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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~征服王リュカオンの誕生
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キツネの国へ


 キツネの国

 それは、ル・ガルから見れば最もミステリアスな存在かも知れない。


 キツネはイヌの血統の亜種と言われているが、実際にはネコよりも抜け目ない存在だ。非常に注意深く思慮深く、総じていえば知能が高い種族と言える。さらには手先が器用で義理堅い。

 それは、遠い遠い昔。まだこの大陸に満遍なく様々な種族が混交して暮らしていた時代のさらに前の時代から、キツネの一族は様々な祭祀や祈祷と言った宗教的な事柄を引き受けて来たことの名残といわれている。


 そして、人々の悩みを聞き、解決への筋道をしめし、成長を促す。

 言い換えれば話術に長け、ウソも方便で勇気付け励まし、前に進む事を促す良き相談役であったらしい。それが転じ、キツネを騙せるのは同じキツネだけと嘯かれるのだ。

 そして、キツネ以外を探せば、それはもうタヌキぐらいな物だと言われる所以でもある。それこそ、利に聡く商才に長けるネコですらも赤子の手を捻るかのように詐欺に掛けられるのはキツネだけ。


 彼等はこの世界のどこかに居るという大いなる存在、不老不死の女神イナリ・ミョージンを一族の神と崇めており、その最も忠実なる祭祀者、代々ウカノミタマと名乗る帝を中心とする巨大な祭祀システムを国家の根本としていた。


 国家運営はその帝に委ねられた神職の集りである『巫女連』が取り仕切り、様々な機関を使って国家内外の諸問題を解決しつつ、様々に世界への影響力を行使しているのだった。


「どうしたリベラ。浮かない顔だな」


 ル・ガル東方地域へと向かう街道を進みながら、カリオンは硬い表情のリベラに声を掛けた。ガルディブルクを出てから既に1週間。カリオンに同行しているララは、こういった長距離行軍が初めての経験だった。


「……いえ、どってこたぁねぇんですがね」


 何とも歯切れの悪い回答をしたリベラ。そんな細作を見ているララは、ツバ広の帽子をわずかに被りなおし、顔をその影に収まるように動かしていた。


「なんだ。随分と歯切れが悪いな」


 からかう訳ではなく、どこか心配そうにいうカリオン。

 その赤心を感じたのか、リベラはバツが悪そうに切り出した。


「へぇ。じつぁ…… ネコから見てル・ガルのここまで深いところに入るってなぁ初めての経験でなんでさぁ お嬢の帽子と同じってこって」


 リベラのこぼした言葉にララが困ったような笑みを浮かべる。ケダマでもなければイヌの女は肌をさらすもの。強い光を浴びれば日焼けするし、シミやソバカスの原因となる。

 また、それだけでなく火傷状態になる事もあるのだ。その為か、ララはツバのある帽子を被り、長袖長ズボンに手袋着用の完全武装だ。


「……やはり行軍は疲れますね」


 どんな反応をすれば良いか解らず、ララはそんな言葉を返した。

 ただ、実際の話として、リベラにしてみれば気の重い理由は別にあった。


「行軍何てこんなもんだ。それよりリベラ」


 カリオンは薄笑いでリベラを見た。

 その眼差しは全てお見通しと言わんばかりで、リベラは思わず首をすくめた。


「めぃりやしたねぇ…… 王は全てお見通しってこってさぁ」


 小さくため息をこぼしたリベラは、背筋を伸ばして辺りを見た。

 淡々と行軍するアッバースの歩兵師団は黙々と歩き続ける。

 その隊列を見ながら、リベラは表情を曇らせた。


「キツネってなぁ……本当に手強いんでさぁ あっしも何度かはやりあった事がありやすが、中でも厄介なのは七狐機関って組織で――」


 リベラの表情に嶮しさが混じった。

 敵と正対するリベラはまるで氷のようだと誰もが思うのだが、こんなに感情を露わにしている様子は珍しいのだった。


「――あいつらぁ魔術妖術に長けたバケモノ揃いでさぁ ヒトガタって呼ばれる木偶人形を使い捨てにして仕事するんですがねぇ これがまためっぽう強くてめぃりやす。オマケにそんな連中とは別に逢難狐ってやつらが居りやしてね……」


