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新しい寮との出会い

 恐ろしく快適な環境であるコラル寮(ホテル)へ移って数日。

 風の良く抜ける部屋は涼しく、蚤も虱も湧きそうに無い清潔な部屋は掃除のし甲斐があったバラックとは雲泥の差だった。

 ただ、だからと言って掃除をしなくても良いと言う事は無く、むしろ、綺麗な寮をより綺麗にするべく事細かに行わなければならなかった。その意味ではバラックの方が楽だったとも言えるのだが。


「おいエディ。聞いたか?」

「またかよ。今度は何だ?」


 いつもいつも新しい情報はジョニーが持ってくる。

 それ自体にカリオンは文句無いのだが、それでも毎回だと少々鬱陶しい。


「ホテル組は舞踏会があるらしいぜ?」

「武闘会? 何と戦うんだ?」

「アホか。踊るんだよ。ガルディブルク指折りのお嬢様学校から姫君を招くんだとさ」

「……何の為に?」


 首を傾げたカリオンにジョンは『あちゃー』のポーズだ。


「平民出の士官候補生に貴族のお付き合いを学ばせるんだと。エディんとこなら舞踏会とかやった事あんだろ?」

「いや、ねぇ。覚えてる限りねぇ。そんな事したことねぇな」

「……マジか?」

「うん」


 真面目な顔で否定したカリオンにジョンは『おいおい』と言わんばかりだ。


「とりあえず六月最終日。要するに明日の晩だ。大講堂で夜会を行う事になってるはずだ。第一種礼装をしっかり用意しといた方が良いぜ」

「へぇ。ところでそのお嬢様学校ってどんなだ?」

「貴族の子女が通う全寮制の学校で、ここと同じように一年生はカゴの鳥なんだってよ」

「ジョニーは何でも知ってんだな」

「ガルディブルクの遊び人なめんな」

「だな」


 何となく意味が掴めないカリオンだが、言われるまま自室の中で礼装の仕度を始めた。

 その様子を見ていた上級生が声を掛けてきた。


「カリオンは何で知ってんだ?」

「同級生に聞きました。仕度をしておけと」

「へぇ。良く知ってんなぁ」

「自分も驚きました」


 フレデリックの後釜に座った室長は、やはり雑種の男だった。

 やや黒耀種の血が濃いらしい新四年生は、何処かの貴族が遊びで手を付けた女の生んだ子供だろう。面倒になって母親ごと『行方不明』になってしまうこともあるらしいのだが、この少年は無事に成長し兵学校へ進学するほどの支援を得られた。

 きっと手を付けた貴族を主家とする家臣として、立身出世させる方向なのだろう。子飼いの頃から十分に手懐け懐柔し、忠誠心の篤い騎兵士官の家臣となるように育てられた少年の目は哀しいまでに純粋だった。


「ジャックガード隊長は出席されますよね?」

「おいおいカリオン。いきなりそれは止めてくれ」


 苦笑いのジャックガードはカリオンの胸を小突く。


「今までどおりでいい。俺は貴族でも何でもないんだ」

「しかし、仮にも中隊長であります」

「じゃ、ギャレット隊長にしてくれ」


 ギャレット・ジャックガード。

 黒耀種の黒い体毛に白煌種の強い体躯を持つ大柄の少年。

 彼は後に死の淵へと落ちていくカリオンを救う事になるのだった。


「おーいエディ? いるか?」


 いきなりドアを開けたアレックスは隊長の存在に気が付き直立不動となった。


「たいへん失礼しました!」

「あぁ、気にしなくて良い。我々をバラックからホテルへ導いた英雄だからな。肩で風を切って、胸を張って歩け。他の寮生が憧れる存在になると良いさ」


 英雄は称えられるべきだ。

 そんなスタンスのギャレットは、フレデリックとは違う形の統率スタイルだ。

 だが、それは嫌みも外連見もない真っ直ぐで純粋な体当たりのやり方だ。

 カリオンにしてみれば、フレデリックと同じように学ぶ所が多い人物だった。


「ところで何のようだ?」

「あ、例の舞踏会の件です。連隊長の発案ですが」

「あぁ。スティーブンの言ってた件か」


 話の見えないカリオンが不思議そうに見るなか、アレックスとギャレットの会話は勝手に続いていた。


「しかし、元帥閣下が了解するかな」

「そうなんですよ。ただでさえ今は風当たり強いですから」


 しびれを切らしたカリオンは話に割り込む。


「いったいどんな案件なんでしょうか?」

「あぁ、カリオンは聞いてないか」


 一度ギャレットを見て『説明します』と合図したアレックスは、上着のポケットから使い古しにした机上演習の図面を取り出した。表の面には何度も書き込まれた機動侵攻図があったのだが、問題はその裏面だ。

