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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~信義無き世に咲く花を求めて
325/665

アージン評議会


「……行きましたな」


 王都ガルディブルク中心部。

 巨石インカルウシの最上部に聳えるガルディブルク城の前庭付近。

 腕を組んで城下を見下ろすキザ・サイモン・メッツェルダーはそう呟いた。


 城下の大通りには元近衛騎兵の有志50名ほどが集まり隊列を組んでいた。

 その隊列の中央で馬に跨がるのは、帝妃サンドラと付き人のララ。

 2人は『本物の王を探しに行く』と言って城を出ていった。


「あぁ。これで良い。これで全て良い」


 満足そうに首肯しつつ、ズザ・ノエル・フェザーストーンはそう言った。

 王の偽者が城下に現れ狼藉の限りを尽くしたあと、彼は突然現れた。

 そして、偽の王を撃退しル・ガルの国難に対峙した。


 ただ、その課程において彼は近衛騎兵を解体し、国軍再編を進めている。

 それが偽の王であっても、近衛騎兵は忠誠を誓うだろう。

 ならば王では無く国家に忠誠を誓えと彼は求めていた。


 そしてそれが出来ぬのであれば、追放すると通告した。

 すなわちそれは、事実上の近衛騎兵解体であり、近衛師団廃絶だ。

 王に個人的な忠誠を誓うことを禁じ、全て国家のものとしたのだ。


「しかし……こうも上手くいくと背筋が寒いですな」

「……怖じ気づいたか?」

「まさか!」


 ふたり並んで城下を眺めつつ、そんな会話が漏れていた。

 ……その日、2人の前に突然青いオオカミが現れた。

 そして『良い話がある』と切りだした。


 最初は半信半疑だった2人だが、その全てが青いオオカミの言う通りだった。

 茅街が争乱状態となり、王はボルボン家の当主を斬殺。

 最終的には王が1人でガルディブルクへと帰還した。


 ――――好機ぞ!


 ズザとキザの2人が沸き立ったのは言うまでも無い。

 かねてより腹案として持っていたル・ガル改革を断行する好機。

 アージン本家筋から漏れた傍流家を救済する好機。


 なにより、本家筋の当主たる太陽王から王権を引き剥がす好機。


 ――――油断すること無く断行するのだ!

 ――――これこそが革命なるものぞ!


