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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~信義無き世に咲く花を求めて
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カリオンとジョニーの今

~承前






「うむ。これで良いだろう」

「相変わらずこういう部分は細かいですな。若」

「おいおい」


 年の瀬が段々とやってくる12月の半ば。

 シウニノンチュの高台にあるチャシの中で、カリオンは蝶番の補修をしていた。


 この扉は、かつて父ゼルがワタラと名乗っていた頃の私室に付いている。

 主を失った部屋はそれ以来空室となっていたのだが、今はカリオンの寝室だ。


 冬の寒さ厳しいシウニノンチュでは、扉の立付けが悪いと酷く寒くなるもの。

 暖炉の火をどれほど強くしたところで、その寒さには勝てないのだ。


「主室へ移られませんか? 陛下はこの砦の主ですぞ?」


 カリオンへ移動を勧めるヨハンは、チャシの中におけるカリオンの侍従だった。

 王をここまで連れて来たピート・レオンも、いつの間にか王に心酔している。


 太陽王の肩書きを持つ者の威光は、理屈では説明が付かないもの。

 大きくおおらかで、相手を包み込むような余裕があった。


「主室はな…… あそこは事務の為の部屋だ」


 何かを言いかけて、咄嗟に言葉を言い換えたカリオン。

 チャシで一番広い部屋は、かつて母エイラと父ゼルが使っていた所。

 そこには両親の臭いが残っていて、カリオンもその臭いを嗅ぎ分けられる。


 それ故にカリオンはその部屋を避けていた。

 どうしたって心の弱い部分をくすぐられるからだ。

 思い出は逃げ込む所じゃ無いのだと、ゼルは教えていった。


「ですが……」


 不満げなヨハンは言葉を飲み込む。

 カリオンがこれで良いと言っている以上、無理強いは出来ない。


「まぁ良いさ。それより掃除を続けよう。まずは綺麗にしなければな。監督生にドヤされて飯を喰いそびれる」


 ハハハと笑いながらチャシを歩くカリオンは、バルコニーまで進み出た。

 眼下の街にはうっすらと雪が積もり、街は冬本番を迎えようとしていた。

 そして、見上げれば今日も蒼天の空に太陽は眩く輝いている。


 ――――お前は太陽の地上代行者だ……


 ふと、カリオンの耳にゼルの言葉がよみがえった。

 今になってしまえば、カリオンに取っての父親(ゼル)とは五輪男の事だ。


 ――えぇ……

 ――解っていますとも……


 内心でそう呟いて、カリオンはウーンと伸びをした。

 背骨がボキボキと音を立てているのが解った。


「逃げられないからな……」


 ボソリと零した一言は幸い誰の耳にも入らなかったらしい。


 王都は色々と問題が発生したようだが、サンドラとガルムは城に入ったとか。

 ウォークは上手くやっていて、今は評議会が圧され気味のようだ。

 その日に王とで起きた事は、その日のウチにカリオンが把握できる体制。


 王都へ延びる幹線沿いの光通信中継所は、毎晩良い仕事をしていた。

 後に感状を与えるべきだなと思案していたカリオンは、複雑な心境だった。


 ――しかし……

 ――セオドアも死んだか……


 ふと、あの好々爺の笑みを浮かべる緋耀種の老人を思いだしたカリオン。

 帝國老人倶楽部と揶揄された枢密院の中で、彼はいつもいつも導きをくれた。

 シュサと共にル・ガル中を走った稀代の騎兵は、死ぬまで騎兵だったようだ。


 ――そろそろ反撃と行くか

 ――上手く行けば良いが……


 後は自分の運だろう。

 そもそも幸運強運の持ち主である筈なのだが、それだって並があるものだ。


 百に一つの負け無しな戦でも、実際には負ける事がある。

 それこそが運というモノの恐ろしさだ。だからこそ……


「さて、午後は課業が無いな?」


 何かを確認する様にヨハンへと言葉を発したカリオン。

 ヨハンは『はい。今日の予定はありません』と返す。


