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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~信義無き世に咲く花を求めて
326/665

戒厳令と圧政と報道の自由の真実と


~承前






 サンドラとガルムが街を出て行ってから1週間。

 カリオンはシウニノンチュの街にいた。


「若…… お久しゅうございます」

「……ヨハンも息災で何よりだ」


 久方ぶりの再開を喜び合った二人は、シウニノンチュのチャシへと入った。

 遠い日、この中で育ったカリオンにしてみれば、このチャシは我が家だ。

 すぐに寛げる体勢となり、バルコニーへ安楽椅子を出して景色を眺めた。


 老成したヨハンは職を辞し、このシウニノンチュで街長になっていた。

 ただ、それはカリオンの差配の一環で有り、フレミナ重視の表れだ。


「早速ですがワインなど如何でしょうか」

「もちろん貰うよ。ちょうど喉が渇いていた」


 ハハハと笑いながらサワツルゴケの実で拵えられたワインを味わう。

 そんなカリオンをピートは唖然としながら見ていた。


「……やっぱ、あんた本物だったんだな」

「散々言ったじゃ無いか。まぁ、信用などというものはそんなモンだ」


 しばらくワインを味わったカリオンは、疲労と消耗により強かに酔った。

 ただ、それは心地よい酔いでは無く、後悔と苦悩に焼かれるものだった。


「余は間違っていたのか?」


 カリオンはピートに対し率直にそう問うた。

 その問いに対する要領を得た回答を出すほどの実力はピートには無い。


 しかし、そんな質問の本質をピートは知っていた。

 正解の無い問いに対し、最も安全な行動を起こすことで問題を回避する。

 つまりは対応力と要領の良さこそが一門の長に必要な能力だった。


「間違ってたかどうかなんてあっしにゃ解りやせんぜ。ただね、王様が良かれと思ってやった事でも、俺達にゃ迷惑だったってこってす。ついでに言やぁ――」


 ピートは強かに酔ってるカリオンを眺め言った。


「――あっしは王を誘拐した大罪人ですぜ。その気になりゃいつでも王の首を刎ねられるんだ。そこは忘れて貰っちゃ困りやすぜ」


 そもそもピートはクーデターの張本人だ。

 カリオンはそのピートをまるで付き人のように扱っていた。

 少々頭が緩いピートでも、その実態は何となく解っているのだろう。


 王はそれだけの実力が有り、また頭の回転が良く判断も冷静だ。

 場面場面で最善の選択をし続け、今までここまでやって来たのだろう。

 だからこそ、カリオンには鷹揚とした空気と包容力があった。


「……ならば、今すぐここで余の首を刎ねよ。余も些か疲れた」


 こめかみに指を添え、やや俯いてカリオンは溜息をこぼした。

 良かれと思ってやった事がただの自己満足だった。


 その現実に押し潰されそうなのだった。


「若。バカをお言いなさんな。そちらの親分さんもね、もしこちらの若王を斬るというなら、先にこの老いぼれを斬りなされ。さすればこの老いぼれは、若王の冥府歩きの供となりましょうぞ」


 カリオンの持っていたワイングラスにワインを杓で注ぎながらヨハンは言った。

 そして、それに続きカリオンが聞き捨てならぬ事を切りだした。


「今、ガルディブルクの街は騒然としておりますぞ」


 王の育った街。

 このシウニノンチュには王都からの光通信が直接入っている。

 かつての北府であり、今は連邦国家友邦のフレミナとの接触点だ。


 王府の対外情報連絡室から直通で情報が入り、ここでフレミナに取り次がれる。

 カリオンによって整備された峠道は真冬でも往来を可能としているのだ。

 故に、この街は王都の情報が素早くもたらされていた。


「ヨハン……その話は」


 この時、既にヨハンは老成した好々爺からかつての切れ者に戻っていた。

 幼き日のエイダ少年を鍛え、成人後は最初の親衛隊となり付き従った男。

 そしてヨハンは、このル・ガルで誰よりもゼルの教えを受けていた。


 王都へ上がったゼルの相談役として、ヒトの世界の思想や知識を得ていた。

 だからこそカリオンはこの街へヨハンを送り込んでいた。


 対フレミナ連絡調整室首席


 それが現状のヨハンが持つ肩書きだ。

 同時に、この街の管理を負かされた王の直接任命する管理者。

 故にヨハンはガルディブルクの案件が手に取るように解るのだ。


「ミタラスに存在するル・ガル大学は学生達で溢れかえり、彼らは大講堂を占拠しているアージン評議会に抵抗を宣言しました。曰く、大学は王によって自治を担保された施設で有り、学生の同意無き制度変更はこれを認めない……と」


