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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~信義無き世に咲く花を求めて
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空から降り立つ者<前編> /検非違使について


~承前






「弓隊! 弓隊は居ないか! 誰でも良い! ここへ並べ!」


 トウリはブロードソードを抜いて肩に乗せていた。

 もはや普通の方法では対抗出来ないと理解したのだ。


 ――まだ信じられない……


 そう。検非違使の関係者であれば、恐らく誰1人として信じられないだろう。

 覚醒し無敵に成った筈の検非違使が一撃で死んでいるのだ。


「別当! 別当! こちらへ!」


 城の入り口付近に居た大志がトウリを呼んだ。

 『何事か!』と大声で返答し大股で歩く。

 その自信あふれる姿を見れば、検非違使も市民も多少は落ち着くだろう。


 ――カリオンはいつもこれをやってるんだよな……


 つくづくと自分が比べられるなど烏滸がましいにも程があると痛感する。

 あの男はもう立派な王なのだ。全てを睥睨し従える王なのだ。

 そこにいかなる感情の介在する余地も無い。


 拒絶するか、従うか、それだけだ。


「なんだ?」


 城の入り口に立ったトウリは、その光景に絶句した。

 あのヒトの軍勢に対し、多くの市民が石を投げていたのだ。


 ――ばかな…… いや違う!

 ――良いぞ! これで良い!


 太陽王が必死になって組織した強力な抵抗組織。

 検非違使という存在を市民に知らしめる為には最高の条件だ。

 市民が自発的に立ち上がり、その矮小な力を持って抵抗する。


 ただ、その次にある物をトウリは言えないと解っていた。

 そうだ。それがどれ程決定的で避けられない物だとしても……


 ――必要な事なんだよ……


 野太い音が路地に響いた。それが銃の発砲音であることは間違い無い。

 凄まじい速度で飛翔する鋼の礫は、市民を十人単位で貫通してしまう。

 結果、そこに夥しい血溜まりが生まれ、そこへ突っ伏して市民が死んだ。


 ――そうだ……

 ――これで良い……

 ――死んでくれ……


 市民の間に沸騰した意識が生まれ、次々と死に絶える中でも投石が続いた。

 その密度たるや凄まじく、ついにはヒトの軍勢がジリジリと後退し始めた。


 ――もっと頑張れよ!

 ――市民によく解らせてくれ!


