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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
351/665

アッバース家の世代交代がもたらすもの

~承前






 小さな水路を隔てキツネの国と国境を接する街。コーニッシュ。

 ル・ガル東端部にあるこの街は、長く半ば鎖国状態になっているキツネの国との接点として発展してきた。

 そして、キツネの国との交易や交流における一大拠点として莫大な富を生んでいて、街の住人が何らかの商業活動に携わる巨大な商業都市となっていた。


 人口に膾炙するとおり、凡そイヌの商人と言う者はバカ正直を画に書いたような実直一直線で一本気の商人ばかり。例えキツネの商人に騙されるとも『これで良いのだ。彼らだって手に収まるもの以上は取らない』と信用してきた。

 その信頼関係がベースとなっているのか、キツネの商人はイヌの商人を通してネコやそれ以外の商人をペテンに掛ける事もしばしばだ。しかし、ここで特筆するべきは、そんなキツネの商人たちも、イヌの商人には赤字を出させない絶妙なペテンを仕組んで居る事だった。


 ――――イヌとオオカミは共生関係

 ――――イヌとネコは敵対関係

 ――――イヌとキツネは共犯関係


 そんな言葉がキツネの中にあるのだが、彼等にしてみれば、どうもイヌという種族は手の掛かる弟の様に思っている節があった。

 そしてそれ故か、このコーニッシュには破壊活動はおろか、金品や麦一粒に至るまで略奪の痕跡がないだけでなく、各倉庫や銀行などでは帳簿の誤りを事細かに指摘し訂正して残されている有様だった。


 ――――こうすれば利益がもっと上がる

 ――――こうすればもっと売りさばける


 眺めているだけで手を出したくなるほどの杜撰さ・いい加減さを見せるイヌの商人たちを、歯痒くも微笑ましく眺めているのがキツネの商人達のようだった。


 その一角。


 街角にあるカフェの店頭にカリオン以下東方派遣軍団首脳が集まっている。多くの南方血統種は、それぞれの部族長が集まり王への謁見の場となっていた。

 中には初めて太陽王に相まみえた者も居り、緊張の余りに言葉も出ないと言う微笑ましいシーンも見られたのだが……


「タカ殿。ありゃぁ……一体何をしてるんで?」


 謁見の最中も忙しなく動き回っているタカの配下がいた。

 それを見つけたリベラが不思議そうに尋ね、タカは小声で言った。


「彼はエツジと言いまして、私が産まれた時代よりもおよそ100年後にヒトの世界で生まれ、こちらへとやって来ました。聞けば彼はその時代における諜報活動の手練れだったらしく――」


 タカは自らの目と耳を指差し笑いながら言った。


「――手段は解りませんが、盗聴や遠方監視の警戒を行っています」


 要するにインテリジェンス(諜報活動)における基本部分の再確認だ。盗聴器やカメラを探し、それを事前に破壊することで機密を守る。

 その活動に必要なのは、類い希な集中力と豊かな知識。そして何より、些細な矛盾を見逃さない機転の良さだ。


「なるほど。要は秘密が漏れねぇようにってこってすね?」

「その通りです。作戦の算段だけでなく、こちらの内情すら秘密にせねばなりません。例えば糧秣の輸送計画ひとつにしたって、こちらの軍勢規模が判明してしまいますので」


 タカの言葉はヒトの世界における近代戦の常識そのものだ。

 ただ、その実はどんな国でも世界線でも変わらないはず。


 物資や食料だけでなく、戦う相手の窮乏情報は万金の価値がある。故に情報を征する者は戦そのものを征するのだ。そして逆に言えば、100倍の戦力差と言えど、情報筒抜けでは勝てる戦も負けるもの。

 タカの下にあるエツジは、かつては国税庁特別査察チームのエースであった。それがやがて内閣調査室へ出向となり、やがては公安調査庁のトップエージェントであった。

 それ故に情報の取り扱いだけで無く、その実働技術についてもエキスパートなのだった。


「代表。少なくともこの施設に盗聴器などの仕掛けはありません」


 現状、タカは周囲から代表の肩書きで呼ばれている。

 茅街から集められたエージェントの代表なのだから、実際にその通りなのだが。


「承知」


 僅かな首肯を添えてそう言葉を返したタカは、改めて居住まいを正しリベラに向き直った。そのリベラはすぐ近くにララを配していて、まるでガードのような居住まいだった。


「あの銃は弩弓の形状を基本とし、砂鉄加工に長けた技術工房の全面協力で生まれたのですが、それはまずソティスの掃討戦に遡らねばなりません」


 ソティスの掃討戦。

 ル・ガル歩兵に課せられたその使命は、ル・ガルの古都ソティスに救う反王権派となったボルボン一派を簒奪せし賊徒の掃討にあった。


 そも、ル・ガル国軍の主兵は数十万に及ぶ騎兵であるが、都市における戦闘の首魁は何よりも歩兵だ。どれ程に戦闘兵器が進化した未来であっても、戦車や戦艦やロボット兵器で都市は占領できない。

