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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~信義無き世に咲く花を求めて
327/665

辛い話・残念な話・良い話

~承前






 秋風の吹き始めた9月の半ば、メチータの街に高級馬車が集っていた。

 光芒を放ち空へと登る太陽を象徴化した統一王ノーリの旗印付きな馬車だ。

 9月1日を持って公式化されたそれは、アージン評議会の統一マーク。

 そして、ル・ガル国内では如何なる法や規制を免除される特権階級を意味する。


 つまりは、いかなる理由があろうと不可侵な存在であるのだ……と。

 アージン評議会の性格は、共産主義国家における国家常任委員会になっていた。

 一言でその実態を表現するなら、文字通りの組織独裁体制だった。


「さて……かの御仁とは面会できるかの」


 ホホホと老獪な笑みを浮かべ馬車を降りてきたのはオルドリッチ家の当主だ。

 ロンバス・モーゼルドル・オルドリッチ。西部食料公社で名誉総裁の座にある。

 レオン家のセオドア卿とは旧知の仲であり、かつては共に馬で駆けた騎兵だ。


「会えると宜しいですなぁ」


 ロンバスに続き馬車から降りたのはスケフィントン家の小柄な男。

 ネフェルト・ラル・スケフィントン。ル・ガル河川組合の総長を勤めていた。

 河川組合とは、ル・ガルを流れる全ての河川についての管理を行う機関だ。

 そして同時に、水に関する様々な利権調整を引き受けている。

 中々に骨の折れる仕事だが、逆に言えば一門の中でも重要なポストと言える。

 何故なら、水を巡る争いは常に死と隣り合わせなほどに白熱するのだから。


「では、参りましょうか」


 ロンバスとネフェルトの二人へ歩み寄った大柄な男。

 ヘルメスベルグ家を預かるボレアス・ノ・ヘルメスベルグ。

 この男は大陸最大の重工業国家でもあるル・ガルで、鉄鋼業総会の名誉理事だ。

 砂鉄を使った製鋼業や鉄鉱石を使った製鉄業の全てに目を光らせている。


 鉄と鋼は軍の実力の肝と言って良い部分。故に、その仕事は重要だ。

 軍が使う武器や防具だけでなく、様々な部分で鉄は使われている。

 その鉄の産出生成や流通管理を一手に引き受けるボレアスは壮年に見える。

 だが、その実態は苛酷な製鉄産業にあって使い潰され疲弊しているのだ。


「そうですな。手前もお会いするのは本当に久しぶりだ」


 やや遅れて到着した馬車からは、見事なカッパ禿の男が出てきた。

 頭頂部を綺麗に剃り上げたその男は、聖導教会の首席顧問を勤める者だった。

 ボリス・シャノール・ニコライ。聖導教会に関わりの深いニコライ家を継いだ男。


 世が世なら、このボリスは太陽王よりも教皇の座に就いていたかも知れない。

 ル・ガルを支配する王権とは別に、全土の聖導教会利権を引き受けている。

 そして、太陽王アージン一門との調整を買って出る男だった。


「ボリシャノフ! ゼピュロス! 供をせい!」


 ボレアスは野太い声でふたりの名を呼んだ。

 後方からやって来た2台の馬車に乗っていたのは、ボレアス子飼いの部下だ。


 背の低い男はボリシャノフ・ニブル・ラドヴァン。製鉄産業連合会の首席代表だ。

 もう一人はゼピュロス・ラ・ボルローニ。こちらは鉄鋼産業連合会の首席代表。

 製鉄産業と製鋼産業は似ているようで微妙に違う業界だった。


 砂鉄と木炭から(けら)と呼ばれる玉鋼を造り出すのが製鋼産業。

 鉄鉱石とコークスから銑鉄を造り出し、鉄や鋼を造るのが製鉄産業。

 それぞれに製法や生業地域が違うので二つのグループに分かれてる。