 内心でヒトの応援などしているトウリは、必死でポーカーフェイスを気取った。

 顔色から心理を読まれては溜まらないのだから、誤魔化すしか無い。

 しかし、それで敵を応援するのもどうかと思うのだが……


「別当!」


 近くに居た小志がトウリを呼んだ。正直、まだ幼い姿だ。

 だが、その顔には漲るような殺気が溢れていて、既に立派な検非違使だった。


「どうした?」

「アレに岩を投げてみようと思います」


 ――つまり、覚醒させろ……と


 トウリも一瞬だけ考え込んだ。

 それをして良いのかどうか。この子の未来に汚点を残さないか。

 まだ幼い検非違使は、力に酔って暴走する事がある。


 そんな時、看督長(かどのおさ)と呼ばれるヴェテランが居なければ拙い。

 経験浅い若者がキチンと覚醒状態を維持し、行動出来るように指導する者。

 看督長の居ない環境で、自分が代わりを務められるかどうか……


「……あぁ、やってみよう。まずはそれが必要だ」

「はいっ!」


 嬉しそうに返事をした少年は、上着を脱いで諸肌を見せた。

 その状態で精神の集中を行いトリガーを解放する。

 するとどうだ。生命力溢れる若者の覚醒は、文字通り見上げるような姿だ。


「私が解るか?」

「もちろんです! 別当! 危ないから下がって」


 一般的に検非違使は若いときに覚醒した方が、大きな体躯となる事が多い。

 命の強さが魂を押し広げるから、若いときの方が良いとリリスは言った。

 ただ、万が一暴走したとき、今度は手に負えなくなるのだ。


 だがらこそ小志と呼ばれる少年達は、まず下働きから初めて検非違使を学ぶ。

 戦術や戦略だけで無く、様々なしきたりや礼儀作法を学び『自分』を作る。

 つまり、まず精神を大人にしてから覚醒するのだ。


 ――いけそうだな……


 数歩下がったトウリを見て取り、小志だった検非違使は手近な瓦礫を持った。

 崩れた建物の基礎に近い岩は、重量を受けるべく丈夫で大きな岩だった。


「それっ!」


 ブンと音を立てて飛んだそれは、あのヒトの軍勢の戦列手前に落ちた。

 距離が届かなかったらしいのだが、小志の少年は次を抱えた。


「届け!」


 再び轟音と共に飛んでいった岩は、バウンドしながら転がった。

 さすがに距離がありすぎて、さしもの検非違使でも届かないようだ。


 だが、得てして子供は諦めが悪いもの。

 小志の少年はやや小さめの岩を抱えて力一杯に投げた。

 今までの投げた中ではもっとも小さいサイズだった。


「それっ!」


 やや重量的に軽いせいか、その岩は良い所まで飛んで行った。

 そして、固い石畳の上で幾度かバウンドし、ヒトの戦列まで届いた。


「やったっ!」


 小志の少年が小さくガッツポーズを決める。

 その岩はヒトの戦列に届き、一瞬だけ彼らの攻撃がやんだ。


「良いぞ! どんどんやれ!」

「はいっ!」


 嬉しそうに返答した小志が再び岩を抱えた。

 経験に学んだとおり、やや小さめの岩を選んでいた。


「なるほど。それなら威力があるな」


 その場へやって来たホクトがそれを見て取った。

 同じように岩を抱え投げる準備をしたのだが、その時それは起きた。


 ――なんだ?


 ヒトの戦列にいた者が何かを投げた。

 足元に落ちた石を拾い返して投げたのかとも思った。

 だが、そんな簡単な事じゃないとトウリは直感した。


「全員それから離れ――


 あらん限りの大声でトウリは叫んだ。

 だが、その前に結果がやってきてしまった。


「あっ!」


 ホクトの近くへと来ていたハヤテが叫んだ。

 それと同時に石を投げていた市民が上空へ吹っ飛んだ。


「何が起きた!」


 トウリが慌てて飛び出そうとし、ハヤテはそれを止めた。

 どのような因果かは想像すらつかないが、爆発したのだ。

 あの、ヒトの戦列の投げた石のような物が、鋭い鏃状の破片を撒き散らして。


「広がれ! 広がるんだ! 密集するな! 早く!」


 トウリは喉を嗄らして叫んだ。

 ただ、多くの市民が密集する所では、それも意味がない。

 雑踏のノイズと人々の怒声がトウリの警告を掻き消した。


 ――クソッ!


 内心でそう悪態をついたとき、再び何かが爆発した。

 アチコチで死傷した市民のうめき声が響き、断末魔の叫びが木霊している。


「重傷者を城へ運べ! 歩ける者は距離を取れ! あの石を拾おうとするな!」


 叫びながら市民の間に割って入ったトウリ。

 その声を聞いた者が自発的に動き始めた。


「別当を支援する!」


 ハヤテは驚くほど巨大な岩を持ち上げて投げつけた。

 小志では投げられそうに無いサイズの岩だ。


 それを驚くべき力で投げ飛ばしたハヤテ。

 岩は大きく宙を舞い、ヒトの軍勢の所へ落ちた。


「検非違使集れ!」


 ハヤテに続きホクトが岩を投げた。ハヤテに負けないサイズの大岩だ。

 その岩が飛んで行き、ヒトの戦列の辺りに直接落ちた。


 ――好機ぞ!