「ならば余の暇潰しに付き合え。もうしばらくは羽を伸ばさせて貰おう」


 カリオンの暇潰しと言えば、何はなくとも札遊び(トランプ)だ。

 どんなゲームをやっても強いのだが、それにしたって負けなさすぎる。


 ただ、その札遊びの裏にあるモノをヨハンは知っていた。

 かつて一度だけゼルに聞いていたのだ。


「余り勝ちすぎると運を使い果たしますよ?」


 ヨハンの軽口にカリオンは笑って言い返した。


「余のような強運の持ち主に勝ちたくば、余が少し手加減するようだろうな。まぁ、彼らももう少し……良い夢を見たいだろうし」


 カリオンが何気なく言った一言。

 だが、それを聞いていた取り巻き達は一斉に『御意』と返した。

 いよいよ立つぞ!と、カリオンは言外に宣言していた。






 ――――同じ頃






 シウニノンチュから南西に10リーグ。

 土里塚の築かれた辺りには小さな宿場町があった。

 王都と北府を結ぶ街道はノーリの時代から整備され続けている大幹線だ。


 この道はカリオン帝の時代で更に整備が進み、全国の主要街道整備モデルだ。

 およそ2リーグおきに茶屋があり、旅人が一休みできる体制になっている。

 そして、5リーグおきに宿場町があり、10リーグおきに大きな街がある。


 そんな宿場町の粗末な宿の中、ジョニーは手帳の文字を確かめていた。

 王都と北府を結ぶ光通信の中継所で、やり取りされた内容を写してきた。

 そのメモに読み返しているジョニーは、逡巡していたのだ。


 王都に戻りサンドラとラリーを援けるべきか。

 それとも、このままシウニノンチュへ行くべきか。


 カリオンならこんな時、なんと言うだろう?


 その問いの答えを迷っているからこそ、ジョニーは悩んでいた。

 判断し、決断し、その責任を取る。ビッグストンで鍛えられた男でも迷うのだ。


 ――エディ……

 ――お前ならどうする?


 夢の中の会議室はもう随分開催されていない。

 きっとあのキツネに全部筒抜けになるからだろう。

 情報の管理と言う面で見ればやむを得ない事だった。


「兄貴! 兄貴! どこっすか!」


 みぞれ混じりの雨に混じり、馬蹄の音がやって来た

 建物の外に響いたのは、聞き覚えのある声だった。


 ――嘘だろ?


 みぞれ混じりの雨を避けるように飛び込んだ安宿だ。

 普通に考えればありえないことだが、その声は間違いない。


「おぃロニー! てめぇ何やってやがる! ずぶ濡れじゃねぇか!」


 窓を開けてそう叫んだジョニー。

 建物の外に立っていたのは、いつの間にか少佐となったロニーだった。


「何って! 兄貴を追っかけて来たんすよ!」


 12名ほどの騎兵を引き連れやって来たロニーはずぶ濡れだった。

 冷たい雨に打たれたせいか、馬は濛々と湯気を出していた。


「自治領の境界辺りで難民の支援してたんすけどね――」


 レオン家が預かっていた国軍騎兵は解散せずに存続している。

 そもそも、王都にいる国軍以外は各公爵家の持ち物なのだ。


 故に、西方軍団は評議会の解散指示など頭から無視していた。

 ロニーは、レオン家差配な国軍の指揮でキャリアを磨いていた。

 およそ8個師団になる国軍は、いつでも王都を急襲するべく牙を磨いていた。


「――セオドアの大旦那が亡くなったとかで、泡喰って紅朱館へ戻ったんすがね。聞きゃぁ兄貴が出奔したって言うじゃねぇっすか! 本気で羨ましくって飛び出したんすよ! こんな楽しそうな事、1人でやるなんてずるいっすよ!」


 馬を降りたロニーは愛馬の世話をしつつ宿場に入ってきた。

 随分と身形の良くなったロニーは、いつの間にか指揮官らしくなっていた。


「それで追っ掛けてきたってのか?」


 呆れたようにジョニーはそう言う。

 だが、ロニーはさも当然だと言わんばかりだ。


 宿の主人が急いで持ってきた大きな手ぬぐいで顔を拭うロニー。

 手下の者達が顔を拭く中、屈託ない顔でロニーは言った。


「その通りっすね。なんせほら、あっしは兄貴の家来っすから」

「バカ野郎! おめーはレオン家の家来だろうが!」

 

