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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~信義無き世に咲く花を求めて
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いざ征かんや・・・・

~承前






 ドサッ!と響いたただならぬ音でカリオンは目を覚ました。

 一面が銀世界となった冬の朝を迎えたチャシの中だ。


 寒い夜のホットワインは五臓六腑を通り越し、全身に染みこんだらしい。

 サロンの中で酔いつぶれ、だらしなく雑魚寝をしていたようだ。


 ――ん?


 それは、ただならぬ気配だった。過去何度か、カリオンはこの感覚を得ていた。

 雨降る荒野のただ中や、荒れた河原に設えられた前線本部。

 一面の草原にポツンと佇む苫屋の臨時本営。


 あの手の臨時拠点は、いつもいつも周囲に完全武装な兵士の気配がした。


「なんか妙な雰囲気だな」

「……新手ですかな」


 カリオンと同じく酔いつぶれていたジョニーとオクルカも目を覚ます。

 三人して微妙な表情となり、眼差しで幾万の言葉を交わした。


 ――やばい……


 それは、どうこうと言葉に出来るモノでは無かった。

 幾多の戦場を駆け抜けた者だけが感じ取れる、極上の窮地の臭いだ。

 ある者はそれを死神の臭いと呼び、ある者はそれを冥府の底の臭いだと言う。


 いずれにせよ、それは命運尽きた者だけが感じ取る絶望の臭い。

 しかし、そんな場所を好み、喜んで斬り込んでいく者も居た。


 ――――窮地の底に勝機有り


 まだボンヤリと眠いカリオンの脳裏に、黒尽くめの騎兵が現れた。

 片刃の長太刀をだらりと下げ、マントを響かせ荒野を駆けていく姿。


「…………………………」


 ジョニーとオクルカの眼差しを忘れ、カリオンは物思いに耽った。

 そして、心の底で呟いた。ただ一言『父上』と。


「何事でしょうな」


 オクルカは意を決したようにテラスへと進み出た。

 閉めておいた戸を開けば、峻烈な冬の冷気がサロンへと流れ込む。

 ガラス窓の無い世界なのだから、灯りを取り込むには戸を開けるしか無い。


 ただ、その眩い世界からは様々な音が流れ込んできた。

 軍馬の嘶く声と将兵ら雑踏の喧噪。その中に命乞いをする者の絶叫が混じる。


 カリオンは何事も発さずテラスへと進み出た。

 眼下に評議会軍の精鋭でも集まっているなら、街の為に姿を現すべきだ。

 街中で狼藉の限りを尽くしているなら、それを止めさせねばならないが……




『オォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』




 テラスへと姿を現したカリオンは、眼下からの圧倒的な歓声を浴びた。

 音に殴られると表現される事もある現象が、カリオンを包み込んだ。


「エディ。お前の作った国だぜ。胸を張れよ」


 後からやって来たジョニーは、カリオンの背中をポンと叩いた。

 それに促され、眼下の将兵達は一斉に大歓声を上げた。


「まさか……ここまでとは……な……」


 それ以上の言葉が無く、カリオンは眼下を黙って見つめた。

 シウニノンチュの大広場に集まっていたのは、様々な地域から集まった騎兵だ。

 そして、それぞれの騎兵を率いてきた者達が、チャシのテラスへとやって来た。


「ドリー。良い朝だな」

「えぇ。陛下の為に演出させて頂きました」


 ル・ガル東方胸甲騎兵団。

 スペンサー家の預かるその8個師団に及ぶ胸甲騎兵は、ル・ガル最強の集団だ。

 荒々しい雄牛にも喰らい付き、獰猛に噛み殺す猛闘種だけの騎兵師団。

 その1個師団を引き連れ、ドリーはシウニノンチュへとやって来ていた。


「そうか。ご苦労だったな」

「いえいえ、陛下のご心労に比べれば、この程度は遊びのようなものです」


 そんな事を言うスペンサー家の主は、カリオンの前で片膝を付き頭を下げた。

 自らの剣を捧げ全身全霊で忠誠を示し語った。


「お迎えに上がりました。太陽王陛下。さぁ、行きましょう」


 ドリーに促され、カリオンはチャシのテラスを降り始めた。

 そのシーンを見た将兵と街の住人は大騒ぎだった。

 ここで生まれ育ったが故に、太陽王の揺りかごと呼ばれる街。

 常に王の心の内にある、暖かな湯船のような場所。


 その住民は、誰もが太陽王を愛し敬う心を持っていた。

 純粋に信じるだけでなく、無条件に受け入れる存在なのだった。


 ――若王!