 リベラの顔に影が混じる。ただ、その影には熱いプライドが混じっていた。


「それはどんな組織だ?」


 カリオンは間髪入れずにそう問うた。ビッグストンの世界教育では教えられなかった組織。また、城の大書庫や王の為の調査機関ですら把握していない組織の名前だからだ。


「……いやぁ、それがもう暗殺やら誘拐やらの荒事専門なんですがね、あいつ等は正体が無いんでさぁ それこそ、幽霊みたいなモンで雪の上でも足跡がのこらねぇ正真正銘のバケモノってなありさまにござんす――」


 リベラは眉根を寄せて言った。


「――ありゃそれこそ、キツネって呼んで良いのかどうかすら怪しい物の怪の類にござんすが、出来ることならもう2度と顔合わせしたくねぇ連中にござんすよ」


 カリオンはただ一言『ほぉ』とだけ応えた。なぜなら、リベラが纏う空気には、明確に解るひとつの意志があった。つまり、『俺は勝ったぞ』と、そんな空気だ。


「……一筋縄でいかない連中のようだな」


 カリオンは空を見上げつつ、そんな言葉を漏らした。

 ただ、キツネ自体は昔から良く知っているし、その教えを受けてきた。

 遠い日のウィルを思い出し、カリオンは古き良き日々に思いを馳せていた。











 ――――――――帝國歴393年 4月11日

           ル・ガル東方 奪回完了地域 コーニッシュ











「一筋縄でいかねぇってのなら……もう一種類。キツネの中に面倒なのがいやがるんですがねぇ」


 不意に切り出したリベラの表情は、驚く程硬くなっていた。それこそ、まるで手練れを相手に仕事モードになったかのような、そんな表情になっているのだ。


「……それは、どんな存在だ?」


 リベラの纏う空気を見れば、カリオンだって気を入れ替えるしかない。

 周囲の視線が一斉に集まる中、リベラは声を潜めて切り出した。


「九尾って言うんですがね……」


 ボソリと切り出したリベラは、真っ直ぐにカリオンを見ていた。


 ――――あわせろ……


 そう訴えかける眼差しに、カリオンはあのリリスの宮殿の出来事を思いだした。

 九尾。それは幾星霜の年月を経て成長を遂げたキツネの理ですら外れるバケモノの総称だったはず。いくつかの術を経て転生の秘術を駆使し、尻尾を増やしながら実力を蓄えていく正真正銘のバケモノだ。


「……アレを知ってるモンは……まぁ、何度も死にかけたりして、這々の体で逃げおおせて今があるってこって」


 つまり、自分も迂闊に手を出して、何とか逃げ切った口だ……とカミングアウトしたのだろう。リベラほどの手練れがそう言うのだから、もはや想像の範疇を軽く飛び越えるのかも知れない。

 カリオンは怪訝な顔になってリベラを見ていた。遠慮無く続きを言えと、そう感じさせる眼差しを向け、黙って続きを待っていた。


「あいつらは深い山や大きな川の畔に住んでいて、それぞれが一国に匹敵する様な力を持ってやがるんでさぁ。それこそ、千人でも万人でも一瞬で消し去るような魔術を使えるんですがね、でも、そんな事せずにひでぇ手を使いやがります」


 淡々と語るリベラだが、カリオンは表情をグッと堅くして『一国だと?』と聞き返した。もちろんリベラはコクリと首肯を返し、いっそ重い口調で切り出した。


「へい。一国でさぁ。それこそ、ル・ガルの軍を差し向けてもあの九尾ってのは手玉に取るように混乱させ撃退しやがりますぜ。たとえばまぁ、混乱させて同士撃ちさせたり、或いは、行軍道中に雪やら雨やらを降らせて干殺しにしたり……」


 たったひとりで一国の軍隊を撃退させる存在。

 それを考えれば考えるほど、導き出される結論はひとつだった。


「人の心に作用する魔術か」

「へい。さようで」


 結局のところ、心乱されれば正常な判断は出来ない。

 どれ程に出来た人間であろうと……だ。


「厄介な相手だな」


 率直な言葉を漏らしたカリオンは、黙って空を見上げた。ただ、その時ふと、近くに居たララが気になった。それと同時、耳の中にあのノーリの金の音が聞こえ、カリオンの表情がグッと硬くなった。


