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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~信義無き世に咲く花を求めて
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トウリ接触


「おやおや、随分とご無沙汰ですが……これは一体どういう事ですかな?」


 トウリは鋭い声でそう言った。

 茅街中心部の大広場には、ル・ガル国軍騎兵が結集していた。

 都より派遣された彼等は、およそ二千騎に及ぶ大軍勢だ。


 揃いの胸当てを付け、同じ柄の飾りがついたマントをつけている。

 馬の手入れは行き届き、その姿に一分の隙も無かった。


「なに、難しい事を要求しにきたわけじゃないんだよ、若」


 穏やかな口調でそう言ったのは、隊列の先頭に居た子爵だった。

 世界最強の騎馬軍団を抱えるル・ガルにおいて、馬の生産は一大産業だ。

 その養馬業の全国協会は、国軍とも結びつきの深い重要団体。


 そして、その役員や委員といえば、引退した上級騎兵士官の天下り先。

 軍人恩給に加え現場との橋渡しで幾許かの捨扶持を貰う老騎士は割と多い。

 そんな彼らの最高顧問として君臨するのは、名家ブロック家の男だ。


 かつてはカウリの率いる近衛騎兵団の第一師団を常席としていた男。

 トウリもよく知っている、かつての父の部下だ。


 ロス・ギャロップ・ブロック


 今はアージン評議会にあって、軍事部門の実行リーダーだった。


「難しい事じゃない? それは一体?」

「いやなに、若が生きていたんなら話は速いのさ」


 ブロックはニコリと笑って両手を広げ言った。

 満面の笑みを浮かべ、何とも誇らしい笑顔だ。


「さぁ、ガルディブルクへ帰ろう! 太陽王の椅子が君を待っている!」


 芝居がかったようにそう言ったブロック。

 だが、トウリは思わずプッと吹き出した。


「何を言い出すのかと思えば…… 寝言は寝床で言って下さい」


 クルリと横を向き、トウリは手を空へ翳しながら言った。

 翳した手で太陽の光を感じ、その手を見上げて薄笑いを浮かべる。


「私はこの街の管理人です。私の実力からすれば、この程度が関の山ですよ」


 いつの間にかトウリの周りにはヒトが集っていた。

 その全てが炯々とした敵意と殺意をむき出しにしてブロックを見ていた。


「……おぉ、なんと嘆かわしい!」


 ブロックも空を見上げると、右の手を額に添えて言った。

 その芝居がかった振る舞いが白々しい限りだとトウリは思った。


「若はあの偽の王に都を追われ、ヒトの街でヒトに転んだと聞いていたが……噂は真実であったか! 正当なる五代目太陽王としての肩書きどころか、今は奴隷の身分とは……亡きカウリ卿になんと申し開きいたそうか!」


 何とも酷い物言いだと思ったが、ブロックの取り巻きたちは一斉に声を上げた。


「ブロック卿。きっとトウリ殿は幻覚でも見ておられる」

「然様ですな。都の惨状を見れば正気を取り戻されるだろうて」

「ここはひとつ、手荒と呼ばれても若を都へ……」


 馬挽輸送業組合の理事を務める理事メサロ・ハル・ブルツィオ。

 旅客馬車業協会の会頭、シロッコ・ラル・ヴィレムセ

 そして、全国信用組合の会頭であるメネ・フヤス・デサンディス。


 この3人もまた、かつてのカウリの部下だった。

 そして、トウリが幼い頃から王都のサウリクル邸へ出入りしていた。

 トウリとは面識のある面々が、次々とそう言ったのだ。


「そうだな……それが良い。若の為にも、またル・ガルの為にも。もちろん市民のためにもな」


 ブロックは幾度も首肯すると、辺りの騎兵を睥睨し言った。

 馬上槍の穂先に付いていたカバーを取り、その槍を一振りしながら。


「若きイヌの王を転ばせた罪深い者達に贖罪させよ。全てのイヌの為に」


 その言葉にトウリの表情がスッと翳った。

 ル・ガル官僚の衣服や高級貴族を思わせる物は何一つ纏っていない。

 だが、少なくともこの瞬間だけは、相手を威圧する肩書きを纏っていた。


「……ほぉ」


 普段よりだいぶ低い声でトウリは切り出した。

 それは、凍て付く北風のような殺意の篭った言葉だった。


「この街は五代目太陽王カリオン王が肝いりで作った、ヒトを保護する為の街だ。この先、様々な困難を前にル・ガルをより良くする為に必要だと判断したからだ。その街を……貴兄らは焼き払うとでも言うのか?」


