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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~信義無き世に咲く花を求めて
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空から降り立つ者<後編>

~承前






 ――来た……


 それ以上の感情が湧かず、トウリは呆然とそれを眺めた。

 上空にいたソレは、灰色の翼に風をため、優雅に降下してきた。

 鉄とも鋼ともつかない甲冑を着たソレは悪魔だとトウリは思った。


 左の肩には燃え上がる黒い炎の絵が見える。

 そんな悪魔は口元だけを曝している兜だ。


 ――笑っている……


 理屈じゃなく直感でそう思った。

 そして、勝てないとも……


「あっ!」


 小志の少年が声を上げた。その悪魔は上空で翼を畳んだのだ。

 後はそのまま地上へ落下するだけ。ただ、その着地でハヤテが切り裂かれた。


 ――そんな馬鹿な……


 普通、覚醒した検非違使の身体を刃物で斬るなど不可能な筈。

 その筋肉は岩の様に硬く、その骨は同じ太さの鉄に勝る。


 だが、降り立ったその悪魔は、返す刀で近くに居た検非違使を切り裂いた。

 その凄まじいまでの切れ味と技術により、一瞬で3名の検非違使が絶命した。


 ――なっ!

 ――なんなんだ!


 言葉にならぬ声を漏らし、トウリは立ちすくんだ。

 そんなトウリを突き飛ばすようにして、小志は別当を後方へ避難させた。

 安全な距離とは言いがたいが、それでもコンパクトな剣檄では届かない距離だ。


 素早く振り返った小志は、驚くほどの踏み込みを行なって悪魔へ殴りかかった。

 その素早さと威力は、並みの騎士や剣士では躱せない速度だ。

 誰もが『捉えた!』と確信した。ただ、悪魔は笑っていた。


 ――ばかな……


 トウリの目の前、悪魔は小志の一撃を華麗なバックステップで躱した。

 空振りに終った拳を無視し、腰の力だけで振り子の様にニ撃目を放つ小志。

 その拳を掻い潜るように悪魔は踏み込んだ。


「さっ! さが――


 最後の『れ』を言う前に悪魔の刃が小志を捕らえていた。

 暗黒色に鈍く光る太刀は、小志の腹部を見事に切り裂いていた。

 厚い筋肉の奥には小さな内蔵が見えた。


 ――なんと言う事だ!


 横凪に払った剣を素早く振り上げ、逆袈裟に切り裂いていた。

 その速さたるや尋常なモノではない。


 ――呼吸が読めない!


 トウリとて剣を振る事は出来る。

 騎兵総長であった父カウリの手解きで、並みの騎兵位には剣が扱える。

 だからこそ、この黒い炎の悪魔が見せる剣の恐ろしさが良くわかる。


 最大効率で敵を屠る為の技術。それを積み重ねたものこそが剣技だ。

 そして、様々な流派が必殺の剣術を編み出していて、その中で戦う事になる。


 だが、この悪魔にはその型が無いのだ。

 いや、型の様なものはあるが、それよりも速度と威力が全てだ。

 そしてその一振り一振りの間に呼吸がない。


 生き物である以上、息をするのは当然だ。

 力を溜めて一気に爆発させるような剣なのに、息継ぎがない。


 ――正真正銘の悪魔だ!


