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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
352/665

魔法発火式火縄銃

 ~承前






 ――2――






「……凄いな」


 ボソリと呟いたタカは、それっきり言葉を失って、いま目の前で進行中の戦闘を見ていた。それは、関東軍上がりな彼をして、ある意味異常な戦闘だった。


「第2小隊は東の建物に掛かれ! 第3小隊は――」


 歩兵一個大隊を指揮する中佐は各中隊単位で柔軟な運用の指示を出している。その指示を聞いた各中隊を率いる少佐は、配下の各小隊を率いる大尉それぞれに命を下していた。


 その行動は文字通りのしらみ潰しな掃討作戦で、華々しさなど欠片もない地味な仕事だ。しかし、これをしなければ安全は確保されないのだから、手を抜くわけにはいかない。


 各命が下るや否や、剣と弓とを主体とする歩兵たちが一斉に動き出す。彼らは通りを隔てた建物一つ一つに突入し、一部屋ずつ査察を繰り返している。建物の中に潜み、査察をやり過ごそうとしている賊徒を探すのが任務だ。


「第2小隊準備良し!」


 茶色い体毛の大尉が右手を挙げて何かを宣言した。その直後、建物の中から多くの兵士が逃げ出すように飛び出てきて、建物の入り口に向け弓などを構えた。


「ん?」


 興味深そうに5人のヒトが見守る中、準備完了の声と同時にそれが始まった。

 幾人かの男達が建物入り口に陣取ると、一斗缶よりかは小さい円筒のものを地面に置いて、小さく詠唱する着火魔法で火を付けたのだった。


「なんとも酷い臭いだな」


 タカだけでなく、一緒にいた者たち全員が鼻を摘まみたくなる異臭が辺りに立ちこめた。それは、硫黄を中心とした燃焼物に何らかのスパイスを加えた強烈な催涙ガスモドキだ。


「これは何を?」


 鼻を押さえながらタカは訊ねた。

 それに回答したのは、アブドゥーラの配下だった。


「これは…(げほっ!ごぼっ!)…この建物に潜ん…(げほっ!ごぼっ!)…でいる賊徒を文字通り燻し…(げほっ!ごぼっ!)…て外に追い出す作業で…(げほっ!ごぼっ!)…」


 イヌの鼻はヒトの其よりも遥かに分析能力がある。

 そんなイヌに対して、この催涙ガス攻撃は塗炭の苦しみだろう。


 事実、ホンの数分も経過した頃には、建物の中から呼吸困難になった者たちが何人も出て来た。彼等は一様に地べたへ踞り、ゲーゲーと胃液を吐き出しながら苦しんでいる。


「効果覿面ですな」


 鼻を押さえながらタカは漏らす。ただ、余りの臭いにその場の全員が呼吸阻害効果を受けていた。


 凡そ呼吸器系というモノは深刻なダメージを受けた場合に快復が遅くなる傾向が強くなる。人間の臓器がそのどれもが微妙なバランスで成り立っているモノだが、ガス交換というデリケートな作業の場である肺は飛びきり撃たれ弱い部分だ。


「しかし……これを連日では……やる方もたまりませんね」


 タカの言葉にアブドゥーラの部下が首肯を返す。もはや言葉を発せられる余力はなく、単に身振り手振りでの指示出しだ。そして、その指示を聞く側も目に見えて動きが悪くなっている。


 ――――半ば自殺行為……


 タカ以下5名のヒトは誰もがそんな印象を持った。そして、ただただ彼らの英雄的な活動を黙って見守った。

 武器を捨てて投降する者。何とかして逃げ出そうとする者。燻し出された賊徒もその対応はバラバラだが、少なくとも全員が酷いダメージを受けているらしい。


「ここまでして……」


 呆れた様な言葉を漏らしたギン。だが、そんなシーンを見ていたヒトの中で、別の印象を持ったものが存在した。


「あれ……魔法で発火させてますよね? 個人レベルでそれが出来るのか……」


 その光景を黙って見ていたエツジが最初に疑問を持った。

 木製の筒を地面に置き、本当に一言二言レベルの簡単な魔法を使って着火する。確実に着火されるその技術により、毒々しい赤紫の煙がモウモウと吐き出され、筒ごと燃え尽きていた。それはまるで発煙筒のようであり、酸化剤を自己内包しているかのように見えた。


「申し訳ない。もし可能なら貴官らが使用しているあの発煙筒を一つ、我らに譲っていただけないだろうか? 改良できるかも知れない」


 並んでその作業を見ていたタカは、深く考えること無しに率直な言葉を吐いた。

 それに対しアブドゥーラは『あぁ』のひと言で催涙ガス発生筒を一つ手渡した。


 いざ手に持って見れば、その重量は驚くほど軽かった。簡単な構造で、内部は空洞の方が大きい位だ。ただ、本当の問題はそこではないのだ。


 タカにしてみれば、銃なしで行う任務には到底思えない。剣と弓で家捜しなど平安時代のさらに前から日本でもやって来たこと。武器がそれしか無いのだから、それを使うのは当たり前。


 だが、それでも偶発的な遭遇では血みどろの戦闘になることが容易に想像できるし、酷い臭いの中での戦闘は、イヌにしてみれば塗炭の苦しみだ。そして、そこまでしての任務であれば、少しでも負担を軽くしてやれないかと思うもの……


 ――――ここまでするのか?