 ただ、その両者を束ねるのがボアレスだった。


「さて……」


 ボリシャノフとゼピュロスは顔を見合わせてニンマリと笑う。

 ここまで来たのには理由があるのだった。


「御免」


 その一言でレオン家の本拠へと入っていくボレアス。

 誰もが見上げる大男を出迎えたのは、レオン家の家令を勤めるマダラの男だった。

 頭巾を被った家令は、随分と年嵩な様子ではあるが、矍鑠としていた。


「これはこれは……ヘルメスベルグ様。お早いお着きで」


 事前に訪問を知らせる先触れを出してはあった。

 だが、こんなに早く来るとは思っていなかったのだろう。


「なに、ロンバスの奴が急いて急いて仕方が無かったのだ」

「左様ですか。御館様はまだお休みでらっしゃいますが……とりあえずこちらへ」


 ボレアスの威圧を柳に風で受け流し、レオン家の家令は巨大な館へと入った。

 メチータの街に聳える巨大な館は、緋耀種の元締めに相応しい偉容だ。


 誰が呼んだか紅朱舘の呼び名を持つその館は、実際には城そのものだ。

 地上7階に及ぶ高層建築だが、当主の生活空間は3階に用意されていた。


「こちらの広間で少々お待ち下さい」


 家令の案内した部屋は、巨大なテーブルを挟んで対峙する形の食堂だった。

 その壁際の席へ案内された一行は、中央にボレアスが座る形で陣取った。

 左右にはボリシャノフとゼピュロス。鉄に関わる男達は、黙って到着を待った。


 ただ、その待ち時間も小一時間を過ぎると、全員が落ち着きを失い出す。

 適時お茶などのサーブが有り、茶菓子なども供されてはいるのだが……


「時間稼ぎか?」

「かの御仁は齢350だ。。時間稼ぎする理由がない」


 怪訝な声音でネフェルトが漏らすと、ロンバスは眉根を寄せてそう言い返した。

 そう。あのカリオンが太陽王に就任した時点で、既にセオドア卿は壮年だった。

 齢300に手が届いていたのだが、それから幾星霜を重ね、まだ存命だった。


「しかし……」


 何かを言い返そうとしたネフェルト。だが、その機先を制しボリスが言った。


「誰か来ますね」


 ジッと扉を見たボリス。

 ややあって重々しく扉が開き、その向こうに車の付いた椅子が見えた。

 ヒトの世界にあったという車椅子なる道具だった。


「……やぁ」


 重く嗄れた声が室内に響いた。

 その言葉を発したのはジョン・セオドア・レオンだった。

 車椅子の上に座るセオドアは、まだ暑い頃だというのに膝掛けをしていた。


「諸君らを随分と待たせたようだが……ワシも身体の自由が利かなくてな」


 テーブルを挟んで逆サイドについたセオドア。

 その右後ろに家令が立っていた。


「クローム。ワシに茶を入れろ」

「畏まりました。御館様」


 クロームと呼ばれた家令は、セオドアに茶を入れるべく部屋を出た。

 その状態でセオドアはニヤリと笑い、並んでいる6人を睨め付けた。


「さて、こんなワシに会いに来たのだから……さぞかし面白い話だろうな」


 意識してゆっくり喋るセオドアは、薄笑いのままそう言った。

 あたかも、全てお見通しだと言わんばかりの姿。

 その姿にロンバスが小さくなった。


「セオドア卿。貴卿はかのトゥリ帝をご存じか?」

「あぁ、勿論だとも。遠い日……シュサと駆け巡った戦の後は、何時もトゥリ王の話を聞いていた。シュサと共にな」


 ロンバスよりも100以上年上なセオドアは、重々しい声音で言った。

 懐かしそうに目を細め、天井を見上げて笑っていた。


「思えばあのノーリ王も、亡くなる直前まで……話し好きな良い男だった。もちろんトゥリ王もそうだ。そして、あのシュサもな。お前さんはシュサ世代じゃったろうが、覚えてないのか?」


