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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~信義無き世に咲く花を求めて
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検非違使の進軍

~承前






 茅街から延びる街道は、基本的に3本しかない。

 1つは尾根を越えカモシカの国へと続く国際ルート。

 別の1つは古都ソティスへと続くゼルの道。

 最後の1つは、王都から直接伸びる、街道とは呼べない細道。


 そのどれもがこの数年で目覚しく整備されていて、大きく発展している。

 全てはヒトの街を巡る様々な思惑故だが、結果的にはますます栄えていた。

 何より、世界中からより多くのヒトが集り始めたのだ。


 覚醒できる者や覚醒前の素体。そして、覚醒するものの暴走してしまう者。

 それら全てを受け入れた茅街は、現状では検非違使を増やしている状態だ。


 本来は太陽王の隠密として様々な任務をこなしていた検非違使。

 だがこの日、その検非違使は凡そ百名全てが揃いの装束で進んでいた。

 王都へ直接伸びる細い街道を……だ。


「別当…… 良いのですか?」


 トウリのすぐ隣を歩いている男がそう切り出した。

 検非違使の中の実働部隊である赤組を率いる男、ハヤテだ。


 佐次官という肩書きになるハヤテは、ヒトの姿のまま旅装束だ。

 基本的には闇に紛れて動く検非違使だが、今日は眩い太陽の下だった。


「良いのかって……なにが?」


 トウリはゆるい調子でそう聞いた。

 王都へ向かう道すがら、ハヤテは白組の長であるホクトと共に不安で一杯だ。


「いえ…… 我々が白日の下を歩くなど…… 恐れ多くて」


 ホクトは空を見上げ目を細めた。

 眩く輝く太陽は、今日も青白い光を降り注いでいた。


「我々検非違使は太陽王最強の懐刀だろ? ならばこんな時には王の為に行動するべきだし、それが忠誠ってものだと私は考えるが?」


 トウリは何の迷いもなく、真っ直ぐにそう言いきった。

 僅かの竣巡や躊躇を見せることなく、それが我らの使命だと言い切った。


「それにしても……」


 ホクトは検非違使の一団を見て、不安げに言った。

 今回は太陽王の命ではなく、別当トウリ卿の指示での出撃。

 ややもすれば、反乱の意図ありとされかねないからだ。


「心配ないさ。なにも王都で反乱を起こそうって事じゃない」


 トウリは笑みを浮かべつつ隊列の後ろを見た。

 検非違使の大志や小志に護られる所にサンドラの姿があった。

 その隣にはガルムの姿も見え、すぐ脇にはイワオとコトリがいた。


「我々は王都に向かい、王の帰還を待ち、そして王の家族を城へと届ける。それに合わせ、王権に刃向かう愚か者達を一網打尽にするのだ。これこそ我らの使命だろ」


 勝手に満足そうな笑みを浮かべ、トウリはそう言いきった。

 完全な自己満足の行動だが、その意図は終始一貫の忠誠が元だ。


「……私は私のしでかした事の責任を取らねばならない。本当ならば百度八つ裂きにしても足りないほどの憎しみが有る筈なのに、それでも王は私を許してくれた」


 それの意味するところをわからない佐次官達ではない。

 いくらその中身がやむを得なかったとしても、トウリ卿の罪は甚大だ。


 いかに悔いたとて、取り返しのつかない命を失った。

 王の幼き日々からの大切な存在を、その吾子ごと殺してしまった。


 おそらく、並みの王であれば寸に刻んで苦しめただろう。

 或いは、死ぬより苦しい辱しめの果てに、焼かれただろう。

 後悔の涙を甕一杯に溜めたとて、許されない程の罪。


 だが、王はそれでも許された。

 大公爵当主から奴隷の階級にまで落としたのは、社会的な制裁の為だ。

 王はあくまでトウリ卿の生存を願った。そして、まだまだ働く事も。


 その結果が、この検非違使別当と言う扱いに帰結した。

 どれ程に恨んでも悔いても取り戻せないなら、せめて役に立て。

 そんな意識でトウリ卿は行動している。


 ハヤテもホクトも、そんな風に理解していたのだが……


「アージン一門の不始末は、アージンの手で付けなければならない。それに、軍の内部にあった反王権派を一網打尽にする良い機会だ。全て炙り出し、捕らえて処分する。これでル・ガルは安泰ぞ」