 これではあっという間に全滅してしまう。

 立ち上がったトウリは城の中庭に入ってブロードソードを手にした。

 振り返れば小志をカバーした検非違使が逆袈裟に切り裂かれていた。


 ――信じられない……


 唖然としつつも対抗しないと言う選択肢は無い。

 個人としてどれほどに強くても、戦いは数の原則は不動のものだ。


 だが、逆袈裟に斬られた検非違使が片膝をついた時、悪魔はその首を刎ねた。

 その向こうには灰色の翼を広げていた悪魔たちが次々に降り立っていた。

 ヒトの姿をした悪魔たちは、手にしていた銃を放ち始めた。


 今まで戦っていたヒトの銃とは次元の違う兵器。

 その銃から放たれるのは、鉄の礫ではない何かだった。


「逃げろ! 逃げるんだ! 抵抗するな! 逃げろ!」


 トウリは声を嗄らしてそう指示を出す。

 だが、ヒトの悪魔たちは市民に向けて一斉に攻撃を開始した。

 理屈はわからないが、その銃の一撃を受けたものは、まるで水に濡れた紙だ。


 ジワリと融けたように見え、その直後にぽっかりと穴が空いた。

 まるで鋭利な刃物を使い、空間ごと切り裂くかのような一撃だ。


「良いから逃げろ! あれには勝てない……」


 トウリの叫びはまるで断末魔だった。

 もはや理屈がどうとか、そう言う次元では無いのだ。

 地面を這いずるアリと、それを踏みつける人の関係だ。


 ――なんなんだ……


 内心でそう嘆くしかないトウリ。

 彼我の実力差は隔絶などと言う次元ではなかった。


「ギョエ!」


 鈍い声を漏らして検非違使がまた一人斬られた。

 その向こうには、死体を踏みつけながら走る悪魔がいた。

 細長い両脚と小さな身体。僅かに見える胸の膨らみから女だとわかる。


 だが、その手にしているのは、遠い日にゼル様が見せてくれた拳銃なる武器だ。

 それも、あのゼル様の秘密兵器とはまったく寸法の違う代物だ。

 拳銃の下にはまるでチーズの塊のような物が見える。


 そんな武器を左右の手に一機ずつ持ち、手首の所で交差させて攻撃していた。

 ババババと連発音が響いているのだから、相当な威力だとトウリにだって解る。

 手も足も出ない悔しさに奥歯を噛み締めると、6人目の検非違使が死んだ。


 ――くそっ!

 ――舐めるな!

 ――ヒトの悪魔め!


 トウリは雄たけびを上げながら城を飛び出して行った。

 僅かな間に3人の検非違使が斬られていた。


「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」


 肉厚で幅の広いブロードソードを上段から叩き込んだ。

 ヒトの悪魔の持つ太刀と比べれば、それは余りに大雑把な剣だった。

 騎兵の持つ剣は一般的に細身で取り回しを優先するものだ。


 だが、カウリはこの馬鹿みたいなブロードソードを好んだ。

 大きく重く、何よりも丈夫な剣なのだ。

 騎兵の持つ馬術と取り回す技量と、何より、遠心力を加えた威力が重要だ。


 その全てをブレンドして叩き込んだトウリ。

 さしもの悪魔も僅かに身体を沈め、威力を吸収した。

 だが。


 ――折れねぇ!


 この威力で叩き込まれれば、普通なら完全に真っ二つになる。

 よしんば耐えたとしても、背骨や腰や膝にダメージをきたす。

 そして、剣士にとって体幹へのダメージは無視出来ないものになる。


 しかし、その悪魔は怒りを込めたような一撃を繰り出してきた。

 力を逃がしたままクルリと一回転し、お返しとばかりに上段から切り込まれた。


 トウリは踏ん張りつつも剣を振り上げ、それを受けてたつ。

 そして、悪魔の剣先を振り払うと、左手側から逆袈裟に振り下ろした。だが。


 ――あっ!


 ヒトの悪魔はトウリ渾身の一撃を受けるでも躱すでもなく流していた。

 剣先でやんわりと受けたあと、地面に向かってスッと受け流したのだ。


 力を込めた一撃だった故にトウリは姿勢を崩していた。

 ただ、躱さないと次が来る。とんでもない速度の一撃が来る。

 甲冑どころか胸甲1つ付けてないトウリは、間違いなく絶命するはず。


「――ンッ!」


 トウリは鈍い声を漏らし、必死に身体を起こした。

 その身体を切先が舐めるように通過し、衣服を僅かに切り裂いた。


 ――なんて速さだ!


 瞬間的にトウリは後方へと飛びのいた。

 理屈ではなく野生の勘とも言うべきものだ。

 距離を取らないと危ないと、全身の細胞がそう告げていた。


 だが、結果的にそれは僥倖となった。


「放て!」


 唐突に聞き覚えのある声が聞こえた。ウォークの声だとトウリは理解した。

 城の中庭に並んだ弓隊が一斉に弓を放ち、夥しい数の矢が空を切った。


 ――やった!