 それが子供の我が儘なのは言うまでも無い。

 だが、およそ大学生という存在は、子供の責任で大人と同じ事が出来るのだ。


 故にル・ガル大学は、各所に幟が立てられた。

 曰く、ル・ガルに秩序を求める!と。或いは、太陽の光を再び!と求めていた。

 学生達はここに集い、自治を行いつつ自らに学びを求めていた。


 大学という小さな箱庭で自治を行い、それによって政治や経済を学んだ。

 また、対話と意見集約を実地で学ぶことで、強力な官僚組織の構築に役だった。


「何故にそんな事を?」


 カリオンは怪訝な表情でヨハンに聞き返す。

 そのヨハンは一つ息を吐いて報告を続けた。


「あのアージンの負け犬達は評議会として機能しています。彼らは評議会を自称しル・ガルを乗っ取る腹のようですが、その手段として使うつもりの国民議会は、城の大会議室では無く大学の大講堂を使うつもりのようですね」


 ヨハンの言葉を聞きながら、カリオンは腹の底で『あぁ……』と呟く。

 城にはウォークが居る筈で、しかも地下にはリリスが居る。

 あのキツネもさすがにそこに手出しをしなかったのだろう。


 その気になればリリスは直接出向いて力比べに及ぶかも知れない。

 勝てないまでも嫌がらせをするには実力的に申し分ないのだ。


 そして、そこまで考えていた時、カリオンはもう一つ『あっ』と気が付いた。


 あのキツネの目的はガルムだ。

 淦玉とはガルムのふたなりのどちらかだ。

 玉と言うくらいだから、それはきっと男の方だろう。


 そのガルムが城に居る以上は手出しをしたくないのかも知れない。


 ――そうか……


 カリオンは酷く悪い顔になってニヤリと笑った。

 勝てる芽が出てきたのを感じたのだ。


「若王?」


 酷い笑みを浮かべていたカリオンに、ヨハンが不思議そうな表情になった。

 あのあどけない笑顔を見せていた少年も今は一国を統べる王たる存在。

 ただ、同じ人間が浮かべる笑みとは思えぬほどに、禍々しさを醸し出していた。


「……あぁ、すまん。何時もの癖だ」


 クククと笑いを噛み殺し、もう一口、ワインを嗜む。

 だが、次の情報でその笑みが掻き消された。


「サンドラ妃とラリーは城を出ました。公式には行方不明になっている王を探す為とのことですが、体の良い厄介払いで『いま何と言った?』


 顔色と声色を変えて質問を返したカリオン。

 先ほどまでの禍々しい笑みは全て消えていた。

 そして、その身に纏うのは怒気にも見える緊張感だ。


「……いえ。これは恐らく評議会の差し金ではな『ガルムは城に居ないんだな?』


 肝心な部分を問いただすようにカリオンは言葉を返した。

 そして同時に、あのキツネに介入されずにリリスへ繋ぎを取る方法を考える。


 夢の中で話をすると、恐らくあのキツネに筒抜けになるだろう。

 口惜しいが魔術に関する技術的な面で言えば、全く太刀打ちできてないのだ。


「……まずいな」


 ボソリとそう零したカリオンは考え込む。

 ただ、今度は少々強かに酔っているこの頭が上手く回らない。


 ――なんてこった……


 あのキツネがガルムを手にしたらな、後は恐らく用無しになるだろう。

 この場合、アージン評議会を自称する連中が国をどうまとめるかが問題だ。

 少なくとも、ル・ガルの国家体制が揺らいだ今、ネコ辺りが介入しかねない。


 ――最後に聞いたネコの現状は……


 その脳裏に浮かび上がったのは、首を落とされたポール・グラハムだった。


 ――――ネコの連中はどうやら経済に舵を切ったようです

 ――――先軍政治の限界が来たのでしょう

 ――――これは好機とみて差し支えないかと存じます

 ――――祝着にございますな

 ――――陛下


 あの鷹揚として屈託の無い笑みを浮かべていたポール。

 実に惜しい男を亡くしたと、改めて感傷に浸るのだが……


 ふと我に返ったとき、ヨハンとピートが黙って自分を見ていた。

 その眼差しには王への信頼が垣間見えた。


「スマン。思慮に耽っていた」


 こうやって一方的に振る舞えるのは王だけだろう。

 周囲は黙ってその指示を待つだけ。王より上がいない以上、これは宿命だ。


「ヨハン。手段は問わぬからガルムを探せ。アレをキツネに取られるとル・ガルが終わりかねん」


 カリオンの簡潔な指示にヨハンが『は?』と返した。

 ただ、それについての追加説明をカリオンが行う前に、ヨハンが続けた。


「現状の王都は既に半分終わってますよ。アージン評議による一方的な弾圧と反乱分子認定は、若者の反骨心に火を付けたようです。かつてゼル様に教えられた通りですが、ヒトの世界と同じく猛烈な学生闘争へと変貌したようですね」


 そのまま説明を続けたヨハンの話に寄れば、全体像はこうだ。

 まず、大学の大講堂をアージン評議会が接収したことが発端だと言う。

 学生達は講堂の建物に立て籠もり、投石や火炎瓶で抵抗しているらしい。


 評議会は軍を使い学生の排除を試みている。

 だが、ル・ガル大学の学生応援に思わぬ援軍が現れていた。

 ある意味でル・ガル大学と犬猿の仲だったビッグストンの学生達だ。

 彼らはビッグストンを抜け出し、大学を包囲する軍の輪を割って入ったのだ。


 ――――我等が忠誠を捧げるのは太陽王ただ1人!