 果たしてその思惑は、カリオンの考える最上の展開だった。

 王の肩書きなど、実際どうでも良いのだ。


 ただただ、国家が安寧であれば良い。

 不安定にならなければ、それで良い。


 全ての国民が安心して明日を迎えられるように……


 心からそれを願う太陽王を知っているからこそ、トウリはそれに従っている。

 かつては同じ夢を共有したのだから、一切の迷いなど無かった。


「……見えてきましたね」


 ホクトの後ろにいた尉判官がポツリと漏らした。

 遥か彼方に見えるのは、巨石の上に鎮座するガルディブルク城だ。


 その玉座には王が不在となっている。

 結果として周辺国家の抑えが甘くなっているだろう。

 そもそも、近衛騎士団最大の任務は、国境地帯の巡回監視だ。


 親衛隊と近衛騎士は王の代理という権限がある。

 すわ国境扮装となった場合、その権限において初期対処するのだ。


 そんな近衛を解体してしまった評議会は、周辺他国をどう御するのか。

 トウリはそれが不安で仕方が無かった。


「さぁ、サクサク行って寝言を並べる連中を一網打尽にしよう」


 トウリはなんら気負う事無く前進し続け、夕刻までにあと5リーグに迫った。

 ただ、ガルディブルクが迫るにつれ、その異常な空気がヒシヒシと感じられた。


 狭い街道だが、その各所に様々な物が投げ捨てられているのだ。

 馬上槍や胸甲は言うに及ばず、馬の鞍など馬具も大量にあった。


「近衛騎兵の使っていたものか?」


 怪訝な様子でそれを見ていたトウリだが、ホクトはその槍を拾って確かめた。


「どうやら正解ですね」


 槍の穂先の付け根辺りにカリオン王を示すマークが付いている。

 螺旋を描いて零れ落ちる光をシンボライズしたもの。

 それこそ、五代目太陽王のマークだった。


「いよいよ腐った連中だな……」


 ウンザリ気味にぼやいたトウリ。

 ハヤテとホクトは渋い表情だった。


「こうなると王都の状況が心配ですね」

「面倒な事などしてなければ良いのですが……」


 ふたりが心配するのは、王都の中における親王派狩りや粛清だ。

 いつの時代でもどんな文明でも、とんがった主張をする少数派は同じ事をする。

 自分達の意見が大衆に受け入れられないとき、彼らが起こすのは大概それだ。


 恐怖政治が向かう先は、力による服従と恐怖による支配。

 そして、度重なる見せしめの虐殺と、怨嗟の積み重ね。

 やがて我慢の限界に至り、大爆発を起こす。


 ただ、その時にはもう国家の体をなさなくなるのだが……


「まぁいいさ。行き着く先は墓穴だ――」


 トウリの言葉にハヤテとホクトがクスクスと笑った。

 もちろん、佐次官に付き従う尉判官達もだ。


 ル・ガルの諺にある通り、『曲がらぬ樹を曲げれば墓穴が出来る』のだ。

 曲げられぬものを力で曲げれば、樹が倒れて穴が出来る。

 道理の通らぬ事をすれば墓穴を掘ると言う警告だった。


「――せめて我々は、その上から土をかけてやろうじゃ無いか」


 遠慮無くそんな事を漏らしたトウリ。

 ヒトの一団と言う事で宿場が使えず、一行はやむを得ず開けた平原で野営した。

 茅街に近いところであれば話もしやすいのだが、さすがに王都近くでは無理だ。


 早朝のまだ日が低い時間に出発し、ガルディブルクへと迫った一行。

 だが、一行が王都郊外へ達した時にそれは起きた。


 ――――来たぞ!

 ――――本当に来た!

 ――――サウリクル卿だ!


 王都郊外の草原地帯に、大量の市民が待っていた。

 それも100や200の数じゃ無い、夥しい量の市民だ。


 少なく見積もっても万単位の人々がそこに居る。

 彼らは着の身着のままに草原の中で佇んでいた。


「……諸君らは、どうしたのだ?」


 トウリの発した問いに対し、多くの市民が一斉に声を上げた。

 どの声を聞いて良いのか解らず、一瞬だけトウリはパニックを起こす。

 だが、両手を前に伸ばし『待て待て』の仕草をして全員を落ち着かせた。


「いっぺんに喋られても聞き取れない。まずは君からだ」


 トウリに指さされた者が首肯して言った。


 ――――王都の中心で学生達が評議会軍と戦っています!

 ――――彼らは容赦無く大学に火を放ち学生達を追い払っています!