 人が暮らす街を占領する主力は、いつの時代でも世界線でもやはり人なのだ。敵を屈服させ、白旗を揚げさせ、その街の中心部へ自軍の旗を立てられるのは、結局は人だけなのだから。


「あっしも聞きかじりにゃ聞いておりやすが……なんでも通り1本隔てて、ひとつの建物を巡ってやり合ったとか」


 そう。ソティスの街を大規模に掃討した際、ル・ガル歩兵が行ったのは巨大な包囲網作戦だった。街を大きく取り囲み、一際の逃げ場なく地下水路にまで人を配したその網は、時間の経過と共に縮小して行った。


「その通りです。ですが、その過程で問題が発生しました」


 タカの発した『問題』という言葉にリベラが怪訝な顔になった。


「それは……どういった事で?」


 中味の説明をリベラが求めたとき、街の住人がワインを差し入れた。

 カリオンを含め全員が笑顔でそれに手を伸ばしたが、エツジは『しばしお待ちを』と全員に声を掛け、まずは自分がそのグラスを煽った。


「……そこまでせずとも」


 カリオンは素直な言葉でそう漏らすのだが、エツジは真面目な顔で言った。


「旧占領地域における最大限の警戒は解くべきではありません。それこそ、ソティス市街における悲劇の再発にほかなりません」


 エツジの言葉にタカが表情を硬くした。

 そして『毒』だとリベラを含めた全員が直感した。

 だが、その実情は彼らの想像をはるかに越えるものだった。


「私がソティスの街へ入ったのは、帝國歴393年の1月16日でした。肌寒いを通り越した市街は異様な雰囲気だったのを良く覚えています。我々の本拠である茅街で不足するモノを買い集めるべくソティスの街へ入ったのですが、ちょうどそこではアッバース家の皆様方による、略式な公爵位の敬称式典の最中でした……







                ――1――






 「君は?」


 そう声を掛けられたタカは、一瞬だけ気圧され言葉を飲み込んだ。

 このソティスと言う街はイヌの国にあって京都のような存在だと言う。


 古都


 かつては都だったと言うこの街には、どことなく品の良さが見栄隠れする。


「私はタカと申しまして、これより西方にありますヒトの『あぁ、ヒトの街か。たしか茅町と』然様です」


 タカの言葉に首肯を返したイヌは、純白の体毛を持ち、細身の身体に長いマズルを持つ姿だった。


 ――南方種……


 タカは僅かしかないイヌの知識を総動員してその結論を得た。

 イヌの国の南方地域を本拠とする一族で、今は決まった領地を待たぬ公爵位。その様にル・ガル教育をされたタカは、この場がただならぬ儀式の場であることを察した。

 久しぶりのソティスは騒然としていて、なんとも埃臭い有り様だ。だが、そんな街のなかに正装したイヌの貴族が幾人も居るのだ。それを見て『ただ事ではない』と見抜けないようでは、少なくとも帝国陸軍士官失格だ。


「……これは、如何なる事態でありましょうや?」


 警戒感を露にしたタカは、静かな口調で問うた。

 その問いに対し、南方種のイヌは感情を抑えた声で言った。

 それは、タカをして驚天動地な出来事だった。


「我らアッバース一族の長サルマンが昨日の戦闘で戦死いたした。それにともない、公爵位の継承を行っている所だが――」


 その説明を行っていたイヌの回りには、見事な装飾の施されたイヌ達が集まり始めた。


「――その場にちょうど君らがやって来たと言うところだ。良かったら見届け人に名を連ねてくれ」


 ル・ガルでも比較的北部にあるソティスは、冬ともなればそれなりに寒い街だ。

 そんな街のなかだと言うのに、この男は肌着一枚の姿だった。

 いくら体毛があろうと、これでは寒々しいのだが……


「私の名はアブドゥーラ。アッバースの中でも傍流なサウード一門の出自だが、アッバースの掟により私が次期アッバース当主を引き受ける事になった」


 一方的にそう切り出したアブドゥーラは、居並ぶ諸侯らの間を歩きながら言葉を続けた。それは領地を持たぬアッバース一門故の特殊性をこれ以上無く感じさせるものだった。


 ――――我が一族は若きスルタンに法衣を授ける

 ――――我が一族は若きスルタンに宝剣を授ける

 ――――我が一族は若きスルタンに王冠を授ける


 アッバースを構成する20以上の部族代表は、次期当主となるサウードの若者に諸部族を象徴する宝物を授けている。これは、各部族が承認しアッバースという巨大な集団を導く指導者としての立場を承認する行為そのものだった。