 齢100を越え、もはや若いとは呼ばれなくなった存在。

 だが、この街の住人にとっては、いつまでも8才で初陣を踏んだ子供だった。

 この街の住民達の事を何よりも気にかけていた、愛情溢れる存在だ。


 ――若!

 ――王!

 ――陛下!


 住民達の歓声にひとつひとつ応えながら、太陽王がゆっくりと進んでいた。

 手入れの行き届いた騎馬が並ぶなか、雪払いと太刀持ちに挟まれて……だ。


「あぁ。ありがとう。ありがとう。ちょっと行ってくるよ」


 カリオンはそうやって声を掛けながら歩いていた。

 その姿を見ていた騎兵たちは、声を揃えて歌い始めた。


 ――――あぁ 慈しみ深き全能なる神よ

 ――――我らが王を護り給へ

 ――――勝利をもたらし給へ


 その歌声が拡がり、シウニノンチュの住民が歓声をあげる。

 そして、雪踏みしめた通りには、真っ赤な葉っぱが敷き詰められた。

 冬を前に赤く紅葉して落ちた木々の葉っぱを掘り起こして持ち寄っていた。


 ――――神よ我らが王を護り給へ

 ――――我らが気高き王よ 永久(とこしえ)であれ

 ――――おぉ 麗しき我らの神よ


 それは、戦の勝利を祈る、赤い花の代わりだった。

 落ちた葉を花に見立てた住民達の、精一杯の心尽くしだった。


 ――――我らが君主の勝利の為に

 ――――我らに力を与え給へ


 その声に押されるように、カリオンは広場の中心へとやって来た。

 スペンサー家の騎兵だけで無く、ジダーノフ家の騎兵も来ていた。


「よぉエディ! 良い朝だな」

「良い朝じゃねぇぞデブ! 先に言っとけや!」


 朝から憎まれ口を叩いたジョニーだが、アレックスは笑うばかりだ。

 そして、そのふたりを見ていたトウリが静かにカリオンへと近づく。


「行くんだろ?」

「あぁ。行かねばならない」

「そう思って検非違使を引き連れてきた。まぁ、戦力的に不足は無いが――」


 トウリは硬い表情でカリオンに言った。


「――国境各所が食い破られている。祖国戦争の再来だ」


 その言葉にカリオンが険しい表情を浮かべる。

 しばし思案してから、その場をグルリと見回して言った。


 ジョニーとアレックス。トウリとオクルカ。スペンサー公爵ドリー。

 だが、その場にもう一人、重要なキーパーソンが居た。

 黒い毛並みをなびかせる、体躯隆々とした黒耀種の青年だった。


「キャリ。お前も来い」

「はい」


 ――――王の御世の安寧なる為に

 ――――神よ王を護り給へ


 この地にいた騎兵たちが剣を抜き、天に翳して絶唱していた。

 黙ってそれを聞いていたカリオンは、笑みを浮かべて静かに行った。


「さぁ…… 修羅の庭へと帰るか。仕度をするからしばし待て」


 カリオンは一度チャシへと戻り、普段着から王の戦意に着替えていた。

 眩く光る太陽王の衣装に身を包むカリオンは、馬上に登って辺りを睥睨した。


 ――凄い……


 その姿はエルムの心に赤々と滾る火を燈す。

 父では無く一人の王がそこに居た。


 全ての運命を打ち倒すほどの気迫を持ってそこに居るのだ。

 この国の全てを差配するひとりの男は、その身に気迫を漲らせていた。


「エディ。チャシはもう良いのか?」

「あぁ。しっかり掃除したさ。これなら監督生に見つかっても大丈夫だ」


 顔を見合わせクククと笑うカリオンとジョニー。

 その姿をアレックスが楽しそうに見ていた。


「ホテル寮は快適だったが……」

「あぁ。思い出すのはあのバラック寮ばかりだ」


 ジョニーの言葉にアレックスはそう応える。