 青いオオカミから聞いたヒトの世界の一大変革。

 それは、立場弱き者が強き者を一気に凋落せしむる大変革だ。

 停滞した社会や政治体制を大きく変えてしまう良い機会。


 ズザはまさにその波に乗ったのだった。


「さて、ではもう少し、物語を前に進めようか」


 ニヤリと笑ったズザは前庭から階段を降り始めた。

 振り返ったガルディブルク城の正門は閉じられていた。


 ――――主無き城は閉鎖せよ

 ――――王が戻られた時の為に維持をし続けるのだ

 ――――但し、ル・ガル王府職員以外は全て退去を命ずる


 アージン一門会の名でそれを命じたズザ。

 それが何を意味しているのかは言うまでも無い。


 太陽王カリオンが招聘した王府魔導研究所は閉鎖されるのだ。

 そしてもちろん、その場に集った魔導家達は全てお払い箱だ。


「少々勿体なくもありますね」

「ん? なにがだ?」


 ギザの言葉にズザが笑って応える。

 それは、今さら言葉にする必要すら無いものだ。


「もう少し魔法というものを学んでおくべきでした」

「そんなもの、いつでも学べるさ。それに、支配する側はそんなものなど不要ぞ」


 ハハハと笑いながらそう言ったズザは、楽しげな空気を纏っていた。

 ここまで見事に簒奪が上手く行くとは思っていなかった。

 全身からその愉悦をこぼしていた。


「支配する側は使役すれば良いのだ。それを出来る者をな」


 スタスタと階段を降りながらズザはそう言った。

『さすがですね。その通りです』とギザも応えた。

 アージン家一門の中で幾何かの捨て扶持を与えられ飼われていた彼らだ。


 それが今や国家を牛耳るポジションに変わった。

 溢れ出る愉悦をどう御して良いか解らず、ギザはステップなど踏んでいた。


 ――――浮かれてやがるな……


 遠く城の最上階付近。

 バルコニーから見下ろすウォークは、忌々しげにそれを見ていた。

 そして、これからの算段を考えた。


 やらなければならない事は掃いて捨てる程ある。

 まずは国家の安寧を確保せねばならない。

 だが、何より重要なのは王を無事に帰還させることだった。











 ――――――――帝國歴392年 8月 26日 

           首都ガルディブルク ミタラス











 去る8月1日。

 ズザはアージン一門会首席理事という肩書きで王都にいくつかの指示を出した。

 まず、アージンの主流になれなかった者達が集まるアージン子爵会を公表した。

 そもそもそんな組織など無かったが、今は各メンバーから支持を取り付けた。


 次にそのアージン子爵会はアージン評議会へと変革した。

 ル・ガルを支配していた太陽王の制度は廃止され、自治を進めると宣言した。

 偽者が現れたカリオン王は暫定退位扱いとなり、国民議会を設置するとした。


 多くの市民から異論が噴出したのだが、ズザは取り合わなかった。

 偽者の可能性がある以上、王制度その物を廃止にするべきと提案したのだ。


 だが、それから1週間も経過しない頃より、ガルディブルクの街は荒れ始めた。

 王とその麾下にある近衛師団が受け持っていた軍警察制度も廃止されたのだ。

 その上で新たに編成された警察組織では、王都の治安は守れなかった。


 2日と開けず放火が発生し、小規模とは言いがたい火災に発展した。

 現状ではガルディブルク南部地区と西部地区にダメージが集まりすぎている。

 街の自治会が草の根捜査で探し出した犯人は、自称王支持派だった。


 ――――カリオン王の帰還を求める!


 そんなシュプレヒコールを挙げ、デモ隊は連日に渡り各所で活動した。

 ただ、その活動が余りに場当たり的過ぎるのを市民は見ていた。

 表立っては言わないが、反太陽王体制側の策謀だと看破していた。


 ――――あいつら国を滅ぼす気だ!


 そんな声が王都に流れ始める頃、アージン評議会は次の公布を出した。

 ガルディブルクは王都ではなく首都であるとしたのだ。

 執拗に太陽王の色を消していく評議会。その活動はサンドラにも及んだ。


 ――――王の権威を蔑ろにするべきでない

 ――――必ず王は帰還されるだろう


 そんなサンドラの言葉に対し、帝妃も偽物では?と罵ったのだ。

 結果、サンドラはカリオンを探さざるを得ない事になった。


 ――妃は帝の添えものか


 落胆しつつ、サンドラはそう漏らしたという。

 だが、そもそも彼女はオオカミ(フレミナ)の女だ。

 北伐の対象だったオオカミは、差別の対象でもあった。


 故に、彼女の言葉に対しアージン評議会はまったく取り合わなかった。

 評価すら必要性が無いと本気で思っている節があった。


 サンドラの故郷フレミナ陣営も公式ルートでこれに抗議した。

 だが、浮かれ上がった成り上がり者には、それを聞く耳など無かった。


 ――――戦争になるぞ……

 ――――また戦だ……


 多くの市民がそう震えるなか、首都ガルディブルクに盗人か現れた。

 王都の治安維持に尽力してきた近衛騎兵が居ないのだから当たり前だ。


 国軍騎兵はアージン評議会の面々護衛に駆り出され警邏の暇もない。

 世情は荒れ始め、街の中に不安と恐怖が生まれた。

 市民はお互いを訝しげに眺め始め、些細な事で喧嘩が発生した。


 わずか2週間足らずの間に、イヌの社会ですらも不安定になっていた。

 社会規範の維持と相互信頼を最も美徳とするイヌの国家。

 だが、裏を返せば互いに信用なるだけの担保がある証拠だった。

 その全てが無くなった以上、市民同士がお互いを疑いあうのだった。


 そして2週間目目前にして、最初の集会が城下で発生した。

 カリオン王の早期帰還とアージン評議会の解散を求める自然発生的な市民の声。

 その集会は加速度的に参加者を集め、22日の集会では数万の人出があった。

 だが……


 ――――無届けの集会開催は認めない

 ――――無認可の集会開催は不穏分子と見なす


 アージン評議会はこれを決定し城下に通告した。

 カリオン王の統治がどれ程安定していたかを思い出されると困るのだ。


 それら全てを見て取ったサンドラは、王族の義務を果たそうとしたのだった。

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