 トウリの隣に居たヒトの男が上着を脱ぎ諸肌を見せた。

 逆サイドに居た男もまた、それと同じ事をした。

 筋骨隆々に逞しいその身体は、並みの鍛え方ではなかった。


「そうだ……と言ったなら。どうするね?」


 小馬鹿にするようにブロックは軽口を叩いて笑って見せた。

 だが、その言葉を聞いていたヒトの男たちは、全員表情を変えて上着を脱いだ。











 ――――――――帝國歴392年 10月 3日 

           ル・ガル北西辺境部 茅街











「全員……出来ればまだ手を出さないで欲しい」


 トウリは沈痛な表情でそう言った。

 その言葉に機先を削がれたのか、ヒトの男達のボルテージが僅かに落ちた。


「人間と言うものは、どうやら痛い目に合わなくば物を覚えない傾向が強い。そして、警告や諫言の類は回復不能になってからその意味を知る。嫌と言うほどね」


 腕を組んだトウリは、目を瞑って僅かに首を傾げた。

 ブロックは薄笑いのままトウリの言を聞いているのだが……


「私もこうなって始めて……父の言っていた言葉を理解した。直情径行かつ短気浅慮の愚か者。そんな言葉に随分と反発もしたが、実際にあの男の仕事振りを見ていた立場からするとね、その言葉もいまは一言一句間違ってなかったと痛感する」


 フンと笑ってブロックを見たトウリ。

 その目には相手を心底小馬鹿にする色が含まれていた。


「少なくとも自分の願望や都合をね、国家のそれに換骨奪胎して成し遂げようとするような馬鹿な事を、カリオンはしやしないだろう。その点だけとっても、私が王都に入って王になるのは馬鹿げていると断じられよう」


 トウリの言い放った言葉にブロックの取り巻きたちが表情を変えた。

 ことにブルツィオとヴィレムセは露骨に表情を濁らせた。


「まぁ、なんだ。要するに、担ぐ御輿は軽い方がいいって事だが……」

「別にアンタじゃなくったって良いんだぜ?」


 グルグルと喉を鳴らしながら凄んでいるふたり。

 そんなふたりをデサンディスが諌めた。


「君らは喧嘩しに来たのかね? それとも平和的解決のための特使か?」


 アージン評議会から送り込まれてきた彼等は、トウリを王都につれて帰る使者。

 トウリの所にサンドラが身を寄せているとの情報を元に、やって来たのだ。


 その目的はブロックが言ったとおり、新たな王の擁立そのものだった。

 何より、人間的にちょっと足りないと彼らが考えていたトウリだ。

 評議会の傀儡として市民を納得させるための象徴にちょうど良いはず。


 そんな思惑だったのだろうが、当のトウリが全く乗り気ではなかった。

 明確な拒否を示し、抵抗しているのだった。


「そうだな。喧嘩なら受けて立つが出来れば避けた方が良いだろう。アージン評議会なるアージン一門の面汚しは誰一人として気付いて無いだろうが、実際にはル・ガル全体が危機的状況だ――」


 4人を順番に指差したトウリは溜息をこぼしながら言った。

 それこそ、本気で心底馬鹿にするような、そんな調子だった。


「――ここまで来て雁首並べてる脳天気ならは気付いて無いかも知れないが……ネコやトラの国の監視がどうなってるか、誰か把握してるのか? まさか全く把握して無いってことは無いよな?」


 冷徹な官僚としての顔をのぞかせたトウリ。

 その言葉に評議会の四人は少なからぬ動揺を見せた。


 恐らくは、純粋な私怨と報復とが目的なのだ。

 そしてこれは、かつてゼルに教えられたクーデターと言うものだ。

 王権に対し反逆する姿勢を見せ、それに賛同する者を糾合する。


 おおかた、マダラの王がどうのこうのとやったのだろう。

 所詮はこの程度なんだろうなぁと暗澹たる気持ちになったのだが……


「まぁ…… 要するに若の言うとおりだ。だからこそ我々は君の参画を希望していると思ってもらって良い」


 ブロックは率直な言葉でそう伝えた。

 王佐の才を発揮したトウリは、評議会に必要なのだ。


 少なくともカリオン政権の中枢に指一本触れられなかった面々ばかり。

 それ故に、実際の国政を司るには、余りに力量が無さすぎた。

 少なくともそれは、国民には悲劇だった。


「私が参加して…… 一体何だと言うんだ? 何か旨みのある話かい?」


 基本的にイヌはお馬鹿と言って良い。そんな国家の要職にあったのだ。

 普通に考えれば、少なくとも喉から手が出るほど欲しいのだろう。

 少々剣呑な調子になり始めたトウリは、渋い声音で続けた。


「都合が悪くなった時の責任要員としてなら歓迎しかねるよ。少なくとも、私にはあんな重責は勤まらない。どうしてもその手の人間が要るなら、それこそ噂に出てくるカリオンの偽者でも据えておけば良いだろう?」


