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卒業式

 カリオン達の完勝により、努力の人フレデリックは上席卒業生として首席卒業を決めた。寮連隊長であったパトリックもまた首席のフレデリックに僅差で続いて次席卒業となった。新興ながら貴族であったはずのパトリックは平民であるフレデリックに首席を譲ったのだった。

 それもまた貴族に課せられた不可避の義務(ノブレスオブリージュ)であり、こういう部分で実績を積み上げて貴族の格が上がって行くのだ。


 ただ、残念ながら今この場では、馬小屋以下だったバラックからホテルへと移る事になったカリオンらの功績を称える事に皆が夢中で、パットの品行方正な振る舞いはスルーされてしまう。


 だが、それに文句を言えないのもまた貴族の義務。

 男の道は辛いのだ。


 その後、優勝したバラック大隊の卒業生から順に、国家騎士団の士官を示す黒の腰帯を授与された。長らく使っていた士官候補生を示す白の腰帯は、四年間の思い出と共に手元に残るだろう。

 学生指導長ロイエンタール伯と並んで式を見守っていたカウリ・アージン伯が最後の訓示を読み始める。やや遠く声を聞き取りづらいのだが、カウリのよく通る声がカリオンの耳にも届いていた。


「諸君! 卒業おめでとう!」


 最初の第一声で会場に拍手が溢れた。


「諸君らは太陽王を。このル・ガル帝國を支える大切な柱である。重要な柱である。王の手が国民を守らんとする時、そなたらはその最も重要な存在となる。全ては国家と国民を護る為に、その盾となり剣となり、そして不退転の決意で戦線を守る砦となる。諸君らがこの四年間に学んだことを正しく発揮し、如何なる外敵からをもル・ガルを護る最強の精兵として、それぞれの任地へ赴任してもらいたい」


 再び拍手が溢れた。

 希望溢れる明るい笑顔が卒業生からこぼれている。

 その姿をカリオンは眩いほどだと思った。


「そして、諸君らがそうして良いと思うのであれば、諸君らの子や孫やその子孫たちに、イヌの誇り伝えて行ってもらいたい。仲間のために喜んで血を流し、家族のために危険を顧みず、同胞のためにその一命を投げ打ってでも戦い続ける。イヌの団結は全ての種族のそれに勝るのだと。あえて地下深くに忘れられる捨石と成ろうとも、勝利のために必要な事を躊躇無く行い、愚直なまでに他人のために生きる事を誇りとして貰いたい」


 今迄で一番大きな拍手が沸き起こった。

 卒業生だけでなく、在校生や貴賓席に座る来訪者や、卒業生の家族らや。そして、この学校出身の多くの軍務に付く者たちが割れんばかりの拍手を送った。


「我々イヌの国軍は三百年に渡ってイヌの国家と国民を脅かす存在と戦って来た。我らが護るべき存在の平和と安定とそして笑顔の為に、我々は泥に塗れ雨に打たれ、吹雪荒れる峠も灼熱の砂漠も踏破して来た。その強い意志と自己犠牲の精神を、皆に伝えて欲しい。それだけでなく、軍務に無い時もいずこかの戦地で任務に着く仲間の安全を祈って欲しい。今この時も、西方では太陽王シュサ帝自ら軍を率い、このル・ガルのために戦っておられる。帝国の歴史は独立と尊厳を護る為の、その流血の歴史といってよいのだ。他人のために戦う我らである。自分の為に戦ってくれている誰かのために、どうか心からの祈りと、そして、感謝を捧げて欲しい。物言わぬ亡骸となって帰って来た時には、心からその名誉を讃え、そして敬意を示して欲しい。全てにおいて、士官は全国民の手本であれ!」


 拍手と共に歓声が沸き起こった。

 卒業生達が両手を高々と突き上げ、その志の貴きを示している。

 その姿をカウリ卿は満足げに眺めた。


「諸君らの歩む先に、まともな道は無いだろう。辛く苦しい道のりを、血を流しながら歩むことになるだろう。だが、諸君らの歩いた後には、必ず立派な道が出来る。後に続く者達の為に、その苦しみをどうか耐えてもらいたい。忍んでもらいたい。いつの日か、軍務を解かれた日。諸君らは誰にも負けない誇りを手にするだろう。その日まで壮健であれ! ル・ガル万歳!」


