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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
中年期~信義無き世に咲く花を求めて
324/665

王の放浪

~承前






「おぃピート…… 聞いてんのか?」


 ロスの声音はまるで死神のささやきだった。

 それなりの歳なピートだが、まるで仔犬のように話を聞いている。

 そんな大男にツカツカと歩み寄ったロスは、見上げる角度で言った。


「ガラルの街を牛耳るベスト一家ん中でもおめーは一頭地抜けてた男だ。いずれベスト一家の跡目を取るだろうと思えば、ナンボかおめーの無理も聞いてきたと思うが、今回ばかりはそうもいかねぇようだ。だからな、ハッキリ言っとくぞ――」


 ピートの指にドス(刃物)でも突き立てるように指を指したロス。

 その姿には唸るような威厳があった。


 ――これも一廉の人物か……


 カリオンはそんな思いでロスを見ていた。

 育ての親の話はチマチマとジョニーから聞いていたが、これ程とは……


「――おめーにも考えあっての事だろうが、その責は全部自分でかぶれ。それが一門の跡目を取るって事だ。それを考えずにやってたんなら、おめーが跡目になれなかった理由はそれだと思え。一家一門の責任ってのはそんなに軽いもんじゃねぇ」


 言葉の刃でガンガンと斬りつけるロスには一切遠慮がなかった。

 殺したければ殺せ……と、凄みを増した表情で続けるのだった。


「いいかピート。この街はレオン一家の故郷だ。この街の歴史はル・ガルの歴史だ。そんな歴史に泥を塗るような男は侠客を名乗れる筈もねぇ。ただのバカだ。だからな、おめーがやりたい事は街の外でやれ。そしてな――」


 腕を組んだロスは静かな口調で最後通牒を突き付けた。


「――おめーがそれをやったら、エスコ一家はおめーらをまとめて国府へ突き出してやる。おめーらがどうなろうと知ったこっちゃねぇ。ただな、おめーらがやってんのは、ル・ガル西方に根を下ろすレオン一家の金看板に泥を塗る行為だ。どろじゃねぇ、糞を塗ってンだ。わかったか!」


 総毛だった様な表情でロスを見てたピート。

 どうやら自分のやった軽はずみな事の実態をやっと理解したらしい。


「ろ…… ロスの伯父貴…… おれぁ…… どうしたら……」


 それなりに人望も野望もあったらしいピートだが、急にソワソワとしだした。

 どうやらそれは、人間の厚みの問題らしい。


「知るか! 今すぐここを出てけ! 二度とメチータに足を踏み入れるな!」


 ロスはピートの腹を殴った。

 幾多の修羅場を潜ったのであろう男は、遠慮無くフルパワーだった。


「それとな、おめーがどう考えてんのか知らねーけどな、仮にもこの方ぁこの国の頂点だ! イヌの社会を救った太陽王の一門だ! そう言う人間に失礼する様な奴ぁ任侠道は1000年早ぇぞ糞バカ! 馬の糞が詰まってる頭じゃその程度だ!」


 もう一発ロスは殴りつけたあと、カリオンに向き直って左足を引いた。


「渡世の行き違いありゃして、レオン一家の若い()が凶事に及びやした。王の臣下をその手に掛けたバカにゃぁ、あっしからキツク叱っておきやしたが、ご覧の有様でございます――」


 ロープに縛られ地面に座るカリオンよりも目を低めたロス。

 腰を屈め頭を下げた任侠の老人は、右手を差し出したままそう言った。

 渡世人の仁義を切るその姿には、惚れ惚れするような威厳があった。


「――このメチータの街を裏側で預かりやすあっしはエスコ一家を預かりやすロスと申しやす。どうかお見知りおき下せぇ」


 そんな渡世の仁義とは別に、ロスは口を動かさず声を出して言った。

 その声は不思議な事に、ロストカリオン以外、誰も聞こえない声だった。


「……セオドアの旦那は存命に御座いやす。ジョニーの野郎はあっしの手配で西へ落ちておりやして、程なく戻ってめぇりやす。王もどうか自棄を起こさず辛抱しておくんなせぇ。このロスが命に変えて上手くまとめてご覧にいれやしょう」


 僅かに表情を変えたカリオンは腹の底で唸った。

 いかに街の為とは言え、この男は危険な橋を渡っているのだ。


 およそ任侠の世界とは、幼長の序を基本として成り立つ世界だ。

 それは純粋な年齢だけでは無く、この世界でどれ位活動したかも重要だ。

 そんな任侠の仁義があれど、腕力に勝る者を負かすのは胆力と度胸が要る。


 ロスはその両方を兼ね備え、カリオンに恩義を売る事を選んだのだった。


「手間を掛けるな」


 こうなった場合、素直にそれを受けるのも王の度量だ。

 カリオンは先に労いの言葉を吐き、ロスの差配に委ねる事を選んだ。


 それを聞いたロスは腰を割ったままの姿で、カリオンをジッと見ていた。

 まるで愛しいものを見るような、眩いものを見上げるような、そんな顔だ。


「王の――


 何かを言いかけて言葉を飲み込んだロス。

 それは、その思いは口に出した瞬間に陳腐なものへ成り下がる。

 全てを承知で言葉を飲み込んだロスは薄く笑って腰を伸ばした。


「おぃ…… ピート」


 ロスの声音が更に低くなった。

 まるで猛獣が唸るように喋るロスは、鋭い眼差しで言った。


「とりあえずソティスへ向かえ。このままじゃレオンはル・ガルの敵だ。おめーのバカさ加減でこうなったんだからおめーがなんとかしろ。上手くまとめられりゃ一門の頭になるだろう。それまで王を殺すんじゃねぇ。解ったな?」