 ――人の心を惑わすのか……


 それが何を意味するのかは解らない。ただ、カリオンの心に警鐘が響いた以上は何らかの危険が迫っているのかも知れない。しかもそれは、正常な判断を失わせる様に仕向けるのだろう。


 ――どうするか……


 アレコレと思案するが、結局のところは経験を積むしか無い。幾多の困難を経て難しい決断を重ね、常に最善の選択を取れるようにしておかねばならない。


「陛下?」


 公式の場では、ララはカリオンの事をそう呼ぶ。

 あくまで第一王子はガルム=ララウリであってララでは無いからだ。


「あぁ、すまんな。ちょっと面倒を考えていたよ」


 ハハハと軽い調子で笑ったカリオン。だが、その内心をリベラやララは感じ取っていた。差し迫った危険に対する手当てを先回りして行うのだ。


「所で陛下。あの歩兵の持ってる筒は銃の一種でやしょうけど――」


 カリオンを呼んだリベラは、王の一団の前方を歩く歩兵を指差していた。


「――あの筒はどうやって拵えたモンでやしょうか?」


 どうやって作ったんだ?と、リベラは不思議そうな顔だった。

 ヒトの世界からごく稀に落ちてくる銃の類いはあるが、昔からそれは謎の道具その物だった。銃とは別に落ちてくるヒトはそれを『銃だ』と言ったが、使い方が解らなかったのだ。


「あぁ、間違い無く銃だ。このル・ガルで作れる銃としては、これが現状精一杯だろうな」


 そもそも、この世界に火薬は無い。モノを爆ぜさせる技術といえば、それは魔術か魔法と相場が決まっていた。そしてそれは、太古よりそれを研究してきた一族のみに伝わる秘術中の秘術だ。

 大体まずもって、火を燈すにしたってこの世界にライターなどの利器など無く、何らかの火を種火として残しておかねば為らぬ。人の集まる施設であれば常に不寝番が任命され、連番制によってその火を保ち続けるしかない。


 つまり、火はそれ自体が奇跡の産物であり、また資源だった。


 そんな『火』を自在に操る銃は、この世界にでは間違いなくオーパーツ級な代物と言える。そもそも、この世界の人間はヒトの世界からやって来た銃が何故発火発砲するのかすら理解出来ないのだから。


「したっけ陛下。ありゃどうやって拵えたんで?」


 大幅に言葉の省略された質問ながら、誰だって聞きたい事だった。どうやってあれだけ細長い筒を拵えたのか。どうやって発砲させるのか。玉薬はどうやって拵えたのか。その知識と知恵の出所は。

 場合によっては世界の成り立ちや仕組みその物が一変するかも知れないのだ。なにより、世界のパワーバランスがそっくり変わってしまうかも知れない。

 一握りの優秀な戦闘集団では無く、実力的に大した事の無い大多数の集団に席巻される時代が来るかもしれない。


 戦闘を左右するのは、いつだって数であり、数こそが暴力の本質。


 その一大原則に従えば、天を裂き地を割るほどの魔道師とて、地を埋め尽くす銃を持った兵士に撃たれ亡ぼされる事を意味していた。


「リベラ閣下。その問いは僭越ながら手前がご説明申し上げます」


 カリオンの後方にあって馬上に居たタカがそう切り出した。

 深い緑色の服には張りがあり、赤い星の付いた立派な軍帽を被っている。


「……その衣装はヒトの世界のモノにございやすね?」

「えぇ、ご賢察の通り、手前が所属しておりました軍組織の衣装にございます」


 陸軍幼年学校から陸軍士官学校へ45期生として進学した、天保銭組予備群の一人であるタカ。相武台では無く市ヶ谷で学んだ最後の陸士卒業生は、今もその薫風を胸に残していた。


「そもそも、ヒトの世界とて銃という兵器は長い時間を経て改良が加えられ続けた代物にございます。最初は火薬……礫を飛ばす玉薬の事ですが、この改良だけで凡そ1000年を要しました」