 新四年生の上席筆頭にあたる連隊長のスティーブンが発案したらしいそれは、舞踏会で兵学校へやってくるお嬢様がたを騎兵士官が正装で迎えに行こうと言うものだった。野戦服ではなくパレードなどで着る礼装に身を包み、大型馬車に分乗する女子を護衛して馬で走る作戦らしい。

 何よりこのプランでは学校から外に出られるのが大きいのだ。まもなく夏休みと言うことで一年間かごの鳥だったカリオン達もやっと学校から出られるのだが、ホテル組だけは一日早く外出する事が出来るのがなにより魅力的なプランだった。


「ただ、分かっていると思うが、ロイエンタール伯を説得するのが一番の難関だろう。なんせ堅物で通っているお方だ。オーナーコードに反しなくとも校則違反で罰されかねない。故に、各年の代表者を集め根回しに当たる必要があり、しかも、対応を誤ると全部無かったことになる。カリオンはなにか良い案があるか?」


 珍しくギャレット隊長が弱気だとカリオンは思うのだが、見方を変えれば慎重に事を運びたいと言うことだ。

 少なくともカリオンの出自について具体的な話を知っているのはジョニーとアレックスしかいない。つまり、叔父カウリに直談判しに行くのは伏せておいた方が良さそうだとカリオンは思うのだが。


「今日は……


 何か言おうとしたカリオンが口を開いた時だった。

 部屋のドアが急に開き、同じ学年の伝令担当が部屋に飛び込んできた。

 やや青ざめた表情で部屋へ入って来るなり『カリオン。大至急学生指導室へ行ってくれ』と叫んだ。


「一体どうしたんだ?」


 ギャレット隊長も訝しがるなか、伝令は息を切らしながら報告した。


「先ほどカウリ・アージン伯がおいでになってロイエンタール伯とお話しされていたのですが、急遽人払いとなり、その後、伝令をお呼びになられ、何があってもカリオンを大至急学生指導室へ出頭させよと、非常に厳しいお声でお命じになられました。並々ならぬ空気でした」


 鼻の頭がカラカラに乾くほどの緊張で、やってきた伝令は泣きそうな表情だった。

 とにかく早く行ってくれと言わんばかりにまくし立て、一方的に『伝令終わり!』を宣言して部屋を出て行った。


 ────カウリ叔父さんにお叱りを受けるような事は何もしてないよな?


 僅かに考えこんだものの、お叱りの正体が解らず困惑するカリオン。

 だが、そんなカリオンをギャレットは部屋からおくりだした。


「喚ばれてる以上はすぐに出頭しろ。話しの委細は解らないが。もし可能であれば先ほどの件を話してみてくれ。戦果を期待している」


 一体どうしたものか?と思案しつつ学生指導室へ出頭したカリオンを待っていたのは、ロイエンタール伯とカウリ卿のほかに、見たことのない初老の女性だった。ただ、その顔立ちを見ればすぐにわかる。この人もアージン一門だと悟った。