 ロスの言葉にピートはコクコクと頷き、そのまま街を出た。

 相変わらずロープで縛られたままのカリオンは馬車に押し込まれた。


 どこへ行くのか?と首を捻ったカリオン。

 だが、その日の午後にはロープが解かれた。


「どうした。ここらで斬首か?」


 なんら怖れるぞぶりを見せず、気丈な言葉を吐いたカリオン。

 そんな姿を見せる太陽王の存在に、ロスは口数自体が少なくなった。


「……本来ならそうしてぇ所だが、ロスの伯父貴の言った通りになった」


 小休止した馬車の中、カリオンはロープの後を樅ながらピートを見た。

 ノリと勢いでやってしまった事は、リカバリーに苦労する。

 それを後悔しているピートは、しばらく押し黙ってから言葉を続けた。


「ソティスの街の伝に話を振ったら、街の顔役8人全員が王の受け入れを拒否すると通告してきた。曰く、王都じゃ王の偽者が出たって話で、その偽者だと困るって言うんだがな」


 随分と話が早い……

 カリオンはそう思うのだが、あのキツネを知らぬのであればやむを得ない。

 ピートはソティスへと続く街道の上で野営を選んでいた。


「ガルディブルクじゃアージン一門会ってのが立ち上げられたそうで、王の帰還まで暫定自治を選んだって事なんだが……あんた、本物の太陽王だよな?」


 ――……そうか


 カリオンはこの時点で話しが繋がった。

 恐らくだが、あのキツネとフェザーストーンたメッツェルダーはグルだ。

 カリオンを王都から追い出し、偽者を仕立て上げ街を混乱させているのだ。


 そして、その事態収拾の為に、アージン一門の中で自治を行う。

 自治とは言っても、実際にはただのクーデターだろう。


 ――始祖帝ノーリ以来の歪みか……


 国家の安寧とアージン一門の安定を狙って造られたノーリの掟。

 だが、このピートと同じく、傍流家にある者達は営々と牙を磨いてきたのだ。


 いつか深く噛み付いてやる。そしてその生き血を啜ってやる。

 この恨み、晴らさでおくべきか……とチャンスを待ってきたのだ。


「余は紛れもなく正真正銘の太陽王ぞ。されど今はあらぬ疑いを掛けられている」


 1つ息をこぼしたカリオンは、ジッとピートを見ながら言った。

 この窮状をどうにかして切り抜けようとするのだが、ヘタに動けばより深みだ。


 ならばもう、自体解決の手段は1つしかない。

 とにかくチャンスを待つ事。そして、無駄な足掻きをしないこと。

 流れには乗るものだと腹を括るしか無いのだ。


「そなたがレオンの家を乗っ取ろうとしたように、アージン一門も太陽王の椅子を乗っ取ろうとしている者が居るのだ。それらは横に結託し、余を王都から追い出して国自体を乗っ取ろうとしている。正直に言えば、そんなところだ」


 カリオンは何ら気負うこと無く、現状を率直にそう表現した。

 ただ、余り手の内を晒しすぎるのも良くないのは解っている。

 故に現状では検非違使の事は伏せ、臥薪嘗胆の場を得る事が大事だ。


 どうしたものかと思案するのだが、その時ハッとある街が思い浮かんだ。

 それは、カリオンにとって揺りかごのような街だった……


「まぁとりあえずシウニノンチュにでも行くと良いだろう。あそこなら安定しているし、余の真贋を見極められる者も多い。余の言葉が信用できなくとも、街の住民が余を偽者と思えば斬ることは容易かろう。どうだ?」


 カリオンの言葉にピートは幾度か頷いて言った。

 やはり王は知恵者だと感心したのかも知れない。


「そしたらシウニノンチュへと向かいやしょう」


 方針が決まったなら一行はすぐに動き出す。

 その一糸乱れぬやり方は、まるで軍隊だとカリオンは思った。


「良いのか?」

「もちろんでやす。今頃はロスの伯父貴がアチコチで骨を折ってるはずでやす。なら、あっしらはどんどん先を目指すって寸法ですぁ」


 荷物をまとめろ!とピートは指示を出した。

 手下が一斉に動き始め、小休止を入れた一行は再び動き出した。

 懐かしいシウニノンチュまでは凡そ5日の道程だった。


 ――どうしたものか……


 アレコレ思い悩むカリオンだが、その結論は出ないのだった。

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