 会場から割れんばかりの拍手と歓声が響き、卒業生達が空へ向かって一斉に帽子を放り投げた。その軍帽が太陽に煌めき、父母や在校生や多くの出席者が拍手を送る中、卒業生は巨大な奔流となって校庭を飛び出していく。


 そのシーンを見ながら、カリオンは肩の荷が下りた思いだった。

 気がつけば隣にはジョンが立っていた。良い笑顔だとカリオンは思った。


「予定通りだなエディ」

「ジョニーのお陰だ」

「嘘こけ。おめーが一番喰ってたじゃねーか」

「そうか? アレックスも凄かったぜ?」

「デブも役に立つんだな」


 カリオンとジョンで気の置けない会話をしていた所にアレックスが割り込んだ。

 いつものことだが、一番いいタイミングでアレックスは現れるのだった。


「おいジョニー。てめぇまた俺の事デブって言ったろ」

「言ってねぇって。役に立つって言っただけだ」

「……士官は嘘をつかねぇよな」

「もちろんその通りだ」


 胸を張って答えたジョン。

 だが、いたずらっぽい笑みは消えていなかった。


「ただなぁ、生憎俺はまだ候補生だからなぁ。士官じゃねぇ」


 三人して快活に笑い、卒業生を送り出したカリオン達。

 いままで二年生だった上級生が三年生になり、そして三年生は四年生へ進級した。

 カリオン達ポーシリは二年生へ進級する。

 だがその前にやってくる三ヶ月間の休暇を前に、皆が浮き足立ち始める頃だった。





 ――――数日後





 カリオン達ポーシリは一年暮らしたバラックの中を綺麗に掃除していた。

 騎馬戦の結果を受け寮を移る準備だ。引き渡しの支度を終え最終検閲を受けていた。


 ある意味で戦乱が続く世界であるからして、建物などの接収や引き渡しは年中行事とも言えたのだ。だからこそ士官はこの様に連隊転地訓練を行う仕組みになっている。

 

 その施設に入る前より出て行った後の方が綺麗になっている。それがル・ガル士官の常識である。ただ、それを支えるのはやはり末端最下層の兵士達であり、ここビッグストン王立兵学校の場合はポーシリがより多くの汗を流すことで支えられていた。


「各部の清掃終わりました。各部屋の撤収も完了しています。ラックの解体。及び衣嚢棚の撤去。食器類の持ち出し終わりました」


 報告を上げたカリオンは直立不動で新連隊長スティーブンの検閲を受ける。

 その姿勢に些かのブレもない。


 隅々まで気を配って清掃したバラックは初めて入った時より遥かに綺麗になっていた。

 カリオン自身も正直に言えば信じられないくらい汚い環境だったのだが、思えばこの一年で随分と綺麗になったものだ。


「よろしい。合格とする。寮指導教官に引き継ぎ処理を依頼してくるから、いつでもここを離れられるように準備しておくように。最後まで抜かるなよ」


 上機嫌でバラックを離れたスティーブンを見送ったカリオン。

 一人になってから改めてバラックの中を見て回った。


 一番最初に殴り合いの喧嘩に及んだ部屋。

 あの時はジョンと決着が付かず、それがきっかけで半年以上殴り合いをやり直した。

 今はカリオンの身の上を知る数少ない理解者の一人だが、やはり口の悪さと手の早さは代わっていない。


 そのまま進めば、上級生の陰湿な『指導』をさんざん受けた洗濯室。

 制服のズボンに折り目を付けるプレス掛けを何度やり直しても合格が出なくて、結局一睡もせぬまま翌日の授業をうけたカリオン。


 三日三晩指導を受け、最後には疲労で授業中に失神しエラい事になったのだった。

 学生自治委員会が機能していないと言うことで講師陣の指導が一週間連続であり、寮内が最悪の空気になったのカリオンは苦笑いしながら昨日の事のように思い出す。


 結局は最後までカリオンの正体を知らないまま卒業した四年生も多いはずだ。

 後から思えば先にカミングアウトするべきだったか?とカリオンも思うのだが、やがて身バレする日も来るだろうからと割り切ることにした。


 そして、何度呼び出されたか分からない大隊長室。

 一番最後の呼び出しで部屋に入った時、パトリック・ブーン大隊長と共にカウリ卿とロイエンタール伯が一緒にいて『甥っ子が一年世話になったな』とカウリ卿が口を開いた時、パトリック連隊長は失神しかけ、カリオンは本気で驚いた。