「カリオン・エ・アージン 出頭いたしました」


 きちんとフルネームで名乗ったカリオン。その姿を見ていた女性が立ち上がってカリオンへ歩み寄った。


「あぁ。確かにエイラの面影があるわね」

「母上ですか?」


 ニコリと笑った顔は何処か母エイラにも似ていたその女性。


「誰だかわかるか?」


 嗾けるようなカウリの言葉だがカリオンは皆目検討がつかない。


「親類でいらっしゃることは間違いないです。母の目にソックリですし」


 そんな言葉を聞いてその女性は嬉しそうに笑った。


「美人で通っていたエイラに似てるななんて光栄だわ」

「で、あの」

「私はシャイラ。シャイラ・フレミナ・アージン」


 その名に覚えのあったカリオンの表情がパッと切り替わる。

 ノーリの妹でフレミナの若き王子に嫁いだウェスカーの曾孫に当たる人物だ。

 世代としてはノダ叔父さんやカウリ叔父さんと同じ統一王より四世代目に当たる。


「そうですか。お初にお目にかかります」

「いいえ。お初じゃ無いのよ? あなたは覚えてないでしょうけど」

「と、言いますと?」


 カウリは『まぁ座れ』とソファーを指差した。

 だが、仮にも士官候補生で有るからしてロイエンタール伯の手前がある。

 すぐさま座るわけにもいかず、一度姿勢を正してから正しい姿勢で椅子に腰掛けた。

 その一連の流れが。その所作の全てが美しいとシャイラは思った。

 あの小さな子が……と遠い目をしている。


「エイラがあなたを産んだ時、あなたを最初に取り上げたのは私なのよ」

「そうでしたか!」

「覚えてなくても当たり前だけどね。泣き止まないあなたをあやしたりね」


 ウフフと笑った姿は母そっくりだと驚くカリオン。

 その隣でカウリがタイミングを待っていた。

 一体何を言い出すのか検討がつかないのだが。


「実はな、シャイラはガルディブルクの王立女学院で校長をやっておるんだが」

「もしかして、例の舞踏会の」

「そうだ、察しが良いな。さすがだ。まぁそれで、要するにだ」


 カウリはロイエンタール伯を見た。

 そのわずかな所作だが、ロイエンタール伯も心得たもので話を切り出す。


「来る舞踏会の晩、騎兵連隊諸君で女学生らを向かえに行かせることにした。西部地域で紛争が続いておる。父母らも不安が大きくあるのだ。従って、君らの責任は重大である。すわ一戦とならば遅れを取らじと奮戦が期待されているのだ」

「……はぁ」

「どうした? 乗り気でないか?」


 カリオンは呆気に取られていた。

 真剣にロイエンタール伯を口説き落とそうとしている上級生に、何て言うべきだろう?

 そんなことを真剣に考えているのだが。


「何かあったのか?」


 カリオンの表情が冴えないのでカウリもシャイラも怪訝な顔になっている。

 さて、どう話を切り出したものかと思案しつつも、最後は正面突破だと顔を上げた。

 

「実は新連隊長の発案で、お客さんを迎えに出ようかと相談をしていたのです。ですが、ロイエンタール元帥閣下からどう許可を取り付けるかで悩んでいたのです。一歩対応を誤れば懲罰で営倉行きだと」


 少し困ったような表情で全てを打ち明けたカリオン。

 カウリとシャイラは破顔一笑だった。

 そして勿論、ロイエンタール伯もだ。


「なんだ、そうだったのか、なら話は早い。許可を出すのですぐに準備に掛かれ。なお、当校へ迎える女学生は三百名である。不足の場合は連隊長の判断で他の寮から増援を入れよ。必ず同数となるようにな。多くても少なくてもいけない。明日の午後、隊列を組んで大通りを行くことにする。市民の見物が予想されるので、士官候補生として恥ずかしく無いように支度するのだ。いいな」


