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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~信義無き世に咲く花を求めて
331/665

王都争乱への介入者

~承前






「少々の障害は叩き潰せ」


 トウリの発した指示は簡単だった。

 力任せに前進し、抵抗する者を排除せよ。

 もはや平和的な解決は無い。要するにそれだけだ。


「抵抗する者は容赦するな。実力の違いを見せ付けろ」


 それは、ある意味で検非違使デビュー戦に相応しい指示だった。

 評議会軍の兵士達は剣を抜き立ち向かうのだが、その能力差は比較にならない。


 かつてメチータの街で暴れた者のように、騎兵では対処しきれないのだ。

 少々斬られたところでたちどころに回復し、その一撃は相手を即死させる。

 評議会側もそれを覚悟していたのか、ビルタ通りには幾重にも障壁があった。


 そして、ミタラスの中央付近、エラスタ通りとの交差点には見張り台があった。

 恐らくここが第二阻止点なのだろう。ただ、暴力と剛力の奔流はとまらない。


「別当! 全て破壊しても?」


 ハヤテはソレを確認してきた。

 トウリは首肯を返し、『やれ』と一言だけ返した。


 かつてここは錯乱した自分が剣を持って走った道。

 だが、今は錯乱も混乱もしていないはずだと思った。


 ――俺は間違ってないよな……


 それを自問自答し続けるトウリ。

 これは必要な行為だと自分に言い聞かせながら前進した。


 ハヤテはその巨躯から繰り出す拳で全てを破壊した。

 障壁は次々に取り除かれ、ミタラス中央交差点を曲がって城へと進む。


「別当! ここは!」


 ホクトはエラスタ通りに作られた検問所脇の建物前に居た。

 外から閂のはまった戸の向こうに、夥しい人の気配がした。


「解放しろ。恐らくは……」


 トウリが思い浮かべたのは、若い女を集めた部屋だ。

 王都に進軍してきた連中が相当無茶をしている様に思えた。


 ――そこまで憎いのか……


 アージン評議会に属する一門の抱える感情は、もはや理解不能なレベルだ。

 彼らは王都の全てが憎いのかも知れない。全て破壊したいのかも知れない。

 そして、この王都に入った彼らを蔑む者が許せないのだろう。


 彼らを蔑む者は全て親王派として、片っ端から殺しておきたい。

 やがて彼らが国を完全に支配したときの為、反撃の芽を摘んでおくのだろう。


「ふんっ!」


 ホクトの放った一撃が閂をへし折った。

 激しい音を立てて破壊された扉の奥には、案の定、女たちがいた。

 一糸まとわぬ姿のまま、建物の奥で震えていた。


「あぁ、続きは私がやる。ミタラスを掃討してくれ」

「畏まりました」


 トウリの指示を聞いたホクトはミタラス内部へと進んで行った。

 それを見送ったトウリは、まだ覚醒していない大志小志を集めた。


 未青年と言う事で検非違使の中でもサポート側に回る少年少女たち。

 彼等は揃いの赤尽くめな衣装で顔を隠していた。


「一緒に来るんだ。まだ覚醒しちゃ駄目だぞ」


 少年少女たちが『はいっ!』の返事を返すと、トウリは建物の前に立った。

 トウリは彼らの父親役だ。そして、ここでも穏やかかつ朗らかな声で言った。


「さぁ、出てくると良い。何も心配ない」


 笑みを浮かべて手招きしたトウリ。

 その姿を見た建物の奥から声が聞こえた。


「……トウリ様ですか?」


 探るような声には明確な不安さが混じった。

 だが、それと同時に助かったと言う安堵感もあった。


 ――そうか……


 この女たちはここで男達の遊び道具になっていた。

 その恐怖と猜疑心が溢れているのだった。


「その通りだ。王の密命を受けていたが、ここへ帰ってきたのだ」


 トウリは構うこと無く建物の中に入ったが、その中は余りに酷い状態だった。

 女たちを捕まえて回していたのだろうか、男達の欲望の臭いが渦巻いている。