 ロンバスを見つつそう問うたセオドア。そこに口を挟んだのはボレアスだった。

 せっかちに口を挟んだボレアスは、グッと乗り出すように迫った。


「セオドア卿。我等は何も世間話をしに来たんじゃ無い。我等の話を聞いてくれ」


 ロンバスから一旦目を切ったセオドアは、手前のカップに目を落とした。

 そして、間を開けてから視線を上げてボレアスを見た。いや、睨んだ。

 僅かな所作でしか無いが、たったこれだけの事でセオドアは上に立った。

 会話のイニシアチブをボレアスから奪ったのだ。


「……そうか。宜しい。聞こうじゃないか」


 薄笑いを浮かべボレアスを見ているセオドア。

 最早死を待つばかりな筈の老人だが、その鋭い眼差しは健在だった。


「……わっ、我等は現状のル・ガルを憂うのだ。このままでは国が崩壊してしまうと本気で思っている」


 そう切り出したボレアスだが、セオドアは薄笑いを浮かべ黙っていた。

 痛いほどの沈黙が続き、いたたまれなくなったボレアスが話を続けた。


「カリオン王は行方不明で偽者が現れる始末なのだ。我等アージン評議会はここに至り、カリオン王の廃帝と存命だったトウリへの帝位禅譲を進めたいと思う」


 立て板に水でそう言ったボレアス。

 その援護射撃をするようにボリスが口を挟んだ。


「これは、我等がマダラの王を廃帝にしたいと言う事じゃ無い。ただ、残念ながら国内にはそれをどうしても飲み込めない者が居て、それ故に各所で内乱染みたことが発生している。これはセオドア卿もご存じであろう」


 ボリスの言葉が途切れ、再び痛いほどの沈黙が続いた。

 だが、1分近くも黙っていたセオドアは『ほぉ……』と漏らした。

 そして、薄笑いのまま再び評議会の6人を睨め付け『で?』と続けた。


「セオドア卿。あなたはカリオン王の後見役として、カウリ卿と共に枢密院を造られた。その枢密院の面々でご存命はあなただけだ。従って、我等は貴卿の擁立されたカリオン王の廃帝に同意を求めに参ったのです」


 ロンバスは静かな口調でそう言った。

 ただ、その言葉の最中も目は泳ぎ、落ち着き無く揉み手をしていた。


「なるほど…… で、そなたらはトウリを擁立し、どうするのだ?」


 セオドアの眼差しがロンバスを貫いている。その眼力は刃だと誰もが思った。

 ボレアス子飼いの2人、ボリシャノフとゼピュロスは息を呑んで黙っていた。

 再び痛いほどの沈黙。その空気を割ったのはネフェルトだった。


「我等評議会は国家指導体制の整備において、万民が納得する象徴的な指導者を求めているのです。全ての国民が納得するだけの血統と実績。何より、新しい時代を象徴するだけの『ノーリの家系が……それほど許せないかね』


 ネフェルトの言葉を遮り、セオドアはそう言った。

 彼ら評議会の面々は、謂わばノーリの政策の犠牲者だ。

 ノーリの定めしアージンの掟で、彼らは人生その物の芽を絶たれていた。


 普通に考えれば悔しいだろう。悲しいだろう。

 これから一花も二花も咲かせられる年だというのに、事実上隠居を強要された。

 そしてその隠居から解放されるには、軍籍に身を置き戦うしか無い。

 だが、彼らに用意される戦場は名誉とはほど遠い所ばかり。

 名も無い僻地の戦場で、孤立無援のまま戦って果てろと要求された。


 その全てが本筋であるノーリの直系を護る為のもの。

 王権争いや後継者争いで国を割る論争が起きないようにする為のもの。

 絶大な権力を欲しいままに出来る太陽王の椅子が欲しいと夢にも思わぬように。

 その為だけに、彼らはアージン傍流家の者達は不遇の人生を送っていた。


「……あぁ。許せんよ。卿の言われる通りだ。少なくとも私は絶対に許せない」


 ボレアスは迷う事無くそう言いきった。

 少なくともその言葉は、全ての評議会メンバー共通の見解だ。

 表だって口にすることは無いが、それでも腹の底でグツグツと煮え滾る思い。

 世が世なら、自分が太陽王だったかも知れない。いや、王で無くとも良い。


 少なくとも現状よりは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 誰が何と言おうと、こんな無聊を託った寂しい人生では無かったかも……