 誰もがそんな疑問を持った。安全を確保する為とは言え、現場兵士への負担は驚く程大きくなる。逆に言うなら、ここで改善策を提案し採用されるなら、それはアブドゥーラを含めアッバース家にとっては大きな福音となるはず。


 ならば……


「代表……」


 多くは言わないが、それでも誰もが同じ事を思った。

 グイグイとイヌの社会へネジの如くに食い込んでいく算段。


 この危険な任務を少しでも安全にしてやろう。そんな皮算用を立てて筒の解体を始めた。その構造を性格に把握することが、研究の第一歩だからだ。

 だが、解体から解析を行い始めたその晩、急激に風向きが変わり始めた。筒を解体した時、そこから出てきた発熱体は、多くのヒトが心から望んだ代物だったからだ。


「これは……」

「あぁ……」


 解体しきったそれを見ていた時、誰もが言葉を失っていた。

 慎重に筒を解体した結果、その中から出てきたのは胡椒の粒や山椒の様な植物の葉。それと、おそらくは何か生物の臭腺に属する臓器の干された物だった。

 そのどれもがひどい悪臭や刺激臭を生み出す者なのは容易に想像がついたが、本当の問題はそこではない。それは、これらの刺激物を加熱させる為の発熱機関だ。

 自己完結した低速燃焼を実現させているもの。その解析こそヒトの夢の実現に近いものだった。


「信じられません……」


 解析を行ったマコトはヒトの世界では施設屋系の科学者だったらしい。

 細かい経歴は当人も黙して語らないが、ケミカル絡みでは目の色を変えてくる。

 そんなマコトをして信じられないものといった素材が筒の中にあったのだ。


「硝酸カリウムと硫黄か……」


 タカの呟きはその部屋にいたヒト5人全員を黙らせた。

 その二つが意味するもの、それはすなわち、黒色火薬への道筋だ。


 ――――この世界に革命が起きる!


 火薬の発明は世界を変えた。そして、黒色火薬が作れれば、後は火縄銃を作るだけだ。運用上の問題が多いマッチロック式だが、それをカバーする戦術は戦国時代に散々と研究され尽くした。


 なにより、日本は16世紀後半から17世紀にかけて、世界最大の火縄銃生産国だった。戦国時代の猛烈な合戦の中で、高温多湿かつ多雨強風環境でも火縄の火を絶やさぬ工夫が編み出された。


「火縄銃程度でもこの世界では回天に十分な威力となるだろうな」


 日露戦争に従軍したギンも、その事実に胸を踊らせた。

 さんざんと煮え湯を飲まされたこの世界の獣たちに一泡吹かせられるのだ。


「タカくん。これはひょっとしたら……ヒトが世界を獲れるぞ?」


 どうもギンと言う男は根性だけで世界がどうにかなると思っている節がある。

 強国ロシア相手に一歩も引かなかった帝国士官の矜持とでも言うのだろうか。

 強い心で挑めば不可能はないのだと本気で信じている節がある。


 それ自体に間違いはないが、いくらなんでも……と誰もが思っていた。


「ギンさん……気持ちは解りますが……」


 どう言葉をかけて良いものかわからず、タカは押し黙ってしまった。

 それはあまりに突拍子のない話であり、夢物語にしたって限度がある。


 だが逆説的に言えば、そんな夢を見たくもなるドン底の経験をしたヒトが一定数いるのた。南方戦線へおくりこまれ、緑の地獄で人間性の限界を見たタカですらも心折られかけたことが幾度もある。


 ある意味でよりプライドの高いギンにしてみれば、到底許容できない扱いをされたことも有っただろう。或いは、死んだ方がましという経験もあっただろう。


 そこへ来て銃が手に入るとなれば、それに合わせて夢を見るなと言うのも酷な話というものだ。だが……


「ギンさんの気持ちもわからない訳じゃないが……そりゃ無理ってもんでしょ」


 マコトと共に解析を行ってきた男がポツリと言った。

 ヒトの世界では医師だったというコウは、力を失った眼差しでギンを見ながら言った。


「ギンさんの時代じゃ仕方ないだろうけど、俺の生まれた時代じゃこんなセリフがあるんだ」


 鈍い声で『セリフ?』とギンが聞き返す。その時点で既にエツジがクスクスと笑っていた。その話の中身を知っているのだとギンが気がつくのだが、それは時代の違いだから仕方がない。


