騎兵隊パレード
ホテル寮へと戻ったカリオンは、一も二もなく連隊長へ報告に行くことにした。
予想外の展開に怯むも、ここで怖気づいては家の恥。心を強くもって事に当たらねばリカバリー不能な失敗を招くだろうと容易に想像が付く。
意を決し連隊長室へと一歩踏み入ったカリオン。連隊長スティーブンスとギャレット中隊長はアレックスと話し込んでいた。
「大変遅くなりました」
不自然に緊張した声のカリオンを皆が怪訝な目で見ていた。
失敗か、それに近い状態ではないかと覚悟を決める。
最初に報告を求めたのは連隊長であるスティーブンだった。
その責務を背負っているからこその連隊長なのだ。
「おぉ、カリオン。で、首尾は?」
「それが……」
下手な策は後でダメージが大きい。
ならば正直に言ってしまおうと覚悟を決め、一つ息を吐いた。
「明日の午後、女学院まで向かえに行けとの指令をいただきました。来校されるのは三百名で、こちらもそれに合わせ、過不足無きよう支度せよとの事です」
その報告に部屋の中が一気に沸き立った。
どこか不自然な態度だった理由を考える事も無く、素直に喜んでいる。
「さすがポーシリの星なだけのことはある」
「全くだ。まさか元帥閣下を口説き落とすとはな」
スティーブンスはギャレットと肩を叩き合っている。
だが、カリオンは抜かりなく報告を続けた。
「現在、西部地域では戦闘が続いており、王都も安全ではないと元帥閣下は心配されています。じつは向こうの、女学生の校長閣下も臨席していたのですが、とにかく安全を守って欲しいとの事でした」
カリオンの報告に頷いたスティーブンスはギャレットと顔を見合わせる思案を始めた。遊びに行く前の子供が見せる顔。新しい玩具を前に喜ぶ顔だ。獲物を前に喜ぶ肉食獣と言っても良い。
「ギャレット。各中隊長へ通達。明朝ヒトヒトマルマル時。第一種礼装。ただし実戦サーベル装備で運動場へ集合。馬にも念入りに手入れを施すように。服装検閲を行い不合格の者は参加を禁ずる。各員抜かりなく支度するように」
「了解しました!」
カリオンの持って来た話で一気に火がついたホテル寮の面々。
だが、カリオン自身は余り気が乗らない部分が大きい。
「カリオンは何か心配事か?」
「いえ…… 杞憂だとは思いますが」
僅かに俯くカリオンの目は中を泳いでいた。
なんとなく悪い予感を持っているといっても良い。
「余計な事を考えると事を仕損じる。強い心でぶつかる事が大事だ」
カリオンの肩をポンと叩いたスティーブンスは、自信溢れる顔つきで笑った。
数々の困難を自力で乗り越えてきた男だけが持つ、涼やかな覚悟にカリオンは驚くしかない。だが。
「最後は時の運なんだ。偶然が重なって予想外に転がる事もある。運を拾う事もあり、ツキを捨てる事もある。弱気の時はツキも逃げるもんさ。そうじゃ無いか?」
スティーブンスの言葉にカリオンはハッと顔を上げた。持って生まれた運の強さなら、そんじょそこらのイヌに負ける気はしない。強い心を持って事に当たる重要性は父・五輪男に散々と教えられたことだ。
「そうですね。その通りです」
「そうだ。その意気だ」
「はい」
ガルディブルクへ来ればリリスに会えると思っていた浅はかさを呪いたい程だった。こっそり抜け出してもカウリ叔父さんの自宅へ行けばばれてしまうし、痛し痒しだ。大人しく進級を待つしかないと諦めたのだが、ストレスばかりが貯まる毎日だった。
その女学校がどんな所だかわからない。だが、カウリ叔父さんの手配でシャイラ叔母さんがやって来たのだ。何がしかの気を使ってくれたのは間違いないのだが。
――――あれ?
カリオンの脳内で様々な情報が火花を散らしていた。
――――なんでわざわざカウリ叔父さんが来たんだ?
――――しかも、向こうの校長である叔母さんまで
もしかしたら……と、そんな淡い期待に胸を膨らませる。叔父さんは全部お膳立てしてるんじゃないだろうか?
大人の思惑、深謀遠慮を見抜くほどの眼力があるわけではない。だが、何かあるぞ?と言う予感だけはカリオンの胸中に影を落としていた。
翌朝。
ビッグストン王立兵学校の校庭に第一種礼装で着飾った士官候補生が並んでいた。
頭の天辺から足のつま先までピカピカに磨かれ、これまた入念に手入れされた馬に跨り出発を待っていた。
この校庭は馬術の訓練だけでなく、隊列を組んで行軍の訓練が出来るほどの広さだ。王都の北東部に位置するこの学校は敷地内に本格的な登山を行えるほどの山をも取り込んだ、一つの街と言うべき面積なのだ。
その大半が演習場と言うこともあり、美しい草原や湖沼地帯、河川敷もある。つまり、ルガルの国軍が野戦を行う全ての自然環境が整っていると思ってよかった。
その校庭に礼装で正装した騎兵が三百騎結集しているのは、なかなか壮観だ。学生指導長ロイエンタール伯も満足げに眺めている。
「出征ではなくパレードと言うのがいいな。戦の前の緊張感ではない高揚感だ。少年達も鼻が高いだろう」
ホテル寮連隊長スティーブンの所へロイエンタール伯から伝令が走った。
連隊長の手が頭上で二回まわされ、騎兵連隊は前進を始める。
第一大隊の第一中隊に配属となったカリオンは、連隊の旗持ちとして馬を歩かせた
八歳の頃から苦楽をともにして来た愛馬レラはそろそろ引退が迫っていた。
「レラ。もしかしたらリリスがいるかもな」
速歩を続けるレラの上で独り言ちたカリオン。
この一年を共に過ごしたルームメイトがその言葉を聞いていた。
「カリオン。誰だよそれ」
「ばか、カリオン位になると許嫁がいるんだよ」
「太陽王の孫も楽じゃないな」
先輩方まで参戦して冷やかされるカリオン。
ずっと黙って来たことだが、既に素性はバレつつあった。
カウリ卿の来訪に女学校の校長が帯同し、そこへ呼び出されたとあっては、血縁を疑うなと言う方が不自然だろう。今まで何度も何度もカリオンと殴り合いの喧嘩をして来た貴族の子弟や平民出身者は、カリオンに手を出したことで自分の将来は絶たれたと思っている者も多いとか。
だが、カリオン自身はそれを肯定も否定もしていない。自分の将来は自分で切り開くべきだと言う兵学校の教育方針にカリオン自身が染まっていると言う部分が大きいのだろう。
「騎兵隊二列縦隊! 足並み揃え!」
ギャレット隊長の指示に従い縦隊となっての前進だが、馬の脚を揃えると言うのは実はかなり難易度が高い事だ。難なく隊長の馬に揃えたレラをカリオンは労る。長年苦楽を共にした愛馬だから出来る技とも言える。
「さて、校門をでるぞ! 小隊ニヤケ面止め! 許可なく笑った奴は営倉だ!」
ギャレット隊長のむちゃくちゃな指示に小隊が大笑いした。
「じゃあここからだ。威風堂々な士官候補生になって行こう」
あの日。
初めてこの学校へ入った日から早くも九ヶ月の月日が流れていた。
その校門を出たカリオンの目の前には、パレードを見物に来たガルディブルク市民の人だかりが延々と続いているのだった。