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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~信義無き世に咲く花を求めて
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反撃の狼煙

~承前






 巨石インカルウシの頂にそびえるガルディブルク城。

 栄えるル・ガルの王都中心にあるこの城は、豪華絢爛な作りが特徴だ。

 太陽王の居城として広大な床面積を誇るこの城は、戦目的の城ではない。


 それは、玉座がある主塔直下に位置する、巨大ホールを見ればわかるだろう。

 この大広間は夜会や舞踏会と言った文化的なイヴェントの会場となる事が多い。

 広々とした広間には100人以上の人間がすっぽりと収まるのだ。


 様々な文化的薫風を漂わせる施設だが、広大さとは思わぬ利点を産む。

 華やかで賑やかな空気に包まれることも多い大広間。

 だが、間もなく新年となるこの日、広間に響くのは固く冷たい声音だった。


 ――――スペンサー家麾下8個師団は東方への進撃を命ずる


 良く通る硬い声音で示されたのは、ル・ガル周辺部への進撃だった。

 各国による領土の蚕食が続いており、国境地帯では難民が発生している。


 農閑期である事が唯一の救いではあるが、次の播種期を前に農夫は浮き足立つ。

 今のウチに地形を調整せねばならないのだから、どうしたって小競合いは多い。


 ――――畏まりました

 ――――仰せのままに


 嬉しさを噛み殺した声音が再び広間に響く。

 そして再び固い声が広間に流れた。


 ――――世界に猛闘の雷名を響かせよ

 ――――全てを食い破り討ち果たせ


 一瞬の静寂が漂い、その直後に猛闘種を束ねるドレイクが片膝を付いて言った。

 まるで眩い物でも見上げるかのように目を細め、歓喜に肩を震わせていた。


「大命のままに」


 僅かな首肯が返され、大広間に静寂が戻った。

 布を踏む音が響き、再び固い声がこぼれた。


 ――――西方レオン家麾下6個師団

 ――――諸君らは西方地域を抑えるべし


 大広間に広げられた巨大なタペストリーの上にカリオンが居た。

 王の戦衣をまとい、鞘に収めた太刀を使ってタペストリーを指している。


 そのタペストリーは城に収められた巨大な世界地図だ。

 幾世代にも亘って紡がれてきた巨大な地図の布は縦横10メートルに達する。


「――言うまでも無いが相手はネコの国だ。その背後に後詰めとしてトラの国が絡んでいよう。レオン家の責は重い」


 自信あふれる笑みでその言葉を聞く少年が居た。

 まだ若いが、その風貌には緋耀種を束ねる者の風格があった。


「お任せ下さい!」


 父ポール・グラハムよりレオン家の当主を引き継いだ少年。

 ポール・グロリア・レオンは満面の笑みでそう応えた。


「そなたの初陣ぞ。助けを求める市民の前だ。存分に武功を上げよ」


 元気な声で『はいっ!』と応えた若きポールは、顎を引いた傲岸な姿だ。

 公爵家一門の中で氏良く育った若者だが、その根っこは間違い無く任侠の男だ。

 ポールの補佐として城へ上がったロスの方が余程緊張していた。


 ――まぁやむをえんか……


 その緊張も今はよく解る。彼らは一世一代の勝負に出ようとしている。

 ならば……と、カリオンは自らの背後に居た者達を呼び、並ばせた。


「レオン家一門の実力に些かの疑念もあろう筈が無い。だが相手はネコの国ぞ。我が祖父シュサを屠り、あまつさえ先王ノダ帝を謀殺せし者達ぞ。ここは最新の注意を払わねばならぬ。従って――」