「うん。セリフなんだ。曰くね…戦いは数だよ、兄貴……ってね」


 それは、遠い未来に人類の引き起こす宇宙戦争の物語の一節だ。タカには知る由もなかったが、少なくともそれは戦争の真実だ。圧倒的な物量で攻めてくる連合軍の猛攻を知る男には、海よりも深く理解できる言葉だ。


 だが、案外というか意外というか、ギンはあっけなくその言葉に首肯した。

 首肯どころか腕を組みつつ、ウンウンと唸っていた。


「だよなぁ……我々もそれで苦労した」


 ギンの呟きにタカが『203高地ですか?』と言葉を返す。

 203高地の単語に全員の表情が変わる中、ギンはため息をこぼしつつ言った。


「あぁ、機関銃の威力を侮っていた。目の前でバタバタと戦友が死んでいった。あれを思い出したよ。そうだよな。たかだか100人程度のヒトが火縄銃を構えたところで、騎兵の突進は止められない。せめて手榴弾と野砲が必要だ」


 ギンが勇気と度胸で攻城戦をやった時代。

 それは、航空支援の無い戦争の時代だ。


 その時代の地上戦はランチェスターの会戦の法則が有効で、同じような兵器で戦うなら完勝には3倍の戦力を用意せよ……と言われるものだ。そして、補給線なき戦線は脆く崩れるし、兵士の士気を保つ為には嗜好品の補給が欠かせない……と解いていた。


「ならば……味方が必要ですね」


 ふとそれを言ったのはエツジだった。

 その言葉の意味する所は全員が意識共有出来ていた。


「カズの言った通り、イヌの社会で必要とされるポジションに収まる。そして、いつの日か独立を勝ち取る。遠大な目標だが、一足飛びには実現出来ないものだ。故に先ずは……」


 タカの言葉に全員が首肯を返した。

 改めて言われなくともわかっている……と、そんな空気が室内に漂った。


 そう。先ずはアブドゥーラとアッバース家に貸しを作る。形だけ連帯するのでは無い。一体不可分な一衣帯水の関係にまで深化させるのだ。そしてその次は、ル・ガルの内部において確固たる地位を築く。その上で、イヌの国の中で独立国となれば良い。

 その為にはル・ガルをヒト無くして成り立たない社会にする必要がある。この国に不可欠な存在になれなけれ意味がない。少なくとも、その意向を無視出来ない存在にヒトがなってしまうこと。それ以外のヒトの存在価値を担保し自由を保障させる手段は無い。


「まずは何から始めようか?」


 ギンはやや柔らかい言葉でタカに尋ねた。それは、ギンから見て、より近代戦を経験していると言う部分での教示も求める行為だった。


 タカもタカでそれを理解しているからこそ、しばらく沈思黙考した後でエツジに問うた。戦術と戦略は常に深化し続ける。失敗は分析され、対策とその結果の経験は積層化される。


 つまり、より経験を積んだヒトの言葉が重要という事。一日の長には敬意を払えというが、より大きな歴史を見てきた者の言葉は、根上と言う部分よりも重要視されていた。


「……まず、炭素を集めましょう。と言っても木炭クズなど簡単に集まるでしょうから問題は無いです。ここで問題なのは、この場にいる誰一人として黒色火薬の正しい調合割合など知らないし、漠然とした知識レベルとして、8:1:1の法則を知ってる程度でしょう。それに硫黄やカリウムの純度をあげてやったり、水分量調節とかも試行錯誤が必要でしょうし」


 エツジの言う事に全員が首肯を返した。まさにその通りで、材料があっても成分や製法などは誰一人として経験が無い事だ。

 道具があって『上手く行きました。めでたしめでたし』で終わるのは子供向けの寝物語だけ。人類における火薬の再発明は、泥沼の研究その物に終わる可能性を孕んでいた。


「目標として1ヶ月後までに黒色火薬の実用化と火縄銃の製造について目鼻を付けよう。街に戻り技術職を集めここソティスで実用化を図る。その上で、今後の我々がどう振る舞うのかについても意見集約を図ろう。ヒトの社会はあくまで民主主義であるべきだ」


 案外と無視される事ではあるが、大日本帝國という国家は立派な民主主義国家だった。立憲君主制と言う君主のもとに万民の公平が担保される政治的な仕組みを独裁体制と勘違いする者は多い。

 だが、現状のル・ガルがそうであるように、王や皇帝ですらも法の支配を受ける世界にタカは生きていたし、大正デモクラシーも経験していた。故にタカは、早期選挙を熱望していて、その仕組みをル・ガルに輸出したいのだった。


「さぁ動こう。自分とギンさんで茅町へ戻り人選の上で戻ってくる。エツジさんは加冶屋の調査をお願いします。マコトさんとコウさんは火薬の研究をお願いします」


 全員が首肯し、ヒトの夢が走り出した。

 ただそれは、破滅への第一歩でもあるのだった。

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