 そう確信したトウリは、だがその直後に絶望を覚えていた。

 あのヒトの悪魔は足元にあった検非違使の惨殺体を持ち上げたのだ。


 岩の様に強靭な検非違使の身体は、矢で貫けないほどに頑丈だ。

 その影にいたヒトの悪魔は、素早く振り返って後退して行った。


「体勢を立て直せ! 次を放つぞ!」


 ウォークがそう叫んだ時、トウリの目は捉えていた。

 あのヒトの悪魔が走って行った先に、驚くほどの数でヒトが揃っていた。

 沈んだ色に染められた揃いの甲冑を着ている彼等は銃を構えていた。


「逃げろ! とにかく逃げろ! 蛮勇無用ぞ!」


 トウリはブロードソードを手にしたまま城へと走った。

 もはやどうこうと論理だった思考は無かった。

 そこに居れば殺される。ソレしか頭に無かった。


 だが、僅かに進んだところで何かに躓き、前に転がって斃れた。

 それが余りにもラッキーな転倒だと知ったのは、キッチリ2秒後だった。


「え?」


 それ以上の言葉が無かった。

 あの居並んでいたヒトの悪魔たちが総力射撃を加えてきた。

 石を投げていた市民達だけでなく、城の中庭で弓を構えていた市民が消滅した。


 理屈はわからない。ただ、その光景を一言でいえば、文字通りに消滅したのだ。

 目に見えない速度で飛んだ何かの塊が当った部分にはぽっかりと穴が空いた。

 肉といわず石といわず、全ての物が削り取られたのだ。


「ばかな…… ばかな…… 一体あれはなんなんだ……」


 城の中庭もミタラスの通りも全てが夥しい死で埋め尽くされた。

 苦しそうなうめき声が流れ、死にきっていない市民が水を求めていた。


 ――動かなきゃ……

 ――動かなきゃ……

 ――今行くぞ……


 トウリは必死になって身体を動かそうとした。

 だが、その身体はまるで石でも詰まっているかのように重かった。

 身体よ動けと頭では考えるが、身体の方が一切言う事を聞かない状態だった。


 恐怖に震える状態のまま、トウリは動けなかったのだ。

 だが、そんな状態でも動いている者はいた。

 城詰めの騎兵たちが城の大手門を閉めたのだった。


「トウリ卿!」


 ウォークの声が聞こえ、トウリはやっと身体を起こした。

 握り締めていたブロードソードを杖代わりにして。


「ウォーク! 城の損害は!」

「……ご覧の有様ですよ」


 城の中庭で弓を構えていた市民や騎兵達の多くがただの肉塊に変わっていた。

 まるで匙にすくわれた部分の無くなったスイカのような死体だ。

 どうやったらこうなるのかは全く想像がつかないが、これは現実だった。


「とにかく被災者を支援しよう。これはもう天災だ」


 カリオン王の治世において新たに定められた国法の1つ。

 それは、自然災害への備えと支援の明文化だ。


 ル・ガルの国民は自然災害に遭遇したとき、生活再建への支援を受けられる。

 そもそもは評議会の暴走だったはずだが、現状ではヒトの兵士の攻撃が大きい。


「……しかしまぁ、酷い被害だな」


 トウリの元へやって来たウォークは、その言葉に黙って首肯した。

 城の中庭にまで入り込んだ検非違使の死体は二名分だ。


「まさか検非違使までもが簡単にやられるとは……思いもしませんでした」

「全くだ。まぁ、少なくとも絶対無敵では無いと解っただけ大きいだろうな」


 腕を組んで検非違使の死体を見ていたトウリ。

 その近くに居たウォークが突然『あっ!』と声を上げた。


 なんだ?とウォークを見たトウリだが、そのウォークは空を指さしていた。

 一瞬『またか?』と空を見上げたトウリは、光の柱に解けていくヒトを見た。


「帰ったな」

「えぇ。今回も負け戦です」


 厳しい表情で視線を交わすふたり。

 そんな2人を生き残った多くの市民が見ていた。


 ――――……もう、大丈夫なんですか?


 恐る恐るに聞いてきた老いたる者は、声を震わせていた。

 想像を絶する恐怖だったはずだが、生き残ったのは重畳だ。


「あぁ。もう大丈夫だろう。あの正体不明の武装集団と遭遇するのは三回目だが、毎回負け戦だ」


 軽い調子でトウリはそう応えた。

 実際、カリオンが談話していた正体不明の武装集団なのは間違い無い。


 多くのマスコミが作り話だと非難していた存在は実在する。

 そして、事実上イヌの都は容赦無く焼き払われていた。

 カリオン王はこれに備えるべく準備していたのだと言うが……


 ――言うべきでは無かった


 ウォークは何となくそう直感していた。

 そして、これが再び面倒の種になると感じていた。


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