 俗に、強姦は魂の殺人と言うが、愛の無いセックスの果てにあるのは自壊だ。

 若い兵士達の欲望の捌け口にされ、女たちは心身共に傷ついていた。

 安堵の表情に混じる暗い翳は、口さがない言葉の暴力への怖れだろう。


 例えそれがどれ程強引なものだったとしても、見知らぬ男に股を開いた女だと。

 そう陰口をたたかれ続ける運命が目に見えているのだ。


「……何か身に纏うものが要るな」


 一旦建物を出たトウリは尉判官のそばにいた大志達を集めた。

 まだ若い検非違使候補達が一斉に集まり、トウリは一つ首肯した。


「周辺の家から布を集めてくるんだ。出来るだけ大きな布だ」


 衣服を集めるには時間が掛かる。

 だが、布きれであれば、身に纏うだけで良い。

 そんな読みだったトウリだが、実際上手く行ったようだ。


 裸の女たちは布を巻き付けた姿で建物を出た。

 何人居るんだ?と数え始めたが、30人を超えたところで勘定をやめた。


 国軍の中で閑職に追いやられた反王権派の配下達は、同じように無聊を託った。

 その結果として、鬱屈した劣等感のみを悶々と育て続けたのだろう。

 いざそれが解放されたとき、それは人間の本性が爆発してしまうことになる。


 力による隷属の強要。


 それは際限なき怨嗟の連鎖が始まる始発点なのだった。


 ――本気で腐ってるな


 ウンザリ気味になって城を見上げたトウリ。

 城のバルコニーにはウォークの姿があった。


 ――城へ行くか……


「ハヤテ! 城への道はどうだ!」


 女たちを引き連れ歩くトウリ。

 そのまわりを大志と小志が囲み、護っている。

 まだ子供とは言え、彼らは立派な覚醒体になれるはず。


 だが、女たちへ恐怖を与える事が無いよう、まだ覚醒しないでいた。

 その辺りの気の配り方は、この検非違使別当で一気に学んだものだった。


「ただいま道を開きました! 城へ行けます!」


 前線から戻ってきたハヤテは、アチコチに返り血を付けていた。

 猛烈な戦闘をしたのだろうが、全くの無傷なハヤテ。

 その実力は、イワオをして検非違使随一の称号を得た火長の頂だ。


「やぁ、ちょっと酷い天気だな。城はどうだ?」


 余り笑えない挨拶でトウリは切り出した。

 出迎えたウォークが苦笑いする中、トウリは大手門を通過した。


 城の前庭に入った一行だが、ハヤテは前庭の脇に控えている。

 城の入口を閉鎖していた評議会側の衛兵は、どうやら壁のシミになったようだ。


「随分と……団体様ですね」


 ウォークはその惨状に眉根を寄せた。

 裸の女たちが布きれを身体に巻いて立っている。

 その足下には男達の滾る欲望が液体になってこぼれ落ちていた。


「城の風呂を使わせてくれ。それと、何か着るものを」

「それなら城詰め女官達の使っていた衣装がそっくり残っていますよ」


 ……その僅かな会話でトウリは理解した。

 ウォークは事実上ひとりで城に残っていたのだ。

 僅かしか無い食料を食い潰すこと無く、じっとチャンスを待っていたのだろう。


 ――そうか……


 トウリもその中身を察していた。

 リリスの夢で繋がれば、あのキツネにばれるのだろう。

 だからこそ、ウォークはここで物理的な手段を使っていたのだ。


「ところでエディはどうしてる?」


 カリオンでは無くエディと言ったトウリ。

 その名で王を呼べるのは本当に一握りだ。

 つまり、逆に言えばそれ自体が王を指す隠語でもあり、符牒でもある。


「揺りかごで悠々としてますよ」


 楽しそうに笑ったウォークがそう言うと、トウリも笑っていた。

 王はシウニノンチュで牙を磨いている。その意を読んで取ったのだ。


「まぁ、今までアレコレ忙しすぎた。少しくらいはゆっくりしても良い――」


 幾度か首肯しつつそう言ったトウリは、振り返って隊列の中央を見た。

 そこにはサンドラとガルムが居て、その周囲を検非違使が固めていた。


「――まずは女たちの長を帰しに来た。で、闇の長は?」


 サンドラが表向きの長なら、リリスは闇の側の長。

 予備知識の無い者なら、闇の長は細作の長と考えるだろう。