 だからお前らはバカなんだと言わんばかりにトウリ。

 そんなトウリの空気にブロック以外の3人がグッといきり立った。

 だが、党のブロックは涼しい顔だ。柔らかに笑みを浮かべトウリを見ていた。


「若は…… 成長されましたな」

「……はぐらかすのは歓迎しないよ」


 ブロックの侫言をピシャリと絶ったその姿すら、ブロックは微笑ましいらしい。


「いえいえ、本音ですよ。カウリ卿も草葉の陰で喜んでおられるでしょう」


 この子では王は勤まらない。

 かつてトウリの父カウリはブロックにそう漏らしたことがある。


 太陽王と言えばトンでも無い重責の中で前進する事を求められる。

 その為には、思慮深く、我慢深く、用心深くなければならない。

 しかし、幼き日のトウリはその全てが欠けていた。


 ――――育って補えぬものや学んで補えぬもの

 ――――これらこそ王に必要な能力ぞ


 カウリの言にブロックは心底驚いた。

 だが、それ以上に驚いたのは、太陽王の試練を与えなかった事だった。

 少なくとも、なみの親ならダメ元で試練を受けさせるだろう。


 しかし、それを強引にしてしまっては国家的な損失を招く事になる。

 シャイラの一件もあったカウリは、全部承知でトウリの将来を閉ざしていた。

 アージン評議会の面々は、そもそもそれが気に入らなかったのだ。


 トウリは自分達と同じ、理不尽な仕打ちの犠牲者だと考えた。

 何より、当のトウリが忸怩たる思いを持っていると考えたのだ。

 だからこそ、ここで折れないトウリに良からぬ感情を持つのだった。


「……何を焦ってるのかは聞かないことにしますけどね」


 クククと笑ったトウリ。

 思えばこの辺りの駆け引きも、政権の中枢で活動してる間に鍛えられた。

 ル・ガルの王府官僚や国軍各師団の団長とも散々やり合ったのだ。


 それを思えばこの程度、トウリに取っては交渉のウチにも入らない。

 単に面倒な陳情者がやって来た程度の感覚だった。


「……やはり一筋縄では行かんか」


 ふう……と一つ息を吐いたデサンディスは、手にしていた槍を持ち直した。

 そして、大袈裟な予備動作を行ってから、トウリの隣に居たヒトに放った。


 近くに居た者が血を流して死ねば、それで気も変わるだろう。

 単にその程度の考えでしか無かったのだが、それが悪手である事は明白だった。


「てめぇら…… いい加減にしやがれよ……」


 何処からか、恐ろしく低い声が聞こえた。

 デサンディスの跨がっていた馬が突然暴れ始め、騎兵達が騒然とし始めた。

 基本的に馬は臆病で神経質な生き物だが、その馬が恐慌状態になっていた。


「落ち着け! どうっ! どう!」


 必死になって馬を宥めるデサンディス。

 同じようにブルツィオやヴィレムセも馬を落ち着かせようとした。

 暴れる馬を宥めるのに忙しく、何故そうなったのかを誰もが見落としていた。

 そして……


「え?」


 最初にそう言ったのはブロックだった。

 馬を落ち着かせて前を見たとき、トウリが随分と縮んだ様に見えた。

 だが、実際にはトウリが縮んだわけでは無く……


「バケモノ!」


 ブロックが叫んだとき、その異変の正体が飛びかかってきた。

 トウリの左右にいた検非違使が覚醒し襲い掛かってきた。

 もはやトウリにそれを止める意志は無く、右手を振って掛かれを指示した。


「わっ! うわぁ!」


 評議会の面々が一斉に悲鳴を上げ、それに連動して騎兵が一斉に動き出した。

 ただ、動いたからといってどうになるものでも無い。

 手練れの検非違使は騎兵100人を相手に出来るほどの戦闘力だ。


「ブロックだけは逃がしてやれ。ただ、裏切り者には……死あるのみだ」


 馬の嘶きと騎兵の悲鳴。そして、怒号と罵声と嘲笑う声。

 それらが渾然一体となった戦場音楽が街に響き、残ったのは死体だけだった。


 乱戦の中、検非違使はトウリの指示を聞きブロックだけを逃がしたようだ。

 王都の中で指示を出す者達を震え上がらせる為にも必要な事だった。


「まぁ上出来だ。我々も王都へ征くか。王を迎える仕度をしに行こう……」


 トウリはニコリと笑い、全員の仕度を指示するのだった。


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