 振り返ったカリオンは、ジダーノフを預かる当主を呼んだ。

 ウラジミール・ドミトリーヴィチ・ジダーノフ。

 ジダーノフ家の中で諜報機関を預かっていたプーチン一族の秘蔵っ子だった。


「――君の知謀が役に立とう」


 灰色の瞳と小柄な体躯を持つプーチン一門は、北方系の中では目立っていない。

 だが、彼等は遠い昔から独自の情報網を持ち広範囲に活動してきた。


 オオカミとイヌの中間とも言うべき彼らの体毛は黒く、所々に白毛が混じる。

 雪と氷に閉ざされた北の大地に生きる彼等は、その出自もあって寒さには強い。


「ご期待に沿えるよう微力を尽くします」


 言葉少なに応えたウラジミールは、必要以上に喋らない人間だ。

 ドリーやジョニーなどは渋い顔をするが、カリオンは気にも止めていない。


 今必要なのは『結果』であり『戦果』なのだ。

 そして、彼らプーチンの一門は如何なる事情があろうと任務を果たす。

 新進気鋭の公爵家当主だが、巧言令色などとは全く無縁のリアリストだ。


「ジダーノフ家麾下の遊撃騎兵6個師団は西方戦線においてレオン家との共闘を命ずる」


 ある意味でそれは画期的な勅命だった。

 ル・ガル成立の時代において、ジダーノフとレオンは激しい対立を経験した。

 文字通り、血で血を洗う凄まじい闘争の末、レオンはジダーノフを追い詰めた。


 統一王ノーリの前にジダーノフの頭領ハジャーインを跪かせたのはレオンだ。

 そんな因縁のある両家が、太陽王の命により共闘する事になる。

 カリオン王の深謀遠慮が導き出した、驚くべき一手だった。


「畏まりました。謹んで拝命いたします」


 両の拳を突き合わせ、ウラジミールは頭を下げた。

 いかに対立しようとも、最終的に和解すればよい。

 カリオンの示した道筋は、単純勝つ明快だった。


 何より、現状では祖国存亡の危機にある。

 ここでの不始末は、すなわち国家への反逆であり全てのイヌへの裏切り。

 だからこそ、双方共に腹はあれども折れて和解を選ぶ大義名分になる。


「そう言えば――」


 僅かに笑ったカリオンはウラジミールを見た後でオクルカを見た。

 その眼差しには人間的な暖かみが溢れていた。


「――リュミドラ嬢はオオカミへ嫁いだそうだね、ボロージャ」

「それはお耳が早い……」


 唐突にウラジミールの愛称ボロージャで呼ばれ、僅かに狼狽したらしい。

 シュサの時代からジダーノフの主はウラジミールと呼ばれる事も多い。

 だが、北方系の古語では、ボバだったりボロージャと呼ばれる事が多いのだ。


 そんな風にボロージャと呼ばれたウラジミール。

 彼はその一言で、鎖が解けたような気になった。


「プーチン一族と我がフレミナの南西部、山岳地帯エナーチェ高原を本拠とするエナーチェ一族とは古来より誼がありましてな」


 オクルカはカリオンを前にその事実を初めて告げた。

 戦ばかりしてきたイヌとオオカミだが、このような形での誼は細々と存在した。

 そしてそれは、北方種の中にあって目立たないプーチン一族の存続基盤だった。


 オオカミとの僅かな接点であり、確実なパイプ。

 それだけが彼らの誇りであり、また、ル・ガルに必要とされた理由だった。

 なにより、関係が悪化した時にもオオカミ側の出方を探れるのだ。


 伝統的に情報収集や諜報活動を行なってきた彼等はル・ガルの影の側にいる。

 そして、今もその伝統を色濃く受け継ぎ、エージェントとして飛び回っていた。


「そうか。ならば末永く幸せである事を祈ろう」


 カリオン王自身はあまり幸多い人間ではない。

 その関係で他人の幸せには人一倍敏感だ……


 口さがない者は、何時もカリオンをそう評価する。

 だが、より深くこの王を知る者は、純粋に幸せを祈る事を知っていた。


「眩き太陽を源とする、光と熱の恩寵がそなたの子女にあらん事を」


 穏やかな口調で言ったカリオン。

 ウラジミールは感極まり、深々と頭を下げた。


 よろしい……


 そんな調子で幾度か首肯したあと、カリオンはもう1人を呼んだ。

 久方ぶりに城へと足を踏み入れたトウリだった。


「検非違使はレオン家の先兵と共に戦闘を命ずる」


 気焔万丈たる一騎当千の騎兵百人を相手に戦えるル・ガル最強の切り札。

 その検非違使をカリオンはついに投入する事にした。


「……承った」


 トウリは一言だけそう応えた。それ以上の言葉は必要ないのだ。

 カリオンの方針は事前にトウリへと伝えられていた。

 それは、一方的な鏖殺であり、完膚なきまでに叩き潰す行為の実現だ。


 王の秘薬によりネコの国の中にも同じような存在が居るらしい。

 それを知っているからこそ、カリオンは検非違使の戦線投入を決断した。


「面倒が発生するだろうが些事に構わず喰い破れ。一度掴んだモノを放す事はないのだ。フィエンゲンツェルブッハまでは我がル・ガルの領土なのだ」


 ガシャリと音を立てて剣先がタペストリーの先端に落とされる。

 その音が響くと、全員がびくりと背筋を振るわせた。


「アッバースの諸君らは――」


 カリオンの持つ剣先が地図の上をグルリとまわって走った。

 それはル・ガルのミッドランドである中央平原を意味した。


「――この地域における徹底した賊徒狩りを命じる。人選は諸君らの判断に任せるが、目的はただひとつだ」


 剣先がタペストリーを貫通する勢いで叩きつけられる。

 王の内心を示すようなその激情に、全員が息を呑んだ。


「このル・ガルの内部にあって叛乱を企てるものを全て刈り取れ。家々の一つ一つだけでなくその部屋の一つ一つに至るまで徹底的に家捜しせよ。そして、他国の間者あらば即刻切り捨てて良し。人質を取りイヌを手駒にせし者を見つけた時は、生まれてきた事を後悔するように殺せ。一片の矛盾なく、徹底せよ」