 何時もどこからかシロアリを燻した臭いがしていたバラック寮。

 冬場は隙間風がひどく、高層建築故に上り下りだけで体力を消耗した。


 だが、あの中では何時も笑顔があった。楽しい日々だった。

 カリオン自身がそれを噛み締めて、遠い目をしていた。


「新年は王都で迎えられそうだな」

「飲みに行く算段してんだろ?」


 ジョニーとアレックスのふたりが楽しそうに会話している。

 それを眺めていたカリオンは、遠慮なく軽口を叩いた。


「そんな暇も無いくらい仕事を推し付けてやるから覚悟しとけ」


 他ならぬカリオンの言葉なのだ。

 喜んで馬車馬の様に働きそうなドリーを他所に、ジョニーはウヘェとこぼす。


 ただ、実際の話をするなら王の手駒として動く事に何の異論も無い。

 もっと言うなら、喜んで一兵卒の働きをして良いとすら思っている。

 それは、ル・ガルの為にではなく、国民の為でも未来の為でもない。


 ただただ、純粋な思いとしてあるもの。

 それはつまり……


「我が王の命だ。喜んでやるさ。心配すんな」


 ジョニーは喜んで剣を捧げた。

 それを見て取ったドリーやアレックスも同じように剣を捧げた。

 通りにいた騎兵たちが一斉に剣を捧げ、カリオンは笑って頷いた。


「あぁ、よろしく頼む」


 その言葉を聞いたジョニーは、自らの僅かな手駒を呼び寄せた。


「ロニー! 何処だ!」

「へいっ! ここッス! ここ!」


 騎兵の中から姿を現したロニーもまた、やる気十分の顔だった。

 その姿を見たカリオンは静かに言った。


「ロニー。妻は息災か?」

「へいっ! お陰様で毎日尻を叩かれておりやす! キリキリ働けと!」


 ロニーの調子良い言葉に全員が笑う。

 そして、それに釣られ、ロニーも笑った。


 ただ、こんな時にも仕事を忘れなくなったロニーだ。

 剣を抜き放ち、フイッと前方へ振った。

 僅か12騎ながらも西方騎兵を束ねる男だ。その指示は前進を意味した。


「いやいや、待たれよ。雪深い街道の雪踏みは我ら北方騎兵が仕る」


 ロニーの機先を制し、オクルカが動き出した。

 深雪をものともしない寒立馬200騎が一斉に動き出した。

 その指揮を取るオクルカは、フレミナ騎兵を北方騎兵と表現した。

 一騎当千の選りすぐりを引き連れてやってきたのだ。


「申し訳ない。オクルカ殿」

「なんのなんの。この程度のこと、ル・ガルによるフレミナ投資に比べれば、礼のうちにも入りますまい」


 カリオンの治世にあって大きく改善されたイヌとオオカミの関係。

 それらを思えばオクルカは全てを捨ててル・ガルのために戦うのが義理だった。


「では参りますぞ」

「あぁ……」


 カリオンの表情がスッと変わった。

 それまでの穏やかなひとりの男から、全てを睥睨する傲岸な支配者に変わった。


 見る者全てを震え上がらせる帝王の威厳。

 それを見る者達は、王の姿に心酔する者ばかりだった。


「全軍前進! 歩調あわせ!」


 丞相の座にあるドリーがそれを指示し、シウニノンチュの広場が動き出す。

 堂々たる隊列を組み、騎兵の一団が王都を目指し前進を始めた。


「ヨハン! 王都へ通信を送れ! 今から征くとな!」


 カリオンの声には覇気があった。

 それを聞いたヨハンは片膝を付き、その命を受けた。


 まだまだこの王は俺に夢を見せてくれる。

 その歓びに震えながらも眩げに見上げるのだった。


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