 トウリは辺りに居た負傷者を引きずって城へ戻った。

 誰かがそれを始めれば、多くの市民がそれに釣られ同じ動きをする。

 あっという間に城前は片付き始め、検非違使も動きやすくなり始めた。


 ただ、それによって目立ち始めたのは、異様な姿に変わった死体だ。

 至近距離から受けた銃なる武器での一撃は、身体を粉砕する威力だった。


「構うこと無い! どんどん投げろ!」


 本来ならその遺体を収容する事を優先するのであろう。

 だが、トウリはこのとき攻撃を優先した。

 まずはヒトの軍勢を追い払うのが先だ。


「それっ!」「うりゃっ!」「えいっ!」


 検非違使が並んで大岩を投げ続けている。

 これ以外に対抗手段が無いのだから、もはや続けるしかない。

 一名でも多く市民を助けることこそ重要なのだ。


「あっ! やった!」


 小志の少年検非違使が驚きの声を上げた。

 誰の投げたものかは解らないが、巨大な岩がヒトの兵士に直撃した。


 当った瞬間にイレギュラーバウンドをしたようだが、それでも直撃は直撃だ。

 事実、それを受けた兵士は蹲り、あの爆発する石を投げる事も無い。


「いいぞ! どんどんやれ!」


 トウリも喜んでそんな指示を出す。

 ハヤテとホクトは争うように岩を投げ、それが尽きたと見るや瓦礫を投げた。


 幸いにして評議会軍を相手に暴れた際の瓦礫は無尽蔵に残っている。

 それを使っての攻撃なのだから、相当な威力なのだ。


「別当! ヒトの兵士が後退します!」


 何処かからかそんな声が聞こえた。目を凝らしたトウリもそれを確認した。

 直撃を受けた兵士はどうやら女らしいく、サンドラ並の胸が見えた。


 ――女か……


 僅かに気後れしたトウリだが、ここでたたみ掛けねば意味がない。

 前進するしかないのだから、多少の犠牲はやむを得ない。

 そしてここでは、死んだ市民の死体を踏んで進む事になる。


 ――許せ……


 胸に手を当て、頭を垂れたトウリ。その姿を市民たちが見ていた。

 狙ってその振る舞いをしたわけではないが、誰だって印象深いシーンになった。


「検非違使諸君! 帝都を争乱せしめたヒトの賊徒を成敗する! 前進せよ!」


 音吐朗々にそう宣言したトウリ。

 検非違使たちは手に手に岩や瓦礫を持って前進しようとした。

 そして、それに呼応するように、無傷だった市民たちも一斉に動き出す。


 ――行けるな……


 僅かにニヤリと笑ったトウリは、改めて一歩進み出そうとした。

 だが、その時突然、あの銃なる兵器の音が聞こえた。


「えっ?」


 耳を劈くような高周波の音が聞こえ、それと同時にハヤテがウグッと唸った。

 トウリは驚きつつもハヤテを見る。ハヤテは右肩を抑えて膝を付いていた。

 一滴の血をこぼす事無く、その肩には大きな穴が空いていた。


 ――なんだこれは……


 その時再び銃の音が聞こえ、今度はホクトが唸り声を上げた。

 左腕の肘辺りがぽっかりと無くなっていて、どこへ行ったのか不思議な状況だ。

 ただ、それに続く現象は、トウリをして全く理解不能だった。


 上空から光る雨が降り出し、辺りに居た市民や検非違使が悲鳴を上げ始めた。

 土砂降りの様に降り注ぐ光の当った部分は、肉や骨が一瞬で消滅して着えた。


 どんな仕組みかは理解できなくとも解る事はある。

 あの光を浴びると危ないだけでなく、場合によっては死ぬ。

 事実、目の前でバタバタと市民が倒れ始めた。


 ――何が起きているのだ!


 驚いて空を見上げたトウリは、信じられないものを見た。

 空から眩く光る蛇のような物が地上に降り注いでいた。

 その蛇は地上のありとあらゆるものを消滅させる凶暴さだ。


 まるで鞭の様に撓って動きながら、地上を掃討しているようだ。

 そしてその間も、光の雨は容赦なく降り注いでいた。


「全員城へ戻れ! 急げ! 抵抗は無意味だ!」


 辺りにいる者達へそう声を掛け、トウリは城へ急いだ。

 ただ、そんな刹那でトウリの耳は何かを捉えた。


 ――え?


 それは、鷲や鷹が風を切りながら急降下する音だ。

 上空からやってくる猛禽類の恐怖は、言葉にならないものだ。

 釣られるように空を見上げたトウリは足を止めてそれを凝視した。


 灰色の大きな翼を広げた存在が空に居た。

 巨大な双翼を大きく広げ地上に降り立とうとしているのは人の姿をしていた。

 いつか見た異形の甲冑を着たそれは、抜き身の長刀を持って大地へ降り立った。




 検非違使覚え書き


 別当べっとう:トウリ

   ル・ガル官僚8階級 一等官待遇

    ・検非違使の活動に付いて全てをコントロールする司令役

    ・王城を含め国内全域へ自由に出入りできる

    ・王へ直接報告できる


 案主あんじゅ:空席

   ル・ガル官僚8階級 二等官待遇

    ・別当と同席ならばその待遇は同じ


 佐次官さすけ:ハヤテ(赤組)、ホクト(白組)

   ル・ガル官僚8階級 三等官待遇

    ・二等官と同じ待遇ながら、王城への参内には許可がいる

    ・実働部隊を率いる最高位で、二つのグループをそれぞれが率いる


 尉判官いじょう

   ル・ガル官僚8階級 四等官待遇

    ・王城へは基本的に出入り出来ない

    ・各佐次官の下に3名程度存在する副官ポスト

    ・尉判官の最上位を大尉判官と呼称する


 看督長かどのおさ

   ル・ガル官僚8階級 五等官待遇

    ・未成年や不安定な覚醒体の世話や指導を行なうもの

    ・検非違使主力の中で重傷を負って戦闘不能なものなどが当る


 大志だいし小志しょうじ

   ル・ガル官僚8階級 五等官待遇

    ・未成年の検非違使のうち、15歳未満を小志、20歳までが大志

    ・基本的に見習いなので、直接的な戦闘はまずしない

    ・各尉判官の下に直接付き、身の回りの世話などしながら学ぶ


 火長ひのおさ

    ・官僚待遇は無いが、検非違使の中で戦闘能力上位の者に対する尊称

    ・火長○○と呼称され、周囲から一目置かれる

    ・看督長や将来的には案主を排出する母体となる

    ・厳しい戦闘の時には火長だけが集められた火長組が組織される


 放免はぶり

    ・他の国家などで活動していた者が検非違使に加わった場合の肩書き

    ・放免◎◎と公式に呼称され、ル・ガル市民権がない

    ・基本的に検非違使の中で重要ポストには付かない事になっている

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