑剤が必要になるのは自明の理。その弾丸が相手の体内に食い込んだ時に、その鋭い先端と相まって、より悲惨な事態となる事は言うまでも無い。


「……何とも、殺意に溢れた代物で」


 それで撃たれれば、掠った程度でも大変な事になる。抗生物質の無い時代における戦場で最も敵を屠ったものは、剣でも槍でも矢でもない。敵をもっとも苦しめ殺したものは、すなわち、壊疽と感染症だった。


 そして、治癒魔法の存在を知っているイノだからこそ、その裏側にあるモノに気付いた。それは、敵の戦闘継続意欲を奪い取る酷い行為。つまり、治癒治療に当たる者から疲弊してしまい、やがて一切の治療が無くなることを敵の兵士が知る事。


 いかに傷つき斃れたとしても、一切治療されること無くその場に捨て置かれる可能性がある。それは、勝ち戦ならばともかく負け戦の現場になると驚く程に効果を発揮する心理攻撃となるのだった。


「さて。ではとりあえず……試作を続けましょう。イノさんには玉薬の調製方を引き続きお願いします」


 タカはその方向でGOサインを出した。

 誰もがそこに異論を挟む事無く、事態の進展に心血を注ぐこととなった。


 ただ、それから三週間ほど経過した頃。思わぬ方向へ事態は動いた。

 ソティス市街の掃討戦が続く中、街中で開放された鍛冶屋を探し出し、数々の部品に付いて試製を繰り返している時、エツジは妙な噂を耳にしたのだ。


 ――――スペンサー家の本陣がソティス郊外に着陣したらしい……


 それは、ソティスから見た東方戦線が思わぬ苦戦をしていると言う事だ。大陸最強を誇るル・ガル国軍の首魁と言うべきスペンサー家率いる東方騎兵軍団が、事もあろうに撤退に次ぐ撤退を繰り返す後退戦を行っているのだ。


 ――――圧されているらしい……


 そんな噂が街中で囁かれ始め、程なくしてその声はタカ達の耳にも届いていた。ギンは幾人かの手下を連れ郊外へ偵察に出向くのだが、そこで見たものは間違いなくソティス近郊に着陣する、ドレイク卿率いる猛闘種スペンサー家の本陣だった。

 そして、ギン達の持ち帰った情報は、あっという間にソティスの中に広まっていった。古都にある誰もが思った。これは、何かの間違いだ……と。


 だが、噂には尾鰭がつくものであり、非公式な情報が錯綜し始める頃、エツジはかつての仕事の勘を取り戻しつつあった。全体像の見えない中で流れ飛ぶ情報の断片から全体像をイメージする。


 激しいスパイ合戦の最中にあって、断片情報を繋ぎ合わせて正鵠を射るのに最も必要なこと。それは、先入観念に囚われず大胆な推理を働かすことだ。そして、常に最悪の状況に陥る事を考え、逆説的に『これは嫌だ』を積み重ねる。その結果、エツジがはじき出した結論は、至極単純なものだった。


 覚醒者。


 既にル・ガル国軍の中でそう呼ぶ事が定着した、ヒトとそれ以外の種族の混血種をキツネは見事に制御していた。覚醒者の戦闘力は常識で計れるモノではなく、騎兵が機動力を駆使し波状攻撃を行なったとて、イタズラに犠牲が増えるばかりの全く無意味な戦闘が続いていた。


「代表。チャンスです」


 エツジはそう進言した。ただ、タカを含めた首脳陣は、エツジの言った言葉の意味を理解し切れなかった。

 何がどうチャンスなのか。それによって何を得るのか。最終的にヒトは得をするのか。上手く立ち回って、犠牲を出す事無く甘い果実を得られるのか。考えるべき事は山ほどあるが、不安様子も負けないくらいに山ほど揃っている。


「エツジさん。もうちょっと解りやすく」


 タカはもう少し噛み砕いた情報を求めた。

 それに対し、エツジは低く小さな声で事態の説明を始めた。


「イノさんの黒色火薬は安定して発火しつつ、みだりに燃焼を始めない安定化に成功しています。実際、あとは試射するだけです。ここで上手い具合に都市周辺部がきな臭くなってきました――」


 ニヤリと笑ったエツジは打ち合わせ場所になっている室内をグルリと見回してから続けた。30人ほどの集ったヒトの耳目が集る中、エツジはいよいよ核心部分を切り出した。


「――実際の話として、アッバースの面々は腐っていますよね。軍の主兵は騎兵であると。自分たちは日陰者であると。ですが、おそらくスペンサー家の騎兵は覚醒者に一切太刀打ちできません。それどころか次も後退し、ソティス城で篭城戦をやる破目になるでしょう」


 エツジの見立てにタカの眉がピクリと動いた。

 何を言わんとしているのか。その全体像に察しが着いたからだ。


「……アッバース家に恩を売る……と?」

「そうです。それだけでなく、スペンサー家を窮地から救い、また、このイヌの国家全体に軍の運用革命を発生せしめ、それに伴い――」


 エツジの顔が邪悪なまでにニヤリと笑った。


「――ヒトの知恵を高く売りつけられます」


 重い沈黙が室内を支配した。ただ、そこにあるのは表現出来ない後悔や恐怖ではなく、次の一手が自らの掌中にあることの愉悦だった。


「……覚醒者対策が要りますね」


 コウはボソリと呟いた。

 その隣に居たマコトは『大砲があればなぁ……』と漏らす。


「なら、拵えましょう」


 イノは軽い調子でそう言った。


「イノさん…… 軽く言いますけど……」


 ギンが少々呆れ気味にそういう。

 ただ、イノは遠慮する事無く言葉を続けた。


「ようは国崩しでしょう。種子島だって10匁を越えて50匁や60匁ともなれば国崩し並になりますが、先にうかがった……ぷりちぇっとなる弾を使えばもっと威力は稼げるでしょう。それに、種子島と違い、早合の業に頼る事無く、素早く次が撃てますれば、相当な威力となる事は間違いないかと」


 凡そ火縄銃と言うものは、次弾の装填から発射態勢に入るまでの所要時間に平均して40秒を要するもの。だが、現在研究されている代物は、早合技術をさらに発展させた、シルクで作った薬莢にプリチェット段を蜜蝋で貼り付けたものだ。


 先込め式とはいえ銃口からポンと放りこみ、槊杖で薬室の奥に押し込むだけで良く、その発火も火縄に頼らないことから、平均して10秒で次が射撃できる。

 これを3段4段と構えておけば、相当な密集射撃が期待できるし、大砲クラスになれば威力は想像を絶する筈……


「よし。そうしましょう。こう言ってはなんですが、スペンサー家騎兵団の撤退戦までに試作を完成させ、アッバース家に華を持たせる作戦です。各々方。どうか抜かりなく事態を進めてください」


 タカはそう言って場を〆た。全員の顔付きが変わり、事態が進展し始めそうな空気が漂った。ただ、それが大人しい清水の流れならばともかく、土石流となるような事態になるとは、この時には誰も想像が付かないのだった。

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