 その頭をポカリとやったジョニーは真面目な顔で叱りつけた。

 ただそれは、言うに言えない部分を飲み込んでの言葉だ。


 ロニーはレオン家の家来だが、本来は国軍の士官。

 つまり、上官の許可なく部隊を率いて元隊を抜ければ、それは脱走兵になる。


 いかなる理由があろうと、脱走兵は重罪だ。そして、もうひとつ問題がある。

 部下を巻き込む事も大問題になる。部下は上官の命に逆らえないのだから。


「司令! 我等は皆、志願して参りました!」

「そうです! ポール様の方針により、カリオン王をお迎えに参るのです」

「その途上でたまたま遭遇しても罪には問われますまい!」


 基本的に緋耀種と呼ばれる一門は陽気で社交的。そして楽しい事が大好きだ。

 こんな時だって後に処罰されるのが分かっていても、愉しいと思う方を選ぶ。

 そして、この場合は志願した彼等が一番愉しいと思う選択をしただけだ。


 太陽王を迎えに行くのは、つまり、それなりの連中とやりあう事になる。

 腕に覚えのある者達にすれば、こんなに愉しい遊びは無い。


「……ったく、後でどうなっても知らねーからな!」


 突き放すような言葉をあえて口にしたジョニー。

 だが、その表情は愉しげで面白そうだと書いてある。


「こころでロニー。女房はどうした」

「へ? サラっすか?」


 ロニーの妻はサンドラとトウリの間に生まれた長女サラだ。

 場合によっては太陽王の姫として扱われていた筈の女だ。


 だが、カリオン王が後妻としてサンドラを娶ったとき、彼女は嫁に出された。

 傍目に見れば、お前は必要ないと太陽王に切り捨てられたようなモノだろう。

 だが、その内実を知るものにすれば、絶妙の差配なのだ。


「ちょっくら兄貴の所に行ってくらぁ!と家を出たんすけどね――」


 ニンマリと笑うロニーは、楽しそうに目を細めた。


「――あいつ、何を思ったかこれをあっしに持たせやして」


 ロニーが懐から取り出したのは、未開封のエリクサーだった。

 それは、サラがロニーのところへと嫁ぐ前夜、カリオンが直接手渡したものだ。

 いつの日か、これが必要になった時は遠慮なく使いなさいと、そう言い含めて。


 ただし、1つだけ条件があるとカリオンは付け加えた。

 これを遣って良い相手は、君から見て家族だけにしなさい……と。


「……こりゃ官給品だな」

「へい。何でも王があいつに持たせたんだそうです。まぁ、とんだ嫁入り道具で」


 他ならぬサラの嫁入りなのだ。本来なら盛大な会が開かれて当然といえる。

 だが、母サンドラを含め、隠棲生活とあってはそれをする訳にもいかない。


 果たして、カリオンが持たせた心尽くしのそれは、大型馬車7台に及んだ。

 王のためにと設えられた高級な調度品や数々の焼き物など、確かなものばかり。

 だが、本当にカリオンが持たせたかった物は、それらではなかった。


「まぁ、あいつらしいよな」

「ホントっす。さすがカリオン王っす」


 太陽王の義理の娘を嫁に取る。それは口で言うほど簡単な事じゃない。

 もう死ぬまで安泰だなどと言うのは、世間知らずも甚だしいのだ。


 これでロニーは逃げられなくなった。

 他でもない、太陽王と縁戚関係になった以上は、それに見合う武功がいる。

 どうしたって軍の内部で名前が一人歩きする事になるのだから。


 つまり、嫉妬と羨望を浴びるし、下手を打ては他人の十倍は嘲笑される。

 人の悪意や悋気を一身に浴び、その中で実績を残さねばならない。

 そうしなければ、嫁に出されたサラが辛い事になる。


 なにより、ぐるっと一周巡って太陽王に見る目が無かったと嗤う者が出る。

 その全てを飲み込み、ロニーは必死になって一人前になろうと努力した。

 国軍西方軍団を差配する司令となったジョニーの片腕となるべく努力した。


 そして気がつけば、一段を率いて規律良く纏めるだけの力量を得ていた。


「ところで隊長。すぐに出発しますか?」


 ロニーの引き連れてきた騎兵がそれを問うた。

 まだ胸甲の辺りからポタポタと雫をこぼす姿に、宿の主が困った顔をしている。

 内心でニヤリと笑ったジョニーは、ロニーがどう考えるかに注目した。


「いや、どうせしばらく雨は止まねぇだろ。冷たい雨に打たれたとあっちゃ馬だって風邪を引く。オマケにシウニノンチュはもう雪のはずだ」


 ロニーは宿の主へ金貨を5枚ほど差し出すと、頭を下げて言った。


「申し訳ないが馬の世話と部屋の支度を頼みたい。ご覧の通りでずぶ濡れだから風呂も恋しい頃なんだ――」


 そこまで言ってから、さらに懐から金貨を5枚差し出した。

 合計10枚の金貨を思えば、いくらなんでも少々貰いすぎといえる。


「――手前の主が出発する時まで世話になりたいんだが、大丈夫か?」


 何時もおちゃらけてお調子者なロニー。

 しかし、この時のロニーは真面目な顔で仁義を切っている。


 ――……良いじゃないか


 内心で満足げに笑ったジョニーだが、表情には出さずにいた。

 そんなジョニーの見ている先で、宿の主は大層に驚き謝意を述べていた。


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