 ル・ガル国歌を歌いながら太陽王を示す旗を掲げ、彼らは大学へと入った。

 それを止めようとした国軍兵士は一人も居なかった。

 だが、評議会を牛耳っていたズザとキザは、そこに苛烈な処分を下したとの事。


 現場の長だった士官に対し、叛乱分子を支援したとして更迭したのだ。

 そして同時に、国軍憲兵に対し、裏切り者を処刑せよと命じた。


「……それは(まこと)か?」

「もちろんです。冗談で嘘の報告を挙げるほど耄碌はまだしてませんぞ」


 ヨハンは空気を軽くする為だろうか軽口を挟んだが、顔は真剣だ。

 ミタラス中央広場に引き出された現場指揮官の大佐は笑って居たとか。

 身支度を調え『いつでもやれ』と一言残し、弓隊の前に立った。


 ただ、その弓が飛ぶ前に事件が起きた。

 ミタラス広場に詰めかけた市民が一斉に声を上げたのだ。

 曰く『恥を知れ』とか『市民の声を聞け』とか『偽の王はどっちだ!』と。


「王は市民に愛されておりますな」

「……都合の良い存在であった。そうで無い事を祈りたい」


 何とも皮肉な言い回しを選んだカリオンだが、その表情は明るい。

 そして、続きを言えとばかりにヨハンを見た。


 だが、そのヨハンの表情がスッと陰った。

 それが意味する所はカリオンにだって嫌と言うほど解った。


「そもそも、処刑に動員された者達は軍の中でも反主流派だった者達です」

「……ならば、手を止める理由はないな」

「御意……」


 一斉に放たれた数十本の矢は、その現場大佐を一斉に貫いた。

 弓兵の使う大戦弓を至近距離から受ければ、人間の身体は簡単に貫通する。


 各所に金属板を挟み込んだ重甲冑を着込む騎士を殺す為の弓なのだ。

 ある程度の距離を取っても、大戦弓は手強い敵と言えた。

 強靱な兵站力と生産力を持つル・ガルだけが持つ兵器なのだった。


「で、その後は?」


 カリオンの声音がかなり冷たくなった。

 冷徹な政治家の顔が現れたのだ。


「まず、評議会は集会を一切禁止しました。それと、王都には戒厳令が出されておりまして、市民の夜間外出は一切が禁じられました。夜間外出した市民は問答無用で逮捕され、抵抗した市民はその場で斬られているようです」


 その報告を聞くカリオンの表情は、一言一句ごとに厳しくなっていた。

 王都の市民が王を支持すること自体が罪なのだと言わんばかりの政策。


 カリオンはそこにアージン評議会なる集団の本質を見た。

 要するに、今までの不平不満を一気に爆発させただけの我儘集団だ。

 そして、自分たちが市民に支持されていない事に対するフラストレーション。


 ならばその果てに見えるものはひとつ。

 画に掻いたような恐怖政治だった。


「……御しがたいな」


 一言だけ呟いたカリオンの言葉は、ヨハンの思いと一緒だった。

 要するに、彼ら評議会が恐れているものはひとつ。

 再び蟄居隠棲生活に戻ることだけだ。つまり……


「市民の間に沸き起こっているのは太陽王帰還を求める声です。そして、評議会には太陽王の捜索と保護を求めております。ただ、報道各社は評議会を支持しておりまして『おおかた、金でもばら撒いてるのだろう』然様です」


 ヨハンの言にカリオンが口を挟んだとおりだ。

 まず、評議会は王都マスコミ各社に対し、当面無税を通達した。

 そして同時に、文責表示義務を撤廃した。


 実はこれは、地味に酷い事だった。

 以前は書かれた内容に対し事実と反する明確な証拠があれば逮捕されたのだ。

 だが、現状ではどんな事を書いたって罪には問われなくなった。


 つまり、嘘を書こうがあからさまな虚言だろうが、一切自由なのだ。

 それにより、市民の目を引くようなヘッドラインが自由に書ける様になった。

 マスコミ各社はこれを『報道の自由が到来した!』と諸手を上げて歓迎した。


「酷い事になりそうだが……王都はともかく、最優先でガルムとサンドラを探せ」


 その命にヨハンは『御意』と返し、カリオンは静かに頷くのだった。

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