 タカが軽く言った『1000年』の言葉にリベラやララが目の色を変えた。

 凡そ紀元前となる火薬の発明と発展は、黒炭と硫黄。そして硝酸カリウムを原料とする黒色火薬から始まる。その過程で銃も進化し、銃の進化で火薬もまた進化を繰り返した。

 だが、少なくともこの世界の住人にとっては、明らかなる科学的な秘薬だ。そして何より、火薬をこの世界でも生産できることは厳重に秘匿されるべき事だった。


「じゃぁヒトの世界では1000年単位で戦争をし続けていたのですか?」


 ララはたまらずそう聞き返した。

 一切の綺麗事を抜きにして言えば、戦争こそが人類の科学的な発達を支えた最大の功労者なのは論を待たないだろうし、人口に膾炙する通り、ヒトがその歴史の中で最も熱心に研究し続ける理由は、人を殺す道具だからと言う事だ。


「連続して1000年と言う事はありません。ただ、100年戦争と呼ばれた事象は多々ありますし、それに、ヒトの世界の格言で有名なモノがありまして――」


 タカはニコリと笑ってララを見ながら言った。

 それは妄想に生きるお花畑を除き、多くの人類が共通して持つ一大原則だった。


「――汝平和を欲さば、戦への備えをせよと言います。原文では Si vis pacem, para bellumと言いまして、要するに平和状態とは次の戦争への助走期間に過ぎないという意味です」


 タカの言葉にララは『……どういう意味でしょうか?』と更なる解説を求めた。


「最も単純な表現をするなら、戦い殺し続ける昼と、翌日に備える夜が交互に来るのだと考えれば良いと思います。戦に明け暮れ、僅かな期間を停戦と平和に充て、その間に次の戦いで相手を殺しきる手を考え、備えるのです。ヒトの世界の歴史はこれなんですよ。千年どころか1万年以上同じ事を繰り返していますからね」


 アハハと軽い調子で笑ったタカ。

 その言葉を聞いていたギンもまたニコリと笑ってララを見ていた。


「……恐ろしい話ですね」

「えぇ、そう思います。ですが戦の真実なんですよ。だから殺されないように備える事が平和な時代の責務です。その間に火薬と銃は大きく進化したのです――」


 タカは笑いながらそう言った。

 しかし、それに続く言葉は、ララだけで無くリベラをも絶句させるのだった。


「――結局、ヒトに限らず全ての生物にとって共通の認識なのでしょう」


 タカは虚無感に塗れた表情でそう言った。

 ただ、その言葉の本質はカリオンを含め全員が納得出来るモノだった。


「勝ちたいのだ。負けるのは嫌なのだ。その一大原則はいかなる世界であろうと共通なのだろう。負けを喜ぶ者など居やしない」


 カリオンの呟きに全員が僅かな首肯を見せる。しかし、その負けの中に次の発展の礎がある事も皆知っている。シュサ帝を失ってから初めてル・ガル国軍は大きな改革に乗りだした。痛みの経験こそが発展の原動力だ。


「……で、不調法でやすが――」


 やおらリベラが切り出したのは銃を扱う確信の部分だ。


「――あの銃を使った戦闘というのは、どんなもんだったんでやしょうか?」


 場合によっては戦場では無く護衛の場でやり合う事になるかも知れない。

 それが解っているからこそ、リベラはそれを聞かずにはいられなかったのだ。


 事前に持っていた知識は、たとえそれが聞きかじりレベルのモノであったとしても大幅なアドバンテージとなる。それを解っているからこそ、リベラはどうしても知識として聞きたかったのだった。


「リベラ殿。我々ル・ガル歩兵が掃討を命じられたのはご存じか?」


 アブドゥーラがそう切り出し、リベラは首肯を添えて『勿論』と応えた。

 それを見て取った歩兵の長たるアブドゥーラは、遠くを見ながら言った。


「アレに見えるはコーニッシュの市街です。一休みしながら顛末をお話ししたいと思いますが、いかがでございましょうか」


 アブドゥーラはカリオンを見ながらそう言った。

 カリオン自身は報告を聞いていて子細を掌握しているが、多くの者は知らないでいるし、リベラなどは聞いておいた方が良いはず。ならばここでその場を作っても問題はない……


「そうだな。そろそろケツも痺れてきた頃だ。ララも一休みが必要だろう。何処か喉を潤せる物でもあれば良いがな」


 軽い調子で言葉を返したカリオン。だが、その言葉で近習の者達が一斉に動き出すのはル・ガルの美点だ。

 彼らが自らの職務に忠実であらんと動くのを見ながら、ここまで来た道程をカリオンは思い返していた。そして、その胸のそこには新しい時代が来たことを感じているのだった。

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