 カリオンの冷たい声は、全員の心に不思議な感情を燈した。

 ある者はそれを激情と呼び、ある者はそれを戦意と呼ぶのだろう。


 だが、一軍を率いる者に必要とされる最も重要な能力。

 狂奔と呼ぶその能力は、平穏な心に波を呼び起こすものだ。

 そしてそれは、狂気となって下々へ伝播していく。


「最後になるが――」


 カリオンは大ホールの片隅にいた男女を呼んだ。

 一度は引退した筈のボルボン家を預かる老夫婦。

 ジャンヌとルイだった。


「――ボルボン家麾下の4個師団。これは余と共にこの王都にて待機せよ。手薄となった戦線へ後詰に向かうこととする。余の臣下にこの戦を手に余す者があろう筈も無いのは分かっている。だが、誰もがそう確信した中でシュサ帝は命を落とされたのだ」


 カリオンは室内をグルリと見回し、ハッと気が付いて向き直った。

 その先にはオクルカが居て、薄く笑みを浮かべカリオンを見ていた。


「オクルカ殿には北方の抑えを頼みたい」


 ただ1人だけ、カリオンは『頼む』と言う言葉を使った。

 オオカミの国はル・ガルの友邦国であって臣下ではない。

 それ故に、カリオンはキッチリと筋を通した形にしたのだ。


「承った。北方各種族の南征は全て我ら北方騎兵団が引き受ける。いかな事情があるにせよ、ル・ガルへの進撃全てを食い止めてご覧に入れよう」


 自身満々にそう言ったオクルカだが、誰もがその手腕に疑いを抱かなかった。

 過去幾度もル・ガルと遣り合ってきたオオカミの能力は良く分かっている。

 そして、寒立馬を擁するオオカミの騎兵はとにかくしぶといのだ。


 これから3ヶ月は雪の季節が続く。

 その間を防ぎきれば、ル・ガル全体が北方へ戦力を回せるようになるだろう。


「……余は各員が各々の持ち場において、その義務を尽くすことを期待する」


 たったそれだけの言葉だが、カリオンの発したその言葉に全員の顔色が変わる。

 そして、それを見て取った王は、ひつ続き言った。


「新年10日を作戦開始とする。それまでに準備周到とせよ」


 全員が『畏まりました』と返答を返した。

 それを聞いたカリオンは、ゆっくりと首肯を返してから窓の外を見た。

 大ホールに光を取り入れる窓からは、冬の日差しが差し込んでいた。


 城下には平穏が戻りつつあり、王都の争乱が遠い日の出来事に思えた。

 ただ、その争乱の元となったものを、カリオンは忘れていない。


 ――ヴォルドと言ったか……


 あの蒼いオオカミに化けたキツネの男を。

 いや、男では無く女だと思いだし、僅かに苦笑いを浮かべる。


 だが、実際そんな事などどうでも良いのだ。

 九尾を目指すキツネは、やがて性別すら超越した存在になると言う。

 既に七尾になっているようだが、実際にはそれだけでも凄い事だ。


「さて…… では、祖国を愛する同志諸君」


 大ホールに集っていた者達の視線が自分に集まったのを確認したカリオン。

 全員が王の言葉を待っていた。


「……我がル・ガルを蹂躙せんとする者達全てを――」


 窓辺に立っていたカリオンがクルリと振り返った。

 その姿には、いつの間にか絶対なる支配者の威厳があった。


 ただこの時、ジョニーは思った。

 いや、ジョニーだけでは無く、この大ホールに居る者全てが同じ事を思った。


 ――――狂われている……


 そう。

 王都の喧噪を背負ったカリオンの両眼は、紛れもなく狂っていた。

 激情の炎が燃えさかり、全てを焼き尽くそうとして居る姿だった。


「――1人残らず撫で斬りにせよ。ル・ガルと聞いただけで、生き残りし敵が臓腑を吐き出し死ぬが如くにせよ。風に木の葉の舞うが如くに、一切を……だ」


 それは、後々の世でこう呼ばれる事になる。

 世界を焼き払った暴虐の貧狼。リュカオンの大侵攻……と。












 ル・ガル帝國興亡記




 <中年期 信義無き世に咲く花を求めて>の章












 ―了―












 <大侵攻 征服王リュカオンの誕生>へと続く

ちょっとだけ充電します

来月中には更新を再開します

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