 ――――我が一族は若きスルタンに……


 アブドゥーラに対し、最後に宝物を差し出したのは、タカも見覚えのある姿のイヌ達だ。それは、先代アッバース当主を輩出した一門であり、アッバース家歴代当主の中で最多となる7人の当主を輩出したアレーフ一族だった。


 ――――この教典を授ける


 それは、アッバース家を形作る聖典であり、また、砂漠の民を横に繋げる重要な(かすがい)と言うべき掟を集めた法典だった。


「我らアッバース家の差配をこれより預かる。このアブドゥーラの命と精神がこの世にある間、私は自らの命よりも一門の未来を優先する事を神に誓う」


 アッバースはかつての本拠を奪われたイヌの一門だ。

 蒼氓の生き方をする彼等は、北限に生きる山岳民ジダーノフとは違う意味で当ての無い日々を暮らしてきた。

 大地にこぼれた草の種がどれ程厳しい地であろうと芽吹いて根を下ろし、その地で生きていこうとする様に、彼らアッバースはどれ程厳しい地であってもそこに暮らさざるを得ない一門だった。


「ヒトの世界よりやって来た流氓の人々よ。我らはこの国の中で、光なく華なく、ただただ泥にまみれた歩兵の仕事を太陽王より承って存在を許されている。他の公爵家の如く馬上にあって颯爽と駆ける栄誉のなき日陰者の兵科ゆえ、我が一門はどうにも扱いが軽い」


 そう切り出したアブドゥーラの言葉を聞くタカは、表情を硬くしていた。

 悲壮なまでの覚悟を持って船出する若き当主は、遠慮なく言葉を続けた。


「ゆえに、私は少しでも一門が繁栄するよう粉骨砕身を誓った。願わくばこの継承の果てをどうかお見届けいただきたい。そして、そなたらがそうして良いと思うのであれば、我らの世代交代を祝福していただきたい」


 アブドゥーラは真面目な顔でそういった。公爵家だといっても、その中身はきっと壮絶な歴史なのだろう。

 だからこそ、無理強いすることなく互いに譲り合い、尊重し合う文化になったのかも知れない。


「形だけでも良い。どうか我らと連帯し給え」


 絶句していたタカの見ていたイヌがそう切り出した。

 そして、その場にいた多くのイヌがじっとタカを見ていた。


 祝福せよ。それはつまり、何かを貢げと言っているのだとタカは考えた。ただ、少なくともソティスへとやって来たヒトの一団に価値ある物など無い。ならば、さしだせる者は一つしか無い。


「ならば新たなる公爵位襲名を祝し、我らのヒトの街の住人は――」


 タカは一つ息を吐いてから言った。


「――我らヒトの持つ知識と経験を、公爵の求めに応じお伝えしよう」


 はぁ?と、そんな表情になってタカを見た多くのイヌは、ポカンとした顔のまま話の続きを待った。いったいこのヒトの男が何を言い出すのか?と、興味深そうな様子だ。


「失礼を承知で申し上げるが、公爵は勘違いをしておられるようだ」


 おうむ返しに『勘違い?』と漏らしたアブドゥーラ。

 まるで鳩が豆鉄砲でも喰ったかのような顔になっているのを見て、タカは思わず笑みを浮かべた。


「左様です。何が勘違いかと言えば、それは公爵麾下の全将兵に関することです。と言うのもですね、まず、如何なる世界であっても時代であっても、軍の主兵は常に歩兵であります。敵を屠ることは騎馬でなくとも良いのです。弓でも槍でも良いのです。ですが――」


 一歩下がったタカは、肩に掛けていた99式小銃をおろし、射撃体勢を取って見せた。弾の無い銃などなんの価値もない。だが、その先端に銃剣をつけた時、小銃は槍へと姿を変える。


「――敵の兵士を打ち倒し、街を蹂躙し、その中心に我らの旗を掲げるのは常に歩兵であります。そも、騎兵や弓兵は歩兵を支援する兵科に過ぎません。故に、ヒトの世界の軍歌ではこう歌うのです」


 皆の視線が集まっているのを見て取ったタカは、銃を降ろしてから音吐朗々に歌い始めた。


 ――――敵地に一歩吾踏めば 軍の主兵はここにあり

 ――――最後の決は我が任務 騎兵砲兵協同ちからせよ


 ――――退く戦術ことわわれ知らず 見よや歩兵の操典を

 ――――前進前進また前進 肉弾とどく所まで


 ――――わが一軍の勝敗は 吶喊とっかん最後の数分時

 ――――歩兵の威力はここなるぞ 花散れ勇め時は今


 ――――ああ勇ましの我が兵科 会心えしんの友よ来たれいざ

 ――――歩兵の本領茲にあり 共に励まん我任務


 その歌が終わった時、全員が笑顔になっていた。

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