 その言葉が口火になった様に、市民達が順序よく王都の状況を話し始めた。

 トウリは黙ってそれを聞きながら、要所要所でメモを取った。

 ただ、そのメモを後から見返しても、恐らく10人が10人理解不能だろう。


・王都中心部に凡そ10万の評議会派軍が結集している

・彼らは評議会の走狗となっていて王都は酷い状態だ

・評議会軍は市民の住居を勝手に占拠し居座っている

・総合大学内部は激しい攻防戦が続いているらしい

・投降した学生を並べ自己批判を強要している

・投降しない学生には弓矢を使って殺傷前提の攻勢を掛けている

・トウリ卿の上京を警戒した評議会軍は市民を郊外へ追い出した

・トウリ卿に抵抗し都への侵入を妨害せよと指示が出ていた


「……俄には信じられないな」


 余りに酷い話が並んでいて、トウリは言葉が無かった。

 ただ、そうは言ってもこの市民を見れば理解も出来る。

 彼らは文字通りに着の身着のままだ。


 手に持つどころか食料や武装すらなく、投石で抵抗せよと言われていた。

 そして、各所に近衛の使っていた武器があるから、勝手に使えとの事だ。


「諸君。我等は王都へ向かう。すまんが道を開けてくれ」


 トウリの言葉に市民がサッと道を開き始めた。

 王都郊外へ追い立てられた市民は、どう勘定しても10万は居るようだ。


 そもそもガルディブルクの人口は100万に手が届く大都市。

 しかし、王都中心部となれば、その数はグッと減る。

 ミタラスなど、王都の中心部に住む者を集めれば、その数になるのだろう。


 ――なるほどな……


 この時点でトウリは評議会軍の意図を悟った。

 彼らはミタラスで籠城する腹だ。


 だが……


 ――何処からか援軍が……?


 そう。問題はそこなのだ。

 国内勢力で王都を目指す一団がどこから来るのだろうか?

 それとも、何処かの他国から軍隊を引き入れるのだろうか?


 どっちにしても正気の沙汰とは思えないが、勝算無き籠城は地獄。

 その状態でミタラスに籠城する以上、何かしらの思惑がある筈。


「別当。如何しましょうか」


 いつの間にか赤尽くめで顔を隠したハヤテがそう言った。

 その隣に居た同じ赤尽くめのホクトも『前進しますか?』と問うた。


「そうだな。行こう。行って王都を解放しよう。それが必要だ」


 トウリは再び先頭に立って歩き始めた。

 その後を検非違使達が戦闘装備になって付き従う。


 初めて見る異常な集団に、市民は密かに興奮していた。

 前々から噂になっていた『王の密使』が王都に来たのだ。


 ――――ヒトだ……

 ――――ヒトの密使だ……

 ――――王の遣いの者達だ……

 ――――恐ろしいぞ……

 ――――恐ろしいぞ……


 ヒソヒソと漏れる声音を聞こえないふりでやり過ごしたトウリ。

 だが、王都郊外を抜けミタラスに差し掛かったとき、表情をグッと厳しくした。


 ビルタ通りに掛かる大橋の向こう側。

 ミタラス島内の検問所辺りには大きな柵が築かれていた。

 ただ、問題はその柵の向こう側だ。


「あいつら!」


 トウリが瞬間的に沸騰したのもやむを得ない。

 そこには、素っ裸の娘達が兵士達にワインを配って歩いていた。

 兵士らはそんな娘達を引っ張り込み、各所から悲鳴と助けを求める声が漏れた。


「諸君! まずはあそこを突破する!」


 トウリは持っていた太刀を抜いた。

 父カウリから受け継いだ、巨大なブロードソードだ。


 カウリ譲りなガッシリとした体格のトウリは、ブロードソードがさまになる。

 馬にでも跨がれば、きっと迫力ある騎兵となるだろう。


「覚醒! 征け!」


 トウリの言葉に次々と検非違使達が覚醒した。

 その身体を巨大化させ、一斉に検問へと襲い掛かった。


 複雑に組み上げられた丸太を蹴散らし、ミタラス内部へと検非違使が進む。

 その迫力たるや、享楽に耽っていた評議会兵達が一瞬凍り付くほどだ。


 ――――なんだてめぇ!


 誰かがそう叫んだ。誰もが激しい戦闘を予見した。

 ただ、その前に絶望的な現実が彼らに突き付けられた。

 巨大なバケモノとなった検非違使は、その拳を凶器に襲い掛かったのだ。


 地を這うような低い一撃が決まり、兵士は10メートル以上吹き飛んだ。

 血と臓物と脳漿とを撒き散らしながら絶命した時、壮絶な粛正戦が始まった。


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