 だが、そんな者とは比較にならない存在が城に居る。


 それを知る者は、評議会には一人も居なかった……


「御座所にて健在です。もっとも、最近はつまらないが口癖ですがね」


 誰とも夢で繋がれない以上、リリスだって手持ち無沙汰なのだろう。

 死んだはずなのに死にきれていないシャイラを虐めて遊んでいるのかも。

 そんな事を思って背筋を寒くしたトウリ。


 ウォークは僅かに表情を変えて囁いた。


「ただいまジョニーさんが向かっています。アレックスさんやフレミナのオクルカ殿と合流し、新生近衛を編成しつつあります」


 なるほど……


 トウリもまた悪い笑みをニヤリと浮かべ、振り返ってサンドラ達を呼んだ。


「城の中は少々荒れているようだ。彼女達に仕事を与えてやってくれ」

「えぇ、そうしましょう」


 本来は夫婦だった二人。だが、今は帝妃と検非違使の長。

 その二人の間の子供である筈のガルムは、帝妃の付き人だ。


 だが、もはやその事に感慨もわだかまりも無い。

 今はもう全てがル・ガルの為に……と、そう考えていた。


「じゃぁ、皆こっちに来て」


 サンドラに引き連れられ、女たちは城へと入って行った。

 その姿を見ていた評議会側兵士の生き残りが、静かにその場を離れようとした。

 ただ、それを見逃すほど検非違使は甘いわけでは無い。


「どこへいくのだ?」


 その襟倉を摘んだハヤテは、力一杯に遠くへ放り投げた。

 上空へ高く飛んだその兵士は50メートル近くを空中散歩した。


 ただ、そのままエラスタ通りへ落ちれば、絶命するのは道理。

 血を吐いて死んだ兵士を眺めつつ、トウリは言った。


「大学を開放する。前進せよ」


 トウリの指示を聞いた検非違使が一斉に振り返った。

 城の周りを固めていた彼等は総勢で100名を越える。


「大志は覚醒して支援につくといい。小志はここで留守番だ」


 腕を組んで状況を眺めているトウリ。

 だが、大志の一人が血相を変えて戻ってきた。


「べっ! 別当さま! 大至急前線へ!」


 『ん?』と、不思議に思ったトウリは、サンドラ達を城へ見送り通りへ出た。

 何をそんなに慌てて……と思ったのだが、そこにいたのは夥しい市民だ。


 ――――たっ! 助けてください!


 一斉にそう叫んでいる市民たちは、本気で恐慌状態だった。


「何が起きた? 落ち着いて話してみよ」


 ――――それが!


 興奮した市民たちは口々に『王の話は真実だった』と言い出し始めた。

 何が起きているのか要領をつかめないトウリは、ややイライラしつつ前に出た。

 そして、そこで()()を見た


「馬鹿な……」


 覚醒したまま頭を吹き飛ばされて死んでいる検非違使がいる。

 死んだ時にはヒトの姿に戻るケースが多かった筈なのだが……


「なんだ?」


 愕然としつつも前進したトウリ。

 そのトウリの元へ大志達が集り始めた。


「火長主さまが別当のところへ行けと! 城へ入って門を閉めよと!」


 覚醒した姿の若い検非違使は、トウリをヒョイと抱えて城へ走った。

 ただ、その視点が高くなった事で、トウリはその驚愕の事態を知った。


 ――こんな時にか!


 ミタラスの中央部付近、戦列を敷いていた評議会軍が次々と死んでいた。

 その向こうにいたのは緑色の戦衣に身を包んだヒトの軍勢だ。

 いつか見たあの銃という武器を抱え戦列を作り前進していた。


「全員城へ入れ! あれには対抗できない!」


 トウリはあらん限りの声で叫んだ。

 その声を聞いた市民が一斉に城へと流れ込んだ。

 その最中も遠くから何かを連打する音が聞こえてくる。

 まるで戸板を棒で殴り続けるようなタタタタタと言う音だ。


 ――この鉄火場であれが現れるとは……

 ――ある意味で良い頃合か……


 王都のマスコミを力尽くで黙らす良い理由が出来た。

 トウリは酷く悪い政治家の笑みを浮かべるのだった。

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