 だが、その後でカリオンが頭を下げ『一年お世話になりました』と挨拶を送った時、パトリック連隊長は全て問題ないと悟って深く安堵したらしい。


 ――――人を育てるのが目的だったのだ。君は良くやってくれた。


 そう、努力を労われパット連隊長は『自分自身も多くを学びました』と答えた。

 カウリ卿の満足そうな笑顔が、カリオンは何よりも嬉しかった。自分の事で上級生の人生を左右しかねなかったのだ。ホッと一息ついたカリオンは寮の入り口に立ち、新連隊長の帰りを待っている。そこへジョンとアレックスがやって来た。

 浮かない顔だった。


「どうしたんだよ」

「……西側、やべぇぞ」


 先に答えたのはアレックスだった。カリオンはジョンを見た。

 心無しか毛艶が失われ、精神的に疲労しているのが見て取れた。


「ジョニー」

「あぁ、心配ねぇって。あのクソ親父がくたばる訳ねぇ」


 精一杯強がったのだが、それでも親類の安否を心配する姿は悲痛だった。ましてやそれが血の繋がった親なのだ。たとえそれが『いつか殺してやる』と言う憎い存在だったとしても親なのだ。たった二人しか居ない父と母の片方だ。


「それよりエディはどうなんだよ。太陽王もボチボチいい歳だぜ?」

「あぁ。正直に言うと三歳の時に別れたきりなんだ。俺の知ってるシュサじぃちゃんは、その時点でも本当に爺さんだった」


 ボロッとこぼしたカリオンの言葉にアレックスが驚いた。


「やっぱ噂は本当だったんだな」

「なにが?」

「いや、剣も馬術も勉強もトップを走ってるマダラの男は太陽王の孫だって」


 カリオンは恥ずかしそうに笑った。

 だが、ジョニーは怒りを噛み殺すようにアレックスの胸を突いた。


「おぃアレックス。てめぇ…… わかってんよな? あぁ?」


 何処のチンピラだと言う感じで凄んだジョニー。

 だが、アレックスもその言葉の意味を正確に理解している。


「分かってるって。言いたくねぇよな、普通は。色眼鏡で見られんのは面白くない」

「それが分かってりゃ良いんだよ。こいつは士官学校のタダの一年生(ポーシリ)だ」

「あぁ。それ以上でもそれ以下でもない。同じ士官候補生だよな」

「そして、俺達ポーシリ最強の喧嘩三人組な一人だ。忘れんじゃねーぞ」


 アレックスが牙を見せて笑った。

 こんな時に見せるアレックスの笑顔は、何処か童顔の残る憎めない顔だった。

 ジョニーも同じ様に笑っている。何処か凄みのある無頼の笑顔だった。

 自分がどれ程不利で悪条件に陥ろうとする時でも『気にいらねぇ』と平気で言い放ち、笑いながらそれに甘んじる男だ。そんな男の気迫は、カリオンにとって一番の宝物だった。


「まぁ、いずれにせよ西側戦役は一筋縄じゃ終らないよな。過去何度もガチでやりあってんだ。向こうだって研究してる筈だし。相手を実力以上に評価する必要などないが、だからと言って侮れば負けるよ」


 カリオンは小さな溜息を吐いた。


「じぃちゃんが油断なく戦ってくれる事を祈るしかないない」


 遠くの空を見ながらそう呟いた時、寮指導教官が新連隊長スティーブンと現れた。

 カリオンたち三人は整列して敬礼で出迎えた。士官学校で一番大切な一年生の一年間を過ごしたバラック寮は、終生カリオンの思い出の中に残るのだった。


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