 それを思うくらいの自由はあった。いや、残されたからこそ辛いのだ。


 可能性と言う名の希望は、その裏に絶望を貼り付けている。

 もしかしたら……という、夢物語を見ながら現実に絶望し続ける日々。

 持って産まれた出生の不遇という罪により、永遠に煉獄で焼かれるのだ。


「……で、トウリなら国が纏まると?」


 セオドアは真っ直ぐボレアスを見て言った。いつの間にか薄笑いは消えていた。

 過去、幾度もこんなシーンを見ていたロンバスは覚えていた。

 セオドア卿の本気がこぼれ出し始めた……と。


「このまま行けばル・ガルは再び祖国戦争に突入する。トウリならそれを防げるのかね? あのビッグストンすら出ていない文士の子が戦の差配を出来るのかね」


 セオドアのその問いに対し、ボレアスは不服そうに言った。


「そんなもの、やってみなければわからんだろう。逆に聞くが、カリオンならそれが出来るのか?」


 苦し紛れの反論は、往々にして自体の正確な把握を鈍らせる。

 そもそもカリオンが何をしてきたのかをボレアスは忘れていた。


「あの子は……若王は戦にならぬよう話を進めていたであろう。軍を整備しつつ、各国と対話を重ねてきた。カリオン王ならば、そもそも戦にはならんよ」


 自信を持ってそう言いきったセオドア。

 ただ、この時再びセオドアが薄笑いを浮かべた。

 愛を感じさせるその笑みは、全員に注がれていた。


「ただな、そなたらの不平不満も解らぬ訳じゃ無い。故に――」


 セオドアは茶の入ったカップを優雅に持ち上げ一口飲んだ。

 馥郁たる薫りの立ち上るその茶の香りが室内に漂った。


「――そなたらに話さねばならぬ事が幾つかある。それは……うむ、そうだ。辛い話と残念な話かも知れん。だが、良い話もある。どうだ。聞いておくかね」


 聞くか?と問われれば評議会の面々は聞かざるを得ない。

 バラバラに首肯を返したのを見て取ったセオドアは静かに切りだした。


「まず残念な話だが……このル・ガル国内に争乱の種を蒔いている者が居る。それはイヌともオオカミとも付かぬ姿をし、それぞれの心の弱みにつけ込み、相手を意のままに操る者だ。これに見込まれると正体を無くす。故に処断するしか無い」


 一つ息をこぼし、セオドアはもう一口だけ茶を飲んだ。

 そして、もう一つ息をこぼしてから話を続けた。


「次に辛い話だが……実は既に手の者がカリオン王の行方を捜し当てている。つまりそなたらの思惑は結実しないと言う事だ。ここまで努力したのだろうが、その全ては水の泡になる。これを話さなければならないのは実に辛いものだ……」


 フゥと一つ息を吐いたセオドア。

 そんな老いた男にロンバスは問うた。


「で、良い話というのは?」


 その問いを聞いたセオドアは薄笑いでは無くニンマリと笑った。

 同時にテーブルの上の鈴を取り、チリチリと音を立ててた。


 僅かな間が空き、その食堂の四方にあった壁のドアが一斉に開いた。

 そして、室内へ幾人もの男が同時に入ってきた。

 全員が刃物などの武器を手にしていた。


「……ノーリの定めた掟は絶対だ。それは全ての国民の為にあるものだ。そしてル・ガルを護る為に必要な措置なのだ。それを破りし者を処断する。国民は喝采を叫ぶじゃろう。悪いが……首を刎ねるぞ」


 ドヤドヤと食堂に入ってきた男達。

 その最後に入って来たのはロスとジョニーだった。


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