 話を承ったカリオンは素早く立ち上がり、一歩下がって踵を揃え、敬礼で答えた。


「了解いたしました! すぐに準備に掛かります!」


 部屋を出ようとしたカリオンをシャイラが見ていた。

 あぁそうかと気がついたのだが、準備もしなければならない。

 一瞬どうするべきかと考えたのだが、まずは準備を優先するべきと判断した。


 そういう部分をキチンと汲み取り、しかも素早く判断し決断し、そして覚悟を決める。これこそポーシリ時代に一番養われるものであり、そして、士官に必要なことだ。


「叔母上様。もう少しお話ししたかったのですが」

「分かってるわ。意地悪な先輩に捕まるとお楽しみを取り上げられちゃうからね」


 シャイラは手を振ってカリオンを送り出した。

 もう一度敬礼でそれに応え、部屋を出て行く。


「カウリ、いいの? 話をしておかなくて」

「まぁ良かろう。現場でうまく対処すれば良い。上手く行かなきゃそれまでだ」

「でも、運命の再会をお膳立てなんて、随分と気を揉むじゃない」


 全て見透かされたと笑ったカウリ。

 ロイエンタール伯も笑っている。


「あの子は太陽王になる。その妻にわしの娘を送り込みたいのさ」

「それだけ? 本音はどんな野望なの?」


 カウリとロイエンタール伯が顔を見合わせる。

 シャイラは悪い女の顔になっていた。


「シャイラ。何が言いたい?」

「太陽王を乗っ取りたいんじゃなくて?」

「……馬鹿を言うな」


 カウリは途端に不機嫌になった。

 だが、シャイラは気に留めていないようだ。


「まぁいいわ。ウチの子たち、筋金入りの箱入り娘だから大変よ?」

「大変?」

「そう。世間知らずで怖いもの知らず。おまけに男日照りだからね」


 妖艶に笑ったシャイラは、もう一度扉の方を見た。


 まぶたに残る生まれたばかりのエイダ。

 そして立派な士官候補生となったカリオン。


 その二人を並べ、カウリの企みを蔑んだ。どれほど取り繕っても、その野望は見え隠れしていますよ……と、そう思うのだった。

 ただ、シャイラにとって唯一最大の誤算は、本当にカウリ自身がそのような事を露にも思っていないということなのだが。


 アージン大公家について


 国王、太陽王を輩出するアージン家は一般にアージン大公家と呼ばれていて、ル・ガル国内では最も格式の高い家系とされている。そもそもはイヌの国家統一事業において最終決戦に及んだシウニンとフレミナが元であり、国家統合後にアージン四家として再編され現在に続いている。

 ノーリとサウリの男性血統は旧シウニン族の家系。ノーリの姉イスカーと妹ウェスカーの女性血統は旧フレミナ族に嫁いだ女系となる。ただし、女性血統は旧フレミナ族の男系血統の隠れ蓑的側面が強い部分が有り、また、カリオンの代でノーリとサウリが合流した為、女系側を隠れ蓑にした旧フレミナ一門がフレミナの統一当主も作るべく合流を目指しているとも言われている。



 ・ノーリクル・アージン家

   統一王ノーリの家系。最後の直系はセダ、ノダ、ウダ。

   他の三家より嫁を取る事が多い大公家の主幹。

   この家に生まれた長子が最優先で太陽王となる権利を持つ。

   ル・ガル帝國の所有者と言う解釈。

   国家の全てはノーリ家の持ち物と言う解釈だ。

   公爵家以下に貸し出す元であり、それが納税の根拠となっている。

   王立工科大学、王立経済大学、国軍大学校の予算は全部ノーリ系持ち。


 ・サウリクル・アージン家

   ノーリの弟サウリの家系。フレミナの血が最初に入ったアージン。

   シウニン族と長年争ったフレミナ一門から嫁を取る事が多い。

   ただし、サウリに始まるシウニンの血は保たれている。

   男性血統が最優先で保持される家。

   王立兵学校、王立医療大学の予算はサウリ系持ち。


 ・イスカリクル・フレミナ・アージン家

   ノーリの姉イスカーの家系。

   フレミナへ嫁いだイスカーにより、フレミナの名家がアージンとなった。

   基本的に女系血統のため、跡取りは長女が最優先とされる。

   跡取りに女性が無く、事実上絶える事になる。

   ウェスカーと合流するかどうかで四代にわたって論議が続いている。


 ・ウェスカリクル・フレミナ・アージン家

   ノーリの妹ウェスカーの家系。

   イスカーの家系が事実上絶えた為、フレミナ・アージンとなっている。

   アージンの血が入った現在のフレミナ一門そのもの。

   基本的に女系血統だが、フレミナの男性血統は内部で脈々と生きている。

   王立女学校の予算はウェスカー系持ち。



 ・アージン四家はいずれも公爵以下からの貴族推挙を認可する権利を持つ。

 ・ただし、ノーリ家以外の認可はノーリ家当主が後になって取り消す場合がある。

 ・直轄領地から上がる収益について納税の義務を負わない。

 ・ただし、国防などでは積極的に財政出動する事が望ましいとされる。

 ・国家そのものがアージンの持ち物だから、アージンが金を出すのは当然。


 ・基本的には直轄領地からの収益+国家からの予算付与。

 ・ただし、公爵家や侯爵家などからの上納で潤っている。

 ・その分、さまざまな便宜を図る事もあり、難しい立場の時も多い。

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